2009年12月27日日曜日

説教集C年: 2006年12月31日、聖家族の祝日(三ケ日)

朗読聖書:Ⅰ. サムエル上 1: 20~22, 24~28. Ⅱ. ヨハネ第一 3: 1~2, 21~24. Ⅲ. ルカ福音 2: 41~52.

① 以前にも話したとおり、私たちは三ヶ月に一度土曜日か日曜日に、浜松から豊橋に至るまでの地元民の上に神の豊かな祝福を願い求めてミサ聖祭を献げていますが、本日のミサはその意向で献げられます。ご一緒にお祈りください。本日の福音には、過越祭の巡礼団に参加して両親と共に聖都エルサレムに滞在した、12歳の少年イエスの言葉が読まれます。福音書にはそれ以前のイエスの言葉が全く載っていませんから、この言葉が、私たちに残された主イエスの最初の言葉になります。当時巡礼団が行進する時は、男のグループと女のグループとが分かれており、12歳未満の子供は通常母親と共に、それ以上の男の子は、男のグループに属して行進していました。ちょうど12歳になったばかりの男の子は、同年輩の男の友人が男のグループにも女のグループにもいるので、ある程度自由にどちらかのグループに入ることができたようです。そのため母親のマリアは、少年イエスが女のグループの中にいなくても別に不審に思わず、同様にヨゼフも疑いを抱かずに、エルサレムからイェリコ辺りにまで巡礼団と一緒に降ってから、家族ごとに野宿する時になって、少年イエスが一緒にいなかったことに気づいたのだと思います。しかし、荒れ野の長い坂道を夜にエルサレムまで戻ることはできないので、二人は一夜明けた翌日に心配しながら、エルサレムへ戻って行ったのだと思います。

② 察するに、夕暮れ近い頃にエルサレムに着いて、親戚・知人の家々を訪ねても、イエスを見つけることができず、不安をつのらせながら、更に一夜を明かしてから、三日目の午前に神殿に行ったのだと思います。すると律法学者たちが子供たちに宗教教育をなすことの多いソロモンの回廊の所だと思いますが、イエスが学者たちの真ん中に座り、教師の話を聞いたり質問したりし、そこにいる人たちが皆、その賢い受け答えに驚いているのを発見しました。

③ マリアとヨゼフも、初めて見るイエスのこのようなお姿に驚いたと思います。質疑応答が一応終わった後で、マリアはイエスに近づき、「なぜこんなことをしたのですか。ご覧なさい、お父さんも私も心配して捜したんです」と問い質しました。両親にひと言も断らずに神殿の境内に留まり、大きな心配をおかけしたのですから、母マリアのこの詰問は当然だと思います。すると少年イエスはそれに対して、日本語の訳文によると、「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」と答えたのです。過越祭には毎年エルサレム神殿に来ているのに、今までは両親に大きな心配をかけるそんな勝手な行動をしたことも、そんな不可解な言葉を口にしたことも恐らくなかったでしょうから、両親にその言葉の意味が分からなかったのも、当然だと思います。この世の私たちの社会的常識から考えても、この言葉は理に合わず、全く不可解だと思います。いったい少年イエスは、なぜこんな返答をしたのでしょうか。主が神殿にいるのが当たり前だなどと考えなかったのが、むしろ当然だったのですから。

④ 神学生時代から抱いていた私のこのような疑問に対する答えを、私はローマ留学中に読んだ、1964年発行の神学者カール・ラーナーの著書”Betrachtungen zum ignatianischen Exerzitienbuch”(イグナチオの霊操書のための考察)の中に見つけました。本日はそのことについて少しお知らせ致しましょう。満12歳という年頃は、人間がそれまでの子供心から少し脱皮して、自分の将来の使命について話したり、急に思わぬ行動を起こしたりする例が、古来偉大な人物の伝記に散見されるそうですが、人間としての主の御心も、ちょうどその年頃に来て、救い主としてのご自身の使命をはっきりと自覚するに至ったのではないでしょうか。ラーナーは、主がここで初めて父なる神を「私の父」と話しておられることから、この過越祭に神殿で祈っていた時、人間としておそらく初めて何か天の御父からの呼びかけの声を聞いたのではなかろうかと推察しています。そして神との深い祈りの交わりに引き入れられ、ガリラヤへと帰って行く巡礼団の誰にも連絡ができないまま、神殿に取り残されてしまったのではなかろうかと考えています。主が神の御独り子であられることを考慮すると、これはあり得ることだと思います。主はこうして、神の摂理がこの苦しい異常事態を解消してくれるまでの間、祈りつつ飢えに耐えて、神殿の境内に留まっておられたのではないでしょうか。

⑤ 主のお言葉に「自分の父の家に」とあるのは、原文通りの適訳ではありません。ギリシャ語原文では他に類例のない神秘的な表現になっていて、強いて翻訳するなら、「私は自分の父のもののうちにいなければならない」となりますが、この「父のもの」が何を指すのか不明なので、多くの訳文には「父の家」となっており、これを父の家、すなわち神殿と限定して考えると誤解になり、そんなことは少しも決まっておらず、主はそれ以前にもその後も神殿の中で生活しようとはしておられないのに、などという異論が出てきます。ずーっと後で、聖書学者雨宮神父の本から知ったのですが、エルサレムバイブル訳では、これを「父から与えられた仕事」としているそうです。この訳ならば多少判り易いですが、12歳の少年イエスはそのようにも言わずに、もっと含みを持たせた神秘的言い方をしたために、両親には、その言葉の意味が分からなかったのだと思います。

⑥ しかし、理知的理解よりも心の信仰、心の交わりを中心にして生きておられた両親は、主にその言葉の意味を尋ねようともなさらず、少年イエスもすぐに両親に従ってナザレに帰り、両親に仕えておられたので、この時の異常事は、日常の通常事の中に埋もれて忘れられたと思われるかも知れませんが、母マリアは決して忘れず、これらの事を全て心に納めて考え合わせておられたようです。この異常体験が、その後の聖母の信仰生活を一層深みのあるものへと導き高めていったのではないでしょうか。平凡な日常の人間的通常事と神からの介入という異常事との共存、それが私たち信仰に生きる者たちの生活であります。聖母は、晩年にこの忘れ難い異常な出来事を、ルカに語られたのではないでしょうか。察するにマリアは、少年イエスの心には神を自分の父と仰ぎ、その父からの使命の達成を何よりも優先する不屈の意志が宿っていることを、この時から一層はっきりと自覚し、自分もヨゼフと共に、主のその使命の達成に積極的に協力し始めたのではないでしょうか。神からの使命の達成に皆で一つになって生きていた所に、聖家族の一致と平和と喜びの基盤があったのであり、それを模範と仰いで、私たちの家庭生活を振り返り高めようとするところに、本日の祝日の意義があると思います。

⑦ 私たちも自分の言い分や、自分のこれまでの働きや、それに伴う権利等々は二の次にして、まずは自分たちの家族に神から与えられている使命の達成を第一にするなら、そこから家族全員が一つになって生きる力も、喜びも平和も生まれて来ると思います。その照らしと恵みとを今対立と不和に苦しんでいる多くの家族のため、また私たち自身のために神に願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

⑧ 降誕節なので、もう一つこれも私のローマ留学中に学んだ話ですが、これまで話す機会のなかった祭司ザカリアについても、ここで少し説明致しましょう。ダビデ王はレビ族の祭司を24組に分けて、各組が一週間ずつ当番制で神殿で奉仕することに決めました。ザカリアはその第8組に所属する祭司でした。過越祭などの大きな祝日のある週には、大祭司たちが神殿の至聖所で祈り香をたくなどの務めをしていましたから、24組に所属する下級祭司たちが神殿に奉仕するのは、一週間ずつ年に2回だけですが、奉仕当番の祭司たちは毎日くじを引いて、選ばれた一人だけが聖所に入って香をたく務めをしていました。なるべく多くの祭司にこの名誉ある務めを果たす機会が与えられるよう、一度くじに当たった祭司はくじ引きから除外されていました。

⑨ 多くの祭司は30歳代、遅くとも40歳代頃にこの聖務を果たしていたと思われます。しかし、ザカリアは高齢に達するまで一度もくじに当たらず、毎日若手の祭司たちに伍してくじを引くことに肩身の狭い思いをしていたと思われます。妻エリザベトも生まず女なので、何か隠れた罪があって神から退けられているのではないかと、人々から軽視されていたことでしょう。それで二人は、聖書にある通り「主の全ての掟と定めとを」可能な限り忠実に順守していたのですが、この苦しい不運は変わらず、二人とももう年老いて諦めていたと思います。ところが、ある日そのザカリアにくじが当たり、彼は他の祭司たちや会衆が外で祈っている間に、聖所に入って香をたくことになりました。

⑩ 聖所に入って香をたいた時には、緊張して心が硬くなっていたと思われますが、その彼に主の天使が現れて、エリザベトの出産と生まれる男子についての、かなり詳しいお告げを与えたのです。彼はすぐにはその言葉を信じることができず、「何によってそれを知ることができるでしょうか」と質問し、天使から「あなたは口がきけなくなり、この事が実現する日まで話すことができないであろう。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったから」という、冷たい苦しいしるしを頂戴しました。誤解しないように申しますが、彼は神を信じなかったのではありません。規則や義務の順守を重視するあまりに、その信仰心が愛や喜びの柔軟性を失って、固くなっていたのだと察せられます。全ての掟を忠実に守る旧約時代の信仰生活については模範的でしたが、自分に対する神の特別の愛、自分たちの中での全能の神の働きなどについては、すぐには信じられなかったのだと思います。

⑪ 聖所の中から異常に遅れて出て来たザカリアが、話すことができなくなり、手まねで説明するのをいぶかりながら見ていた外の人たちは、何と思ったでしょう。ザカリアはやはり何かの隠れた大罪があったので、聖所に入ったら天罰を受けたのだと考えたのではないでしょうか。しかし、大きな社会的恥の内に一週間の務めが終わって、黙々と家に辿り着いたザカリアの心は、この時から内的に大きく変わり始めました。妻エリザベトと共に、神の愛に対する感謝と明るい希望の内に生活し始め、この新しい信仰生活の観点から、これまでの神の民の歴史や自分たちの体験をゆっくりと見直し、その意味を深く悟るに到ったのではないでしょうか。ザカリアの讃歌が立証するように。年末に当たって、私たちも自分の人生を神の愛と働きの観点から新たに見直し、神に対する感謝と希望を新たに致しましょう。

2009年12月25日金曜日

説教集C年: 2006年12月25日、降誕祭日中ミサ(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 52: 7~10. Ⅱ. ヘブライ 1: 1~6.
     Ⅲ. ヨハネ福音 1: 1~18.


① 本日の日中ミサ聖祭は、ローマ教皇のご意向に従って全教会・全人類の上に、人となってこの世にお生まれになった救い主の祝福を願い求めて献げられます。世界中のキリスト者たちと心を合わせ、この意向でお祈り致しましょう。本日の第二朗読には、「神はかつて預言者たちによって語られたが、この終りの時代には御子によって語られました」という言葉が読まれます。「この終りの時代」という表現は、神の子メシアのこの世への来臨が、すでに終末時代の始まりであることを教えていると思います。メシアの先駆者洗礼者ヨハネの、人々に悔い改めを迫る厳しい説教も終末時代の到来を示していますが、しかし聖書によりますと、終末は神による審判よりも、むしろ神による被造物世界の徹底的浄化刷新と生まれ変わりを意味しており、それは一瞬のうちになされるのではなく、人となられた神の子と、その神の子の命を受け入れ、その命に生かされて生きる無数の人間の働きによって、長い年月をかけてゆっくりと実現するもの、長い成長期や準備期を経た後に、突然に世界の表に現われ実現するもののようです。ちょうど最後の晩餐から受難死・復活までの短時日のうちに成就したメシアによる贖いの御業が、その前にメシアの誕生・成長・宣教活動という長い年月の生命的準備期を基盤としているように。とにかく聖書の言葉が、神の子メシアの来臨を終末時代の始まりとしていることは、注目に値します。

② 本日の福音は、ヨハネ福音の序文(プロローグ)からの引用ですが、この世に来臨なされた神の子メシアの本質が何であるかを教えていると思います。それによると、かわいい幼子の姿で赤貧の中にお生まれになったメシアは、実は永遠に存在しておられる神で、万物を創造した全能の神のロゴス、すなわち神の言葉であり、全ての人を生かす神の命、全ての人を照らす神の光なのです。「言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった」という、ただ今朗読された聖句に注目しましょう。その言葉は、私たち人間の言葉とは全く違う、愛の命と光とに溢れている全能の神の言葉なのです。この言葉、すなわちロゴスは、三位一体の共同体的愛の交わりの中では永遠に明るく燃え輝いている光ですが、神に背を向け目をつむる暗闇には理解されず、その暗闇の勢力下に置かれて、神に背を向けて生きる暗い罪の世に呻吟し、道を求めている人たちを訪ね求めて救うため、己を無にして本来の光と力をそっと隠し、赤貧の内にか弱い幼子の姿でこの世にお生まれになったのです。私たちのこの日常的平凡さの中に、深く身を隠して現存しておられる神のロゴスを、温かく迎え入れるか冷たく追い出すかの態度如何で、人間は自ら自分の終末的運命を決定するのだと思います。恐るべき終末の審判は、今すでに始まっていると言ってよいでしょう。

③ ある聖書学者たちは、ヨハネ福音のプロローグは、洗礼者ヨハネについて書かれている部分以外は、初代教会の古い賛歌を基にして作られていると考えています。その見解に従ってヨハネによって追加されたと思われる部分を削除してみますと、その古い賛歌は、1節から5節までの前半と、10節から14節までの後半との二つの部分に分けてよいと思います。そこで今日は、この賛歌についてもう少し詳細に考えてみましょう。日本語の訳文では、言葉(ロゴス)という単語が頻繁に繰り返されていますが、原文では前半部分の1節と後半部分の14節にだけ登場し、他の節では代名詞などに代えられています。

④ 前半は神のロゴスによる万物創造の業を讃え、後半は同じそのロゴスの受肉と人類救済の業を讃える賛歌ですが、前半のロゴスは、創世記第一章の始めとも深く関連しています。例えば創世記は「初めに」という言葉で始まっていますが、ヨハネの福音も「初めに」という同じ言葉で始まっています。この「初めに」は、最初にというような意味の時間的始まりを指している言葉ではなく、時間以前の根源的力のようなものを意味しており、ラテン語でも in principio と翻訳されています。時間空間は物質界が創造された時、その被造物に必然的に伴う枠組みとして一緒に創造された一種の被造物ですが、そういう枠組みも何も全くない神の超越的本源のうちに、神のロゴスは神とともにある神だったのです。創世記もヨハネ福音も、その「超越的本源の内に」を「初めに」と表現し、それがラテン語でin principioと翻訳されているのです。

⑤ 創世記は、被造物として次々と存在し始めた万物の側から、神による創造の業を描写していますが、ヨハネの福音は、その被造物を産み出し支えている神の側から語っています。神のロゴスによらずに造られたものは、何一つ存在しないのです。このロゴスの内に命があり、「この命は人間の光であった」と述べられています。ここで言われている光は、太陽や星などの物質的科学的な光ではなく、それ以前のもっと霊的な光を指していると思います。創世記にも、まだ太陽も星もなく、被造物全体が深淵の水のように流動的で、深い闇に覆われた混沌状態にあった時、神が「光あれ」と言われると、光が輝き出て、光と闇の世界が分かれたように描かれていますが、ここで言われている光も、物質的科学的光ではなく、神よりの力に溢れた霊的光であると思われます。

⑥ 現存する宇宙万物の存在の根底に、神よりの力溢れる霊的光と、それに照らされずにいる闇とが共存しているのではないでしょうか。ヨハネの福音にある「光は闇の中で輝いている。闇はこの光を阻止できなかった」という言葉は、このことを指していると思います。本日の福音に「理解しなかった」と邦訳されているカタランバノーというギリシャ語は、追い越す、打ち勝つ、阻止するなどの意味を持つ言葉で、この場合は「阻止する」の訳の方がよいように思いますので、そのように訳しました。では、万物の存在の根底に隠れていて、神の光に抵抗しているというその闇とは何でしょうか。聖書はここではそれを明示していませんが、私はそれは闇の勢力、人間の創造以前に神に反抗し、この世を支配していようとする悪魔の勢力を指していると考えます。

⑦ 広い宇宙には私たちの想像を遥かに絶する程多くの光り輝く星が点在しており、それに劣らず多くの暗黒星も散在しているようですが、それらの星々の周辺には、空間的にそれらを遥かに凌ぐ暗いガス状エネルギーが広がっていると聞きます。数多くの光り輝く星たちと、その周辺に群がっている膨大なガス状エネルギーとの共存、これが私たちの生活しているこの世の霊的現状のシンボルなのではないでしょうか。最近の科学技術の画期的進歩で宇宙の深遠な神秘が次々と明らかになるにつけ、私は時々そのように考えながら、宇宙研究の成果に注目しています。神は光の国に導き入れられた人々を鍛えて、一層豊かに実を結ばせるためにも、事ある毎にその周辺に群がる闇の勢力を強いて排除してしまおうとはせずに、終末期の最後の瞬間が来るまで共存させているのではないでしょうか。私たちの周辺に展開している闇の勢力は、ある意味で私たちの生命を活性化させ、逞しく発展させる貴重な刺激剤や養分であります。それが神のご計画であり、意思であり、また私たちの置かれている現実であるなら、神から遣わされて闇の支配下にあるこの暗い罪の世にお生まれになった救い主と共に、日々雄々しくその闇の勢力と対決し戦うことを、私たちも覚悟し、決意を固めていましょう。

⑧ 本日の福音であるロゴス賛歌の後半は、人となってこの世に来臨した神のロゴスについて語っています。ご自分の民の所へ来たのに、その民は受け入れなかった、という悲しい言葉が読まれますが、しかし、受け入れた者には神の子となる資格を与えた、という喜ばしい言葉もあります。罪に穢れたこの世の暗い内的闇の勢力に囲まれて生きている私たちには、自分の力、自分の努力によって神の子の資格を得たり、その恩恵に浴したりすることは全く不可能ですが、己を無にしてこの世にお生まれになった神のロゴスが、信ずる全ての人にその恵みを無償で与えて下さいます。社会の伝統的秩序や価値観が悪を統御する力を失って、闇の勢力が世界中に跋扈する様相を呈し始めている今日、私たちを神の子とし、全能の神の働きによって罪の闇から救い出して下さるため、この世にお生まれになった神の御子にひたすら縋り、私たち自身も御子に倣って己を無にし、貧しさ・小ささを愛すること喜ぶことによって、内的に深く神のロゴスに結ばれるよう努めましょう。クリスマスに当たり、絶望的不安のうちに真の道を捜し求めている多くの人々の上にも、そのための導きの光と恵みの力とを願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年12月24日木曜日

説教集C年: 2006年12月24日、降誕祭夜半のミサ(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 9: 1~3, 5~6. Ⅱ. テトス 2: 11~14.
     Ⅲ. ルカ福音 2: 1~14.


① 毎年今宵のミサの福音を読む度に、私はよく1964年の冬にイタリア中部の小さな山の上の古い田舎町フィウッジで、3週間ほど滞在した時のことを懐かしく思い出します。その町でドイツ系修道女会が経営していた病院付司祭が、しばらく故国ドイツで休みを取りたいので、その間代わりに病院に滞在しミサを捧げたり、場合によっては死に逝く病人の世話や、葬儀も担当したりするようにとの依頼でしたので、当時ローマ教皇庁からの聴罪免許証を持っていて、毎日曜日の午前にローマのサン・ベネデット教会で聴罪師の仕事を手伝っており、ドイツ人会員の多くいたローマの本部修道院に住んでドイツ語も話していた私に、その依頼が回されて来たのだと思います。修道女経営のその病院に滞在していて、イタリアの古い埋葬慣習のことやその他様々のことを新しく学びましたが、その一つは、もう今はいなくなったイタリアの貧しい羊飼いと、羊を入れて置く町外れの半分洞窟になっている家畜小屋にめぐり合ったことであります。

② その田舎町では、山頂の広場に面して役場や教会堂が建っており、その広場と、そこから隣町へ行く傾斜の緩やかなメインストリートに面しては、商店や裕福な家々が軒を連ねていますが、ある日の午後の散歩に、その中心部から少し離れた山陰のような町の一角を訪ねてみたら、そこは傾斜が急で不規則に左右に屈折する階段が、麓まで続いている貧民窟のような所でした。その階段で日本人司祭に遭遇した一人の婦人は驚いて、あなたの来る所じゃないと言わんばかりに悲鳴を上げましたが、一番下にまで降りて行ってみたら、臭いにおいが漂っていました。そしてしばらく行くと、今話したばかりの汚い家畜小屋などを見つけたのでした。既に春遠からずの暖かそうな日和でしたので、少し離れた土手の周りには、まだ若い男の人が20頭ほどの羊の群れを放牧していました。

③ そこでその羊飼いと並んで土手に腰を下ろし、しばらく羊の群れを観察しましたが、後で考えてみますと、ヨゼフとマリアがベトレヘムの町で宿を断られ、救い主は町はずれの家畜小屋で生まれたなどという想像は、十字軍遠征も行われなくなった中世末期に、イタリア辺りの聖地ベトレヘムを知らない人たちによって産み出され、ルネサンス画家たちによって世界中に広められたのではないかと思います。古代教会の人々は、そのようには考えていません。皆様の美しい牧歌的夢を壊すようで心苦しいですが、古代のキリスト者たちがどのように考えていたかについて、本日の福音に基づいて少し考えてみましょう。なお、この話は以前にもクリスマスに話したものですが、今宵初めてここのクリスマス・ミサに参加している人たちもいるようですから、繰り返しを厭わずに、クリスマスに当たって再びゆっくりと考え合わせ、味わってみましょう。

④ 二千年前のユダヤでは馬は支配者や軍人たちの乗り物でしたが、庶民も商人もロバで旅行することが多く、ロバは至る所に飼育されていました。主もエルサレム入城の時に、村に繋がれていたそのようなロバに乗っておられます。町の宿屋や一族の本家のような普通の大きな家では、ロバを繋いで置くガレージのような場所を持っていました。旅人や客人はそこにロバを繋いでから、階段を上ってギリシャ語でカタリマと言われていた広間や居室に入るのですが、このカタリマは「宿泊所」という意味にも使われますので、この第二の意味で、ラテン語をはじめ多くの言語で「宿」や「宿屋」などと翻訳されますと、文化圏の異なる国の人々が、ヨゼフとマリアは宿屋に宿泊するのを断られて、町の外の家畜置き場に泊まったなどと誤解したのだと思います。

⑤ 紀元320年代の後半に、コンスタンティヌス大帝の母へレナ皇后は現地のキリスト者たちの伝えを精査した上で、ベトレヘムの中心部に近い家を救い主誕生の場所と特定し、そこに記念聖堂を建立しました。羊飼いたちに告げた天使の言葉も、原文では「ダビデの町の中に」となっていて、町の外にではありません。この言葉は、ラテン語をはじめ各国語にもそのまま翻訳されているのですから、町の外に生まれたとするのは、聖書の啓示に反しています。今日ベトレヘムの中心から百メートル余りしか離れていないその聖堂を訪れる巡礼者の中には、聖堂の地下室のような所が生誕の場所とされていることに驚く人がいます。ベトレヘムの2千年前の道路が今の道路の3,4mほど下の所にあるためですが、昔はその道路から入った所にロバを繋ぎ、階段を上って広間(カタリマ) に入っていたのだと思います。

⑥ 住民登録のため各地から参集した一族の人たちで雑魚寝状態になっている広間では出産できないので、マリアたちは遠慮してロバを繋ぐ階段下のガレージのような所で宿泊したのでしょう。そこには、横の壁から紐で吊るした細長いまぐさ籠もあり、お生まれになった乳飲み子は、布にくるんでそのまぐさ籠の中に寝かせたのではないでしょうか。日本語に「飼い葉桶」と訳されているものは、地面の上に置く木の桶ではなく、その籠を指していると思います。聖母マリアにとり子を産むということは、自分のためにも社会のためにも、神からの恵みをもたらすことを意味していました。これは、ある意味ですべての産婦についても言えると思います。子を産まない私たちも、この世に来臨した主キリストをミサ聖祭の聖体拝領の時、聖別されたパンの形で自分の内にお迎えしますが、それによって自分のためばかりでなく社会のためにも、神からの豊かな救いの恵みをこの世に呼び下し、この世に与えるのではないでしょうか。

⑦ ベトレヘムのルーテル教会のミトリ・ラへブ牧師からの最近の手紙によりますと、今のベトレヘムは、5キロ四方ほどが高い壁と柵と塹壕に囲まれた「屋根のない監獄」のようになっているそうです。私たちの心がそんな冷たい分離壁によって、周囲の人や社会から隔離されたものにならないよう心がけましょう。まず天上の神よりの御子を心の中に受け入れ、「敵意という隔ての壁を取り除いて」(エフェソ2:14) いただいてこそ、神の平和の火が私たちの心を奥底から明るく照らし温めて、相互にどれ程話し合っても実現できずにいた平和を、実現させてくれるのではないでしょうか。

⑧ ベト・レヘムはヘブライ語で「パンの家」という意味だそうですが、二千年前にそのベトレヘムでお生まれになった救い主は、今宵はパンの形で私たち各人の内に、神からのご保護と救いの恵みを豊かにもたらすためにお生まれになるのだと信じます。理知的な人たちは、その信仰を子供じみた夢として軽蔑するかも知れません。しかし、冷たい合理主義や能力主義、あるいは自分の権利主張などが横行して潤いを失っている社会に、温かい思いやりや赦しあう献身的奉仕の精神をもたらすには、心が夢に生きる必要があります。体や頭がどれほど逞しく成長しても、心の奥底にはいつも素直で純真な子供心というものが残っていて、それが同じことの繰り返しでマンネリ化し勝ちな私たちの日常生活に、いつも新たに夢や憧れ、感動や喜びなどを産み出してくれます。そして数々の困苦に耐えて生き抜く意欲も力も与えてくれます。私たち各人の命の本源は、その奥底の心にあるのです。

⑨ 救い主も、夢を愛するその奥底の心の中にお出で下さるのです。二千年前の救い主の誕生前後に、ヨゼフも東方の博士たちも、よく夢によって教え導かれましたが、神は今も度々夢を介して私たちを教え導かれます。夢を愛する子供心を大切にしましょう。今宵の聖体拝領の時、二千年前の聖母のご心情を偲びつつ、神のため社会のために私たちの授かる恵みの御子を心の内に内的に育てよう、そして神による救いの恵みがこの御子によって周囲の社会に行き渡るよう奉仕しよう、との決心を新たに堅めましょう。

2009年12月20日日曜日

説教集C年: 2006年12月24日、待降節第4主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ミカ: 5: 1~4a. Ⅱ. ヘブライ: 10: 5~10.
     Ⅲ. ルカ福音 1: 39~45.


