2007年12月30日日曜日

説教集A年: 2004年12月26日聖家族の祝日(三ケ日)

聖書朗読: Ⅰ. シラ 3: 2~6, 12~14.  Ⅱ. コロサイ 3: 12~21. Ⅲ. マタイ福音 2: 13~15, 19~23.

① 私たちの信奉している三位一体の神は、家庭的愛の神、共同体の神であります。決して孤独な唯一神ではありません。「家庭的愛」は無償奉仕の献身的愛であります。御父・御子・聖霊の各ペルソナは、それぞれ己を無にして、全体のために奉仕する献身的愛に燃えている方々だと思います。「作品は作者を表す」と申しますが、その三位一体の神がお創りになった被造世界も、大きな規模での全体としてだけではなく、ミクロの世界の隅々に到るまで、相異なるものたち同志が共に助け合い補い合って共存し発展するよう創られていると思います。近年大宇宙や身近な自然界の生物や人体・素粒子等々についての綿密な科学的研究が進んでみましたら、そのことがますます深く痛感させられます。私たちの心は皆、本性的に家庭的な神の愛を体得し実現するように創られており、その本性に背く生き方をするならば、対外的に対立抗争の諸問題を巻き起こすだけではなく、対内的にも、心の奥底に自己矛盾を抱えて、各種の病的症状やストレスを日々知らない内に生み出して行くように思います。

② ですから聖書には、家族的愛と一致の精神が重視されており、幼児の時から父母に対する尊敬と従順の躾を実践的に体得させるための教えが説かれています。本日の第一朗読(シラ書3章)にも、「主は、子に対する権威を父に授け、子が母の判断に従う義務を定めておられる。父を尊べばお前の罪は償われ、母を敬えば富を蓄える」などと教えられています。それは、子供の心が父母の背後に神の権威、神への義務を感じ取りながら、全体のために奉仕する神の献身的愛に成長するためだと思われます。私たちの心を神に似たものにするこの献身的愛は、子供の時だけでも、この世に生活する時だけでもなく、永遠に継続し成長する性質のものですから、当然父母にも強く求められています。ですから使徒パウロは本日の第二朗読の中で「妻たちよ、主を信じる者に相応しく、夫に仕えなさい。夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。云々」「父親たちよ、子供をいら立たせてはならない。いじけるといけないから」などと説いています。各人はそれぞれの置かれている立場で、神の家族的な献身愛に生きるよう求められているのだと思います。

③ 本日お祝いしている聖家族の祝日は、合理主義、啓蒙主義の思潮が広まって、社会が次第に冷たく味気ないものになり始めた17世紀以来、西欧の一部の地方で祝われるようになった祝日で、1893年にレオ13世教皇が任意の祝日として定め、第一次世界大戦後の1921年からは、全世界の教会で祝われるようになった祝日であります。社会の人間関係が冷たい合理主義精神によって毒され、社会の基礎である家庭も家庭的奉仕の精神も崩されつつあるという危機感から、時代の要請に応じて重視されて来た祝日であると思います。この世にお生まれになった救い主は、まずその聖家族の中で、神の献身的な愛の模範を世に啓示なさったと思われるからでもあります。クリスマスの出来事全体の主役は、幼子としてお生まれになって神の子メシアであります。キリスト教的信仰生活は、その神の御子を自分の心の中に迎え入れ、自分の日々の生活、自分の人生の主役になってもらうこと、自分はその脇役の地位に退き、神の僕・婢として仕える生活を意味していると思います。

④ 主の復活後まだ半世紀余りしか経っていない頃、ローマで聖ペトロの三代後の後継者聖クレメンスは、書簡の中で、クリスマスの意味を次のように説明しています。「神はこの方によって私たちの心の眼を開かれ、この方によって私たちの無分別な薄暗い知性が光に向かって開花し、この方を通して私たちが不滅の知恵を味わうことを望まれました」と。そうです。神の子メシアの誕生は、私たちの心の眼をあの世の神の現存や働きに向けて開かせ、新しい生き方をさせるためであったと思います。しかし現実においては、これはそう簡単なことではありません。神の御子を自分の心の中に迎えることは、これまでの生き方を根本的に変革することを意味しますし、私たちの人生に一つの不安を呼び起こします。ですから神の子の誕生前後の出来事ををめぐる福音には、「恐れるな」という呼びかけが何度も登場しています。天使はザカリアに、マリアに、ヨゼフに、またベトレヘムの羊飼いたちにも、このように呼びかけています。その不安に対応する仕方は、人によりいろいろと異なることでしょう。

⑤ ヘロデ王は、自分の支配を不安にし切り崩す虞のあるものは、まだ小さいうちに抹殺し、除去してしまおうとしました。しかし、その野望は神の導きによって空振りに終わり、無残に砕かれてしまいました。名もない貧しいヨゼフは、天使から夢のお告げを受けるとすぐに立ち上がり、先行きの見えない不安な夜の闇の中にあっても、ひたすら全能の神の摂理により頼んで、か弱い神の子とその母とを生命の危機から救い出し、養い育てるという働きを成し遂げたからでした。神の子メシアを心の中に迎え入れる私たちにも、突然何らかの思わぬ不運が襲い掛かって来ることがあるかも知れません。そのような時、私たちはヨゼフのように、ひたすら全能の神の愛と摂理により頼んで生き抜くことができるでしょうか。

