2011年8月15日月曜日

説教集A年:2008年8月15日聖母の被昇天(三ケ日)

第1朗読 ヨハネの黙示録 11章19a、12章1~6、10ab節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章20~27a節
福音朗読 ルカによる福音書 1章39~56節

① 本日の集会祈願では、汚れのない聖母マリアの体も魂も天の栄光に上げられた神に、信じる民も聖母と共に永遠の喜びに入ることができますように、と願っており、奉納祈願でも拝領祈願でも、そのための聖母の取り次ぎを願っています。体ごとあの世の栄光に上げられた聖母は、確かに私たちの将来の幸せな姿を予告しており、私たちの希望と憧れの的でもあります。しかし私は、天に上げられたその聖母の少し違うお姿について、本日皆様と一緒に考えてみたいと思います。

② この世で神に忠実な清い生活をなし、小さな罪の償いまでも果たして帰天した聖人たちの霊魂は、天国に迎え入れられても、世の終わりに主イエスが栄光の内に再臨して全ての人が復活するまでは、まだ肉体を持たない状態、すなわち人間としては死の状態に留まっていますので、13世紀の偉大な神学者聖トマス・アクィヌスの考えでは、神から創られた人間本来の認識や活動ができない状態にあって、復活の日を待たされているのだそうです。としますと、自分に助けを祈り求める人たちのため神に取り次いで必要な助けを祈り求めることや、生前に自分と知り合った人たちの幸せを祈り求めることはできても、今の社会の歴史的動向やその中で生きる無数の人たちの心の状態などを人間的認識能力で知ることも、それに対する行動を取ることもできないと思われます。

③ ところが、永遠に死ぬことのないあの世の神の命に体ごと復活し、今も人間として生きておられる主イエスは、あの世の栄光の内にありながら、この世の歴史の動きを全て人間としても知っておられ、多くの人の救いのためにそれに対応する活動をなしておられると思います。主が最後の晩餐の時に話された数々の御言葉、たとえば「私はあなた方を孤児にはしておかない。私はあなた方の所に戻って来る」(ヨハネ14:18)などの御言葉や、マタイ福音書の最後に記されている「私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる」などのお言葉は、このことを示していると思います。主は今も、目に見えないながら実際に私たちの間に生きる霊的人間として現存し、私たちの必要に応じて助け導いて下さるのです。信仰のない所に主は何もお出来になりません。しかし、この信仰と愛を持っている人たちは、度々小刻みに実際に主の導きや助けを体験しています。それは福者マザー・テレサの残された言葉や、その他の多くの聖人たちの言葉の中に現れていますが、小さいながら信仰に生きる私も、小刻みに数多く体験しています。

④ 体ごと天に上げられた聖母マリアも、世の終わりまでの主イエスのこのお働きに、母の心をもって参加するよう神によって特別に召されたように思います。40数年前に開催された第二ヴァチカン公会議は、教会憲章の第8章に聖母マリアについてかなり詳しく述べていますが、聖母マリアは恩寵の世界において我々の母であると明記し、教会教導職が代々勧めて来たマリアに対する信心業を重んずることや、我らの母を子どもとして愛し、母の徳を模倣することなどを勧めています。この観点から教会の歴史を振り返ってみますと、聖母がまだこの世に生きておられた頃の初代教会を別にしても、ローマ帝国で迫害が激しくなった4世紀初め頃から聖母に助けを祈り求めることが広まり、少し後には他のどの聖人に対する祈りよりも、聖母に対する祈りが効果的であるなどと言われていました。その4世紀初めに普及した祈りは、ラテン語でSub tuum praesidiumという言葉で始まる祈りですが、日本語にも訳されて、以前の公教会祈祷書には「天主の聖母の御保護によりすがり奉る。いと尊く祝せられ給う童貞、必要なる時に呼ばわるを軽んじ給わず、かえって全ての危うきより、常に我らを救い給え。アーメン」とあり、終業の時などに唱えられていました。

⑤ 古代末期にも中世にも、聖母に祈ってその助けを体験した人は数知れず、それを記念したと思われる聖母の巡礼所や巡礼聖堂はヨーロッパに非常に多く残っています。しかし、18世紀に人間理性中心に全てを批判的に考え直し、人間中心に合理的に生きる潮流が政治・社会・教育のあらゆる分野で広まると、信仰をもって聖母の取り次ぎを祈り求める人が少なくなったかも知れません。それで聖母マリアも、人類に対する働き方を少し変更なされたように見えます。それまでの社会形態を大きく変えた産業革命と、強い人たちの冷たい合理主義的考え方・生き方の下にあって、不安に苦しむ弱い人たちが激増し始めたからです。フランス革命後のこのような新しい不安な社会状況の中で、聖母は1830年にパリで御出現になり、不思議なメダイを身につけて聖母の保護を受けるようお勧めになったのを始めとして、今日に至るまで世界各地に度々御出現になって、素直にそのお言葉に従って祈る人、ロザリオを唱える人たちに御保護や癒しの恵みを与えたりしておられます。この世で悪がはびこり救いを求めて苦しむ人たちがいる間は、聖母は天国の喜びの中におられても、母として深い悲しみや苦しみを味わって、涙を流しておられるのではないかと私は考えますが、いかがなものでしょうか。

⑥ 涙と言えば、イタリアでも涙を流す聖母像の現象がありましたが、わが国でも秋田で聖母像が1975年1月4日から81年の9月15日までの間に101回にわたって涙を流す現象が、非常に多くの人たちに目撃されています。79年の3月25日には、聖母像のお顔の全面だけでなく、御像の台までひたす程多量の涙が流されています。それらの涙は首都圏や本州各地の人たちによってだけではなく、北海道や九州・沖縄・韓国などからの多くの巡礼者たちにも目撃されており、79年12月8日には、東京12チャンネルのテレビ局のスタッフ4人によって撮影されています。岐阜大学医学部の勾坂馨教授が二度にわたって綿密に鑑定した結果によりますと、聖母像の右手の傷口から出た血と両眼から出た涙は全て人間のもので、血はB型で、涙はAB型であったり、O型であったりしています。あの世の霊化した聖母のお体は、この世の肉体とは違って、一つの血液型だけに束縛されないのかも知れません。聖母の御声や天使の声を度々聞いた姉妹笹川カツ子さんの血液型はB型だそうですから、笹川さんの血や涙が無意識的超能力によって、そこに転写したものではあり得ません。そこにはやはり、あの世からの超自然の力と徴しが働いて、私たちに何かを訴えているのだと思われます。

⑦ 天に上げられた聖母は、大きな過渡期の混乱と不安の中に生きている私たち人類に、何かをしきりに訴えておられると思います。終戦記念日にあたり、祈りの内にその聖母の「声なき声」に心の耳を傾け、武力に頼らない、思いやりと奉仕の愛に根ざした真の平和が人類社会の各国で実現するよう、神によって主イエスと共に今も霊的人間として生きておられ、人類の霊的母と立てられた聖母の取り次ぎを願って祈り求めましょう。本日のミサ聖祭は、その世界平和を願ってお献げ致します。ご一緒にお祈り下さい。