① 本日の第二朗読に読まれる主キリストのお言葉は、神の特別な啓示によるものだと思います。ご自身の体、ご自身のこの世の人生を、人類の罪を贖うために焼き尽くされる幡祭(はんさい) のいけにえ、御父の御旨を行うためだけのものとするという、この徹底的献身と従順の決意は、主が聖母マリアのお体に宿られた瞬間から受難死を成し遂げた時まで、救い主の人生を貫いている不屈の精神であると思います。聖母も単に主のお体だけではなく、そのお体に籠るこの精神をも宿し、この精神でご自身の人生を神に捧げ尽くすことにより、主と共に救いの恵みを人類の上に呼び下し、私たちの精神的母となられたのではないでしょうか。私たちも、救い主のこの決意、この精神に参与して生きる度合いに応じて、クリスマスの恵みに浴するのだと信じます。そのための照らしと力を願い求めつつ、主と聖母と共に生きる決意を新たにして、本日のミサ聖祭を献げましょう。

② 本日の日本語の福音には「その頃マリアは出かけて」とありますが、この邦訳は、残念ながらギリシャ語原文のニュアンスを十分に伝えていません。原文では Anastasa de Mariam en tais hemerais tautaisとなっていて、直訳しますと、マリアはその日々の頃に勢いよく立ち上がって、という意味合いの句です。この表現から察しますと、マリアは天使のお告げを受けて「お言葉通りこの身になりますように」とお返事した直後から、二、三日間ないし四、五日間は、深刻に悩まれたのではないでしょうか。と申しますのは、マリアは一人でいた時にお告げを受けたのであり、女性に厳しい男性優位のユダヤ社会で男の子を産み育てるには、どうしても婚約者ヨゼフの助け・協力が必要ですが、自分が神の御子・人類の救い主を胎内に宿していることをヨゼフに説明し納得させるには、どうしたら良いかといくら考えても、分からないからです。それは全く前代未聞・驚天動地の奇跡で、言葉でいくら上手に説明しても人を納得させることはできない程の大きな奇跡だからです。マリアは考えれば考える程、この奇跡の偉大さが深く悟らされるだけで、それを言葉でヨゼフに説明することは不可能である、と自覚するだけだったと思われます。

③ しかしその時、天使が最後に付言した、親戚のエリザベトが男の子を奇跡的に懐妊しているという知らせが、苦悩するマリアの心を照らす一条の光となったのではないでしょうか。もし自分がもう子供を産めない程年老いているエリザベトを訪問し、既に六ヶ月になっているという胎児を宿して、生活の世話を必要としているその老婦人が出産するまでの生活を手伝い、産み落としたその子が男の子であるのを確認すれば、それは天使のお告げが神よりのものであるという証拠になり、ヨゼフを説得する道がそこから開けて来るのではなかろうか、天使は自分にそのことを確認させるために、エリザベト懐妊を啓示してくれたのではなかろうか、などと考え始めたことでしょう。

④ しかし、このことを今のヨゼフに説明してエリザベト訪問の許可を得ようとしても、まだ何一つ証拠を提出できない現状では、自分を「気が狂ったのではないか」と心配させるだけで、三ヶ月余りの旅行の許可を受けることはできないであろう。当時のユダヤ社会では、婚約した女性は、法的には既に男性の監視と指導の下に置かれているので、ヨゼフが強く反対したら、自分はますます動けなくなってしまうであろう。それに、若い女の一人旅は危険が大きいので、当時は慎みを欠く行為として禁じられていた。旧約時代の伝統的法や良風に忠実であろうとすれば、結局自分は何もできず、半年後に自分の懐妊が明らかになれば、やがて社会的制裁を受けるに到り、メシアを育てることもできなくなるであろう、などというこれら諸々の行き詰まり不安が、マリアの心を苦しめたのではないでしょうか。

⑤ いろいろと思い悩んだ挙句、マリアはある日、察するに朝まだ暗いうちに勢いよく立ち上がり、百キロほども離れているユダヤ南部のザカリアの家へと急いで出立したのだと思います。ギリシャ語では復活のことをアナスタジアと言いますが、アナスターザという動詞は、死の力を打ち砕く主の復活のように、強い決意をもって勢いよく立ち上がったことを指していると思います。これまでの時代の掟や価値観に背いて、神の御旨中心の新しい生き方をしようと立ち上がったマリアの心のうちに、既に新約時代は始まったのであり、聖母はその到来を告げ知らせる「明の星」として輝き始めたのです。ヨゼフを過度に心配させないためには、レビ族の女として子供の時から字を習い、聖書も多少は読むことのできたマリアは、「突然の急用のためやむを得ず親戚のザカリアの家に三ヶ月あまり行っているが、必ず戻って来るからよろしく」というような文面のメモを、ヨゼフのために書き残して出立したのではないか、と勝手ながら想像しています。

⑥ サマリアを避け、ヨルダン川沿いの回り道を野宿を重ねながら女ひとりで旅するのは、当時は確かに危険の伴う暴挙であったと思われます。しかしマリアは、もし自分が本当に神の御子を宿しているなら、神がきっと護って下さるであろうと信じつつ、自分の胎内の神の御子に心の眼を向けながらひたすら歩き続けたことでしょう。大きな危険や困難の内にある時、神の現存に心の眼を向けながら歩くこと働くことは、神の慈しみの注目を引く最も良い祈りの一つだと思います。私たちも聖母のこのような祈りに見習うよう心がけましょう。願いが叶って恐らく夕暮れに無事ザカリアの家に辿り着いた時、マリアの心は感謝と喜びと神の現存に対する信仰でいっぱいだったことでしょう。その心で「シャローム(平安)」と挨拶した時、それは単なる儀礼的挨拶とは異なり、神の霊と力に満ちた挨拶になっていたのではないでしょうか。果たしてその声を聞いたエリザベトの内に胎児が喜んで大きく踊り、エリザベトも聖霊と喜びに満たされて、女預言者のように声高らかに話し始めました。こんなことは、事細かに旧約時代の掟を遵守していた以前のエリザベトには、長年全く見られなかったことだったと思われます。ここでも、新約時代の新しい信仰生活が始まっていたのです。

⑦ マリアはこの後、三ヶ月余りこの家に滞在して、高齢で身重になっているエリザベトとオシになって家に籠ってばかりいる老祭司ザカリアとの生活の世話をし、エリザベト出産後の八日目、割礼の日になると、そのことを近所や親戚の人々に知らせて皆を驚かせたと思いますが、マリア自身も、エリザベトが天使の予告した通りに男の子を産んだことや、割礼の時にザカリアのオシが奇跡的に癒されたことなど、数々の不思議なことを体験して信仰が一層深まり、神がヨゼフの心をも動かして自分の出産や育児や生活を手伝わせて下さるであろうと確信して、希望と信頼のうちに祈りつつナザレに帰って行ったのではないでしょうか。

⑧ エリザベト訪問の時のマリアの讃歌、いわゆるMagnificatは、プロテスタント神学者、古代教会史学者で、1902年の”Das Wesen des Christentums”(キリスト教の本質)という、カトリック教会の伝統を批判した著書で著名なAdolf von Harnack(1851~1930)が発見した、ある非常に古い聖書の写本では、マリアの来訪を喜び迎え、その信仰を讃えたエリザベトが、本日の福音の最後にある言葉に続いてすぐ、神を讃えた讃歌になっているのだそうです。「ザカリアの讃歌」と同様、老エリザベトが神のお告げによる懐妊からの数ヶ月間に、自分の生涯の苦しかった体験などを回顧しつつ、時間をかけて編み出した讃歌であった可能性も否定できません。それは若いマリアのこれまでの体験や信仰ともよく一致しているので、字を知るマリアは二つの讃歌を書いて愛唱し、後年ルカに伝えたのかも知れません。

⑨ いずれにしろ「マリアの讃歌」は、マリアが長年最も愛唱していた「マリアの讃歌」であったと思われます。現代の私たちも、神が私たちの身近な生活の中で積極的に働かれる新約時代に生きていることを改めて自覚し、日々聖母と共に、また私たちの内に現存しておられる神の御子と共に、祈り且つ働くよう心がけましょう。

2009年12月13日日曜日

説教集C年: 2006年12月17日、待降節第3主日(三ケ日)

朗読聖書:Ⅰ. ゼファニヤ 3: 14~17. Ⅱ. フィリピ 4: 4~7.
     Ⅲ. ルカ福音 3: 10~18. 

  
① 本日のミサは昔から「喜びのミサ」と呼ばれて来ました。入祭唱に「喜べ」という言葉が二回も重ねて登場するからでもありますが、それだけではなく、第一朗読にも第二朗読にも「喜び叫べ」「喜び躍れ」などの言葉が何回も言われているからです。いったい神は、なぜ「喜べ」と言われるのでしょうか。なぜ「恐れるな」と言われるのでしょうか。第一朗読はその理由を「イスラエルの王なる主がお前の中におられる」から、「主なる神がお前のただ中におられて、勝利を与えられる」からなどと説明し、第二朗読は「主が近くにおられる」からと説いています。しかし、主なる神は単に近くにおられる、あるいは私たちのただ中におられるだけではないのです。第一朗読の末尾には、「主はお前のゆえに喜び楽しみ」「お前のゆえに喜びの歌をもってたのしまれる」という言葉も読まれます。私たちに対する大きな愛ゆえに喜び楽しんでおられるその神と共に喜ぶよう、私たちは神から呼びかけられているのではないでしょうか。神が私たちの中におられて愛の眼差しを注いでおられる、私たちを救おう助けようと、じーっと見つめておられるのだと信じましょう。そう信じ、その信仰に堅く立ってこそ初めて、恐れや思い煩いが消えて行くのだと思います。

② 「愛する」とは、「見つめること」だと思います。神は隠れておられても、私たちをじーっと見つめておられるのです。私たちもそれに応えて、時々その神を信仰の眼で見つめるように致しましょう。何も言わなくてもよいのです。ただ静かに神に感謝と愛の心の眼を注いでいると、神の霊が私たちの中に働いて、心に深い喜びが湧いて来るのではないでしょうか。日々の黙想の時など、目をつむって神の愛の視線を体全体の肌で感ずるように心がけましょう。そして目には見えないその神の御心に私たちの感謝と愛の心を向けながら、静かに神と共に留まるように努めてみましょう。このようなことを数回重ねても、何の変化も感じられないでしょうが、しかし、習慣は習慣によって直さなければならないと思い直し、尚も度々続けていますと、不思議に神が私に伴っておられて私を護り導いてくださるのを、小刻みながら幾度も体験するようになります。そしてこのような小さな体験が積み重なると、私たちの心の中に神に対する感謝と愛が深まってくるのを覚えるようになります。神が私の内に、働いて下さるのだと思います。

③ 本日の福音は、二つの部分から成り立っています。前半は洗者ヨハネの説教ですが、約束されたメシア到来の時が来たことを自覚している群集が、何か社会改革・ユダヤ独立のために自分たちもなすべきことがあるのではないかと思ったのか、何をしたらよいかと尋ねたのに対して、ヨハネは、貧しい者たち、困っている者たちに分けてやるように勧め、徴税人や兵士たちにも同様、規定以上のものを取り立てないように、自分の給料で満足するようになどと、今置かれている地位や職業の中で信仰をもって心がけるべき、ごく平凡な心構えについて勧めただけでした。群衆は少し拍子抜けしたかも知れませんが、実は主キリストも同様に、社会活動や政治活動などではなく、例えば金持ちの青年には、子供の時から教わっている掟の遵守や貧しい人々への施しを勧めるなど、既にユダヤ教会でも子供の時から教わっている教えを実践すること、そして自分の日ごろの生活を厳しく律することだけしか勧めておられません。この点では、洗者ヨハネと同じ立場に立っておられると思います。主は一度「皇帝のものは皇帝に返し、神のものは神に返せ」とおっしゃったこともありますが、皇帝のためのこの世的政治・社会活動よりも、まずは神のための各人の生き方の改善・変革を優先して、おっしゃったお言葉であると思います。

④ 新約のメシア時代には、自分の置かれている所で神に心の眼を向けながら、愛に生きること、日ごろの生活を厳しく律することに努めるなら、そこに主キリストの愛の霊が働いて、その人をも周辺の社会をも変革し、神による救いへと導いて下さるというのが、聖書の教えなのではないでしょうか。「悔い改め」だの「改心」だのという言葉を聞くと、自分の心を変えるために自力で何かの苦行などをすることと考える人がいるかも知れませんが、神がそして教会が、待降節に当たって私たちに求めておられる「改心」は、それとは少し違うと思います。マザー・テレサは次のように話しています。「人々は、改心を突然変わることだと思っていますが、そうではありません。私たちは、神と顔と顔を合わせると、神を自分の生涯の中に迎え入れて変わるのです。……もっと善い人になり、もっと神に近い者になるのです」と。ここで言われているように、もっと神に心の眼を向け、神の霊を自分の心の中に迎え入れることにより、神の働きによって私たちの心が変わること、それが、新約時代の私たちが、待降節に当たって神から求められている改心だと思います。

⑤ 本日の福音の後半には、旧約時代最後の預言者である洗者ヨハネと救い主イエスとの違いが、ヨハネ自身の言葉によってはっきりと示されています。ヨハネは水で洗礼を授けますが、それはいわば、人の体を外的に水に沈めることにより、その人の心にこれまでの自分中心の生き方に死んで、新しく神中心に生きようとする悔い改めの心や決心を呼び起こさせるためのものであると思われます。ところが、ヨハネよりも遥かに「優れた方」が来られて、聖霊と火で洗礼をお授けになると言うのです。ここで「優れた」と邦訳されているイスキューロスというギリシャ語は、強いとか、力あるという意味の言葉ですが、その方は、ヨハネがその足元にも近寄れない程、遥かに強い神の力に満ち満ちておられる方なのです。そして聖霊と火で、すなわち人を外的に洗うことによって悔い改めさせるのではなく、人の心を直接内面から徹底的に浄化し、神の愛の火によって生きる生命力を植え込む洗礼をお授けになる、という意味なのではないでしょうか。

⑥ 新約時代にも水で洗礼を授けますが、それはヨハネの洗礼とは根本的に違って、聖霊と火による内的洗礼の象りであり、体を全部水に沈めなくても、その人の魂を清めて主キリストの命に参与させ、神の住まい、聖霊の神殿に変える力を持つ洗礼であります。私たちの魂は皆この洗礼を受けて、神の神殿となっているのです。救い主から受けたこの大きな恵みに感謝しつつ、終末の日にその主を少しでも相応しくお迎えできるよう、神への愛と信仰の精神で日ごろの生活を整え、自分の心も厳しく律する実践に努めましょう。そしてそういう信仰実践のための照らしと力とを、今の世に苦しんでいる多くの人々のためにも、本日のミサ聖祭の中で祈り求めましょう。

2009年12月6日日曜日

説教集C年: 2006年12月10日、待降節第2主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. バルク 5: 1~9.  Ⅱ. フィリピ 1: 4~6, 8~11.
     Ⅲ. ルカ福音 3: 1~6.


① 本日の第一朗読は第二正典のバルク書からの引用ですが、預言者エレミヤの友人で秘書でもあったバルクは、バビロニアによってエルサレムの町が焼き払われ、支配階級に属する人々数万人がバビロンに連行された時、一緒にバビロンに行ったようです。このバルク書の始めには、エルサレム滅亡から5年目のある日、すなわち紀元前581年の事だと思いますが、ユダ王の王子エコンヤをはじめ、バビロンのスド川のほとりに住む全ての人々が涙を流し、断食して主に祈ったことや、各々分に応じて金を出し、それをまだエルサレムに残っている大祭司ヨアキムと他の祭司たち、及び民全体にあてて送ったことなどが記されています。この送金に添えた書簡の形で書かれたのが、バルク書であります。廃墟と化した当時のエルサレムにはエレミヤもいて、有名な「哀歌」を書き残していました。

② バルク書の前半には、バビロン捕囚のユダヤ人たちが重なる災禍によって深く遜り、自分たちの罪の赦しを神に願っていることなどが記されており、後半は、この改心が神に受け入れられた暁には、エルサレム帰還が許されるであろうという、希望と慰めと励ましの教訓的詩になっています。その結びである第5章全体が、本日の第一朗読であります。エルサレムは擬人化されて、神の民イスラエルの母であるかのように描かれていますが、こういう表現は新約時代の神の民であるカトリック教会にも受け継がれ、聖母マリアが救われる神の民全体の母として崇められたり、教会そのもののシンボルとされたりしています。私たちも、聖書に基づくこの古い温かい伝統を大切にしつつ、教会の一致に心がけましょう。

③ 本日の福音には、突然ローマ皇帝ティベリウスの名前が真っ先に登場しています。なぜでしょうか。ルカは、救いの歴史の出来事をその時代の世界史的現実や状況と関連させて描こうとしていたからだと思います。主の御降誕の場面でも、まず皇帝アウグストゥスの名前を登場させています。ここではまず、メシアの先駆者ヨハネが神の言葉を受けて語り始めた時の時代的状況を、読者に示そうとしています。それは、それまでの伝統的秩序が大きく乱れ始めて、皇帝アウグストゥスの時代には一つに纏まっていた国家も、複雑に多様化し始めた時でした。

④ ティベリウスは紀元12年に高齢のアウグストゥスと共同支配の皇帝とされたので、この年が治世の第一年とされています。従って、治世の第15年は紀元26年になりますが、紀元14年夏にアウグストゥスが没すると、いろいろな勢力の言い分が複雑に絡み合って混迷の度を深めつつあった当時の多様化政治に嫌気がさし、自分の親衛隊長であったセヤーヌスに政治を任せて自分はカプリ島に退き、何年間も静養を続けていました。このセヤーヌスはユダヤ人が大嫌いで、紀元6年から14年まではユダヤ人の気を害さないようにしながら統治していたローマのユダヤ総督3人の伝統を変えさせ、15年からはユダヤ人指導層に強い弾圧を加えさせました。それで紀元5年から終身の大祭司になっていたアンナスは15年に辞めさせられて、アンナスの5人の息子が次々と大祭司になりましたが、彼らも次々と辞めさせられ、18年にはアンナスの娘婿カイアファが大祭司になって、何とか第四代ローマ総督Valerius Gratusの了承を取り付けました。しかしユダヤ人たちは、律法の規定によりアンナスを終身の大司祭と信じていましたから、表向きの大祭司カイアファの下で、アンナスも大祭司としてその権限を行使していました。これは、それまでには一度もなかった異常事態でしたが、ヘロデ大王の時には一つに纏まっていたユダヤの政治権力も分裂して、本日の福音に読まれるように、複雑な様相を呈していました。第五代ローマ総督Pontius Piratusが紀元26年に就任した時は、そういうユダヤの分裂と対立が静かに深まりつつあった時代だったのです。

⑤ ユダヤ社会がこのような様相を露呈していた時に、神の言葉が荒れ野の、察するにエッセネ派の所で成長し修行を積んでいた洗礼者ヨハネの心に降ったのだと思います。そこで彼は、ヨルダン川沿いの地方に行って、罪の赦しを得させる悔い改めの説教を宣べ伝え、洗礼を授け始めたのだと思います。マタイもマルコもルカも皆、これはイザヤ預言者が予言した通りであることを明記していますが、マタイとマルコが「荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」という、イザヤ40章3節だけを引用するに留めているのに対し、本日の福音を書いたルカは、それに続けて5節まで引用しています。それは、その声が人々の心に与える恵みと成果についても、大きな関心を持っていたからだと思います。4節には「谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。云々」と、その神の声がもたらす結果が受動形で述べられていますが、これは聖書によく見られる「神的受動形」と言われるもので、神を口にするのが畏れ多いので、神の働きやその結果を受動形で表現しているのだと思います。従って、谷を埋め、山を低くし、道をまっすぐにするのは、皆神ご自身のなさる救いの業であると思われます。そして人は皆、神によるその救いを仰ぎ見るのだと思います。

⑥ 洗礼者ヨハネの時から新しく始まった、神である救い主によるこの救いの御業を継承し、祈りつつその恵みを多くの異邦人たちに伝えていた使徒パウロは、本日の第二朗読の中で、入信した人々が神の霊によって与えられる知る力と見抜く力とを身につけて、神の愛にますます豊かになり、本当に大切なことを正しく見分けることができるように、そしてキリスト来臨の日に備えて清い者となり、キリストによる救いの恵みを溢れる程に受けて、神の栄光を永遠に称えることができるようにと、祈っています。待降節には、こういう神の働きを正しく識別する力を願う祈りが特に大切だと思います。使徒パウロは、正邪の識別が極度に難しく、混迷の度を増している現代のグローバル世界に生きる私たちのためにも、正しく見抜く力、見分ける力の大切さを強調し、あの世で私たちのためにも祈っていてくれるのではないでしょうか。

⑦ 主の再臨に備えて心を準備する待降節に当たり、私たちも今目覚めて立ち上がり、神の働き、無数の先輩聖人たちの祈りに感謝しつつ、受けたその恵みに相応しく応えるよう、努力しなければならないと思います。ただ口先だけで「主よ、主よ」と言いながら、全てを神様任せ、他者任せにする怠け者であってはなりません。本日の第二朗読にある「知る力と見抜く力とを身に付けて、あなた方の愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そしてキリストの日に備えて、清い者、咎められるところのない者となり、云々」という使徒パウロの祈りが、一人でも多くの人の内に実現しますよう願い求めつつ、本日のミサ聖祭をお献げしましょう。

2009年11月29日日曜日

説教集C年: 2006年12月3日、待降節第1主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. エレミヤ 33: 14~16.  Ⅱ. テサロニケ前 3: 12 ~ 4: 2.
     Ⅲ. ルカ福音 21: 25~28, 34~36.