⑥ 世の中の多くの人は、ヘロデ王のように神からのものを踏みにじり除去してしまおうとはしませんが、しかし、それを自分から積極的に捜し求めよう、それを受け入れ、それに従って生きようともしていません。2千年前のユダヤ教指導者たちの多くも、そのように行動していました。メシアがベトレヘムに生まれる筈だということは聖書から知っていましたが、自分から捜し求めよう、拝みに行こうなどとはせず、そのメシアが目前に現れて来るまで待ち、もし自分たちにとって利用価値のある存在なら支持し、都合の悪い存在なら暫く様子を見ていようと、自分を中心に据えて構えているような生き方を続けていました。ヘロデ王のように積極的に探し出して殺してしまおうとはしませんが、神を神として自分の生活の中に迎え入れようともしていないその態度は、ある意味で自分のエゴを心の中の神の座に据える態度であり、ヘロデ王と同様に、遅かれ早かれ神の働きの邪魔者と見做され退けられる運命を、既に自分から選び取っていることになると思います。当時のユダヤ社会がその数十年後に、ローマ軍により徹底的に滅ぼされてしまう運命を、彼らは既にこの時から自分で選び取っていたのではないでしょうか。

⑦ 「木に竹を接ぐ」という表現がありますが、自分というものを全く変えずに、そこに異質の神の子の命を接ぎ足しただけのようなキリスト教生活では、神の救う働きや神の愛の命を受けることができません。神の命が自分を内面から養い力づけ変革するのを積極的に受け入れてこそ、私たちはクリスマスの本当の祝福を自分のものとし、聖母やヨゼフのように、インマヌエル(我らと共におられる神)を中心とする聖なる家族を構成して、その時その時の神の導きや助けを体験するのではないでしょうか。不安や危険の多い今の世の潮流を無事渡りきるだけではなく、道を求めて混迷している世の人々にも、神の働きを証して希望の光と力を与えることができるのではないでしょうか。間もなく迎える新しい一年に、私たちの霊的家族共同体がそのように生きる恵みを祈り求めつつ、本日のミサのいけにえを心を込めて捧げましょう。

2007年12月24日月曜日

説教集A年: 2004年12月25日降誕祭夜中のミサ(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 9: 1~3, 5~6. Ⅱ. テトス 2: 11~14. Ⅲ. ルカ福音 2: 1~14.

① 今宵の福音の記者ルカは、ローマ皇帝アウグストゥスが施行した住民登録令という世界史的出来事と関連させて、全人類の救い主の誕生を書き始めています。それによって、当時の最強最大のこの世的平和の樹立者と、神から派遣されたあの世的平和の樹立者とを対比させているのです。アウグストゥスが紀元前27年に内乱を制して地中海・オリエント世界の独裁的支配権を確立し、この後200年間も続く平和時代を、”Pax Romana”(ローマの平和)というモットーを掲げ、ローマ市内に美しい平和の祭壇を建立して推進したり、東方諸国とのいわゆるシルクロード貿易と文化交流を積極的に盛んにしたりすると、この大きな国際的平和交流のうちに、ギリシャ・ローマ・オリエント各地の商工業は急速に発達し、富める商工業者たちはますます豊かになって、アウグストゥスを世界のSoter(救い主)として崇めたりしました。彼の援助を受けてユダヤの支配者となったヘロデ大王が、大きな港町カイザリアをはじめ、各地にギリシャ風の町や城や宮殿を建設したり、紀元前20年からはギリシャの天才的建築技師ニカノールを招聘して、エルサレム神殿を大きく増改築したりしたのも、このような国際的商工業の発達を巧みに利用し、宣伝と間接税によって富を蓄積したからでした。ルカは、その「ローマの平和」に対比するかのように、アウグストゥスの勅令によりナザレトからベトレヘムに移動させられて、人知れず貧しく生まれた「あの世の平和の王」の誕生を描いているのです。

② 道路や海上の便船が整備され商工業が発達すると、人口移動が激しくなったので、税金や徴兵の公平さを期し、各地の国力の変化などをできるだけ正しく把握するため、皇帝は紀元前8年に属国をも含め帝国全体で住民登録をさせ、その後も14年毎に住民登録をさせると布告しましたが、識字率の低い住民の多い所では、役人が調査する時に、その地の住民は各自の出身地に集合させられ、本家の人々と顔を見比べるようにして登録させられたので、住民側からの反対が強く、軍隊を出動させて強行しなければなりませんでした。それでユダヤでは第一回目が1年ほど遅れ、シリアからクィリニウス総督の率いるローマ軍の来るのを待って紀元前7年に施行され、紀元前8年から14年後の紀元6年の第二回住民登録の時には、ガリラヤでチゥダが400人もの暴徒と共に叛乱を起こし、弾圧された程でした。紀元14年にアウグストゥスが死ぬと、反対の多いこのような大規模の住民登録は、もう行われなくなりました。救い主の生まれたのは、この2回の世界史的住民登録のうち「最初の住民登録」の時であった、とルカは書いています。ということは、主が紀元前7年に生まれたことになります。ルカはこのようにして、救い主イエスの名が、単にユダヤ人の系図の中に記されただけではなく、人類の住民登録簿の中にも人類の一員として記されたことに、私たちの注意を喚起しているのだと思います。

③ ところでメシアは、多くの人が考えているように、果たして町外れの洞窟や家畜小屋に生まれたのでしょうか。古代教会の人々は、そのようには考えていません。町外れの家畜小屋に生まれたなどという想像は、聖地がイスラム教徒に支配されて聖地巡礼ができなくなった中世期にイタリア辺りで生み出され、ルネサンス画家たちの絵によって世界中に広められた話です。皆様の折角の美しい詩的夢を壊すようで心苦しいですが、初代のキリスト者たちがどのように考えていたかについて、福音書に基づいて考えてみましょう。「マリアが生まれた子を飼い葉桶に寝かせた」とあるのを読むと、聖地巡礼をしていないヨーロッパ文化圏の人々は、馬小屋や牛小屋を想像したかも知れませんが、2千年前のユダヤでは馬は支配者や軍人の乗り物で官庁や兵舎に飼われており、牛は町の中ではなく、町の外の裕福な農家に飼われていました。しかし、もっと庶民的で安い驢馬で旅行する商人や庶民も少なくなかったので、町の中でも、宿屋や一族の本家などの大きな家では、驢馬を繋いで置くガレージのような場所を備えていました。そして驢馬を繋ぐ場所から階段を上って、ギリシャ語でカタリマと言われる居室に入るのですが、このカタリマは「宿泊所」という意味に使われることもあるので、この第二の意味でラテン語をはじめ多くの言語に翻訳されると、文化圏の異なる国の人々が、ヨゼフとマリアは宿屋に宿泊するのを断られて、町の外の家畜置き場に泊まったのだと誤解したようです。同じカタリマという言葉は、マルコ福音14章14節でも最後の晩餐の広間を指すのに使われていますが、誰もそれを「宿屋」とは訳していません。天使は羊飼いたちに「今日ダビデの町の中で、あなた方のために救い主が生まれた」と告げていますから、やはり町の外に生まれたのではありません。