①主イエスの誕生を祝う降誕祭の前に置かれている、四つの日曜日を含む待降節という典礼期間には二つの意味があって、一つは救い主の人類社会への降誕をふさわしく歓迎し祝う降誕祭の準備期間という意味であり、もう一つは、終末の時の主キリストの第二の来臨を待望し、そのための心の準備を整える期間という意味であります。待降節の前半、すなわち12月16日までの典礼は、終末時の主の再臨を待望し、そのために私たちの心を準備することを主題としています。それで、新しい典礼の一年の最初の日曜日である本日は、主の栄光に満ちた再臨の直前に起こる天変地異や、それによって人々の心に生ずる極度の恐怖と不安などについての主の予言が、福音の中で朗読されます。主は「人々が恐ろしさのあまり気を失うであろう。天体が揺り動かされるからである」と話しておられますが、ここで「人々」とあるのは、神を信じていない人々、洗礼を受けていない人々だけを指しているのではありません。神を信じて日々神に祈っている人々も、この罪の世にあって多少なりとも罪の穢れを身に受けている者は皆、その恐ろしい出来事に直面したら恐怖と不安に心の底から震え怯えるのではないでしょうか。それは、この罪の世に対する、神の子による徹底的裁きと浄化の日だからです。

②主は言われます。「その時、人々は人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなた方の解放の時が近いからだ」と。そうです。その恐ろしい恐怖と裁きの日は、神を信じ神と共に生きようと努めている人々にとっては、私たちを愛しておられる全能の救い主によって、この罪の世から完全に解放される日、この苦しみの世が滅ぼされて新しい栄光の世に生まれ変わる日、いわば一種の恐ろしく巨大な「死の日」なのです。だから、崩壊するこの世の事物・現象などに心を囚われることなく、それらから眼を離して身を起こし、天から来られる救い主の方に信頼と希望の心を向けるように、「あなた方の解放の時が近い」のですから、と主は勧めておられるのです。

③しかし、その時になってからそのようにしよう、などといくら心に決めていても、「ノアの洪水」の時のように突然に襲来すると予告されている、その「天体がゆり動かれる」大災害に直面したら、心の奥底から気が動転してなかなかできることではないと思います。「人々はこの世界に何が起こるのかと怯え、恐ろしさのあまり気を失うであろう」と、主も予言しておられます。日ごろからこの世の富や幸せに少し距離を置く節制に心がけ、不要なものや、時には自分にとって大切なものも、神への捧げ物として貧しい人や困っている人たちに喜んで提供する、絶えざる小さな清貧と自己犠牲の実践に努めている必要があるのではないでしょうか。主は本日の福音の後半で、そのような心構えと心の準備を、私たちに命じておられると思います。

④「放縦や深酒や生活の煩い」などは、私たちの心をこの世の過ぎ去る楽しみ・思い煩いなどに深くのめり込ませ、神からの呼びかけや導きに対しては、心を鈍く頑なにするものだと思います。そのような心の人にとっては、「その日は不意に罠のように襲う」ことになり、その人の心は滅び行くこの世の事物財宝などの絆しに縛られ取り囲まれて、底知れぬ絶望と苦悩の淵に落とされてしまうかも知れません。信仰に生きる私たちはそのような不幸を逃れて、救い主の御前に希望と感謝の心で立つことができるよう、いつも目を覚まして祈ることに心がけましょう。「目を覚まして」というのは、肉体の目を覚まし、頭を眠らせずにという意味ではありません。それでは生活できませんから。体の目ではなく、奥底の心の眼を神の愛に向けて、幼児のように神の大きな愛に抱かれ、しっかりと捉まりながら生きていることだと思います。

⑤この世に生れ落ちたばかりの赤ちゃんは、まだ目がほとんど見えず、ぼんやりと光を感じているだけのようですが、しかし、心はもう目覚めていて、初めての新しい世界に対する不安から大声で泣いたり、手を伸ばして何か捉まるものを探したり、何かにしっかりと捉まっていようとしたりします。赤ちゃんのその生き方に学んで、私たちは、突然襲われるようにして全く新しい世界へと投げ出される終末の時に備え、日頃からいつも神の現存と神の働きに対する信仰にしっかりと捉まり、神の愛の懐に安らぐ生き方に心がけていましょう。その生き方が、終末の日には私たちにとっての「ノアの箱舟」になるのです。体は眠っても、心臓や肺は眠らずに働いています。同様に、頭は眠っても、奥底の心は眠らずに神の愛に捉まっていることはできるのです。そういう生き方を身につけるよう、この待降節に心がけましょう。私は、この奥底の心は母の胎内にいる時からすでに目覚めて働いており、体も頭脳も全てはこの奥底の心の器・道具として造られるのだと考えます。そして頭も体も、いやこの世の一切のものが崩れ去ってしまっても、この奥底の心は、神によって永遠に生き続けるよう創られているのだと思います。

⑥救い主は、ベトレヘムでは人の助けを必要としている貧しく小さな幼子の姿でこの世に来臨しましたが、終末の時には栄光の雲に乗って全能の神の権能に満ちた姿で再臨なさいます。しかし、外的には全く対照的に相異なるこの二つのお姿には、一つの変わらずに続いているしるしがあって、同一のお方であることを示していると思います。それは、「十字架の愛のしるし」と言ってよいでしょう。ベトレヘムでは、そのしるしは多くの人の救いのために生きようと、極度の貧困と人々からの冷たい無視の態度に静かに耐えるお姿のうちに示されていたと思います。そして終末の裁きの時には、自分の富や快楽・名声を何よりも優先させるこの世の闇から人々を徹底的に解放し、全てを神の明るい美しい愛の世界に変えて行こうと、十字架上で受けた五つの傷を帯びた全能の神の子の力強いお姿のうちに輝いていると思います。常日頃神の摂理によって自分に与えられる不便や貧困、誤解や苦痛などに逃げ腰になることなく、神に眼を向けながら全てを喜んで耐え忍び捧げている人たちは、その時五つの御傷から光を放ちつつ来臨する主をはっきりと見上げ、主の御傷から輝き出る栄光によって自分の心も体も輝き始めるのを見るのではないでしょうか。私たちもその時、小さいながら主と一致して「十字架の愛のしるし」を体現し、主の栄光に照らされて輝くことができるよう、大きな希望のうちに日々節制や各種の小さな苦しみを喜んで神に捧げる決意を新たにしながら、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年11月26日木曜日

説教集B年: 2006年11月26日、王であるキリスト(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ダニエル 7: 13~14.   Ⅱ. 黙示録 1: 5~8.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 18: 33b~37.


① 王であるキリストの祝日は、教皇ピウス11世が1925年12月11日付の回勅 ”Quas primas (最初のものを) ”を発布して制定した、最も新しい大祝日であります。その前の19世紀には七つの海を支配すると称せられていた英国王も、ヴィクトリア女王の死後に王権が弱体化し、国際情勢や国内事情の変化でその後もますます弱まっているというのに、またドイツ皇帝も、オーストリアのハプスブルク皇帝家も、オスマントルコ皇帝も、第一次世界大戦に敗れて滅び、その同じ世界大戦中に起こったロシア革命でロシア皇帝も滅んだというのに、なぜこの祝日が制定されたのでしょうか。ローマ・カトリック教会は時代遅れなのでしょうか。時代錯誤を来たしているのでしょうか。
② いろいろと考えてみますと、これまで人類社会の上に立って多くの人を従わせていた国家権力者が次々と滅んだり、その権力を失ったりしてしまい、「人間は全て平等なのだ。各人はそれぞれ自分の考えに従って生活し、自分たちの生活に都合のいい政見を持つ人を多数決で政治家に選び、政治は全て多数決で決めるようにすればいいのだ」というような、少し過激な民主主義や自由主義が第一次世界大戦直後ごろ頃の若者たちの間に広まり始めたので、教皇はなし崩しに神の権威さえも無視し兼ねないそういう人々によって、心の教育が歪められるのを防止するためにも、また一部の独裁政党の台頭を阻止するためにも、この大祝日を制定して全世界のカトリック教会で祝わせ、人間には宇宙万物の創造主であられる神に従う良心の義務があり、その神から「天と地の一切の権能を授かっている」(マタイ28: 18) と宣言なされた主キリストの王権に服する義務もあることを、世界の人々に周知させることを目指したのだと思われます。神の子で救い主でもあられるキリストの王権は、この世の政治的支配権とは次元を異にする心の世界のものであり、伝統的政治支配が崩壊して混乱の暗雲が社会を覆うような時代には特に必要とされる、各人の心の拠り所であり灯りでもあると思います。
③ 教皇ピウス11世は前述の回勅の中で、本日のミサの三つの朗読箇所からも、その他の聖書の箇所からも引用しながら、主キリストが天の御父から授けられた王権は、全ての天使、全ての人間、いや全被造物に対する永遠に続く統治権であることを説明していますが、例えば預言者ダニエルが夜に見た夢・幻の啓示である本日の第一朗読では、天の雲に乗って現われた「人の子」のようなもの (すなわち主キリスト) が、「日の老いたる者」(すなわち神) の御前に進み出て、「権威、威光、王権を受けた。諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることがない」と述べられており、本日の第二朗読では、「死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者、イエス・キリストからの恵みと平和があなたがたにあるように」という、挨拶の言葉が読まれます。ここで「地上の王たち」とあるのは、この世の世俗社会の為政者たちではなく、主キリストを王と崇める人たちを指していると思われます。この言葉にすぐ続いて、「私たちを愛し、ご自分の血によって罪から解放して下さった方に、私たちを王とし、ご自身の父である神に仕える祭司として下さった方に、栄光と力が世々限りなくありますように」という祈りがあるからです。主キリストは、神からご自身のお受けになった永遠の王権と祭司職に、罪から清められて救われた私たちをも参与させ、被造物の浄化救済に協力させて下さるのだと思われます。
④ しかし、主キリストのその王権は、過ぎ行くこの世の社会の支配権とは次元の異なる、心の世界のものであります。本日の福音がそのことを教えていると思います。裁判席のローマ総督ピラトは主イエスに、「お前はユダヤ人の王なのか」と尋ねます。これは危険な質問で、もし主が「はい、そうです」と答えるなら、それはローマ皇帝に謀反を企てているという意味にもなり兼ねません。そこで主は、「あなたは自分の考えでそう言うのですか。それとも、ほかの者が云々」と、まずお尋ねになります。それから厳かに、「私の王国は、この世のものではない。云々」と宣言なさいます。そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と尋ねますと、主は「私が王だとは、あなたが言っています」という、以前にも説明したことのある、あいまいな返事をなさいます。それは、ご自身が王であることを否定せずに、ただあなたが言う意味での王ではないことを示すような時に使う、特殊な言い方だったようです。その上で主は、「私は真理について証しするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、私の声を聞く」と話されて、ご自身が真理を証しするために、あの世からこの世に来た王であることを宣言なさいます。
⑤ ピラトにはこの言葉の意味を理解できませんでしたが、それまでの伝統的社会道徳が急速な国際貿易発展の煽りを受けて拘束力を失いかけていたキリスト時代に似て、それまでの伝統的価値観が権威も力も失ない、地震の時の地盤液状化のようにして、労働階級から自由主義や共産主義の水が湧き出した80年前頃のヨーロッパでは、世界大戦後の新しい国家の建設が、現今のイラクのように一時的に数々の困難に直面していました。しかし、権威をもって心の真理を証しするあの世の王を基盤にする信仰と生き方に努めることは、多くの人の心に新たな希望と生きがいを与えるものであったと思われます。事実、王であるキリストの祝日が祝われ始めた1920年代、30年代には、民間の非常に多くの欧米人が主キリストを自分の心の王として崇めつつ、各種の信仰運動を盛んにし、無宗教の共産主義に対抗する新たな社会の建設を推し進めたばかりでなく、カトリック界では、統計的に最も多くの修道者や宣教師を輩出させています。
⑥ 21世紀初頭の現代においても、極度の豊かさと便利さの中で心の欲情統制が訓練されていない人が増えているだけに、ある意味でピウス11世時代と似た個人主義精神や原理主義精神や新たな軍国主義精神の危険が、私たちの社会や生活を脅かしていますが、自分の心が仕えるべき絶対的権威者をどこにも持たない人は、意識するしないにかかわらず、結局頼りない自分の相対主義的考えや欲求のままに生きるようになり、現代のようにマスコミが強大な力を発揮している時代には、外から注がれる情報に操られ、枯葉や浮き草のように、風のまにまに右へ左へと踊らされたり、吹き寄せられたりしてしまい勝ちです。心があの世の王国に根を下ろし、忍耐をもって実を結ぼうとしていないのですから。心に不安のいや増すそういう現代人の間では、以前にも増していじめや家庭内不和などが多発しており、いつの時代にもあったそれらの人生苦に耐えられなくなって、自暴自棄になったり自殺に走ったりする人も増えています。真に悲しいことですが、その根本原因は、心に自分の従うべき超越的権威者、あの世の王を捧持していないことにあるのではないでしょうか。聖母マリアは「私は主の婢です」と申して、ご自分の内に宿られた神の御子を心の主と仰ぎ、日々その主と堅く結ばれて生きるように心がけておられたと思います。ここに、救われる人類のモデル、神の恵みに生かされ導かれ支えられて、不安の渦巻く時代潮流の中にあっても、逞しく仕合せに生き抜く生き方の秘訣があると思います。一人でも多くの現代人がその秘訣を体得するに至るよう、特に心の光と力の欠如に悩んでいる人々のため、王である主キリストの導きと助けの恵みを願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年11月15日日曜日

説教集B年: 2006年11月19日、年間第33主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ダニエル 12: 1~3.   Ⅱ. ヘブライ 10: 11~14, 18.  
  Ⅲ. マルコ福音 13: 24~32.


① 毎年クリスマスの3, 4週間前に、待降節第一主日で始まる典礼暦年が、いよいよ今年B年の終りに近づきました。来週の日曜日は、年間最後の主日「王たるキリスト」の祝日です。それで本日の三つの朗読聖書は、いずれもこの世の終末を迎える時のための心構えについて教えている、と言ってもよいと思います。ところで、聖書に予告されている終末は決して全てが無に帰してしまうことではなく、目には見えなくても既にこの世に現存し、ゆっくりと発展し成熟しつつある神の国の完成を意味しており、その神の国を衣のように覆い隠していたこの世の全てが、いわば脱ぎ捨てられて全く新たなものに変容すること、そして永遠に続く新しい世界が神の栄光に照らされて輝き出ることを指していると思います。罪に穢れているこれまでの古い衣を剥ぎ取られる時には大きな苦しみも伴うでしょうが、神に対する信頼と希望のうちに、冷静にその大変換の時を迎える心を、日頃から整え備えていましょう。
② 第一朗読は、終末の時の到来と、その時が秘められ封じられていることなどについて預言しているダニエル書12章の冒頭部分からの引用ですが、国が始まって以来、かつて無かった程の苦難が続くその時、「大天使ミカエルが立って、お前の民の子らを守護する」という、頼もしい言葉が始めに置かれています。神に対する信仰と愛に生き、生命の書に記されている人たちは、その時神によって救われます。この希望を堅持していましょう。「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める」とあるのは、死者の復活を指していますが、「目覚めた人々は大空の光のように輝き、多くの者の救いとなった人々は、とこしえに星と輝く」と預言されているのは、神信仰に生きていた人たちのことで、同時に「ある者たちは永久に続く恥と憎悪の的となる」という預言もありますから、その日は、それまで隠れていた善も悪も全て、神の光によって明るみにさらされ、容赦なく峻別される厳しい裁きの時でもあると思います。しかし、主は山上の説教の中で、「憐れみ深い人々は幸いである。その人たちは憐れみを受ける」と保証しておられるのですから、私たちはその裁きを恐れなくてよいと思います。ただひたすら神の愛に生かされて生きるように、そして誰に対しても憐れみ深くあるように心がけていましょう。
③ 本日の第二朗読は、主キリストが神にお献げになった永遠のいけにえについて教えていますが、この唯一つのいけにえで神に従う人々は全ての罪の赦しを与えられて清められ、永遠に聖なる者とされるのです。これは、驚くほど大きな恵みであり、無力な私たちの将来には、神の子らの永遠に続く明るい自由と喜びの世界が広がっているのです。ただその主キリストは、この世の人間的言葉で言うならば、今は天の御父の右の座に着いて、終末の日に敵どもがご自身の足台となってしまうまで、御父のお決めになるその日をひたすら待ち続けつつ、ご自身の永遠のいけにえを献げておられると申し上げてよいかと思います。主ご自身が待ち続けておられるのですから、この世の私たちも終末後の栄光の世界を希望と忍耐の内にひたすら目覚めて待ち続けるのは、当然の務めであると思います。私たちの信仰と愛は、忍耐によってますます深くまた太く心の畑に根を下ろし、豊かな実を結ぶに到るのですから、待ちくたびれないよう決意を新たにして、神への奉仕に励みましょう。
④ 本日の福音の出典であるマルコ福音の13章全体は、この世の終末に関する、主キリストの一つの長い説教になっていて、「小黙示録」とも呼ばれていますが、聖書学者の雨宮慧神父がその説教を四つの段落に分けて解説していますので、まずその全体像を簡単に紹介してみましょう。第一の段落の始めと終りには「気をつけなさい」という言葉があって、欺かれないようにという警告がその内容をなしていると思います。第二の段落の始めと終りには「その時」という言葉があって、それが本日の福音の前半であり、終末の時の人の子の到来について教えています。そして本日の福音の後半である第三の段落は、いちじくの木の譬えで人の子の到来の近さを強調し、人の子の到来まではこの世が終わらないことや、その日その時がいつ来るかは天使も人の子も知らず、ただ天の御父だけがご存じであることを教えており、最後の第四段落では、「目を覚ましていなさい」という言葉が繰り返されています。
⑤ この全体像を基礎にし、あらためて本日の福音を読み直してみますと、私たちが日ごろ無意識のうちにも、太陽も月も宇宙全体もまだまだ悠久の営みを続けていて、私たちの生きている間は天体に大きな変化は起こり得ないと思ってい勝ちなその思い込みを、根底から崩すような恐ろしい予告を主が話しておられ、しかもその予告は、太陽が暗くなり、星は空から落ち、天体は揺り動かされ、天地は滅びるというその瞬間がいつ到来するかは、天の御父以外は誰も知らないという、私たちの心を不安のどん底に突き落し兼ねない驚天動地の内容ですが、心を落ち着けて不安を掻き立てる熱狂主義に走ったり、あるいは無気力になったりせずに、戦争や大災害などの発生でこの世はもう終わりだと思われるような絶望的事態に直面しても、太陽が輝いている限りはそれを終末と思い違わないよう気をつけ、しっかりと目覚めて、それら全ての出来事の背後に神の救う働きを見ているようにというのが、主のお望みなのではないでしょうか。たとい太陽や月が暗くなるのを見ても、「それらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい」と命じておられるのですから。とにかく、今現に直面している出来事の背後に私たちを救う神の臨在を堅く信じつつ生活し、どこか遠く離れた所に神を探し求めたり、まだ直面していない終末時の恐ろしい大変革について勝手に空想し、心に不安を掻き立てたりしないことだと思います。
⑥ このことと関連して、私は釈尊の教えや大乗仏教の教えは素晴らしいものであり、私たちキリスト者もある程度それに学ぶべきであると考えます。2週間前の説教に、仏教の中にも神が働いておられ、その神の導きでキリスト教信仰の文化的影響を受けた大乗仏教に発展したのだ、というような話をしました。主がヨハネ福音10章の善き牧者の譬え話の中で、「私には、この庭には属さない他の羊たちもいる。私はそれらも導かなければならない。彼らも私の声を聞くようになり、一つの群れ、一人の牧者となるであろう」と話されているのを読み、私は、主が仏教者たちのことも考えて、こう話されたのではないかと考えます。仏教者に限らず、剣の道、芸の道、あるいは何かの技の道などに深く分け入って、自分の無数の成功・失敗体験からそれぞれ心で何か奥深い真理を悟るに到った人たちは、師匠や先輩たちからの教えはあっても、一神教者たちのように、神からの人間の言葉による啓示というものは持っていません。しかし、彼らの心は、神がお創りになり、その存在を維持し導いておられるこの世の現実や、長所も短所もある自分自身の心身の現実から、非常に多くの貴重な真理を実践的に学び取っています。彼らにとっては、それが神よりの啓示なのです。私たちもそれに倣って、自分の身近な日常体験の中で働いておられる神から、謙虚に、もっと深くもっと多くのことを、実践的に学び取るよう心がけましょう。聖書の教えも、そのためのものだと思います。
⑦ ところで、大乗仏教はいくらキリスト教信仰の影響を受けたと言っても、それによって釈尊の教えから離れたのではなく、むしろその伝統的教えを一層幅広く豊かに発展させたのです。その釈尊の教えの基本は、日々誰もが体験するこの世の人生苦の本質を深く見つめて奥底の心を目覚めさせ、その心が成熟して心中の煩悩を滅却する境地にまで到達すれば、人生苦を超克して深い内的喜びの内に自由に生きるようになる、という真理を悟ったことにあると思います。奥底の心を目覚めさせた釈尊の内に神の霊が働き、釈尊はキリストの救いの恵みにも浴したのだ、と私は信じています。大乗仏教発展の初期、3世紀前半のインドの仏教哲学者ナーガル・ジュナ (龍樹) は、釈尊の教えに基づいて、縁起によって生成消滅するこの世の万物を、実体 (すなわち一定不変の存在) のない「空」と考える思想を唱え、そこから大乗仏教の経典『般若経』の「空の思想」が日本にまで広まり、重視されていますが、私はこれも、神の導きによって人類に提供された貴重な真理であると考えます。
⑧ 私たちは、日々の日常体験から無意識の内に、この世の万物は外的には絶えず変動していても皆それぞれに一定の実体あるものと考え勝ちですが、創世記に立ち戻って考えますと、全ては神によって無から創造されたものであり、20世紀の人間の科学も、宇宙には初めがあることと、万物は極度に細かい素粒子の結合によって構成されており、その素粒子も原子爆弾などによって破壊されると、強大な光と熱と、大地や生物を持続的に汚染する放射線いう、形の全く無い巨大なエネルギー (力) に変換してしまうこととを明らかにしています。私たちの目に見える万物は、本来目に見えない各種の力が縁起によって結合している存在であると言うこともできましょう。「空の思想」は、この観点から受け止めてよいと思います。こう考えますと、この広い宇宙の万物は皆神の力によって産み出され、相互に結合され、支えられているだけで、それらが一瞬の内に無に帰しても、あるいは全く新しい栄光の世界に創り変えられても、それはあり得ないことではないと思われて来ます。人間の日常体験から理性が造り上げた固定的な物質像や宇宙像に拘わることなく、この世の宇宙についても自分の心身についても、全能の神の立場から可能な限り柔軟に考え、何よりも神の御旨、神の働きに謙虚に徹底的に従う生き方を身につけるよう心がけましょう。そのための照らしや恵みを願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げたいと思います。

2009年11月8日日曜日

説教集B年: 2006年11月12日、年間第32主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 列王記上 17: 10~16.   Ⅱ. ヘブライ 9: 24~28.  
  Ⅲ. マルコ福音 12: 38~44.