④ 紀元320年代の後半、コンスタンティヌス大帝の母へレナ皇后は、現地のキリスト者たちの伝えを精査した上で、ベトレヘムの中心部に近い家を救い主の生誕地と特定し、そこに記念聖堂を建てました。今日その聖堂を訪れる人の中には、聖堂の地下室のような所が生誕の場所とされていることに驚く人がいます。幾度も戦場となったベトレヘムの2千年前の道路が、今の道路の下3mか4mほどの所になっているためですが、昔はその道路から入った所に驢馬を繋ぎ、階段を上ってカタリマに入っていたのだと思います。住民登録のため各地から参集した一族の人で雑魚寝状態になっている広間では出産できないので、マリアたちは驢馬を繋ぐ所に泊まったのでしょう。そこには、横の壁から太い紐で吊るした細長いまぐさ入れもありますので、出産した幼児はそのまぐさ入れの中に寝かせたのではないでしょうか。多く見積もっても精々2千人程の人口でしかなかった当時のベトレヘムの、どこにそのような家畜置き場を備えた大きな家々があるかは、羊飼いたちも心得ていたと思われます。ですから、「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」という印を与えられただけで、暗い夜中であっても、その場所を探し当てることは難しくなかったと思われます。しかし、「急いで」探しに行ったと書かれていることから察すると、寝ていた羊たちまで連れて行ったと考えることはできません。やはり羊の群れはそのまま寝せて置き、交代で群れの番をしながら、拝みに行ったのではないでしょうか。

⑤ 彼らに与えられた「乳飲み子」という印は、同時に神ご自身、救い主ご自身でもありました。羊の群れという生きている財産の世話をしているために安息日毎の会堂礼拝に参加できず、ファリサイ派からは大罪人として社会的に軽蔑されて来た貧乏人の彼らは、その軽蔑に耐えて一心に神に憐れみを願い求めていたと思われますが、メシアを真っ先に拝む栄誉に浴したことをどれ程喜んだか知れません。神から特別に愛されている徴を得たことで感謝と喜びに満たされ、神を賛美しながら帰って行きました。出産は妊婦にとって、神の働きや生命の神秘について心を目覚めさせる大きな意味を持つ出来事だと思いますが、聖母マリアも人類の救い主を産んだ最初のクリスマスの夜は、特別に深い感動と感謝の内に人類の救いのために祈りつつ過ごしておられたと思われます。その聖母の祈りに心を合せて、私たちも今宵のミサの中で、一人でも多くの人が、神の子メシアの救いの恵みに浴することができるよう祈りましょう。

2007年12月23日日曜日

説教集A年: 2004年12月19日待降節第4主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 7: 10~14. Ⅱ. ローマ 1: 1~7.Ⅱ. マタイ福音 1: 18~24.

① 本日の第一朗読に読まれる謎めいた言葉を理解するには、その前後の文脈を調べる必要があります。アッシリアが強大になって南下し始めた時、シリア国王はイスラエル国王と同盟して抵抗しようとし、その勢力を拡大するため、南のユダ王国にも加盟を呼びかけたのですが、ユダのアハズ王はその招きを断り、同盟に加わりませんでした。するとシリアとイスラエルの連合軍が、まず豊かなユダ王国を征服してしまおうと、突然攻め上って来たのです。アハズ王の心も民衆の心も、恐れで大きく動揺しました。その時神が預言者イザヤを介してアハズ王に、「落ち着いて静かにしていなさい。恐れることはない。云々」と話され、彼らがやって来ても、ユダ王国を征服するには至らないことを告げ、最後に「信じなければ、あなた方はしっかりと立つことができない」と言われたのです。神のこの最後のお言葉から察すると、人間的には全く絶望的状況に陥っている弱小国ユダを舞台にして、神が何か全く新しいことを演じてみせようとしておられるように見えます。しかし、そのためには、その神に対するユダ王国側からの信仰も求められています。

② 差し迫った恐れに心が動転していたのか、アハズ王は神に対する信仰、すなわち信頼を積極的に表明しようとはしなかったようです。そこで神が更にアハズ王に、(神の言葉を信じるために徴を必要としているなら、どんなものでも良いから) その徴を求めなさいと言われたのが、本日の第一朗読の始めであります。しかしアハズ王は、神に徴を求めるなどという大それたことをしたら、後が怖いとでも思ったのか、「主を試すようなことはしない」といって、ここでもマイナス思考の方に傾いてしまいました。そこでイザヤ預言者が、神が折角大きな愛をもって呼びかけ、神の恵みによって末永く存続する国にしてあげようとしておられるのに、ダビデ王家の人々がマイナス思考にだけ傾き、人々にもどかしい思いをさせるばかりでなく、神に対しても同様にもどかしい思いをさせることを詰問した上で、神御自らダビデ家の人々にお与えになる、前代未聞の大きな奇跡的徴について予告します。それは、乙女が身ごもって男の子を産むという徴で、神はその子の名を「インマヌエル」とお呼びになるという預言です。ここに言われている「乙女」という訳語は、日本語では「結婚前の若い女性」というだけの意味ですが、聖書の原語では男と身体関係のない処女という意味で、年齢には関係ありません。神の力によってそういう処女から生まれる男の子を、神がインマヌエル(「神我らと共に」)と呼ぶというのですから、その処女が、神から直接に種を受けて神の子を産むことが、まだ甚だ漠然とではありますが、ここで予告されているのではないでしょうか。