① 本日の三つの朗読聖書は、いずれも私たちにとって貴重なもの、それ無しでは生きられないほど大事なものを神に献げて、神に恵みを願う、あるいは神から恵みを受ける話だと思います。第一朗読は、預言者エリヤが神の言葉を受けて予言した通り、3年間余り雨が全く降らないために、人々が旱魃で食べ物に困窮していた時の話ですが、エリヤは初めは神の言葉に従ってヨルダンの東にある小さなケリト川のほとりに身を隠し、その川の水を飲みながら、数羽の烏が朝晩に運んで来るパンと肉に養われていました。聖書のこんな話を読むと、その烏はどこかのパン屋と肉屋の店先から盗んで来たのだろう、などと想像する人がいるかも知れません。しかし、この大飢饉の時には、どこの家でも乏しいパンや肉を烏に盗まれるような所には置かなかったと思われます。神が烏に与えて運ばせたのだと思います。暫くしてケリト川の水も涸れてしまうと、神はエリヤに、「立ってシドンのサレプタに行き、そこに住め、私は一人の寡婦に命じて、あなたを養わせる」とおっしゃいました。
② 本日の第一朗読は、それに続く話であります。旧約時代には、寡婦は孤児や寄留者たちと共に貧しく弱い人々の代表のように見做されており、日頃の蓄えが少ないため、旱魃の時にはこの人たちが真っ先に苦しんでいたと思います。それだけに、神の助けに縋ろうとする信仰心も強かったでしょう。そこにエリヤという預言者的風格の人が訪ねて来て、水やパンを願ったのですから、明日のパンもない程貧しい状態でしたが、彼女はその言葉に従います。そして苦しい旱魃の時が過ぎ去るまで、パンにも油にも事欠かない生活を続けるという素晴らしい恵みを、神から預言者を通して受けるに至りました。貧しい客人(まろうど) エリヤは、ここでは救い主のシンボルだと思います。そういう客人を手厚くもてなすことによって、神より豊かな恵みを受けたという話は、古来西洋にも東洋にも数多くあり、客人(まろうど) 信仰と言われる風習も各地に残っています。四国のお遍路さん接待の慣習も、その一種だと思います。合理主義一辺倒の現代文明の中では、こういう温かい思いやりの信仰を持っていない人が非常に多いと思いますが、私たちは、聖書の教えに従ってその信仰を大切にしていましょう。主キリストは実際に、貧しい人、弱い人と共にそっと私たちを訪ね、その人たちに何かの温かい奉仕をするよう、お願いになることが少なくないように信じるからです。それは理屈の問題ではありません。そういう親切を幾度も続けている人の心に、その体験の蓄積からごく自然に育って来る確信だと思います。恐らくお遍路さん接待の慣習を持つ四国の人たちも、数多くの実践体験に基づいて同様の確信を持っていると思います。
③ 本日の第二朗読は、主キリストがご自身をいけにえとなしてただ一度天の御父に献げることにより、世の終りまでの全人類に救いの恵みをもたらす存在になられたことを教えていますが、その中で「人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることとが決まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた」とある言葉に、本日は少し注目してみたいと思います。というのは、余談になりますが、今年の秋に民法のテレビで、輪廻転生のことが実体験に基づいて説かれているのを、ちょっとだけ観たからです。今現に生きている人が、自分が一度も行ったことのない遠い地方の昔の人のことを、自分の体験を思い出すかのようにして事細かに語り始め、その話の中にある、本人はこれまで全く知らずにいた様々な地名や人名や年次などが、第三者が調べてみると、その故人の人生にそっくり適合しているので、テレビはその人をその故人の生まれ変わりであると結論していました。輪廻転生の思想は紀元前数世紀の昔からインドやギリシャで説かれており、わが国にも仏教と共に伝わって、平安時代の初期に成立した『日本霊異記』などに描かれていますが、察するに、同様の数多くの体験がその地盤をなしているのだと思われます。しかし、もし万一その思想が正しいとしますと、聖書の引用句は誤りになりますが、それは受け入れられません。
④ では、古来無数にあるそれらの体験はどう考えたらよいのでしょうか。ここで、私の人生体験に基づく個人的見解をご参考までに紹介してみましょう。信じない人もいるかも知れませんが、私は死者の霊が幽霊という形でこの世の人に現れるのを、数多くの実例から信じています。私がローマに留学していた頃に南イタリアのカプチン会修道院でミサを献げておられた聖ピオ・ピエトレルチーナは、アシジの聖フランシスコのように聖痕を受けた聖者でしたが、しばしば煉獄の霊魂たちの現われや訪問を受けて、その救済のために祈っておられたと聞いています。私も今は亡きドイツ人宣教師たちの模範に倣って度々あの世の霊魂たち、特に今苦しんでいる霊魂たちのために祈ったりミサを献げたりしていますが、するとあの世の霊魂たちに助けてもらったのではないか、と思うようなことを幾度も体験し、ある意味ではあの世の霊魂たちと親しくしています。岐阜県である会社の独身寮にたくさんの幽霊が現われ、若い社員たちが恐れから浮き足立って会社を辞めると言い出した時、私が社長に頼まれてそこでお祈りしましたら、幽霊は全然現れなくなりました。そして私の話を聞いて、社員たちは誰も辞めませんでした。信仰に堅く立ち、あの世の霊魂たちの救いのために祈っている人にとっては、幽霊は決して怖いものではありません。しかし、あの世の霊魂は、この世の人の夢に現れたり、稀にこの世の人の心の中に自分の記憶や思いを乗り移らせることもあるのではないかと思います。それをその人に前世があったと誤解する所から、輪廻転生思想が生まれたのではないでしょうか。立証不十分のそんな思想に振り回されて、各人には一度きりの人生しかないと教えている、聖書の啓示を疑うことのないよう気をつけたいと思います。
⑤ 本日の福音は前半と後半の二つの部分から構成されていますが、前半では当時の律法学者たちが厳しく批判されています。主の話によると、彼らはタリーットと呼ばれるクロークを人目を引くように少し長めにして歩き回り、広場で挨拶されることや、会堂や宴会で上座につくこと、人前で長い祈りをなすことなどを楽しんでいたようです。こういう話を読むと、私はエルサレムの「嘆きの壁」を訪れた時、真っ黒の長いクロークを着た長ひげのラビがその壁の一隅で椅子に腰掛け、人々から写真に撮られるのを喜んでいた姿を思い出しますが、数はごく少数でも、今でもそのようなラビたちがいるのかも知れません。主はそのような人たちについて、「このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」と、恐ろしい警告を口にしておられます。神に対する信仰や奉仕は二の次にして、宗教を見世物のようにしているからなのでしょうか。私たちも気をつけましょう。宗教生活、修道生活は、何よりも神に見て戴くため、神に喜んで戴くためのものだと思います。
⑥ 福音の後半は、エルサレム神殿の大きな賽銭箱が幾つも並んでいる所での話です。当時は商売繁盛を願う異教徒の貿易商たちも、ギリシャやローマの通貨を聖書の言葉が刻まれたユダヤ通貨に両替して、気前よくどんどん投げ入れていました。それを弟子たちと共に横から眺めておられた主は、やがて貧しい寡婦が人々の陰に隠れるようにして、そっとレプトン銅貨2枚を投げ入れるのを御覧になりました。レプトン銅貨はギリシャの最小額通貨で、今日の百円ぐらいの値打ちしかありませんが、そんな通貨を1枚や2枚持って行っても、当時の神殿両替屋では軽蔑され、ユダヤ通貨に換えてもらえなかったのかも知れません。寡婦は、神殿の賽銭箱に投げ入れてはならないとされているその異国の通貨を、人目を盗んでそっといれたのではないでしょうか。それを目敏く御覧になった主は、たとえ異国の通貨であろうとも、明日の食べ物を買う金もない寡婦が、その最後の全財産を神殿に献げて真剣に祈る姿に御心を大きく揺り動かされ、その献金を他のどんな献金よりも喜ばれたのではないでしょうか。福音には何も語られていませんが、神はその寡婦の献金に豊かにお報い下さったと信じます。神に対する献金や奉仕や祈りにとって大切なのは、その外的な数量ではなく、そこに込められたその人の心であると思います。人は外的な数量や美しさ・偉大さなどに目を奪われ勝ちですが、神は何よりもその人の心に眼を向け、心を御覧になっておられるのですから。旧約聖書にも新約聖書にも「心」という言葉が非常に多く登場していますが、私たちももっと心に留意し、心を尽くして神を愛し、心を込めて神に祈るよう心がけましょう。その恵みを祈り求めつつ、本日のミサ聖祭をお献げしたいと思います。

2009年11月1日日曜日

説教集B年: 2006年11月5日、年間第31主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 申命記 6: 2~6.   Ⅱ. ヘブライ 7: 23~28.  
  Ⅲ. マルコ福音 12: 28b~34.


① 本日の第一朗読を読む度に、いつも懐かしく思い出すことがございます。それは26年前の1980年9月に、東京のユダヤ教のシナゴガで、土曜日午前の安息日祭儀を参観した時、2時間ほど続いたヘブライ語の聖書朗読や祈りなどの中ほどに、本日の第一朗読の箇所も登場し、壇上のラビが「シェーマ、イスラエル (聞け、イスラエル)」と、力強く歌ったその威厳に満ちた声であります。その声は神の声のように感じられ、今でも忘れることができません。ユダヤ教では2千年前のキリスト時代にも、またその後の時代にも、全身全霊をあげて神を愛することを命じている申命記のこの掟が特別に重んじられていますが、主なる神は、キリスト者である現代の私たちにも、この掟の順守を万事に超えて大切にするよう、求めておられるのではないでしょうか。
② といっても、目に見えない神を愛するなどという夢のような話は、あまりにも現実離れしていて、頭で考えることはできても、実際上はほとんど何もできないと思う人もいるかも知れません。それは、全宇宙の創造主であられる神を、この世の現実から遠く離れた天上の世界、目に見えないあの世の霊界におられると思うからではないでしょうか。しかし、現実には紙の裏表のように、この世はあの世と密接に関係していて、この世の存在は全て、あの世の神によって絶えず産み出され維持されなければ忽ち無に帰してしまうほど、無力なもの儚いものなのです。私たちの生活を支えているこの大地も空気も水も、全てその神から絶えず存在を支えられている賜物で、父なる神は、目には見えなくても、それらの無数の賜物を介して絶えず私たちのすぐ近くに現存し、私たちに慈しみの御眼を注いでおられるのです。その神に対して、嬉しい時も悲しい時も信仰と信頼の心で「天のお父様」と呼びかけ、感謝したり助けを願ったりする習慣を続けていますと、不思議に運命の神に守られて導かれているという体験をするようになります。これまであまりにも長い間神を忘れて無視するような生き方をして来たのですから、その悪い習慣は長期間の新しい信仰習慣によって克服しなければなりませんが、神のお声は聞けなくても、日に幾度も事ある毎に「天のお父様」と愛をもって呼びかけ感謝を表明していますと、やがて心の中に新しい神観念が育って来ます。そしてどんな苦しい状況にも、希望をもって耐え抜く力が備わって来ます。神は、私たちが皆このようにして生きる、神の子になることを求めておられるのではないでしょうか。
③ 本日の福音の中で、一人の律法学者から「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねられた主イエスは、「第一の掟はこれである」と、本日の第一朗読に引用されている申命記の掟をあげ、すぐに続いて、「第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つに勝る掟は他にない」と答えておられます。神への愛の掟と隣人愛の掟とを合わせてお答えになったのは、モーセ五書の中に読まれるこの二つの古い掟が、互いに深く関連しているからだと思います。ただ今も申しましたように、万物の創造主であられる神は、そのお創りになった被造物を介して、特に神に似せて創られた人間、万物の霊長である人間を介して、いつも私たちのすぐ近くに臨在しておられるのです。自分の間近におられるその神に対する愛は、隣人を愛するという行為を介しても表明するように、というのが神のお望みなのではないでしょうか。レビ記19章に読まれる「隣人を自分のように愛せよ」という掟から、隣人を正しく愛するには、まず自分自身を正しく愛さなければならないと考え、あなたが自分自身を愛するように隣人を愛せよ、という意味に解釈する人もいますが、しかし、誰もが生来自然に持っている自己愛の熱心は比較の対象にされているだけで、この掟は隣人愛を命じているのであり、自己愛は命じられていないと解釈する人もいます。どちらの解釈でも良いと思いますが、そんな中にあって、あるプロテスタントの聖書学者が「隣人を自分自身として愛せよ」と邦訳しているのを知り、私の気に入りました。神に対する愛を、隣人を自分自身として親身になって愛することにより表明せよというのが、旧約の二つの掟を一つに結んで教えられた、主イエスのお考えであるように思われるからです。
④ ところで、第一朗読にもあるように、第一の掟の前には「私たちの神である主は、唯一の主である」という大切な言葉があって、主イエスもその通り引用しておられます。現実の人間社会には数多くの雑多な宗教思想が各地に広まっていて、聖書の教えもそれらの宗教思想の一つとして、頭で理知的に総合しながら神をたずね求めようとすると、混乱してしまいます。そうではなく、初代教会や古代教父たちがなしていたように、聖書を自分たちに対する神よりの啓示、神からの呼びかけとして心の意志で謙虚に受け止め、その神を自分の唯一の主となし、神に徹底的に聞き従う信仰と従順の心でまずしっかりと立つこと生きることが大切です。こうして全知全能の神の導きや働きの世界に、次第に深く入って行きますと、その神ご自身が、全宇宙の中で、また諸々の他宗教の中でも日々大きな働きをしておられることを、次々と教えて下さいます。私の経験したその一つの例を紹介致しましょう。
⑤ 1989年の秋に京都の東本願寺で三日間にわたって開催されたある研修会で、私は最後の合同討議の議長をさせられました。議長の役は、自分の見解はほとんど言わずに、ただできるだけ多くの参加者が自由に自分の見解を発言できるよう配慮することだと思いますので、私はひたすら聞くだけでしたが、その時名古屋の浄土宗西蓮寺の住職大田敬光師と大谷大学の武田武麿教授との間に、親鸞の教えをめぐってちょっとした議論が始まり、その折に武田教授が余談のようにして、キリスト教と浄土教との関係について日頃思っていることを披露しました。それは、現存する史料からは立証できないが、大乗仏教の中に浄土教が発生した歴史的状況を総合的に吟味してみると、そこにキリスト教の影響が大きく働いていたと考えられる、というようなものでした。浄土真宗の武田教授のこの言葉に、私はその後大いに啓発されました。私はその後も武田教授と親しくしていて、確か98年に東京で開かれた日本宗教学会の理事会の後であったと記憶していますが、二人で一緒に写真を撮ったのを最後に、武田教授はその翌年に亡くなりました。大乗仏教の発生についての武田教授の考えを私なりに推測しますと、次のように言ってよいかと思います。
⑥ 日本に伝来した大乗仏教は、厳しい修行に励む男の比丘教団と女の比丘尼教団を設立させた釈尊が入滅した後、二百年余りも経て、釈尊の遺骨を納めた各地のストゥーバ (仏舎利塔) を崇敬する在家の信徒団の信仰運動を基盤として、ゆっくりと数世紀かけて形成された仏教ですが、厳しい戒律の厳守に束縛されていない在家の信徒たちは、仏教の伝統的教えからは少し自由になって考え始め、自分も仏陀のようになりたいという憧れから、やがて各人には生来仏性があるという思想を生み出し、紀元1世紀か2世紀頃からは、シルクロードを介してキリスト教の思想も伝播していた西北インドの地方で、多くの庶民を救ってくれる阿弥陀仏に対する信仰も菩薩信仰も生み出しています。そしてそこからやがて阿弥陀仏に対する念仏も、西方に浄土があると考えて西方往生を願う思想も生まれ、また数々の大乗仏教経典も書かれるに至りました。
⑦ 仏教側からのこういう話を聞くと、なるほどと思うことも少なくありません。例えば、原始仏教の経典にははっきりと提示されていない地獄・極楽の話や死後の閻魔大王による審判の話、ならびに聖母マリア崇敬に似た観音信仰や、世の終りに来臨する弥勒菩薩に対する信仰なども、キリスト教信仰の影響を受けて発展したのではないでしょうか。同じ頃、オリエントのキリスト教にも仏教側からの影響と思われるものが幾つか導入されています。例えば、民間に語り継がれていたお釈迦様の伝記を、マタイ福音書からの引用文などを挿入しながらキリスト教的に作り替えた、聖バラアムと聖ヨザファトの伝記は4世紀頃に書かれたようで、中世期には西方教会でも愛読されていますが、16世紀末に邦訳されて、キリシタンたちにも読まれています。ユダヤ教の伝統を受け継いだ初代教会には、キリスト者も両手を左右に上げて祈っていたのに、古代教会に手を合わせて祈る習慣が広まったのも、東洋の宗教の影響だと思われます。
⑧ こう考えると、キリスト教と仏教との文化的交流を介して、もともと人生苦超克を主目的としていた仏教に、無数の民衆を救う一神教的来世信仰を導入させたのには、表向きの形はどうであれ、一人でも多くの人を神の国に導き入れようとしておられる、神の働きがあったのではないでしょうか。神秘な神のその働きを、人間理性でとやかく論ずることはせずに、心を大きく開いて、神の救いの御業に徹底的に従うよう心がけましょう。主イエスもルカ福音書13章の中で、「救われる人は少ないのでしょうか」という質問に、「人々が東から西から、北から南から来て、神の国で宴会の席につくであろう」と答えておられます。文化や宗教は違っても、その文化その宗教の中でも働いて下さる神の導きに従う人なら、皆神の国に導き入れられるのだと思います。この明るい信仰と希望を新たにしながら、異教徒や未信仰者たちの救いのためにも、このミサ聖祭の中で祈りましょう。

2009年10月25日日曜日

説教集B年: 2006年10月29日、年間第30主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. エレミヤ 31: 7~9.   Ⅱ. ヘブライ 5: 1~6.  
  Ⅲ. マルコ福音 10: 46~52.


① 本日の第一朗読は、旧約の神の民の数々の罪を暴き、嘆きながら神よりの警告を語ることの多かったエレミヤ預言者の言葉からの引用ですが、この預言書の31章は神との新しい契約について予告していて、エレミヤ書の中でも、将来に対する大きな希望を与えている最も喜ばしい箇所だと思います。紀元前10世紀に南北二つの王国に分裂した神の民のうち、北イスラエル王国は紀元前720年にアッシリア帝国に滅ぼされてしまい、そこに住んでいた住民はアッシリアに強制連行されて、各地に分散させられてしまいました。残酷なアッシリア人によるこの征服と連行の過程で、命を失った者や異教徒になってしまった者たちは多かったと思われますが、しかし、この時アッシリアに連行された人々が皆信仰を失ってしまったのではないようです。
② それから100年余りを経て神の言葉を受けたエレミヤは、ここで信仰を失わずにいるその人々のことを「イスラエルの残りの者たち」と呼んで、その人々を救ってくれるように祈ることを、神から命じられており、そして神は、「見よ、私は彼らを北の国から連れ戻し、地の果てから呼び集める」という、嬉しい約束の言葉を話しておられます。「北の国」とあるのは、アッシリアの支配地だと思います。神は更に、「私はイスラエルの父となり、エフライムは私の長子となる」と約束しておられますが、ここで「エフライム」とあるのは、エジプトで宰相となったヨゼフの子の名前で、その子孫である北王国の中心的部族の名でもあり、総じてアッシリアに連行されたイスラエル人たちを指していると思います。彼らも新たに神の子らとされて、メシアによる福音の恵みに浴することを、神が予告しておられるのではないでしょうか。
③ 本日の第二朗読は、神の御独り子がこの世の人間の弱さを身にまとって受肉なされたこと、そして全ての人間の中から選ばれ、民のためにもご自身のためにも、その弱さ故に苦しみつつ罪の贖いの供え物を献げるよう、神から任命されたのであることを教えています。人々のために神に仕えるこの光栄ある大祭司の職務は、自分で獲得するものではなく、神から召されて受けるものであることも説かれています。祭司の職務に限らず、英語では職業のことをヴォケーションと呼んだり、コーリングと呼んだりしていますが、いずれもラテン語あるいは英語の「呼ぶ」という動詞から派生した名詞で、その背後には、神からこの仕事に呼ばれているのだ、という敬虔なカルヴィン派の思想があると思います。昔の日本人も自分のなしている仕事を、天から授けられた使命と考えて「天職」と呼んでいましたが、近年汚職事件が多発しているのを見聞きしますと、現代社会にこのような宗教的職業観を広める必要性を痛感致します。人々の上にそのための照らしの恵みを神に祈るだけではなく、私たち自身も平凡な日常生活の中で、日々そういう職業観や天から見守られているという仕事思想を実践的に体現し、証しするよう心がけましょう。神はそのようにして信仰に生きる人を求めておられ、その人を介して豊かな恵みを現代の人々に注ごうとしておられると信じます。
④ 本日の福音は、主がバルティマイという盲人の目を癒された一つの奇跡物語ですが、マルコは主によるその癒しの奇跡よりも、その前後のバルティマイの言行の方に読者の関心を向けようとしているように見えます。というのは、原文のギリシャ語ではここに二度登場している「道」という言葉に、わざわざ冠詞をつけて「その道」と書いているからです。乞食の盲人はまず「その道の傍らに座っていたのです」。ここで「その道」とあるのは、その少し前の文脈を読んでみますと、先週の日曜日にも申しましたように、主がエルサレム目指して進んで行かれる道であり、その途上でエルサレムでの受難死を三度目に予告なされた、いわば十字架への道であります。その道の傍らにいる盲人に、主はご自身から言葉をかけるようなことはなさいませんでした。しかし、一行の通り過ぎる物音から、それがナザレのイエスのお通りと聞いて、盲人が「ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい」と叫び始めたのです。多くの人が彼を叱りつけ、黙らせようとしますと、彼はますます「ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい」と叫び続けました。
⑤ それで主は立ち止まり、「あの男を呼んで来なさい」と言われたのです。人々が盲人を呼んで、「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ」というと、盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がって主イエスの御許に来ました。上着を捨てたことは、自分のそれまでの持ち物を捨て、無一物になって主の御許に来たことを意味していると思います。マルコがここで、叫び続けたバルティマイに対する主の方からのお呼びにも、フォーネオーというギリシャ語の動詞を三度も使って、「呼んで来なさい」「呼んで言った」「お呼びだ」などと書いていることも、注目に値します。それは少し力を込めて呼ぶという意味合いの動詞のようですから、マルコによると、主も弟子たちも、少し離れ去った所から大きな声で、バルティマイをお呼びになったのではないでしょうか。躍り上がって御許に来た盲人に、主が「何をして欲しいのか」とお尋ねになると、「ラビ、目が見えるように」と答えたので、主はすぐに癒し、「行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」と言われました。ギリシャ語原文によりますと、その人は「その道を彼 (すなわち主) に従った」と続いていて、マルコはここでも冠詞をつけ「その道」と書いています。エルサレムを間近にした最後の旅の途中でなされた盲人の癒しというこの奇跡を、主が、ご自身の受難死に対する弟子たちの心の盲目の癒しのため、という願いを込めてなされたかのように。
⑥ 余談になりますが、私は先週の月曜日に三ケ日から帰った後、午後に西日本の老人修道女ばかりのようなある修道院で、皆の生活を統括する世話をしている私よりも年上の修道女から、名古屋駅でゆっくりとその苦労話を聴き、その相談に乗る機会に恵まれました。その人の話によると、それまで何十年間も人並みに大過なく修道生活を続けて来た人なのに、年老いてから急に妬み深くなり、修友たちを困らすようなことを言ったりしたりする人もいるのだそうです。それはそれ程驚くほどのことではありません。人間は面白いもので、どんな人にも「善悪二つの心」「二つの顔」などと言われるものがあります。人の心の中には、男性的と女性的との二つの要素がちょうど夫婦のように連れ立って存在しているのではないでしょうか。両者が互いに助け合い補い合って平和に協調している心は仕合せだと思いますが、片方だけが長年上に立ってワンマン的に振舞い、外の人に善い顔を見せようと一生懸命になっていると、その陰にあるもう一つの心が抑圧され続けて、気晴らしする機会にも恵まれず、心の奥底に深く根を伸ばし、欲求不満で反抗に傾き、強くなっていることがあり得ます。こうして二つの心の間に適度の交流がないまま、一つの理念だけで生きていますと、年老いたり、あるいは何かのことで落胆したりしてこれまで上に立っていた心の抑圧が弱まった時、抑圧され続けて来たもう一つの心が表面に躍り出て、憂さ晴らしのようなことを始めるのではないでしょうか。それで私はその修道女に、そういう言動を示す人には、まともに付き合わずに、少し距離を置いてでも良いですから、心配せずにあくまでも温かく親切にしていて下さい、そしてその人の心の奥には、もう一つの善い心が潜んでいて、自分のわがままな言行について詫びたり、悔い改めてもっと強くなろうとしたりしていることを信じ、その善い心の方に眼をかけていて下さい、と勧めました。
⑦ このような二つの心の葛藤は、聖人たちであっても多かれ少なかれ体験していると思います。使徒パウロも、ローマ書7章の後半に、自分の心の中でのそのような葛藤体験について述懐しています。「私は内なる人に従って神の律法を喜んでいますが、しかし、私の五体の中には別のノモス (原理) もあって、…それが私をとりこにしていることが分ります」などと書いていますから。私たちも、自分の内にある二つの心、二つの顔というものに常々配慮し、心のこの裏表二つの側面が相互によく話し合いながら、バランスよく生きるように、そしてやがては二つの顔がどちらも、それぞれ主キリストにおいて互いによく似た美しい顔になるよう心がけましょう。聖人たちは皆その内的平和協調に努めていたので、やがてはいつどの角度から見られても、いつも同じ一つの優しい顔に見えていたように思います。これが、心の奥にいつまでもストレスを蓄積することのない、最も仕合せな生き方だと信じます。私たち各人の上にその恵みを祈り求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年10月18日日曜日

説教集B年: 2006年10月22日、年間第29主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 53: 10~11.   Ⅱ. ヘブライ 4: 14~16.  
  Ⅲ. マルコ福音 10: 35~45.


① 今日の日曜日は「世界宣教の日」とされていますので、現教皇のこの日に宛てたメッセージにもありますように、世界中の宣教師たちが人々の心を神の愛で「燃え上がらせる」よう、聖霊の恵みを願い求める意向で、本日のミサ聖祭を献げたいと思います。ごいっしょにお祈り下さい。
② 本日の第一朗読であるイザヤ書53章は、「主の僕の歌」または「苦難の僕の歌」と言われており、その僕が誰を指しているかについて、ユダヤ教ではバビロン捕囚のイスラエルの民を指すと解釈しています。その子孫であるユダヤ人も、エルサレム滅亡後の2千年近い歴史を振り返ると、世界の各地で繰り返しひどい差別扱いや迫害を受けていて、まさに「苦難の僕」のような歴史を営んで来ているように思います。しかし、キリスト教ではその僕を主イエスご自身と受け止めており、イザヤ預言者は、主の受難死を数百年も前にはっきりと予見し、見たままに予言したのだと思います。実際、この53章に描かれている苦難は、四福音書の主の受難記と照合すると、よく適合しているように思われるからです。本日の朗読箇所にあるように、主イエスは「多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を背負った」のであり、神のお望みに従って打ち砕かれ、「自らを償いの献げ物とした」のです。
③ 本日の第二朗読であるヘブライ書は、かつて律法学者でもあった使徒パウロが、ユダヤ人宛てに書いたものと考えられていた時代もありました。3世紀のアレクサンドリアの聖クレメンスがそのように考え、パウロが自分の名をつけなかったのは、自分に対して強い反感を抱いているユダヤ人がいたからであろう、と推察しているからです。しかし、聖書の研究が進むにつれ、ヘブライ書はパウロの作ではないと考えられるようになりました。すでに16世紀のルッターが、旧約聖書に基づく論証のやり方や力強い筆致などからの推察でしょうか、『使徒の宣教』やコリント前書に登場するアポロの作と考えたそうですが、近年の聖書学者たちは、パウロたちの没後、エルサレム神殿も破壊されて無く、絶対的権威であった旧約聖書をどう理解したらよいかに迷って、心を大きく動揺させていたユダヤ人キリスト者たちに宛てた、1世紀末葉の誰かの作と考えています。本書が「神殿」という言葉を避け、祭司たちが神を礼拝した場を一貫して「幕屋」と記していることも、注目に値します。エルサレム神殿が無くなって動揺している人々の心を鎮めるために書かれたからではないでしょうか。
④ 旧約聖書の多くの話がメシアの到来を約束しており、その約束通りにナザレのイエスが生活なされたことを説明した後の、一つの結びである本日の朗読箇所では、偉大な大祭司、神の子イエスによって神の憐れみと恵みを受ける道が開かれたのですから、「大胆に恵みの座に近づこう」という呼びかけがなされています。この大祭司は私たちの弱さを共に苦しむことのできない方ではなく、罪を別にすれば、全てについて私たちと同様に試練に遭われた方なのです。しかし、自分中心に考える自然理性に従って大胆に神の恵みの座に近づこうとしても、失敗し挫折すると思います。それは、先週の日曜日にも話した、この世の文明文化を大きく発展させたギリシャ人の智恵ではありますが、神に近づくのには、それだけでは足りません。心に神から授かった信仰を基盤として考えるという、もう一つのもっと大切な智恵が絶対に必要なのです。ですから本日の朗読箇所にも、「私たちが公に表明している信仰をしっかりと保とうではありませんか」という呼びかけが、先になされているのです。私は大学でキリスト教思想を教えていた時、理知的な自然理性だけで考えるのを「頭で考える」、心に授かった信仰に基づいて考えるのを「心で考える」と表現していましたが、聖母マリアも主イエスも、現実生活に対処して、いつも神に心の眼を向けながら心で考え、心を込めて祈っておられたのではないか、とお察し申し上げています。それが、『智恵の書』が力説している、神よりの智恵に生きる道だと思います。私たちもその道を通って、大胆に神の恵みの座に近づくよう心がけましょう。
⑤ 本日の福音のすぐ前のパラグラフには、イエスが先頭に立ってエルサレムへと進まれるので、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れを抱いた、とあります。エルサレムではユダヤ人指導層がイエスを捕らえて殺そうとしていたからです。そこで主は12使徒たちをそばに呼び寄せて、第三番目の受難予告をなさいました。弟子たちはその話をまだよく理解できなかったようですが、でもいよいよ主の身の上に何か決定的な出来事が迫って来ているようだ、しかし、主が最後にいつも、「三日の後に復活する」という予言を添えておられることから察すると、ユダヤ人指導層との戦いで、主は死んでも間もなく復活して最後の勝利を獲得し、ユダヤは力強いメシアが支配する王国になるのかも知れないなどと、一部の使徒たちは、主の予言の言葉をそのように受け止めたのかも知れません。そこで、本日の福音にあるゼベダイの子ヤコブとヨハネは、他の弟子たちに先駆けて主に近づき、「あなたが栄光を得られた時」一人は右に、一人は左に座らせて下さいという、大胆な願いを申し上げたのだと思います。マタイ福音書には、二人は一行に伴って来ていた母と一緒に主に近づいてひれ伏し、母の願いという形で、主に願い出たように記されています。手柄を競い合っていたと思われる他の弟子たちに配慮して、そのようにしたのかも知れません。
⑥ 主はその二人に、「あなた方は自分が何を願っているか、わかっていない。この私が飲む杯を飲み、私が受ける洗礼を受けることができるか」と、お尋ねになります。これまで目撃した数々の奇跡から主の勝利を確信していたと思われる二人は、すぐに「できます」と答えましたが、主は「確かに、あなた方は私が飲む杯を飲み、私が受ける洗礼を受けることになるが、しかし、私の右や左に誰が座るかは、私の決めることではない」とお答えになって、彼らの願いを退けられます。この場面を傍らで見ていた他の10人の使徒たちが、後で二人に立腹したことは、想像するに難くありません。そこで主は、彼らを呼び集めて、次のように諭されました。「あなたたちも知っているように、異邦人の支配者と見做されている者たちは民を(上から)支配し、尊大な者たちは権力を振るっている。しかし、あなた方の間では、そうではない。偉くなりたい者は皆に仕える者になり、一番上になりたい者は皆の奴隷になりなさい。なぜなら、人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また自分の命を多くの人の身代金として献げるために来たのだから。」
⑦ 将来の教会の中核を構成するために選出された使徒たちへのこのお言葉から考えますと、神によって呼び集められ、主キリストを頭とする一つ共同体となる教会は、一般社会の政治組織や営利団体などとは異質の、いわば家族的奉仕的な愛の共同体であり、一つの有機的からだなのです。その中核をなす使徒とその後継者たちは、教会の頭であられる主キリストを体現し、キリストのように自分を多くの人の罪を背負う「神の僕」となし、自分を人々の罪を償う献げ物としなさいというのが、主の教えであるように思われます。ちょうど病気の子供たちを何人も抱えた親たちが、一家の将来を担うその子らに対する愛ゆえに、身を粉にして働いたり世話したりするように、神の愛の大きな家族的共同体の指導者たちも、神から自分に委ねられた人たちの世話に挺身しなければならないのだと思います。イザヤ書53章に「自らを償いの献げ物とした」とある言葉を、主はここで「自分の命を多くの人の身代金として献げる」と言い替えて話されたのだと思われますが、身代金は、当時は戦争の捕虜や奴隷などを釈放させるために支払われた金を指していました。教会の聖役者たちも、皆に仕えるために神から召された存在であり、主に倣って自分の命を人々の身代金となす覚悟も持っていなければならない、と主は今も私たちに説いておられるように思われます。主が創立なされた教会は、ギリシャ的智恵が主導権を持つこの世の国家や市民団体、あるいは会社などの営利団体とは本質的に異なる、神の愛の共同体であることを、しっかりと心に銘記しながら本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年10月11日日曜日

説教集B年: 2006年10月15日、年間第28主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 智恵の書 7: 7~11.   Ⅱ. ヘブライ 4: 12~13.  
  Ⅲ. マルコ福音 10: 17~30.


① 本日の第一朗読である知恵の書は、旧約時代の末期にエジプトで書かれたと考えられます。アレクサンドロス大王の将軍の一人プトレマイオスは、大王の死後エジプトでギリシャ系の王朝を開きますが、圧倒的に多数のエジプト人に対する支配権を確立するためユダヤ人を招いて歓迎し、数多くのユダヤ人をアレクサンドリアやその他の軍事的要所に住まわせました。それで、エジプトのユダヤ人はギリシャ語を話すようになり、紀元前3世紀後半以降には、エジプト生まれのユダヤ人のため、旧約聖書がギリシャ語に翻訳されました。これが、Septuaginta (七十人訳) と言われるギリシャ語旧約聖書であります。古代のギリシャ人は智恵を、処世術としても人生観としても大切にしていましたが、紀元前6世紀の頃から、科学が台頭し諸技術が発達する傍ら、知者の思索はより思弁的な方向にも向かうようになり、各種の哲学を産み出すようになりました。智恵がギリシャ人の生活を豊かで安全なものに高め、その文化を美しく幸せなものに発展させたのです。そういうギリシャ文化の中で教養を積んだアレクサンドリアのユダヤ人は、信仰に生きる預言者やダビデ、ソロモンたちの心に授けられた神よりの智恵と、人間の体験と思索に基づくギリシャ的知恵との違いを、次第にはっきりと意識するようになったと思います。そういう問題意識の中で神よりの智恵を讃え教えるために執筆されたのが、この智恵の書だと思います。
② 「私は祈った。すると悟りが与えられ、云々」とあるように、神よりの智恵は、人間の体験や思索に基づくものではなく、神から直接に授けられるものであり、この世の金銀・宝石も、またどんな富も、この神よりの智恵に比べれば「無に等しい」と思われるほど貴重なものであります。しかし、「願うと智恵の霊が訪れた」、「智恵と共にすべての善が、私を訪れた。智恵の手の中には量り難い富がある」などの表現から察しますと、神よりの智恵は、すでに人格化されて描かれています。この書の8章や9章には、「智恵は神と親密に交わっており、…万物の主に愛されている」だの、「(神の) 玉座の傍らに座している」などの表現も読まれます。知恵の書のこういう言葉を読みますと、コリント前書1章後半に使徒パウロが書いている「召された者にとっては、キリストは神の力、神の智恵である」という信仰の地盤は、ギリシャ人の智恵との出会いを契機として、すでに旧約末期からユダヤ人信仰者の間に築かれ始めていたように思われます。
③ 主イエスも、ギリシャ文化が広まりつつあったユダヤで、「天地の主である父よ、私はあなたをほめたたえます。あなたはこれらのことを智恵ある人や賢い人には隠し、小さい者に現して下さいました。そうです。父よ、これはあなたの御心でした」(マタイ11:25~26) と祈ったり、弟子たちに「どんな反対者も対抗できず、反駁もできないような言葉と智恵を、私があなた方に授ける」と約束なさったりして、理知的なこの世の知者・賢者に対する批判的なお言葉を幾つも残しておられます。聖書のこの教えに従って、人間のこの世的経験や思索を最高のものとして、神よりの啓示までも人間理性で批判するようなおこがましい態度は固く慎み、聖母マリアの模範に見習って、幼子のように素直に神の智恵、主イエスの命の種を心の畑に受け入れ、その成長をゆっくりと見守りつつ、神の智恵の内に成長するよう心がけましょう。私たちの心は、神より注がれるこの智恵に生かされる信仰実践を積み重ねることによって、神が私たちに伝えようとしておられる信仰の奥義を悟るのであって、その奥義は、人間理性でどれ程細かくキリスト教を研究してその外殻を明らかにしてみても、知り得ないものだと思います。
④ 本日の第二朗読であるヘブライ書では、ちょうど第一朗読の「智恵」のように、「神の言葉」が人格化されています。「神の言葉は生きており、力を発揮し、…心の思いや考えを見分けることができます」などと述べられていますから。この「神の言葉」も、主イエスを指していると思います。その主は、私たちが日々献げているミサ聖祭の聖体拝領の時、特別に私たち各人の内にお出で下さいます。深い愛と憐れみの御心でお出で下さるのです。主は私たちの心の思いや悩みや望みなどを全て見通しておられる方ですので、くどくどと多く申し上げる必要はありません。全てを主に委ねて、ただ主に対する幼子のように素直な信頼と愛と従順の心を申し上げましょう。主の御言葉の種が、その心にしっかりと根を下ろし、豊かな実を結ぶに到りますように。
⑤ 本日の福音を読むと、いつも懐かしく思い出すエピソードがございます。まだ神学生になって間もない大学一年生の時でしたが、同級の神学生が「なぜ私を善いと言うのか。神お独りの他に善い者はない」という主のお言葉に躓き、これでは自分を善いと言ってはならない、神ではないから、という意味になるのではないか、と言いました。私はそれに答えることができませんでしたが、少し離れた所で私たちの会話を聞いていた指導司祭のトナイク神父がすぐ、「それは、今あなたの前にいるこの私は神ですよ」と、その人に深く考えさせようとなさった主のお言葉なんです、と説明して下さいました。なるほど、こういう謎めいたお言葉の解釈には慎重でなければならないと感心した、今でも忘れ難い思い出の一つです。
⑥ その人は「走り寄り、ひざまずいて尋ねた」のですから、かなり真剣に「永遠の命を受け継ぐ」ための道を求めていたのだと思います。主はそれに対して、「殺すな、姦淫するな、盗むな、奪い取るな、父母を敬え」という、当時のユダヤ人が耳にタコができるほど聞き慣れている、ごく在り来たりの掟を並べて、その道を表現なさいました。それらはいずれも、隣人愛に集約できる掟です。その人は、「先生、そういうことは皆、子供の時から守って来ました」と答え、自分の心はもっと確かな、手ごたえの感じられる道を求めている、という意志表示をしたようです。当時のオリエント地方はある意味で現代によく似た大きな過渡期を迎えていて、それまでの伝統も価値観も根底から揺らぎ崩れつつありましたから、その人の心は自分の受け継いだ財産などにも不安を覚え、何か心を実際に安心させてくれるものを求めていたのかも知れません。そこで主は、その人をしっかりと見つめ、慈しんで、その人の心がまさに手ごたえの感じられるような、一つの新しい道を具体的に教えられました。「行って、持っている物を売って貧しい人たちに与えなさい。あなたは宝を天に持つことになるでしょう。それから来て、私に従いなさい」という道です。
⑦ それは、人間の側では捨て身の大きな決断を必要とする道でしょうが、それだけに、神の大きな祝福をその身に招き、過ぎ去るこの世の富とは比較にならない程の大きな富を天に蓄える道であり、同時に心の欲が産み出して止まない一切の煩わしさから解放されて、心が大きな自由と解放の喜びの内に、身軽に生きるようになる道でもあります。察するに、その人の心はこの世の人生の儚さに悩み、永遠の命に対する憧れを強めていたのだと思います。それで主は、その人の心をその悩みから完全に解放し、喜びをもって自由にのびのびと生きる道をお示しになったのだと思われます。しかし、その人はこの言葉を聞くと忽ち気を落とし、悲しみながら立ち去ってしまいました。「たくさんの財産を持っていたからである」と聖書は説明しています。
⑧ その人が去った後、主は弟子たちを見回しておっしゃいました。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。…金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と。驚いた弟子たちが「それでは、誰が救われるのだろうか」と互いに言い合うと、主は彼らを見つめて、「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」とおっしゃいました。日々ラジオやテレビのニュースを聞いていますと、富や金ほど人の心を束縛するものはないという印象を受けますが、実際富には、人の心を束縛する悪魔の力が密かに隠されているのではないでしょうか。その魔力に心が引き込まれることのないよう、清貧の誓願を宣立している私たちも気をつけましょう。自力に頼らず、神に眼を向け神に頼ってこそ、私たちはその魔力に勝つことができるのです。全てを神に献げて身軽になり、神のお導きのままに清貧に生きようとしていることは、心に自由の喜びと神に対する信頼の安らぎを与えてくれる大きな恵みだと思います。この恵みを失うことのないよう、富や金にはくれぐれも警戒していましょう。清貧の誓願を立てても、金銭や電気などの節約を軽視し、贅沢に支出していた修道者が、後年ひどい病気に何年間も苦しめられて死んでいった例や、召命の恵みを失って寂しく暮らすようになった例を、私は幾つも見聞きしていますから。
⑨ ペトロは主のお言葉を聞くと、「このとおり、私たちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言い出しました。主は、その言葉を喜ばれたのか、ご自身のためまた福音のために全てを捨てて従う者は誰でも、今のこの世で迫害も受けるが、しかし百倍の報いを受け、後の世では永遠の命を受ける、と確約なさいました。主はこのお言葉を、現代の私たちのためにもおっしゃったのだと信じます。事実、私たち修道者はすでにその百倍の報いを受けつつあるように思いますが、いかがでしょうか。この世で受ける迫害についても覚悟していましょう。私たちには、全能の主ご自身から永遠の命も確約されているのですから、恐れることはありません。全てを捨てて喜んで従う、この大胆な心の若さを失わずいるなら、神が導き働いて下さいます。

2009年10月4日日曜日

説教集B年: 2006年10月8日、年間第27主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 創世記 2: 18~24.   Ⅱ. ヘブライ 2: 9~11.  
  Ⅲ. マルコ福音 10: 2~16.


① 私たちは昨年春に小泉首相の靖国神社参拝によって日中・日韓の外交関係が悪化した時から、極東アジア諸国の平和共存のため毎月一回ミサを献げて神の導きと恵みを願い求めています。土曜日に献げることが多いのですが、本日から二日間、安倍晋三新首相が中国と韓国を訪問して外交関係改善のために尽力しますので、本日の日曜ミサは、極東アジア諸国の平和共存のために献げることに致します。ご一緒にお祈り下さい。
② 本日の第一朗読は、神が創造なされた人間の特性について教えています。これは歴史的事実を語った話ではなく、神から示された幻示を描写した一種の神話ですが、そこには神の意図しておられる人間像が示されています。それまでの無数の生き物とは違って、神が「我々にかたどり、我々に似せて人を創ろう。そして…全てを支配させよう」とおっしゃってお創りになった人間は、いわば万物の霊長として創造されたのだと思います。ですから神は、それまでの動物たちの場合とは違って、人間の場合には特別に、「その鼻に命の息を吹き入れ」て、「生きる魂」(原文の直訳)となさったのだと思います。
③ 続いて神は、「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を創ろう」とおっしゃいました。このお言葉から察しますと、人間は独りではまだ未完成で、神の御前に立つことも万物を支配することも許されていない、と思われます。神はまず獣や鳥などを次々とその人の前に連れて来て、人が「それをどう呼ぶか見ておられた」とありますが、「呼ぶ」ことは名をつけることで、名づけたものの主人になることを意味していました。こうして人はすべての生き物の主人として振舞うようになりました。しかし、それらの生き物の中には、まだ自分と対等に助け合い愛し合うことのできる者は見つけられませんでした。思うに、神はこのようにしてその人に、対等の話し相手、愛し合う相手がいない時の孤独感を味わわせたのだと思います。
④ それから神は、その人を深い眠りに落として、いわば死の状態にしてから、そのあばら骨の一つで女を創り上げ、眠りから覚めたその人の所へ連れて来ました。すると、その人は「ついに、これこそ私の骨の骨、私の肉の肉」といって喜び、「女と呼ぼう。男から取られたものだから」と言ったとあります。ヘブライ語で女はイシャー、男はイシュと言うそうですから、ヘブライ語の言葉遊びのようにも思いますが、察するにその人には、神が深い眠りの状態にある自分のあばら骨の一つで女を創り上げるのを、幻示で知らされたのではないでしょうか。とにかく神の意図された人間の創造は、こうして男と女が対等に一つの体、一つの共同体となって愛の内に生き始めることによって、一応完成したのだと思います。人間は男も女もそれぞれ孤独の状態で父母から生まれますが、しかし、成長して男と女が愛によって結ばれ、二人が一つの共同体になって初めて、神が初めに意図された人間の状態になるのだと思います。
⑤ では、私たち独身の修道者については、どう考えたらよいのでしょうか。私は、全ての人はキリストの神秘体という、もう一つのもっと大きくてもっと崇高な来世的共同体のメンバーになるようにも召されていて、まだ目には見えませんが、すでにそのメンバーになっている私たち修道者は、全ての人がキリストの愛の内に皆一つの体になって生きる、そういう永遠に続く共同体に召されていることと、過ぎ行くこの世の結婚生活はそのための一つの準備であり、配偶者の不在や死別などで結婚生活ができなくても、信仰と神の愛の生活に励むことにより、神の意図しておられる永遠に続く愛の共同体に入れてもらえることとを、世の人々に証しするために、修道生活を営んでいるのだと考えます。全ての人は、究極においては過ぎ行くこの世の儚い結婚生活のためにではなく、永遠に続くその大きな愛の共同体の中で仕合せに生きるために神から創造されたのであり、これが、神が本来意図しておられる人間像だと思います。この世の結婚者も独身者も、皆その共同体に入るよう召されています。しかし、そのためには各人が神の愛を磨く必要があります。聖ベルナルドが説いた婚約神秘主義は、そのためであったと思います。
⑥ 本日の第二朗読は、多くの人をその来世的愛の共同体の「栄光へと導くために」死んで下さった主イエスについて教えていますが、神が「彼らの救いの導き手 (ギリシャ語原文)」であられるイエスを、「数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、…ふさわしいことであった」とある言葉は、注目に値します。心の奥に生来自分中心の強い傾きをもっている人の多いこの世で、神中心の来世的愛に忠実に生き抜こうとする人は、多くの人の罪を背負って苦しめられることを教えているのではないでしょうか。しかし、その苦しみを通して心は鍛えられて、あの世の栄光の共同体に受け入れられるにふさわしい、完全なものに磨き上げられるのだと思います。私たちの心も、その主イエスと同様に苦しみによって鍛えられることにより、キリストの神秘体の一員として留まり続け、死の苦しみの後に、主と共に栄光の冠を受けるのだと信じます。神のお与えになる苦難を、逃げることのないよう心がけましょう。
⑦ 幼い時から豊かさと便利さの中で育ち、知識と技術を習得して、何でも巧みに利用しながら生きるという習性を身に付けている現代人の間では、50年前100年前に比べて、離婚の数が驚くほど激増していますが、主は本日の福音の中で、創世記の言葉に基づいて夫婦が一体であることと、神が結び合わせて下さったものを人が分離してはならないこととを、強調しておられます。では、すでに離婚してしまい、もう元に戻すことができない状態になっている夫婦は、どうしたら良いのでしょうか。すでに申しましたように、過ぎ行くこの世の人生、この世の結婚生活は究極のものではありませんので、自分のなしてしまった失敗や罪に謙虚に学びつつ、またその重荷を背負いつつ、新たにあの世での仕合せのため希望をもって生きるべきだと思います。神は、この世で失敗を体験したそのような人たちにも、恵み深い方だと信じます。
⑧ 本日の福音の後半には、多忙な主イエスに手を触れて戴くため、幼子たちを連れて来た人々を叱った弟子たちに、主が憤っておられます。そして「神の国はこのような者たちのものである。…子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と教え、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福なさいました。神の国は、人間の功績に対する報酬ではなく、幼子のように素直に受け入れて従う貧しい人や無力な人たちに、無償で与えられる愛と憐れみの恵みであることを、主はこれらの言葉で弟子たちに強調なさったのだと思います。私たちも、神の恵みの器となられた聖母マリアのように、何よりも私たち各人の中での神の働きに信仰と愛と従順の眼差しを向けながら、神の働きに幼子のように素直に従うよう努めましょう。

2009年9月27日日曜日

説教集B年: 2006年10月1日、年間第26主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 民数記 11: 25~29.   Ⅱ. ヤコブ 5: 1~6.  
  Ⅲ. マルコ福音 9: 38~43, 45, 47~48.