③ イザヤ預言者が最初にアハズ王に告げた通り、シリアとイスラエルとの連合軍はユダ王国にまでは来ませんでした。シリアに対するアッシリアの侵攻が早かったからです。アッシリアは続いてイスラエル王国をも滅ぼしましたが、その前にアッシリアの神の祭壇を設けたユダ王国は、すぐには征服しませんでした。しかし、この世の人間の力関係や富にだけ目を向けていて、神信仰には生きていなかったユダ王国は、やがてバビロニアによって徹底的に滅ぼされ、生き残りのユダヤ人数万人はバビロンに連行されました。もしもアハズ王があの時すぐに神の呼びかけに従って、神信仰に生き始めていたなら、バビロニアの侵略も回避できたかも知れませんが、旧約の神の民は、バビロン捕囚の苦しみを体験した後に漸く神信仰に立ち返り、長い回り道をしてからではありますが、再びエルサレム神殿を建設して宗教的伝統を続けることができたのでした。

④ 17世紀の有名な科学者パスカルは、「信仰は一種の賭けだ」と書いていますが、あの世の神の存在も、今私たちの生きているこの人生の本質や意味も、忽ち過ぎ行くこの世のことしか知らない私たち人間の理性にとっては、理解し難い大きな神秘なのです。しかし、アブラハムのように、その神からの呼びかけに大胆に自分の人生を賭け、いわば神に下駄を預けて神のお言葉に従い、黙々と信仰に生きてみると、不思議に私たちの心が内面からゆっくりと変化し始め、やがて数多くの新しい体験にも裏づけを得て、神は確かに存在し、私たちを愛し、助け、導いて下さっている、と確信するようになります。神の霊が心の中に働いて私たちの知性を照らし、意志を導き強めて下さるからでしょうが、これは決して私一人の体験ではなく、信仰に生きた多くの聖人・賢者・先輩たちも同様に述懐しています。神信仰に自分の人生を賭けて生きようと立ち上がる最初の瞬間には、初めて水の中に飛び込む時のような勇気が必要です。しかし、神は全ての人に、母の胎内で泳いでいた胎児の時から、水に泳ぐ能力も与えておられるのです。生後長く使っていないと、その能力が眠っているかも知れませんが、水に入ってみれば目覚めて来て、自分にもこんなに素晴らしい能力が与えられていたのだと、神に感謝し喜ぶようになります。主は一度「翻って幼子のようにならなければ、誰も神の国に入ることはできない」とおっしゃいましたが、どうせ死んでしまうこの世の儚い命なのですから、その過ぎ行く自分を中心にして生きることは捨てて幼子のように大きな神の懐に抱かれ、神の愛の海に泳ぐ生き方に転向してみましょう。新たな自由の喜びと希望が、心の奥底から湧き上がって来るのを覚えることでしょう。

⑤ 本日の第二朗読の始めには、ユダヤ教の律法中心の自力的生き方から、神の愛の導き中心の福音的生き方に転向した使徒パウロが、自分を「キリスト・イエスの僕」と呼んでいますが、この「僕」や、聖母マリアが口になさった「婢」という言葉は、当時は主人の所有物とされ、主人の言葉に絶対的に従っていた奴隷のことを指していました。しかしパウロも聖母も、このような言葉を使いながら卑屈になっているのではなく、むしろ神の僕・婢であることに、大きな誇りと喜びと、この世の一切の物事からの自由とを覚えていたと思われます。それは、その言葉に続く「神の福音のために選び出され、云々」、「その御名を広めて全ての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました。云々」などという言葉の言外にもにじみ出ています。間もなく盛大に記念されるメシア誕生の本当の喜びを深く味わうのも、パウロや聖母のように、神の僕・婢として生きようとしている霊魂たちなのではないでしょうか。

⑥ 本日の福音に登場するマリアの婚約者ヨゼフは、その愛するマリアが、恐らくヨゼフの承諾なしに三ヶ月余りナザレを留守にし、ユダヤの親戚の家に滞在した後に、戻って来て暫くしたら、懐妊していることが明らかになると、深刻に悩んだと思います。マリアの心の清さは疑うことができない。律法を中心に据えて、愛するマリアを訴え出ることも自分にはできない。散々悩んだ挙句に、マリアの名誉を傷つけないため、密かに離縁しようと決心したら、天使が夢に現れて、マリアが神の霊によって懐妊したのであること、マリアから生まれる男の子に「イエス」(ギリシャ語でイェホシュア、ヘブライ語で「神が救い」の意味)と名づけるようにという命令、またこの子が民を罪から救うことなどを告げました。眠っていた時に与えられた夢のお告げですから、マリアに与えられたお告げの時とは違って、すぐにヨゼフの承諾を求められることはありませんでしたが、目覚めてからヨゼフは、神が人間となって民を救う新しい時代が自分のすぐ身近で始まっており、自分がその協力者に選ばれていることを悟り、心からそのお告げに承諾し、天使の命じた通りにマリアを迎え入れ、一緒に神の子イエスを育てることにしました。人間メシアはそれによって、ダビデの子孫ヨゼフの系図に組み入れられ、数百年前から預言されていた通り、ダビデの子孫となったのです。

⑦ ヨゼフはこの後も、いつも夢で知らせを受けて黙々と行動するだけだったようで、聖書には一言もヨゼフの話した言葉が伝えられていませんが、マリアと一緒になった時から、ヨゼフも完全に「神の僕」となり、大きな誇りと喜びの内に神の導き中心に生活し始めたのではないでしょうか。クリスマスの内的恵みと喜びを最初に一番豊かに受けたのは、日々神の僕・婢として生活していたヨゼフとマリアであったと思います。私たちもその模範に倣って、それぞれ神の僕・婢として生きる決心を新たにしながら、今年のクリスマスを迎えましょう。アーメン。

2007年12月16日日曜日

説教集A年: 2004年12月12日待降節第3主日(三ケ日)

朗読聖書:  Ⅰ. イザヤ 35: 1~6a, 10. Ⅱ. ヤコブ 5: 7~10.Ⅲ. マタイ福音 11: 2~11.