① 本日の第一朗読の中で、モーセはヨシュアに「私は、主が霊を授けて、主の民すべてが預言者になればよいと切望している」という、珍しい話をしています。神の民にして戴いている者たちが皆、預言者のように神の霊によって内面から生かされ、ただ神中心に神のために生きる人、語る人になることを切望しているという意味だと思います。いったいなぜこんな話をしたのかと思い、本日の朗読箇所の少し前の文脈を読んでみますと、同じ11章の前半にモーセは、イスラエルの民が「ああ、肉が食べたい。エジプトではただで魚を食べていた。きゅうりやメロン、ねぎや玉ねぎやにんにくも忘れられない。今では、我々の唾(つば)は干上がり、どこを見回しても、マンナの他には何もない」などと、どこの家族でも泣き言を話し合っているのを聞き、また主なる神が人々のそのつぶやきの声に憤られたので、モーセは主に、「私一人ではこの民すべてを背負うことはできません。私には重過ぎます」と嘆きました。
② それで主は、民の中から長老と認められる者たち70人を神の臨在する幕屋に集めさせ、モーセに授けている霊の一部をその長老たちにも授けて、彼らもモーセと共に民の重荷を背負うことができるようになさいました。モーセと共に神の幕屋の周りに集まった長老たちは、神の霊を受けて一時的ながら預言状態になりましたが、宿営に留まっていた二人の長老もそこで預言状態になったので、モーセの従者ヨシュアがそのことをモーセに知らせて、「止めさせて下さい」と願ったのに対して、モーセが答えた言葉が最初に引用した話です。モーセがどれ程切望しても、神の民の全員が神の霊を受け、預言者的精神で生きることは、実際上期待できないでしょうが、せめて一部の信仰厚い人たちを神の霊による預言者精神で生活させることにより、神はモーセの苦悩を緩和させようとなさったのだと思われます。新約時代の神の民は堅信の秘跡によって神の霊を授かっており、その霊はその秘跡を受けた人々の心の奥底に泉のようになって現存しているのですが、日々その泉の水で生かされ預言者精神で生活している人は少ないようです。神からの召し出しに応じて自分の一生を神に献げて生きることを誓った私たち修道者に、神は「せめてあなた方だけでも」と、主キリストと内的に深く結ばれた預言者精神で生活するよう切望しておられるのではないでしょうか。お告げを受けた時の聖母の「フィアト (成れかし)」の精神を日々自分の内に新たにしながら、聖母マリアと共にできる限り神のご期待に沿うよう努めましょう。
③ 本日の第二朗読は、教会内にもいる利己的蓄財に没頭する信徒たちを厳しく糾弾する使徒ヤコブの書簡からの引用です。一般社会の不信仰者たちに対する非難ではありません。全ての人の救いに奉仕するキリストの愛の実践に励んでいないと、教会内にも貧しい者、弱い者を除け者にする悪習がはびこり得るのです。「あなた方は、この終りの時のために宝を蓄えたのでした」という言葉から察しますと、その金持ちたちは、伝統的な各種団体が統率力を失って内面から瓦解しつつあった、当時の過渡的激動社会を巧みにくぐり抜けて儲けをあげ、不安な終末の時のため備えていたのかも知れません。これまでの社会倫理の基盤が打ち続く激震で液状化現象を起こしているように見える現代世界にも、そのようにして巧みに大儲けをしている成金業者が少なくないことでしょう。しかし、この世の富、この世の生活の安全を第一にして、そのためには他の人たちを搾取することも厭わないその精神や生き方に、ヤコブは非常に厳しいです。万軍の主なる神は、何よりも助けを必要としている小さな者や弱い者たちの嘆きや叫び声に耳を傾けておられ、その人たちの願いに応じて裁きを行おうとしておられるからです。私たちも気をつけましょう。富める人たちや能力ある人たちを優遇して、いつも特別扱いにするような生き方は慎み、何よりも小さな者や弱い者たちの願いを優先しておられる神の御心を、身をもって世に証しするよう心がけましょう。
④ 本日の福音は、前半と後半の二つの話から構成されています。前半は、主が第二の受難予告に続いて弟子たちに話された教えで、弟子たちは自分たちの団体や組織に属していない者たちを敵視したり、除外視したりせずに、主の御名を使って悪霊を追い出したり奇跡をなしたりしているなら「私たちの味方」なのだから、その活動を止めさせたりしないようにと命じておられます。教会内も教会外の世界も極度に多様化しつつある現代においては、この教えは大切だと思います。神の驚くほど多様な働きを原理主義的に一つの体系、一つの組織だけに閉じ込め、独占することのないよう気をつけましょう。私たちはカトリック教会の伝統的慣習や生き方を大切にし、それを将来にも残し伝えようと努めていますが、しかし、全人類の救いを望んでおられる神は、私たちの所だけではなく、キリスト教の伝統を全く知らずに、新しい道で救いをたずね求めている多くの人たちにも、キリストによる救いの恵みを分け与えることがおできになります。事実、その人たちを通して奇跡をなさることもあります。心を大きく開いて、何よりもそういう神の働きにも信仰の眼を向け、その人たちの活動を敵視したり悪く言ったりしないよう気をつけましょう。理知的な人たちは、自分の信ずる理論に対する合理的整合性を重視するあまり、そのようなどっちつかずの生き方を嫌うようですが、しかし、私たちは人間の理論や組織などを遥かに越えておられる、神秘な神の御旨と神の働きに従うよう召されているのですから、原理主義者たちの固い冷たい「石の心」は退け、神の愛の霊によって生かされている柔軟で温かい「肉の心」を持つように心がけたいものです。
⑤ 本日の福音の後半は、主を信じている小さな者の一人をも躓かせないようにという教えですが、主は同時に、そのような小さな者を躓かせてしまう心は私たち各人の中にもあることを明言し、この世中心・人間中心に生きようとするその心を、切り捨ててしまうようお命じになります。私たちには素晴らしい永遠の幸福が約束されているのです。あの世のその幸福への献身的愛の道を妨げるものは容赦なく切り捨てて進む、来世的人間の美しい潔さと勇気とを今の世の人たちに示しつつ、明るい希望のうちに生きるよう努めましょう。神はそのように生きる人たちに時々、挨拶しても見向きもしてくれない冷たい態度の人を派遣なさいます。そのような時、心で自分の言行を弁明したり、その人の心を詮索したり非難したりせずに、すぐに神の現存に心の眼を向けましょう。自分の心を悩ますその人は、神から派遣された恵みの使者なのです。その人を介して私のすぐ近くに来ておられる神に対する畏れの心を新たに致しましょう。まだ神中心に生きようとしていない自分の心の片手、片足、片目を切り捨てさせ、そこに新しい愛の片手、片足、片目を産み出させるために、神は時折愛する子らにそのような試練をお与えになるのです。くよくよ心配せずに、潔く神に全てを献げて古い自分に死に、新しい心に生まれ変わりましょう。そうすれば、自分の心の中に復活の主の力が働いて、失った手も足も目も立派に新しいものに生まれ変わり、その試練が自分にとって大きな恵みであったことも、冷たい態度をとった人がその恵みによって温かい心に変わって行くことも見ることでしょう。

2009年9月20日日曜日

説教集B年: 2006年9月24日、年間第25主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 智恵 2: 12, 17~20.   Ⅱ. ヤコブ 3: 16~ 4: 3.  
  Ⅲ. マルコ福音 9: 30~37.


① 本日の第一朗読には、神に逆らう者の言葉として、「神に従う人は邪魔だから、だまして陥れよう。(中略) 彼の言葉が真実かどうか見てやろう。生涯の終りに何が起こるか確かめよう」などとありますが、これらの言葉の背後には、この世的成功や幸せだけを念頭に置いて、自分たちの成功や幸せの邪魔になるものは全て排除してしまおうとする、この世の人生だけに囚われている視野の狭い人生観があります。神に従う者は、我々のなすことを神の律法に背くこと、神の教えに反することとして非難するが、これまでのところ神は少しも干渉せず、神の子と称する者は神に助けてもらうことなく、貧しく生活しているではないか。彼が本当に神の子なら、神から助けてもらえる筈だが、現実はどうやら違うようだ。暴力と責め苦で彼を苦しめ、試してみようなどと、神に逆らう者たちは、この世の成功や幸せだけを最高の判断基準にして、善悪・真偽を判断しようとしているように見えます。
② 神の啓示を知らない人や認めようとしない人たちの中には、別に神に従う人たちをいじめたり迫害したりしなくても、この世での現実的成功や幸せだけを基準にして、善悪・真偽を判断している人が多いと思います。神はかつてもっと大切な真理、各人は神中心に全ての人、全ての存在が永遠に仕合わせに生きるために創られたのであることを知らせるために、預言者や神に従う人たちを強いてその人たちの所へ派遣し、場合によっては殉教や貧困・軽蔑に喜んで耐える精神によって、世にその信仰を証しさせたように、神に従う私たちにも、今の世の人たちの前で神に従う人の心の力を証しさせようとなさる、苦しい試練の時が来るかも知れません。今から覚悟していましょう。
③ 神の啓示に基づいて考えますと、私たちの人生は死によって終わるものではなく、この世は仮の世で、私たちの本当の人生はあの世にあり、人間は本来あの世で永遠に生きるため、神の愛の内に生かされ、神のように自由で仕合せな神の子となって、神によって創られた全てのものを主キリストにおいて統治するために創られているようです。原罪によって誤謬と死の闇が支配するようになったこの苦しみの世に呻吟しながらでも、人間には、その闇と苦しみに鍛えられつつ、神の子の心を目覚めさせて鍛え上げ、あの世の本当の人生に備える恵みが与えられています。あの世中心のこのような人生観・価値観を、私たちの生き方を通して今の世の人々に証しするよう努めましょう。
④ 第二朗読の中でヤコブは、「得られないのは願い求めないからで、願い求めても与えられないのは、…間違った動機で願い求めるからです」と警告していますが、ここで言う「間違った動機」というのも、あの世中心の人生観・価値観に基づいていないという意味だと思います。まず徹底的にあの世の人生中心の動機で生活する、主キリストや聖母マリアのような宗教的人間、内的に修道的人間になりましょう。そうすれば、私たちの心に蒔かれている神の御言葉の種が、神からの息吹によって次々と良い実を結ぶようになり、あの世の人生のため豊かな命を準備していることを実感するようになります。
⑤ パウロがコリント前書15章の後半に書いていることからも明らかなように、私たちのこの世の人生は死によって一旦完全に終わり、あの世の人生はまたゼロから始まるのではありません。ちょうど母の胎内で育った胎児が生れ出るように、あの世の人生はこの世の人生の延長線上にある輝かしい発展であり、死はその新しい人生への門出のトンネルのようなものだと思います。この世の人は死ぬことを「永眠する」などと言いますが、この世にいる時から神の恵みのうちに駆け出していた魂は、死の門を潜り抜けた時から大きく飛躍し、自由に生き始めるのだと思います。アルスの聖司祭ヴィアンネーは、そのような言葉を口にしています。神から啓示されているこの明るい未来像を、いつも心に堅持していましょう。
⑥ 本日の福音は、先週の日曜日の福音であるフィリッポ・カイザリア地方での第一の受難予告に続く、第二の受難予告ですが、ユダヤ人も住んでいてファリサイ派の監視の目が光っているガリラヤを通っていた時になされた話なので、「イエスは人に気づかれるのを好まなかった」という言葉も添え書きされています。外的にはこの世の人生の悲惨な失敗を意味する受難死は、メシアに対する多くの人の期待や希望を根底から覆す出来事であり、主の弟子たちをも絶望のどん底に落としかねない事柄ですので、主はせめて弟子たちの心がその大きな試練の時、一時の絶望的心理状態から立ち直って、あの世中心の新しい人生観・価値観のうちに大きな希望をもって生き始めるようにと願いつつ、予め小刻みに謎のような受難予告を繰り返し、彼らの心に立ち直りのための恵みの種を蒔いておられたのだと思います。主の御後に従って来るよう召されている私たちも、自分の死が差し迫って来た時の苦悩を先取りし、今から自分の心に小刻みにあの世の人生中心の人生観・価値観の種を蒔き、心を準備して置きましょう。死は、多くの人の救いのため、主と一致して神に自分をいけにえとして献げ尽くす、私たちがこの世で為すことのできる最高の業だと思います。逃げ腰にではなく、主の模範に倣って前向きにその価値高い業を成し遂げることができるよう、心を準備していましょう。
⑦ 「人々の手に引き渡される」という受難予告には、パラディドーミという意味の広いギリシャ語の動詞が使われていますが、この動詞は「伝える」「委ねる」「引き渡す」「裏切る」など、様々に邦訳されています。使徒パウロはローマ書8:23に、「その御子をさえ死に渡された」天の御父の愛について語っていますが、その時もこの動詞パラディドーミを使っています。主もこの受難予告の時、天の御父から人々の手に引き渡されるという意味でおっしゃったのかも知れません。私たちも主と一致して、日々自分に与えられる苦しみ、誤解、冷たい無関心や拒絶などの背後に、欠点多いこの世の人の心を見るよりも、私たちに強い愛と期待などの御眼を注いでおられる天の御父の御手を観るように、今から自分の心を訓練していましょう。
⑧ 本日の福音の後半には、「すべての人の後になり、すべての人に仕えなさい」というお言葉が読まれますが、これは、全ての人の救いのために神からこの世に派遣された主が、幼少の時から一生を通じて心がけておられた生き方なのではないでしょうか。私たちも、自分の仕事の足手まといでしかないと思われる一人の子供や病人に対してさえも、その人が神から自分に派遣されている人かも知れないと思われる時には、主キリストを迎えるような温かい心でその人を受け入れ、神の奉仕的愛に生きるよう心がけましょう。「私を受け入れる者は、私ではなくて、私をお遣わしになった方を受け入れるのである」という主のお言葉を心に銘記し、助けを必要としているその一人の背後に臨在しておられる、天の御父に対する信仰も大切に致しましょう。神とのそのような出遭いは、私たちにとって大きな恵みの時でもありますから。

2009年9月18日金曜日

説教集B年: 2006年9月18日、マリア会総会のミサ(東海市で)

朗読聖書: Ⅰ. ローマ 12: 1~2.   Ⅱ. ルカ福音 1: 26~38.  

① ご存じのように、科学技術の急速な発達によって、百年前には考えられなかった程便利で豊かになった現代社会は、その反面、内的地盤の液状化現象による深刻な不安に悩まされつつあります。社会の外的発展に伴うはずの心の教育・心の修練が、大きく立ち遅れているからです。神に導かれ神と共に生きようとしないこれまでの社会の地盤に潜んでいた諸々の悪や弱点が、今や続々と表面に現われ出て、心に対する抑止力を失って来ている無数の人々を介して、テロや殺人、詐欺や飲酒運転、絶望や自殺等々の過激な行動を頻発させているのです。今の社会を恨み、生き甲斐が感じられない程に悩んでいる心を、どれほど理論で説得しようとしても無駄だと思います。心は頭と違って、何よりも現実の体験に注目しているからです。一切のこの世的伝統が液状化現象により内面から弱体化し崩壊しつつある現状では、そのような悩む心に新しい希望を見出させるには、神の愛・神の助けを実際に体験させる必要があります。そこで本日は、アンジェラスの鐘の音で唱えていたカトリックの伝統的「お告げの祈り」について、ご一緒に少し考えてみましょう。
② 終戦直後の昭和23年春に、私が多治見の修道院に入った頃は、修道院の鐘の音が一キロ離れた所でもはっきりと美しく聴き取れるほど、町も静か自然界も美しかったので、私は毎日朝昼晩に鳴らされるこの鐘の音に、懐かしい思い出を幾つも持っています。近年はアンジェラスの鐘の音を聴くことがほとんど無くなりましたが、幸い私が毎週三日間滞在する三ケ日の海の星修道院では、京都の妙心寺にあるキリシタン時代の教会の鐘のような小さな鐘ですが、それでも朝昼晩に鳴らして「お告げの祈り」を唱えています。
③ 皆様お持ちの祈祷書やカトリック手帳などにも載っていますので、皆ご存じの短い祈りですが、前半は三つの部分から成っていて、その第一はマリアが天使のお告げで神の御子懐妊の恵みに浴したことを宣言しています。私はこの最初の祈りを唱える時、それ程大きな恵みについてではなくても、神は今も日々私たちの心に、直接間接に度々呼びかけ、語りかけておられることを思い起こし、目に見えず耳に聞こえないその呼びかけを、心で正しく発見し識別する恵みを、聖母を通して願います。そしてマリアが「私は主の婢です」と答えて承諾する第二の祈りを唱える時には、私も神の御旨中心主義の「僕」の精神で、心が発見した神の呼びかけを全面的に受け入れ、それに従って行動し生活する恵みを、聖母を通して願います。また神の御子の受肉を宣言する第三の祈りを唱える時には、神の御言葉中心に生きようとしている私の心の畑に蒔かれて、既に根を下ろしている御言葉の種に心の眼を向け、いつも心の中での神の現存、神の働きを忘れずに、神に導かれ神と共に生きる恵みを、聖母を通して願います。
④ 日々この祈りを心を込めて唱えていますと、いつの間にか私たちの心は変化して来て、以前には何事にも自分の望み、自分の都合を第一にして判断したり行動したりしていた心が、聖母のように神の僕・婢として、神の御旨を第一にして考え行動するようになって来ます。そして次第に神からの小さな呼びかけを、鋭敏に感知し発見するようになります。これは大きなお恵みだと思います。神はそのような心に、一層しばしば語りかけ、ご自身の小さな器や道具のようにして、護り導き働いて下さるからです。10年ほど前に、自分に対する神の具体的御旨を頭で詮索している信徒から質問されたことがありますが、神の御旨は人間の頭でどれほど考えても、全ての規則や倫理学の本を研究しても判りません。主キリストも聖母も、そんなことはなさいませんでした。日々出会う事物や小さな物事などを介して、何気なくそっと提示される神の導きを鋭敏に感知する心のセンスを磨けば、判るようになるのです。私は30年ほど前から、私に対する神の不思議な導きやご保護を小さな体験を通して知るようになり、日々感謝と喜びのうちに生きるようになりました。そして今も小さな不思議を数多く体験しています。心の信仰は、実生活の中での神の現存・神の助けに関するこういう体験を、小さくても数多く積み重ねることによって、次第に何者をも恐れない逞しいものに成長して来ます。
⑤ 先程の第一朗読の中に、「あなた方はこの世に倣ってはなりません」という使徒パウロの言葉がありましたが、いくら社会的に実績をあげている人であっても、豊かなこの世の人たちの常識に同調して、適度の節制や節電などを軽視して怠り、思う存分豊かに明るく生活していると、いつの間にか健康を害して薬に頼って生活する体になったり、あるいは思わぬ不幸に見舞われたりした人を、私は数多く見聞きして来ました。神はその人たちにも小刻みにいろいろと呼びかけておられるのに、その呼びかけに対する心のセンスに欠けているからだと思います。極度の多様化・流動化の国際的広がりと人々の心の汚染拡大のため、これからの世界には社会組織も宗教組織もこれまで以上に弱まり、社会不安がいや増すかも知れません。社会と共に歩みながらも、社会の流れに身を任せず、各人が自主的に神の導きに根ざして謙虚に清貧に生きるのが、賢明な生き方だと信じます。30年ほど前から東海地震のおそれが叫ばれているのに、まだ自分でできる範囲での災害対策を準備していない人が少なくないと聞きます。「目覚めてあれ、用意してあれ、あなた方はその日その時を知らないのだから」と主も度々話しておられるのに、全てを人任せ社会任せにして自分でできる備えを怠っている人には、神も災害時に厳しいと思います。心にこの恐れと危機感をしっかりと刻み、聖母マリアに倣って神に根ざして生きるよう努めましょう。そのための照らし・導き・助けを願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げたいと思います。

2009年9月13日日曜日

説教集B年: 2006年9月17日、年間第24主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 50: 5~9a.   Ⅱ. ヤコブ 2: 14~18.  
  Ⅲ. マルコ福音 8: 27~35.