① 待降節第3の日曜日は、悔い改めて主の来臨のために心を準備する待降節の期間が既に半分以上過ぎ、降誕祭を大きな喜びの内に迎える日が近いので、教会典礼の上では「喜びの主日」とされています。昔日本でもラテン語で歌われていた入祭唱は、”Gaudete in Domino semper” (主にあって喜べ)という言葉で始まっていますし、第一朗読には、間もなくバビロンの捕囚から解放されて故国に戻り、繁栄を回復する時が近いことを告げたイザヤ預言者の、「喜ぶ」という動詞を多用している、明るい希望と喜びに溢れた予言が読まれます。また集会祈願にも同様に「喜び」という名詞が2回も登場しています。

② 本日の福音には、洗礼者ヨハネが、投獄されても尚自分を慕って監獄にやって来る弟子たちを主キリストの許へ派遣して、質問させる話が語られています。20世紀にプロテスタント聖書学者たちが、獄中で弟子たちからイエスのなさっていることを聞いたヨハネは、そのイエスが果たしてメシアなのかと、疑念を抱くに到ったのではないかという見解を広めたら、カトリック者の中にもその解釈に同調する人たちが現れましたが、その人たちは、マタイ3章に収録されている洗礼者ヨハネがファリサイ派とサドカイ派の人々に語った話の中では、「斧は既に木の根元に置かれている」などと、来るべき神の怒りが強調されており、聖霊と火によって洗礼をお授けになるメシアは麦は倉に納めるが、籾殻は消えることのない火で焼き尽くす恐るべき裁き主であると説かれているが、これが神から啓示された洗礼者ヨハネのメシア像なのに、弟子たちから聞くナザレのイエスは、そんな恐るべき裁き主としては活動していないので、「来るべき方はあなたでしょうか。それとも他の人を待たなければなりませんか」と弟子たちに尋ねさせたのだ、と説明しています。

③ 私が神学生であった時にドイツ人司祭から聞いた話ですが、この新しい見解を聞いたカトリックの聖書学者たちは、すぐに次のように反論しました。マタイ3章にあるヨハネの説教は、東方の博士たちが星に徴が現れたからといってメシアを拝みに来た時にも、ベトレヘムにメシアを生まれるという預言のあることは知りながら、調べてみよう、拝みに行こうなどとせずに、いつまでも無関心を装ってこれまで通りの生活を続け、心を改めようとしていないユダヤ社会の指導層に宛てて、異常な程強く悔い改めの必要性を説いた説教であって、それが洗礼者ヨハネのメシア像の全てではない。その証拠に、同じマタイ3章の後半に、ヨハネはイエスに「私こそあなたから洗礼を受けるべきなのに、云々」と話して、イエスが誰であるかをはっきりと知っているし、ヨハネ1章では、「見よ、神の小羊を」と言って弟子二人を主の御後に従わせている。同時にこの「神の小羊」という表現で、イエスが単に恐るべき審判者だけではなく、世の罪を取り除くために殺される運命にあることも知っていたと思われる。更にヨハネ3章では、ヨハネは投獄される前に既に弟子たちから、イエスが多くの人に洗礼を授けており、「誰も彼もその人の方に行く」ことを聞いて大いに喜んでおり、「花嫁をもらうのは花婿である。花婿の友はそばに立ち、耳を傾け、云々。あの方は栄え、私は衰えなければならない」などと話している。これらのことを皆総合して考えると、当時荒れ野で育児も担当していたエッセネ派の所で成長し、旧約の預言書にも精通していたと思われる洗礼者ヨハネは、イエスの活動がメシアについての預言通りであるのを喜び満足していたと思われる。それで、弟子たちをそのメシアの方へ行かせようとしたが、ある弟子たちはなかなか行こうとしないので、弟子たちの持ち出す疑念を自分からの質問として主の所に持って行かせ、主と直接に面談させて、その質問に対する主のお返事を自分に報告させたのだと思われる。主のお返事をその弟子たちが正しく理解していないようであるなら、自分がそれを補い解説できるように、というような反論でした。

④ 主の方でも、ヨハネのこの意図は察知しておられたようで、その弟子たちが主の御許で現実に見聞きした活動が、イザヤ預言者がメシアについて預言した通りのものであることを、獄中のヨハネに報告するよう答えておられます。そして「私について躓かない人は幸いである」と一言付言しておられます。その弟子たちのその後については何も述べられていませんが、遅くとも洗礼者ヨハネの殉教後には、主がメシアであることを認めるに到ったのではないでしょうか。彼らが御許から去った後、主は洗礼者ヨハネについて群衆に話しておられます。それによると洗礼者ヨハネは、神の言葉を民に伝える単なる預言者以上の特別な預言者なのです。主はそれについて旧約のマラキ3章始めに読まれる預言の言葉と、出エジプト記23章の預言の言葉とを合せて引用しながら話されたようですが、既にキリスト以前のユダヤ教のラビたちも、この二つの預言を合せて引用し、メシア出現に先立って神から特別な使者が派遣されて来ると説いています。主はその特別の使者が洗礼者ヨハネその人であることを、ここで言明なされたのだと思います。

⑤ しかし、主が最後に話された「天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である」という謎めいたお言葉は、どういう意味でしょうか。私は勝手ながら、主がここで話しておられる「天の国で最も小さな者」とは、死後永遠に続く神の愛に完全に浄化され、光栄に輝いている天国の住人だけでなく、神の子キリストが制定なさった洗礼を受けて、既にこの世で「神の子」としての新しい命に参与している私たちをも指していると思います。使徒パウロは受洗して主キリストの命に内的に参与している信徒を、ガラテア書6章やエフェソ書2章で神によって創られた「新しい被造物」「新しい人間」と呼んでおり、コリント前書3章やコリント後書6章などでは「生ける神の神殿」と呼んでいます。旧約時代最後の預言者ヨハネは、神の啓示に基づいてご自身が予告した「聖霊と火による洗礼」を、この世ではまだ受けなかったようですから、その限りでは三位一体の名において受洗し、神の子キリストの命に内的に参与している私たちは、この世で生活していた時の洗礼者ヨハネよりも、神の御目に偉大な存在とされているのではないでしょうか。人間として偉大なのではありません。神の御目に貴重な器・道具と思われ、特別に愛されているという意味で偉大なのではないでしょうか。ここに、私たちキリスト者の本当の尊厳があると思います。

⑥ しかし、使徒パウロがローマ書7章と8章やその他の所で書いているように、受洗した人たちもこの世に生きている限りは、自分の内にまだ「肉」の原理、「肉」の思いを抱えており、それらと新しく神から与えられた「霊」の原理、「霊」の思いとの対立抗争に苦しまなければなりません。それは絶えず自分の心の中に繰り返される葛藤で、私たちは洗礼の秘跡の恵みによって日々その「肉」の原理に死に、神の霊に内面から生かされるように努めなければなりません。ですから使徒ヤコブも本日の第二朗読の中で、「主が来られる時まで忍耐しなさい。農夫が、秋雨や春雨の降るのを忍耐しながら待つように」などと勧めています。神の偉大な恵みの種は、洗礼によって既に私たちの心の土壌に蒔かれており、私たちの魂は神の神殿となっているのです。その種がどのように大きく成長し、どれ程豊かな実を結ぶかはまだ現れていませんが、心を堅く保って忠実に生き、忍耐の内に待ち続けましょう。待降節は、その決意を実践的に新たに固める時でもあります。明るい希望と忍耐の恵みを祈り求めつつ、本日のごミサを捧げましょう。

2007年12月9日日曜日

説教集A年: 2004年12月5日待降節第2主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ: イザヤ 11: 1~10. Ⅱ. ローマ 15: 4~9. Ⅲ. マタイ福音 3: 1~12.

① 本日の第一朗読の始めに「エッサイ」とあるのは、ダビデ王のお父さんの名前で、旧約時代にはダビデ家とその子孫を指すのに、この「エッサイ」という名も使っていました。またここで「株」とあるのは、木の切り株のことを意味しますが、ダビデの後を継いだダビデ王朝の王たちが神の力により頼まず、自分の人間的な力を過信したり、隣の国の力に頼ったりしたために、遂に神の助けを受けなくなって滅ぼされてしまったことを、大木が切り倒されたのに譬えて、その廃墟に生き残っている子孫のことを「切り株」と称しているのです。イザヤ預言者は、その切り株から一つの若枝が育つと、その上に神の霊が留まり、弱い人・貧しい人を公平に弁護して、神による救いが成就することを予言しているのです。しかし、6節以下の後半部分に「狼が小羊と共に宿り、云々」とある予言は、罪に穢れたこの世で実現することではなく、世の終わりにこの世がいったん徹底的に崩壊して罪に死に、罪の穢れと闇から完全に脱却して、霊化された姿に蘇った後で実現する、平和と喜びについて語っているのだと思われます。神は私たちの将来に永遠の平和と幸福の世界を用意して、私たちがこの苦しみの世で心を磨いた後、そこにまで昇って来るのを待っておられるのだと思います。神の深い愛に感謝しましょう。

② 続く第二朗読は、使徒パウロがローマ書15章の始めに書いた「強い者は、強くない者の弱さを担うべきである」という言葉を敷衍した教訓ですが、その後半に述べられている「神の栄光のためにキリストがあなた方を受け入れて下さったように、あなた方も互いに相手を受け入れなさい」「異邦人が神をその憐れみの故に讃えるようになるためです」などの言葉を読むと、単に自分たちが受け継いだ伝統と社会秩序を誠実に守って、法にも論理にも背かないように生活しているだけでは足りないように思われます。皆さん、この21世紀になって西欧の人々の間に話題となっている「第四世界」という言葉をご存知でしょうか。第四世界というのは、従来「第一世界」と呼ばれてきた先進国内に居住しながら、富裕な社会からは社会秩序を守ろうとしない人々、あるいは守れない人々として除け者にされ、相応しい就職口から排除されて貧困や差別扱いに追い込まれたり、危険な無法者集団の一味と見做されたりしている人々を指しています。具体的には、近年わが国にも激増して来ている野宿者・不法滞在者、あるいはまともに働こうとせずに、詐欺や盗みなどの犯罪やテロ活動などに専念している人たちをも指しているようです。

③ 第一世界のようになろうと努力している後進諸国の第二世界、あるいはその努力が思うようにできない程、貧困その他の問題を多く抱えているアフリカ諸国の第三世界は、先進国からは遠く離れているので、国際的に国外支援を続けるだけでも良かったでしょうが、先進諸国の底辺部に急速に増大しつつあるこの第四世界に対しては、どのように対応したら良いのでしょうか。理知的にだけ物事を処理し勝ちであった先進国の伝統的社会組織が、心の教育の失敗などで内面から急速に瓦解し始めると、この問題は次第に国家も有効に対応できない程に深刻になり、ちょうど最近のイラク社会やイスラエル社会のように、絶えず警戒しつつ外出するような事態になるかも知れません。心にさまざまなしこりを抱えていると思われる第四世界の人々を、第一世界の理知的論理や道徳観で説得しようとしても無駄だと思います。その人たちは、私たちのとは大きく違う文化に生きているのでしょうから。