① 本日の第一朗読はイザヤ書からの引用ですが、ご存じのようにイザヤ書は、最初から39節までが紀元前8世紀後半の預言書で第一イザヤ、40章から55章までがバビロン捕囚とその直後頃の預言書で第二イザヤ、56章から最後の66章までが、安息日や神殿などの記事があることから、エルサレム神殿が再建された頃の預言書で第三イザヤと、三つに分けて受け止められています。本日の朗読箇所は、その第二イザヤの中でも、バビロンからの喜ばしい解放についての預言である48章までの前半部分からではなく、エルサレムに帰還した神の民の使命などについての後半部分からの引用で、この後半部分には神の「僕」についての話が中心になっています。従って、本日の朗読もその神の「僕」についての話ですが、カトリック教会はユダヤ教とは異なって、古来この神の「僕」を救い主イエス・キリストと受け止めています。
② 「私は逆らわず、退かなかった。打とうとする者には背中をまかせ、云々」と続く長い独り言は、預言者個人の体験談かも知れませんが、同時に、いや何よりも救い主イエスのご受難についての預言であると思います。私たち人類を恐ろしい罪の穢れと滅びの道から贖い出すため、耐え忍んで下さった主のご苦難についての預言であります。感謝の心で主のお言葉に耳を傾けると共に、本日の朗読箇所に二度登場する「主なる神が助けて下さる」というお言葉を、心に銘記して置きましょう。私たちはそのような耐え難い苦難に直面すると、自分の弱さや自分の力の限界にだけ目を向け、もうダメだと思い勝ちですが、主はそのような絶望的苦難の時には、何よりも全能の神の現存と助けに心の眼を向け、「私の正しさを認めて下さる方は近くにいます」と心に言い聞かせて、神のその時その時の助けに支えられつつ、受ける苦しみを一つ一つ耐え忍んでおられたのではないでしょうか。この信仰のある心に神の力が働いて、人間の力では不可能のことも可能にしてくれます。いつの日か私たちも死の苦しみを迎える時、主イエスのこの模範に倣い、主と一致してその苦しみを多くの人の救いのために献げるように致しましょう。
③ 本日の第二朗読であるヤコブ書は、様々の具体例をあげて神に対する信仰と愛に基づく行いの重要性を教えていますが、本日の朗読箇所では、その信仰と行いとの関係を手短にまとめていると思います。「行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」という言葉は大切です。ただ聖書を研究して神を信じているだけ、あるいは聖堂で敬虔に神に祈るだけに留まっていてはなりません。それによって神から戴いた御言葉の種や神と人に仕える愛の火を、心の奥にしまいこんで蓋をしてしまうと、その貴重な命も火も消えてしまいます。神よりの命は、実生活に生かしてこそ心に根を張り、大きく成長して実を結ぶのであり、愛の火も、日々の実践を積み重ねることによって、次第に輝き始めるのです。
④ しかし、ここで一つ気をつけなければならないのは、その実践は神の御旨に従う心、神の導きに従う心でなされる必要があることです。この世の社会や政治に対する自分の不満や改革熱から、神の言葉や信仰を旗印にして戦っても、人間の考え中心のそんな実践では神の御言葉の命は成長せず、信仰も神が求めておられる愛の実を結ぶことができません。神の言葉を盾にして、自分やこの世のものを愛しているに過ぎないのですから。現代世界の各地には無数の人を犠牲にして止まないテロ活動と、それを圧倒的に勝る武力で一方的に押さえ込もうとする戦争が続いていて、際限なく続く両者の対立抗争から民衆の生活も生命も犠牲にされています。耐え難いこの社会不安に憤慨して、性急な政治批判に走る人たちの気持ちもよく解りますが、しかし、現代世界の秩序を乱している悪の元凶は、何かの合理的政治理論などでは解決できない、もっと遥かに深い心の世界に幅広く根を張りめぐらせているように思われます。人間の考える理論ではなく、神の御旨中心に神の僕・婢として生きようとしている私たちは、平和問題については短絡的にならないよう、慎重でありましょう。平和は、家庭においても社会においても、根本的に心と心との関係の問題であり、各人が自分のこれまでの理念や生き方を相対化して、これほど豊かで多様な世界を創造なされた神に感謝しつつ、それとは違う理念や生き方の人々にも温かく心を開き、共に助け合って生きようする心になる時、神からの恵みとして産まれ出る生き物だと信じます。
⑤ 全ての人の救いを望み、善人にも悪人にも恵みの雨を降らせておられる神は、テロリストの心にもそれに協力させられている人々の心にも、またテロ弾圧に努めている人たちや政治家たちの心にも、世界平和のためにいろいろと形を変えて語りかけておられると信じます。その人たちが皆もっと大きく心を開き、武力ではなく友好的話し合いによって平和への道を見出すよう、神による照らしと導きの恵みを祈りましょう。私たちは毎月一度、極東アジア諸国の平和共存のためにミサを献げて祈っていますが、本日はそのミサの意向を少し広げ、世界平和のため神の特別な導きと助けの恵みを願って、献げることにしたいと思います。この目的でご一緒に祈りましょう。
⑥ 本日の福音に読まれる「あなた方は私を何者だと言うのか」という問いは、主が現代の私たち各人にも投げかけておられる大きな問いだと思います。それは知的な探究だけで答えるべき問いではなく、何よりも私たちの心の信仰や生き方を問題にしている問いではないでしょうか。ペトロは「あなたはメシアです」と正しく答えて、一応是認されましたが、主はすぐに、ご自分のことを誰にも話さないよう戒めておられます。ということは、この返答は形さえ正しく整っておればよい理知的な真理ではなく、各人の心の畑に根を下ろして黙々と成長し、神と魂との絆を太く密なものにして行くべき生きている真理、心の真理であることを示していると思います。主は、私たちも一生かけて私たちなりに自分の心の中にこの生きている真理を育て、神のため人々のために豊かに実を結ぶことを望んでおられるのではないでしょうか。正しい信仰宣言の直後に、主が話されたご自身の受難死と復活についての話に躓き、主から厳しい叱責を頂戴したペトロの前轍を踏むことのないよう、あくまでも謙虚にまた従順に、主の僕・婢として心の真理を育て、勇気をもって自分を捨てつつ、自分に与えられる十字架を背負って主に従うことにより、主のご期待に応えるよう励みましょう。

2009年9月6日日曜日

説教集B年: 2006年9月10日、年間第23主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. イザヤ 35: 4~7a.   Ⅱ. ヤコブ 2: 1~5.  
  Ⅲ. マルコ福音 7: 31~37.


① 本日の第一朗読はイザヤ書35章からの引用ですが、この35章の前後には、紀元前8世紀後半のアッシリア襲来に脅かされている不安な政情下での話が多いのに、なぜかこの35章だけは、神によって敵の支配から解放され、喜びに溢れてエルサレムに戻って来る神の民についての話になっています。その最後の10節に、「主に贖われた人々は帰って来る。とこしえの喜びを先頭に立てて、喜び歌いつつシオンに帰り着く」とある言葉を読むと、これは前8世紀後半の第一イザヤが、バビロン捕囚から大きな希望と喜びのうちにエルサレムに帰還する、その百数十年後の神の民の喜びを予見して語ったものではないかと思われます。この世の事物現象は全て、神から創造された時間という枠内に置かれていますが、その時間を超越したあの世の神の世界では、この世での遠い将来や遠い過去の出来事も、今目前に行われているかのように観測できるのではないでしょうか。イザヤ預言者の魂は、そういうあの世の神の世界に迎え入れられて、アッシリアの恐怖からも救うことのできる力強い神の働きについての示しや幻を、見聞きしたのだと思われます。
② 急速に発達した現代文明について行けずに、心の教育が大きく立ち遅れているため、現代世界には未だかつてなかった程の規模で犯罪が多発したり、それが国際的に普及したりしているようですが、今は無き保守的ドイツ人宣教師たちの感化を受けて育った私は、その背後には無数の悪魔が勢力を結集して策動しているのではないかと考えています。恐ろしい犯罪や各種の悲惨なテロ事件は、これからもますます多く発生するかも知れません。現代世界の長引く内的地震にもまれて、これまでの社会の地盤が液状化現象を起こし、神を無視する社会の地盤に潜んでいたものが続々と表面に現れ出て来るからです。それに地球温暖化によって、今の私たちには想像できない程の深刻な災害が、多くの人を絶望的状態に追い込む事態も生ずるかも知れません。その時私たちも、本日の第一朗読に読まれる、「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる」という、神から布告するよう命じられた預言者の言葉を、忘れないように致しましょう。この世の社会も生活も不安で危険になればなる程、私たちはますます真剣に神に縋り、神に信頼と希望をもって祈るよう努めましょう。神はその信仰と希望を堅持している人を介して、働いて下さるからです。
③ 死を間近にした釈尊が、クシナガラ郊外の林の中で説かれた最後の教えの中には、「身を正し、心を正して悪を遠ざけ、常に無常を忘れてはならない」という言葉があるそうですが、人類社会の数千年来の伝統的価値観が根底から鳴動し崩れ去ると思われるような時には、この世のものへの執着を一切断ち切って、日頃から身も心も厳しく統御している平常心が大きな力を発揮すると思います。スポーツの選手は、何かに構えた心のない、普段通りのフリーな心でプレーすると良い成績をあげることを体験していますので、試合が近づくと「平常心」という言葉をよく口にします。それとは多少違うかも知れませんが、禅僧たちもよく「平常心是れ道なり」と言いつつ、日々一切のものから解放された自由な心の平安を保つことに努めています。それがそのまま悟りの道だと思います。私たちが神から召された道も、内的にはそれに非常に近い特性をもっています。一心にあの世の神の働きに縋り、それに導かれて生きようと励んでいる人は、ごく自然にこの世の過ぎ行く事物への執着から解放され、心の自由と平安を得るようになるからです。私たちはお互いに既に社会的定年というものを体験し、この世の社会のための人生からは解放された身ですから、これからはひたすら神の導きや働きに心の眼を注ぎつつ、そのような心の自由と平安を一層深く体得するよう心がけましょう。
④ 幕末の名古屋に生まれ、東京大学哲学科を卒業した後に、東京で真宗大学 (京都の大谷大学の前身) を創立した清沢満之という優れた仏僧がいますが、先日ある新聞に、その清沢満之が「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を換えて、「天命に安んじて人事を尽くす」と書いているのを読み、私たちキリスト者にはこの言葉の方がぴったりだと思いました。阿弥陀仏崇敬の浄土宗門系仏教者たちはある意味で一神教的で、その言葉や生き方には私たちキリスト者にとって学ぶべきことが少なくありません。これからも心を大きく開いて、他宗教の信仰生活から学びたいと思います。
⑤ 本日の第二朗読はヤコブ書からの引用ですが、ヤコブ書の1章22節には「御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけの人になってはなりません」という言葉があり、これがヤコブ書全体のテーマになっている、と言うことができます。本日の朗読箇所も一つの具体例をあげて、人をその外的服装などから差別扱いをしないよう、厳しく警告しています。神が私たちから求めておられるのは、福音の御言葉を受け入れて心に保つだけではなく、その御言葉に従って生きる実践であります。種蒔きの譬え話から明らかなように、主の御言葉は種であります。その種が心の畑に根を張って、豊かな実を結ぶようにする実践が何よりも大切だと思います。しかし、ここで気をつけたいことがあります。それは、私たちが主導権を取ってその種に実を結ばせようとしてはならない、ということです。使徒パウロはコリント前書3章に、「私は植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させて下さったのは神です」と書いています。神がなさる救いの御業に仕える姿勢を堅持しながら、実践に励みましょう。「神はあえて世の貧しい人たちを選んで信仰に富ませ、ご自身を愛する者に約束された国を受け継ぐ者となさった」という第二朗読の言葉も忘れてはなりません。神の御言葉は貧しい人や病人の心にも、この世の社会では全く無能に見える人の心にも、根を下ろし実を結ぼうとしているのです。その御言葉に奉仕する温かい心を持つように致しましょう。
⑥ 本日の福音に読まれる治癒の奇跡を考察する前に、まずマルコ福音書でのこの奇跡の位置や意味づけについて考察してみましょう。聖書学者たちによると、マルコ福音の6:30 から7章の終りまでは一つのまとまりをなしており、それは人里離れた所でのパンの奇跡に始まって、主が夜に湖上を歩いて弟子たちの舟に来られた話や、ゲネサレトやフェニキアなどの異教徒の所でも、多くの人を奇跡的に癒した話が続き、これら一連の奇跡を目撃体験させた後の一つの纏めとして、ガリラヤ湖東方のデカポリス地方でなされた、特別の仕方による治癒の奇跡が報じられており、それが本日の福音となっています。なお、これら数多くの奇跡を弟子たちに目撃させる話の途中、7章の前半にはたぶんガリラヤで、食事の前に手を洗わない弟子たちに対するファリサイ派からの非難が挿入され、先週の日曜日の福音に述べられているように、主はその非難に対して、「人から出て来るものが人を穢すのである」と弟子たちを弁護しておられます。そしてその後も、ファリサイ派からは宗教的に穢れた人々の地と考えられているフェニキアや、本日の福音にあるデカポリス地方で、なおも弟子たちに奇跡を目撃させています。
⑦ 本日の福音に続くマルコ福音の8章を調べてみますと、ここでも人里離れた所での第二のパンの奇跡に始まって、舟に乗ってそこを去ってから、「天からのしるし」を求めるファリサイ派と主との議論があり、その後主は舟の中で、ファリサイ派とヘロデのパン種に気をつけるよう弟子たちに警告しておられます。そしてこの第二の一連の話の最後にも、ガリラヤのべトサイダで、人々が連れて来た盲人を村の外に連れ出し、両方の目にご自分のつばをつけて癒すという、特別の仕方による治癒の奇跡が語られています。そしてこれら二つの相似た一連の話の後で、主はファリサイ派のいない異教徒たちの地フィリッポ・カイザリア地方で、「人々は私を何者だと言っているか」と弟子たちにお尋ねになり、ペトロの信仰告白や、最初の受難予告などが続いています。マルコ福音書のこのような構成から察しますと、二つの相似た一連の話の最後に、舌のもつれた人や目の見えない人を、いずれも人々から少し離れた所へ特別に連れて行き、ご自分のつばをつけて癒された奇跡は、弟子たちにはまだとても受け入れられないと思われるメシア受難の神秘を、何とか受け入れるよう、内的にご自分のつばをつけてでも、彼らの奥底の心を大きく開かせ、目覚めさせようという深い思いを込めてなされた、奇跡的癒しだったのではないでしょうか。
⑧ 本日の福音によると、主はつばをつけた指でその人の舌に触れられた後、天を仰いで深く息をついたとあります。「深く息をつく」と邦訳されているステナゾーというギリシャ語は、聖書の他の箇所では「うめく」と訳されています。例えばローマ書8章の後半には、空しさに服従させられている被造物が皆、神の子らの栄光の現れを待ち侘びて産みの苦しみに共に呻き、神の子らとされている私たちも体の贖いを待ち焦がれて呻いており、聖霊も言葉に表せない呻きを通して私たちのために取り成して下さっている、などと述べられています。耐え難い程の深刻な苦しみからのぼって来るこのような呻きが、天の御父の御心を最も強く動かす祈りなのではないでしょうか。主も本日の福音の中で、天を仰いでそのような呻きを発してから、察するにかなり大きなお声で「エッファタ (開け) !」と叫び、その人を根深い悪の束縛から完全に解放なされたのだと思います。それは、内的には人間存在全体を一番奥底の悪の力から解放した、特別の奇跡的癒しであったと思われます。
⑨ 現代の日本にも、そのような癒しを必要としている人、際限なく深まる不安と孤独のうちに、自分で自分の魂を出口のない心の奥底に押し込めて、苦しんでいる孤独な人やうつ病などで悩んでいる人が少なくないのではないでしょうか。主は現代のそのような魂たちを絶望的孤独から救い出すためにも、「エッファタ !」と大声で叫ばれたのだと思います。私たちも、現代のそのような精神的心理的病人たちのために、主が天の御父に向かってあげられた呻きと叫びを献げて、神による救いの恵み、心の病からの解放の恵みを祈り求めましょう。本日のミサ聖祭はこの意向で、現代世界の中で特に孤独に苦しんでいる全ての人のために、救いの恵みを願ってお献げしたいと思います。ご一緒にお祈りください。

2009年8月30日日曜日

説教集B年: 2006年9月3日、年間第22主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 申命記 4: 1~2, 6~8. Ⅱ. ヤコブ 1: 17~18, 21b~22, 27.  
  Ⅲ. マルコ福音 7: 1~8, 14~15, 21~23.


① 本日の第一朗読には、モーセが神の民に「イスラエルよ、今私が教える掟と法を忠実に行いなさい。云々」と、神から授けられた掟と法の順守を命じていますが、その中で「あなたたちは私が命じる言葉に、何一つ加えることも減らすこともしてはならない。私が命じる通りにあなたたちの神、主の戒めを守りなさい」と命じていることは、注目に値します。神はモーセを通して語られたこの言葉で、私たち新約の神の民からも、神の言葉に対する徹底的従順を求めておられるのではないでしょうか。神のために何か善業をしようという心で、何かの事業に大きな寄付をしたり、人々にもしきりに寄付を呼びかけたりしている人を見ることがありますが、その熱心には敬意を表しても、それが果たして神の御旨なのかどうかについては、少し距離を置いて慎重に吟味してみる必要があります。いくら善意からであっても、神の掟や神の言葉に、人間のこの世的考えや望みから何かを加えることは、神のお望みに反することになり兼ねないからです。まずは多くの聖人たちの模範に倣って、祈りの内に神の霊の働きに対する心の感覚を磨き深めることに努めましょう。そうすれば、個々の具体的な事柄について、神の霊が私たちの判断を照らし導いて下さいます。時にはすぐに判断できず、長く待たされることがあるとしても。
② 本日の第二朗読に読まれる、「心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉はあなた方の魂を救うことができます。御言葉を行う人になりなさい」という、義人ヤコブの言葉も大切です。ヤコブはここで、聖書を介して神から与えられた人間の言葉も、ゆっくりと年月をかけて成長させて行くべき命の種のように考えているようです。私たちの心の中には、この世的な思いや欲望も雑草のように芽を出し成長して来ますが、それらの雑草が神の御言葉の命を覆いふさぐことのないよう、日々自分の心に注目し、心の草取りに努めていますと、心に植え付けられた神の御言葉は、やがて奥底の心にまでゆっくりと根を伸ばして、次々と美しい愛の花を咲かせるようになり、多くのことを教えてくれます。その生きている神の御言葉に聞き従いつつ美しい人生を営んだのが、聖人たちの歩いた道であり、ヤコブの「御言葉を行う人」という言葉は、そういう人たちのことを指していると思います。この世の人間理性が心の畑に種を蒔いて育てた、雑草のような見解や欲望に従って生きている人が多い中で、「光の源」であられる天の御父は、神の愛の御言葉に従って献身的愛の実を結ぶ人たちを探しておられ、そういう人たちを「造られたものの初穂」となさろうしておられるのではないでしょうか。私たちも、神が求めておられるそういう初穂の群れに入れて戴けるよう、何よりも生きている神の御言葉中心に生活することに心がけましょう。
③ 本日の福音の中で、ファリサイ派の人々がその言い伝えを固く守っていると述べられている「昔の人」という言葉は、presbyteroi (長老) というギリシャ語の邦訳で、ユダヤ社会の指導層を形成していた長老たちを指していると思います。ファリサイ派はその長老たちの間で代々言い伝えられている様々の細かい社会的規定も、モーセの掟と同様に順守し尊重して、それを人々にも守らせていたようです。彼らの言う「汚れた手で」という邦訳の「汚れた (koinais)」というギリシャ語は、「公の」「共通の」などを意味する言葉ですが、宗教的清さを重視していたユダヤ社会では、「世俗的な」「穢れている」という意味のターメーというヘブライ語の訳語として使われていたようです。従って彼らは、ギリシャ・ローマ文化の影響下にある一般社会の空気を吸って来た後には、外的に手が汚れていなくても、まず念入りにその手の宗教的穢れを洗い流してから、食事をしていました。食事の前に手を洗うという行為それ自体は決して悪いものではなく、主も「手を洗うな」とおっしゃっておられるのではありません。私は26年前の1980年9月に、東京のユダヤ教シナゴーグで三日間の研修を受けましたが、その時古い伝統を厳守していると言われる一人のラビ一家が、金曜日の日没時間に食卓上の蝋燭に点火して祈る姿や、食事の前に手際よく手を洗う姿などを見せて戴き、こうして平凡な日常生活の全体をいわば神の御前での祈りのようにしているのに、深い感銘を受けました。平凡な日常行為の中にも心の信仰を美しく表明しようとしていたように見えるその慣習は、私たちの信仰心を育てる真に結構な手段であると思います。
④ 主はその手段そのものを断罪なさったのではないと思います。ただ長老たちの作ったそのような外的手段を絶対視して、もっと大切な神の愛の掟を守ろうとしていない本末転倒を、厳しく退けておられるのだと思います。他宗教とは違う外的手段の厳守には、神の民ユダヤ人だけを特別に神聖視して、他の異教社会を蔑視させるもの、社会と社会、人と人との間に壁を設けるものになる虞があり、全人類の創り主であられる神からのものではありません。ですから主は本日の福音の中で、彼らの心をその本末転倒に目覚めさせるため、「あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている」と、ことさら厳しく非難なされたのだと思います。ところで、現代の私たちの信仰生活の中にも、無意識のうちに文化と文化、人と人との間に壁を設ける、そのような神よりのものでないものが隠れてはいないでしょうか。主は私たちにも、そのような心の壁から自由になって、全ての人に対する神の奉仕的精神、神の愛の掟を生活の中心にして生きるよう、望んでおられるのではないでしょうか。他宗教の人たちや信仰のない人たちに対しても大きく開いた温かい心で、神の愛の証しを実践的に示すよう心がけましょう。
⑤ 主は最後に、「皆、私の言うことを聞いて悟りなさい」とおっしゃって、人を宗教的に穢すものは外からその人の中に入るものではなく、その人の心の中から出て来るものであることを強調し、人の心の中から出て来る12の悪を数え立てておられます。そのうち始めの六つは複数形で表現されていて、外的にも人に損害を与えてしまう悪い行為を指しているようですが、残りの六つは単数形で表現されていますから、これらは少し違って、まだ心の中に隠れている悪い思いを指しているのかも知れません。どちらも人の「心の中から出て来るもの」で、神の御前に私たちの魂を穢す忌まわしい悪だと思います。私たちも自分の心に気をつけましょう。心は神の命の御言葉を宿し育てる苗床であり、畑であると思います。この世にいる間はまだ原罪の根強い毒麦などと戦わなければならない私たちの心の中には、さまざまの雑草も芽を出し、生い茂ろうとするでしょうが、それらを神の御言葉の愛の火によって絶えず駆除し、心を内的に浄化するよう心がけましょう。主は心を穢す悪を数え上げることによって、私たちにも心の浄化を勧めておられるのだと思います。

2009年8月23日日曜日

説教集B年: 2006年8月27日、年間第21主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ヨシュア 24: 1~2a, 15~17, 18b. Ⅱ. エフェソ 5: 21~32.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 6: 60~69.