④ 私は、文化の違うその人たちに心を開かせ、全世界の全ての人々と共に平和共存するように転向させる道は、主キリストがこの世にもたらした神の奉仕的愛に生きること一つだと思います。2千年前に救い主がお生まれになったのは、当時の富裕な先進国社会の中でも最も下層の所でした。そしてその富裕な社会の人々から、既に赤子の時から命を狙われたり、冷たくあしらわれたり、悪口を言われたりしながら育ち、ファリサイ派が担当していた当時の児童教育も受けずに、ひたすらその日その日の小さな大工仕事を頭を下げてもらい歩きながら、一人前の大人に成長したのだと思います。それは、現代の第四世界の人々の育ち方に似ているのではないでしょうか。主がその短い公生活中に説いた神の愛、神の国の教えも、富や権力や法を重視していた当時の先進国文化とは質的に大きく違った文化でした。貧富の格差が拡大していた当時の社会に満足できず、救いの道を求めていた人々は主の教えに感服しましたが、しかし、主はユダヤ社会の指導者たちからは理解されず、逆に誤解を広められたりしていました。主は単にその社会の中で死んだのではなく、社会から命を付け狙われて殺されたのです。現代の第四世界の人々の中にも、ナザレのイエスのように、社会から理解されずに排除され続ける人生を営んでいる人が、少なくないのではないでしょうか。救い主が身を持って生きてみせた神の憐れみと神の愛を、私たちも体得し体現しようと努めてこそ、文化や民族の違いを超えて第四世界の人々の心に近づき、神の愛の中での全人類一致の道を切り開くことができるのではないでしょうか。

⑤ 本日の福音は、主の公生活に先立って、当時のユダヤ社会に心の改心を力説した洗礼者ヨハネの話ですが、彼は旧約聖書に詳述されていて誰もが聞き知っているエリヤ預言者のように、らくだの毛衣を身にまとい腰に皮の帯を締めていたので、その珍しい姿から、見る人は皆エリヤのような預言者が登場したのだと思ったことでしょう。「悔い改めよ。天の国は近づいた」という彼の力強い呼びかけに、多くの人が続々と彼の許に来て、これまでの自分中心・人間中心の考え方を改め、神の霊の導き、神の霊の支配に従おうとする心を新たにして、ヨルダン川で水の洗礼を受けました。

⑥ それで、当時のユダヤ社会の指導層の人々も、その様子を見て使者たちを派遣し、洗礼者を視察させたようです。それを見た洗礼者ヨハネは、「蝮の子らよ」と厳しい言葉で彼らに呼びかけ、「斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木は皆、切り倒されて火に投げ込まれる」と、ユダヤ社会に天罰の時が迫って来ていることを告げ、「悔い改めに相応しい実を」結ぶよう説いています。ここで「悔い改め」とあるのは、ユダヤ社会に定着している従来の人間的価値観から脱皮して、神の霊の導きに従おうとする新しい生き方を身につけることを意味していると思います。彼らは自分たちを「アブラハムの子孫」として自負していましたが、それは人間的歴史的には間違っていないとしても、内的にアブラハムの信仰心に生きていない者はアブラハムの子孫として認めない神が、神に従わない集団的エゴイズムに汚染されているユダヤ社会を滅ぼしてしまおうと、歴史に介入なさる時が迫っていたのです。アブラハムの子孫でない異邦人であっても、内的にアブラハムの信仰心に生きようとして悔い改めの洗礼を受けるならば、神が新しい神の民として受け入れ保護し導いて下さる時代、これまでの民族・文化・各種伝統の相違を越えて、全人類が神の下に一つになって生きる新しい時代が、始まろうとしていたのです。

⑦ この新しい時代の到来を力強く唱道した洗礼者ヨハネの言葉は、大小さまざまの河川のような諸民族・諸文化の流れが、皆一つの海流のようになりつつある、現代のグローバル時代に生きる私たちにとっても大切だと思います。私たちも悔い改めて、何よりも神の霊の導き、神の霊の働き中心に生きようと決心を新たにし、そのために必要な恵みを祈り求めましょう。

2007年12月2日日曜日

説教集A年: 2004年11月28日待降節第1主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 2: 1~5. Ⅱ. ローマ 13: 11~14a. Ⅲ. マタイ福音 24: 37~44.

① 近年悲惨な事件や災害が次々とあまりにも多く発生しており、今年も、何も悪い事をしていないのに、テロ組織に命を奪われた人々や通り魔的犯罪の犠牲にされた人々、台風や地震などの自然災害によって命を奪われた人々、あるいは命は取り留めても貴重な生活手段を失って今だに深刻に苦しんでいる人たちが少なくありませんが、こういう不幸が多発すると、よく「神はなぜこのようなことを許すのか。神は何をしているのか」「神はなぜこんなに不公平で不幸な世界を創ったのか」などと言う人がいます。私はこういう言葉を聞きますと、コリント前書15章に書かれている、次の言葉を思い出します。「あなたの蒔くものは、死ななければ命あるものとなりません。あなたが蒔くのは後で成熟する体ではなく、麦であれ、他の何物であれ、ただの種粒を蒔くのです。すると神がお望みのままに体を与えて下さり、一つ一つの種にそれぞれの体をお与えになるのです」という言葉です。すなわち、私たちの今生きている世は仮の世であり、土の中のようなこの暗い苦しみの世での私たちの命は、言わば種や卵や蛹のような状態にあるのです。しかし、殻に閉ざされたこの状態がいつまでも続くのではなく、遅かれ早かれ死んで殻が破れると、私たちは日ごろ次の世のために心を準備し来た度合いに応じて、それぞれ自分の種に孕まれている命を伸ばし始めるのです。

② 蛹の時のあまりにも視野の狭い苦しい体験から神に理屈をこねてみても、相手にされません。それは黙々と耐え忍び、その忍耐によって次の世に芽を出す、本当の命を目覚めさせ強く育てるために必要な産みの苦しみであり、怠惰を戒める警告なのですから。死後に復活してから、もっと遥かに大きく遥かに自由な霊と真理の世界で永遠に続く本当の人生について、私たちはまだほとんど何も体験していません。それなのに、この小さな暗い仮の世の体験から、理知的人間理性が考え出した勝手な理屈を絶対視して、私たちの存在と命の大恩師であられる愛の神を非難したり、視野の狭い原理主義者たちのように、自分と違う考えや信仰に従っている人たちを迫害したりするのは、以ての外だと思います。もっと心を大きく広げ、神の愛の霊に生かされ導かれる大らかな人間になるよう心がけましょう。そのための道は、理知的論理を組み立て厳守しようとすることではなく、何よりも神から与えられる全てを感謝の心で受け入れ、神の御旨に従って生きよう実践しようとする素直な愛の感性、愛のセンスを磨くことだと思います。

③ ところで、全ての種や卵や蛹が皆次の段階での幸せな命へと移行できる訳ではないように、私たち人間も過ぎ行くこの暗い仮の世で、それぞれ自分なりに次の世のための霊的命を大切に心に宿し準備しているなら、その準備の度合いに応じて、死んで復活した後に仕合せになれますが、もしその準備期に次の世のための貴重な命を歪めたり殺したりしてしまったら、次の世では仕合せになれないことも起こり得ます。神から日々戴いている恵みは全て自分の勝手にできる所有物と思って感謝しようとせず、神からの呼びかけにも冷たく無関心であり続けるなら、あの世で永遠に生きる人間本来の美しい愛の命を著しく阻害し、あの世での自分の仕合せを自分で大きく損なってしまうのではないでしょうか。気をつけましょう。私たちの日々呼吸している空気も、私たちの飲んでいる水も、私たちの食べている食物も、いや「美しい水の惑星」と言われるこの地球も、宇宙全体も、元を正せば全て神の所有物であり、神の大きな愛により私たちに無償に委ねられている預かり物であります。この世でそれらを感謝のうちに利用しつつ、永遠の命に生まれ出るに相応しい心を育て、準備するための手段なのです。私たちは、神からの全ての恵みを日々感謝の心で受け止め、大切にしているでしょうか。

④ 本日の第二朗読の始めには「あなた方は今がどんな時であるかを知っています。あなた方が眠りから覚めるべき時が既に来ています」とありますが、ここに「時」と邦訳されているギリシャ語のカイロスという原語は、11月28日の午前9時というような科学的時間を意味するクロノスという言葉とは違って、特定の大事な時、待ち望んでいるチャンスなどを指しています。従って使徒パウロのこの言葉は、あなた方が眠りから覚めるべきチャンスが今既に来ています、という意味になると思います。私が中学時代に教わった漢文の先生は、素早く通り過ぎることの多いチャンスは、前頭には長い髪が垂れていて、その到来を待ち構えている人はそれを捕まえて新しい幸せな人生へと踏み出すことができるが、その時を逸すると、後ろ頭は禿げて毛がないためにもう捕まえることが難しい、と説明していましたが、私のこれまでの体験を振り返ると、全くその通りだと思います。教会は新しい典礼一年の始めである待降節第一の日曜日に、この言葉を朗読させて私たちの心の目覚めを促しているのですから、私たちもこのチャンスを大切にし、自分の人生目的を確認したり、自分の不足面や怠っていた側面などを反省したりして、あの世の永遠の人生のために、改めて心を整え、決心を新たに致しましょう。

⑤ 本日の福音は、主キリストが世の終わりについて語られた話の一部ですが、私たちが今生きているこの命も、この世の世界も決して永遠に続くものではない過渡的なものであることと、ちょうど卵の殻が破れた後に初めて、その生物本来の生命活動が始まるように、私たちの本当の人生、私たちが今見ているこの宇宙万物の本当の輝かしい幸せな状態も、終末の大災害と神の子キリストの栄光の来臨の後に始まることとが、ここでも暗示されています。私は聖書の告げているこういう予言を読む度毎に、使徒パウロがローマ書8章に書いている次の言葉を思い出します。「現在の苦しみは、私たちに現されるはずの来るべき栄光に比べると取るに足りないと、私は思います。被造物は神の子らの現われを、切なる思いで待ち焦がれているのです。被造物は虚無へと服従させられていますが、それは自分が望んだからではなく、そうさせた方の御旨によるのであり、同時に希望も与えられています。すなわち被造物もやがて腐敗への隷属状態から解放されて、神の子らの栄光の自由に参与するのです。全ての被造物が、今もなお共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、私たちは知っています。云々」という言葉です。ここで「全ての被造物」とあるのは、この宇宙万物を指しており、「神の子ら」とあるのは、神の子キリストの命に参与して、栄光の輝きの内に復活する人々を指しています。

⑥ 本日の福音の始めの方の、37節と39節には、ギリシャ語原文では、「人の子の来臨(パルウシア)」という言葉が二度も登場していますが、ローマ皇帝の栄光に輝く行幸などを指す時に使われる、この来臨という言葉は、ここでは神の子キリストの栄光に満ちた来臨を意味しており、日本語の「人の子が来る」という邦訳では、甚だもの足りなく感じられます。ところで、ノアの大洪水の時のように、食べたり飲んだり娶ったり嫁いだりして楽しんでいる最中、全く突然に襲来する終末の大災害に、日ごろ神の子の命に結ばれ生かされている人々は、残されて神の子キリストの栄光に参与できますが、日ごろ神からの呼びかけを無視して、やがて滅びるこの世の生活、この世の力だけにより頼んでいた人々は駆逐され、滅びへと堕ちてしまうのです。主が私たちの心の目覚めのために語られたこれらのお言葉をしっかりと心に銘記し、その時のために心を備えていましょう。