① 本日の第一朗読には、モーセの後を継いで神の民を約束の地に導き入れたヨシュアが、イスラエルの全部族をその約束の地の中心部にあるシケムに集めて、自分たちをエジプトから導き出して下さった神のみに、これからも徹底して仕えるという決断を、彼らから求めています。この決断は、自分の心で自由に決めたものでなければなりません。ですからヨシュアは、「もし主に仕えたくないならば」、「仕えたいと思うものを、今日自分で選びなさい。ただし、私と私の家は主に仕えます」と告げています。幸いこの時の民は、「私たちも主に仕えます。この方こそ、私たちの神です」と答えてヨシュアを安心させ、神の言葉に従って苦労を共にしながら約束の地に入った民が、ここで分裂して神の民の共同体が解消してしまうことはありませんでした。
② ここに「他の神々に仕える」とある言葉は、天地万物の創り主で私たち人間の考えを遥かに超えておられる、神秘で偉大な愛の神に従うことを止め、人間が自分の心の憧れに基づいて産み出した宗教や世界観を、自分の人生の最高基準となすことを意味しています。人類がその幾世代にもわたる無数の失敗・成功体験に基づいて、下から産み出した宗教や世界観が全て根本から間違っていると考えることはできません。人間は誤り易い存在ではありますが、それでも神からの真理を発見し、正しく理解する能力を与えられています。聖書によると、神がその御言葉を発しながらお創りになった天地万物も、ある意味で神の言葉の現われ・啓示であって、声なき声で私たちの心に非常に多くのことを教えています。しかし、世界各地に住み着く程に数多くなった人間が、それぞれ自分の狭い経験や理性に従って自主的に造り出した宗教や世界観を保持するようになりますと、相互に大きく異なる経験や思考に基づいて産み出された宗教や世界観の対立から、社会に様々の誤解や対立・抑圧などが生ずるようになることでしょう。
③ そこで神は、この段階にまで各種の文明文化を発展させて来た人類に、神の霊によって全被造物を一層深く洞察し、神の言葉に従って全てを愛と平和の内に正しく統治させるため、こうして万物の霊長としての人間本来の使命を達成させるため、まず一つの小さな神の民を起こし、やがて神の御言葉が受肉して、神を信ずる全ての人を、神の愛に生きる一つ共同体に発展させるための内的地盤を準備なさいました。この神の民にとって最も大切なことは、自分中心に自分の考えに従って何かをしようとし勝ちであったこれまでの生き方を脱ぎ捨て、神のお考えに従って神に仕えようとする、神の民としての新しい生き方を身につけることだと思います。それでヨシュアは、約束の地に落ち着いた時点で、民にその決意を強く求めたのだと思います。
④ 本日の第二朗読は夫婦の愛について教えていますが、同時に、キリストとその教会、すなわち救い主と新しい神の民との愛の関係についても教えています。キリストは神の民という教会共同体の頭であり、教会を愛し、教会のためにご自身の全てをお与えになったのです。それは「教会を清めて聖なるものとし」、汚れのない、栄光に輝く教会をご自分の前に立たせるためでした。「そのように、夫も妻を自分の体のように愛さなくてはなりません」「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」のです。「この神秘は偉大です」というのが、夫婦というものについてのその教えの根幹ですが、そこには、「キリストが教会の頭であるように、夫は妻の頭です。教会がキリストに仕えるように、妻も全ての面で夫に仕えるべきです」という教えも記されています。全ての人間の平等、男女の平等という現代社会の通念で生活している人たちにとり、聖書のこのような思想は、女性に不当のしわ寄せをしていた前近代の見苦しい社会的遺物に過ぎず、速やかに排斥して平等な男女関係に改革すべきものと映ずるかも知れません。しかし私は、多くの現代人を躓かせる神よりのこの啓示の中に、夫婦を内的に深く一致させ仕合わせにする神の祝福が、そっと隠されているのではないかと考えます。
⑤ 私は結婚生活というものを体験していませんが、しかし、司祭に叙階されてローマで7年間留学していた時、満2年経った後に教皇庁からイタリア語で聴罪する免許書をもらい、その後の5年間は、ローマに滞在している間中ほとんど毎日曜・祝日に、神言会本部修道院の近くにある大きなサン・べネデット教会で、2時間ないし3時間も小さな告解場に腰掛けて、多くのイタリア人の告白を聴いていました。御受難会の司祭たちに依頼されて一緒にワゴン車に乗せられ、老人ホームや精神病院で聴罪したことも、一度は四旬節に軍隊で兵隊たちの聴罪をしたこともあります。第二ヴァチカン公会議前後頃のイタリアでは、まだ告解者が非常に多かったので、このようにして数多くの人の告白を聴いている内に、現代の家庭に秘められている様々の問題、夫婦や親子や若い男女の心の悩みについても、あるいは老人ホームに入居している人たちの悩みなどについても、新しく学ぶことが少なくありませんでした。そういう心の指導体験からも、保守的傾きの強い私は、下から家庭を、また社会を内的に支え一致させて行くところに、女性は優れた能力や使命を神から戴いていると確信しています。神の御前では男も女も人間として平等ですが、女性は下から家庭を、また社会や教会を産み出し育てるという、特別の使命を神から授かっているのではないでしょうか。聖母マリアは、その模範を見事に体現しておられると存じます。ある人はヴァイオリンを持つ左手を女性に、弦を持つ右手を男性に譬えていますが、美しい音楽を奏でるためには、上にある右手ばかりでなく、下にある左手も大きな働きをしているのです。ただし、男性がその機能を十分に果たせないような異常事態になった時には、女性が男性に代ってその機能を立派に果たすことも起こり得ます。未曾有の異変が頻発する現代世界は、あるいは半分そのような異常事態に突入しているのかも知れません。しかし、それは神が初めに意図された本来あるべき正常の状態ではないと考えます。
⑥ 私がヨーロッパ留学から帰国して20年以上も経った1990年前後頃に、昨年他界したすぐ上の兄の家に宿泊すると、兄嫁から度々兄に対する心の不満を聴かされました。家族が全員カトリックで、その生活には何も問題がないのですが、60歳代の女性の心には、男性の心を独占し支配しようとする欲求が強まる時期があるようで、夫の結婚前の他の女性との関係が赦せずに悩んでいました。私は兄嫁の不満を温かく聴いてあげるだけで、兄を弁護するようなことは何一つ言わずにいましたが、2, 3年後に再び訪れた時には、兄嫁が兄を心から赦す気になっており、また兄に心から深く感謝していて、それからの二人の老後は本当に仕合わせそうでした。私たちは皆欠点多い人間ですが、相手のマイナス面を詮索したり責めたりせずに、真実は謎に包まれたままであっても、そのマイナスを自分も黙々と背負って相手を心から寛大に赦す、春の太陽のような神の愛に生きること、それが家庭や社会に神の祝福を齎すのではないでしょうか。相手の覆いを剥ぎ取ろうとする、冬の北風のような冷たい理屈や原理主義が心の中で暴れないよう、気をつけましょう。どんな恨みごとも寛大に赦し、感謝する心、それが私たちの人生に神の祝福を招くのです。私は兄嫁の心の変化から、そのようなことを学びました。
⑦ 本日の福音は、パンの奇跡を目撃したユダヤ人たちに対する主の話の最後の部分ですが、冒頭に述べられているように、主の話を聞いていた多くの人たちは、「実にひどい話だ。誰がこんな話を聞いていられようか」とつぶやいています。それは、主に対して初めから否定的批判的であったユダヤ人たちのつぶやきではなく、むしろ主を信じ、主に従って行こうとしていた人々のつぶやきであったと思われます。いったい彼らは、主の話のどこに躓いたのでしょうか。「実にひどい話だ」というつぶやきの直前に、主は「私の肉は真の食べ物、私の血は真の飲み物、云々」と話しておられますから、この話に躓いたのではないでしょうか。主はそれに対して、「命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない。私があなた方に話した言葉は霊であり、命である。云々」と、なおも彼らの心を、深い神秘へと導き入れようとするようなお言葉を話されました。今の自分には理解できなくても、神よりの言葉には徹底的に従おうとする、素直な僕・婢のような信仰の心をお求めになったのだと思います。「肉」と表現されているのは、物質的な肉のことではなく、旧約聖書にもよく登場する、人間存在や人間の全体を意味する時の「肉」だと思いますが、ここでは更に、罪に汚れた人間の理知的で自己中心の考えや心をも意味していると思われます。罪によって天上からの霊的照らしを失い、半分霧に閉ざされているような心で、天から降って来られた神の子の言葉を解釈しようとしても、それはいたずらに自分の誤解や謎を勝手に深めるだけで、何の役にも立たない。自己中心のそんな心から脱皮して、まず幼子のように素直に主のお言葉を受け入れ、それを保持し尊重しようとするならば、その言葉に込められている神の霊や命が心の中に根を張り芽を出して、あなた方の心に天上の真理を悟らせ、数多くの体験を通して確信させてくれるであろうというのが、それらのお言葉に込められた主の御心だと思います。
⑧ 私は主のこういうお言葉に接すると、聖ベルナルドの世にあまり知られていない小冊子『恩寵と意志の自由』の中に読まれる「二つの自由」についての話を思い出します。その一つは、全ての知性的存在が本性的に保持している選択の自由、自己中心に考えて選び取る自由で、この自由は地獄に落ちた悪魔や霊魂たちも永遠に失わず、全く自由に神と人間を憎み、一切の和解を拒み続けていると考えられています。もう一つは、全被造物の中のごく小さな一部分でしかない自分を中心にした生き方、考え方から脱皮して、相手に自分を与え、自分を委ねて共に生きようとする愛の自由です。これは、放蕩息子の譬え話にも描かれているような神の愛の自由であり、互いに愛し合っている親子や男女の間でも見られますが、私たちもこのような神の愛の自由を体得しない限り、天の国には入れてもらえないと思います。
⑨ ここでもう一つ、「信仰」ということについても考えてみましょう。私たちはよく、自分の経験や理性に基づいて、これは信じられる、それは信じられないなどと言いますが、それは自分の理解を中心にして「本当だと思う」というだけの、いわば「頭の信仰」、あるいは「肉」の信仰でしかなく、神が私たちから求めておられる愛の信仰ではありません。そういう「頭の信仰」は、地獄に落ちた悪魔や霊魂たちも持っています。この世の私たちの想像を絶するほど苦しめられているでしょうから、神の存在も全能も確信していることでしょう。聖書の原語であるギリシャ語の pistis (信仰) は、信頼という意味の言葉で、これは知性的な理解の能力ではなく、実践によってだんだんと磨き上げるべき意志的な心の能力、愛の能力を指しています。例えば、水に身を任せて泳ぐ能力や、自転車に身を任せて乗り回す能力などは、いずれも心の能力だと思います。自分の頭ではよく判らなくても、心で神の導きや働きを痛感し、神の霊に信頼して生きるのがキリスト者の信仰であります。教会はそれをラテン語では、単に神を信ずる (credo Deum) ではなく、credo in Deum (英語ではI believe in God) と、in という前置詞を補って表現しています。ペトロは、つぶやくユダヤ人たちに対する主の神秘な話を、まだ頭では理解できなかったでしょうが、日頃主と生活を共にしていて神の不思議な働きを幾度も体験し、自分の心の中に育って来た意志的信頼心から、本日の福音にありますように、「あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じまた知っています」と宣言し、主の御許に留まり続けました。私たちも、このような心の意志的信頼を実践的に養い育て上げつつ、あくまでも神信仰に留まり続け、日々神と共に生きるよう努めましょう。

2009年8月16日日曜日

説教集B年: 2006年8月20日、年間第20主日、聖ベルナルドの祭日 (三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. シラ 39: 6~10.     Ⅱ. フィリピ 3: 8~14.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 17: 20~26.


① 本日記念する皆様の修道会の中心的保護者聖ベルナルドは、1090年にフランス東部のディジョンの城に、ブルゴーニュの貴族の6男1女の一人として生まれましたので、1098年にそこから25キロほど離れたたシトーで、原生林が切り開かれて戒律の厳しいシトー会修道院が創立された頃は、既に8歳位の子供であり、シトー会の修道生活については、子供の頃からそれとなく耳にしていたと思われます。16歳になった頃には背が高く、がっちりとした体格で、騎士として活躍することもできる若者になっていましたが、ラテン語の古典文学研究にも秀でていました。その年頃に母親が他界すると、母ゆずりの瞑想的宗教心も目覚めて来て、彼はこの頃から数年間、騎士や官吏になるか、教師になるか、それとも修道者になろうかと、将来の進路についていろいろと考えていたそうです。ブルゴーニュにはベネディクト会の大きな修道院も幾つもありましたが、23歳になると、その賢明さ故に兄弟や友人たちから愛され慕われていた彼は、ベネディクト会の豊かな修道院に入ることは望まず、禁欲と労働の厳しさ故に志願者が少なくて、存続が危ぶまれるほど困っていたシトー会修道院に入ると言い出し、驚く叔父や兄弟たちを説得したり、友人たちにその理由を説明したり、一緒に入会するよう勧めたりしたそうです。私たちの救いの道を切り開くため恐ろしい苦しみを耐え忍んで下さった主イエスの愛に、自分も労苦を厭わぬ愛をもって応えようと立ち上がった、愛に生きるベルナルドの心意気の美しさに感動したからでしょうか、兄弟3人と友人27人もベルナルドと一緒にシトー会に入会しました。
② 畑仕事に慣れていなかった貴族の若者たちにとって、これは決死の覚悟を必要とする程の決断であったと思われます。しかし、当時のヨーロッパの若者たちの間には、伝統的規則を遵守しているだけの保守的封建主義に飽き足らず、社会を新しく発展させるために労苦を厭わずに何かをしたいという、若い改革的理想主義の精神がうずいていたようです。これが1095年に始まった第一回十字軍の精神的基盤にもなっていますが、ベルナルドの改革的愛の精神に惹かれたシトー会入会者は、その後も続々と増加し続けました。それで2年後の1115年に、ベルナルドは新しい修道院を設立するためクレルヴォーに派遣されました。ところが、この修道院への入会者も急速に増え、ここから派生した修道院は、ベルナルドが死ぬ1153年までに68にも達しました。その中には、英国やアイルランドの修道院も含まれています。それでベルナルドは、シトー会の三人の創立者と共に、生前からシトー会中興の祖として高く評価され崇敬されています。
③ 1145年には、以前にクレルヴォーで聖ベルナルドの弟子であったシトー会員のベルナルド・パガネッリが、ローマ教皇に選出されてエウゲニウス3世となりました。聖ベルナルドはこの教皇から派遣されて、南フランスのアルビジョア異端派に対抗する説教をしたり、第二回十字軍派遣のために、フランスやドイツの各地で説教したりもしています。ドイツの若い騎士たちは、彼の話すラテン語の説教をよく理解できなかったのではないかと思われますが、心の底から愛に燃えて呼びかける彼の熱弁に、大きな感動を覚えていたと伝えられています。彼が残した多くの手紙は、『アルマーの聖マラキ伝』や『神の愛について』と題する論文、ならびに『雅歌について』と題する浩瀚な説教集などと共に多くの人に愛読され、心を神の愛で陶酔させるような麗しい言葉の故に、彼は早くから Doctor mellifluous (甘い蜜の博士) と呼ばれていました。それで教皇ピウス8世は、1830年に正式に「教会博士」の称号を彼に贈っています。しかし、聖ベルナルドは、その死後に盛んになった理知的スコラ神学の博士たちとは違って、それ以前の、いわば心の信仰、心の学問の博士という性格が濃厚な学者なので、むしろ古代教会の教父たちの系列に属する博士として、時折「最期の教父」と呼ばれたりもしています。
④ 聖ベルナルドが12世紀前半に広めた神秘主義も、13世紀後半から盛んになったドミニコ会の本質神秘主義や、その後のカルメル会の本質神秘主義とは異なるものなので、「婚約神秘主義」と呼ばれています。神と人との心の関係を、何よりも神がお創りになった男女の愛の関係に譬えて捉えているからだと思います。主イエスは「天の国のために進んで結婚しない者もある」(マタイ 19:12)とおっしゃいましたが、私たち修道者は正にそういう人間であります。修道者は主キリストを内的に自分の恋人・夫・主人として愛し、絶えず主を念頭に置きながら、日々主と共に生活すべきだというのが、聖ベルナルドの考えであり生き方であります。小さき聖女テレジアは、ある婦人が自分の愛する夫のために、日々どれ程細かく優しい気配りをしながら生活しているかを聞いて、修道院での自分の生き方を反省させられたと書いています。私たちも、愛する夫を持つ妻たちの美しい愛に負けてはなりません。単なるこの世の独身者・単身者ではないのですから。
⑤ 40年ほど前の公会議直後頃から、どこの修道会においても、誓願宣立の言葉が以前の「清貧、貞潔、従順を誓います」から、「貞潔、清貧、従順を誓います」に変更されていますが、私はこの変更の基盤には、ベルナルド的霊性があるのではないかと考えています。修道者もある意味で主キリストの内的恋人・配偶者であり、婚約者・結婚者にとっては清貧よりも貞潔の心が大切だ、と考えられるようになったからだと思います。聖ベルナルドの祭日に当たり、私たちも自分がキリストの愛の配偶者として生活するよう、神から召されていることをあらためて心に銘記し、昔の良妻賢母と讃えられた人たちに劣らない、貞淑で行き届いた愛の表明、愛の奉仕に励む決意を固めましょう。本日の第一朗読は、そのすぐ前にある「彼は早起きして、自分を創られた主に向かうように心がけ、いと高き方にひたすら願う。声を出して祈り、罪の赦しをひたすら願う」という5節の言葉に続く、神への信仰と愛に生きる義人についての話ですが、第二朗読である、一切のものを後にし、ひたすら主キリスト目指して生きていた使徒パウロの述懐と共に、聖ベルナルドの婚約神秘主義の立場で受け止め、理解したいと思います。またただ今ここで朗読された福音は、最期の晩餐の終りに主が天の御父に献げた祈りからの引用ですが、それはそのまま主と一致して全教会のために尽力していた聖ベルナルドの最期の祈りとして、受け止めることもできるのではないでしょうか。
⑥ 聖ベルナルドの霊性は女性たちにも大いに歓迎され、シトー会には女子修道院も数多く創立されるに至りました。13世紀末までにはスカンジナビア半島から地中海までの全ヨーロッパで、男子修道院が700ほど、そして女子修道院も同じ位多く建ち、まだ残っていたヨーロッパの原生林の開拓に目覚しい実績を挙げています。しかし、それらの開拓地で大きな土地や財産を持つようになると、修道精神の乱れも生じて、シトー会は特に宗教改革時代前後に大きな試練を受けるに至りました。北アイルランドの古都アルマーの大司教聖マラキは、ローマへの旅行の途次1139年と1148年に、二度クレルヴォーに滞在した聖ベルナルドの4, 5歳年下の友人ですが、1148年11月2日にクレルヴォーで、察するに聖ベルナルドの腕に抱かれて帰天しました。史料が十分に残っていないのでよく判りませんが、この聖マラキも偉大な神秘家であったようです。というのは、この聖マラキが12世紀半ばから世の終りまでのローマ教皇の特性をラテン語で予言したものと言われる、112の特性の一覧表が、16世紀末にイタリアで出版された『生命の木』という本の末尾に載っており、これが20世紀半ば以来新たに多くの人の注目を引き、話題にされているからです。教会史を専門とする私は40年ほど前に、ローマ教皇史を研究するかたわら、それらの特性についても合わせて吟味してみましたが、それらが各教皇の特徴的一面を的確に言い当てているのに驚いています。その予言に従うと、世の終り前に「ローマの人ペトロ」が教皇位に登位する時はもう近いようです。しかし、私たちはそういう話に不安にならずに、たとい何かの思いがけない異変や苦しい試練に直面しても、神の働きに対する愛と信頼を新たにしながら、冷静に対処するよう心がけましょう。それが、主キリストの霊的婚約者として、神の働きの思わぬ大きな変化にも忠実に従って行く者の道であると思います。聖ベルナルドの取次ぎを願いつつ、皆様の修道会のため、また私たち各人のために、主キリストにあくまでも忠実に従って行く恵みを、聖ベルナルドの取り次ぎで祈り求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年8月9日日曜日

説教集B年: 2006年8月13日、年間第19主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 列王記上 19: 4~8.     Ⅱ. エフェソ 4: 30~ 5: 2.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 6: 41~51.


① 列王記上の18章には、預言者エリヤが民衆の見ている前で天から火を降し、アブラハムの神が真の神であることを立証してバアルの預言者たちを殺させたことが詳述されていますが、本日の第一朗読は、バアル信仰の推進者であった王妃イゼベルがその知らせを受けて、エリヤを殺そうとしていることを知って、預言者が荒れ野に逃げたところから始まっています。その荒れ野に入った所から更に一日の道のりを歩き続けた所というのは、現代のネゲブ砂漠だと思いますが、ネゲブはヘブライ語で「拭く」という意味だそうで、そこは全てがきれいに拭き取られて何も残っていないような、一面に砂だけの砂漠になっている荒れ野だと思います。しかし、その砂漠には一本のエニシダの木が逞しく生えていました。といっても、エニシダはせいぜい高さ2, 3mの木で、そんなに大きな木ではありません。春にたくさんの黄色い花をつけますが、葉は小さいので、エリヤがその木の下に来て座ったと言っても、砂漠の太陽の日差しを少し和らげてくれる程度だったと思われます。急いで逃げて来たのですから、パンもない、水もないという絶望的状態の中で、エリヤはもう死ぬことを望み、神にそのように祈りながらその木の下で横になり、眠ってしまいました。
② すると、天使から起こされて、「起きて食べよ」と、焼いたパン菓子と水の入った瓶を与えられ、それを食べて飲み、また眠っていると、再び天使に起こされて、食べ物と飲み物を与えられました。こうして天使から与えられたパンと飲み物に力づけられたエリヤは、「四十日四十夜歩き続け、ついに神の山ホレブに着いた」と記されていますが、ここで「四十日四十夜」とあるのは、多数の日夜を表現する文学的表現で、その言葉通り四十日四十夜も歩き続けたという意味ではないと思います。神の山ホレブ、すなわちシナイ山は、エルサレムから測っても直線で400キロ程の所にある山ですから。しかし、神の山までのその遠い荒れ野の道を、天使から与えられた食べ物と飲み物から得た力で歩き通したというのが、本日の第一朗読の強調点だと思います。後述する福音の中で主は、「私の与えるパンとは、世を生かすための私の肉のことである」と、暗に主のご聖体のことを指して話しておられますが、私たちの日々拝領しているご聖体の中にも、預言者エリヤに与えられた天使のパンに勝る、神秘な力が込められているのではないでしょうか。
③ 本日の第二朗読には、「あなた方は神に愛されているのですから、神に倣う者となりなさい」という勧めの言葉があります。山上の説教の中にある「天の父のように完全でありなさい」という主イエスのお言葉と共に、心に銘記していましょう。しかし、ここで「神に倣う者」や「完全」とある言葉を、道徳的に落ち度も欠点もない人格者というような現世的意味で受け止めないよう気をつけましょう。それは、私たちを神の子として下さった神の無償の愛の中で、絶えず神の視線を肌で感じながら神の御旨中心の価値観の内に生活しなさい、という意味ではないでしょうか。主イエスが弟子たちの求めに応じて教えて下さった「主の祈り」は、ルカ福音書によりますと、「父よ、御名が聖とされますように」という言葉で始まっていますが、「聖とされる」という言葉は日本人には解り難いというので、「尊ばれる」とか「崇められる」などと邦訳されることがあります。しかし、これでは主の祈りにこの世の人間主体の考えを混入することになり、たとい善意からではあっても、神から求められているキリスト教信仰を歪めることになりかねません。聖は、真・善・美などと違って、神のあの世的愛に輝く清さを意味しており、この世の価値観には属さないので、人間理性中心の考え方に死んで神に従おうとしないと、なかなかその価値観を理解できないのは判りますが、しかし主は、他の箇所でも度々自分に死んで神に従うことを強く求めておられるのですから、私たちは心をを大きく広げて、あの世の無数の天使・聖人たちと共に神のあの世的聖さを讃美しつつ、神の御旨中心の、神主体の価値観の内に生活するよう心がけましょう。「御名が聖とされますように」というのは、父なる神の愛の輝く清さと神の御旨への従順とが、万事に超えて大切にされる世界観が広まりますように、という祈りなのではないでしょうか。これは受肉なされた主ご自身の祈りでしょうが、主は、私たちも主と一致して日々そのように祈るよう、この祈りを教えて下さったのだと思います。
④ ユダヤ教やイスラム教で豚を清くない動物と考え、豚肉を食べないようにしているのは、それがたとい外的にはどれ程清くても、彼らの太祖アブラハムたちの時代に、羊や牛などのように、神にいけにえとして献げる動物とはされていなかったからだと思います。神に献げられるもの、神を目指しているものを清いと考える世界観の一つの現れだと思います。この前の日曜日にも申しましたように、神の御子の受肉によってこの物質界全体は聖化されつつあるのですから、私たちキリスト者は、豚肉を食べてはいけないなどとは考えませんが、しかし、神に献げられるもの、神に向けられているものを聖なるもの、清いものと考える、神中心の来世的愛の価値観を、自分の生活や活動の全般に広げることは大切だと思います。例えば一緒に生活している人と見解や判断の違いが生じて苦しむような時、私たちはとかく相手との性格の違いや、相手のマイナス面などにばかり眼を向け勝ちですが、そういうこの世的価値観の次元から脱皮して、自分を神の子として下さった父なる神の大きな愛と、その神が自分からも愛のいけにえを求めておられることなどに心の視野を広げると、驚くほど簡単にこの世の対立関係を超越して生きることができるようになります。
⑤ 第二朗読の出典であるエフェソ書4章は、キリスト者が皆神によって、キリストを頭とする一つからだにされていることを説きながら、「平和の絆に結ばれて、聖霊のもたらす一致を大切にするよう」勧めていますが、本日の第二朗読はそれを受けて、「神の聖霊を悲しませてはいけません」と説き、神が「あなた方を赦して下さったように、互いに赦し合いなさい」と勧めています。神の献身的愛の輝くような聖さを、私たちも小さいながら日々の生活の中に反映させ、神の子になるよう召された者として、みんな内的に清い美しい聖人になるよう努めましょう。それが、私たち各人に対する神の御旨であり、強いお望みでもあると信じます。善人にも悪人にも陽を昇らせ、恵みの雨を降らせて下さる神は、太陽のように全ての事物を超越して、全ての人を照らし暖め慈しんでおられる愛の本源であります。その神の光と愛を受けて、父なる神が神の次元でして下さっていることを、私たちは人の世の小さな次元で反映させ、輝かせるよう努めましょう。「今日もまた心の鐘を打ち鳴らし打ち鳴らしつつあくがれて行く」という若山牧水の歌をご存じでしょうか。私たちは皆、心に神から一つの鐘を与えられていると思います。それを日々美しい音色で打ち鳴らしつつ、心の底から欣然と神を讃えているでしょうか。
⑥ 本日の福音には、「私はパンである」という主のお言葉が二回読まれます。最初の41節と中ほどの48節にです。そこで仮に最初から47節までを前半、それ以降を後半としますと、前半ではイエスを神から遣わされて来た方として信じ、受け入れるか否かが問題とされており、後半ではそのイエスを受け入れる人、すなわち「天から降って来たパン」を食べる人が受ける恵みについての話であると思います。前日湖の向こう岸で5千人以上の群衆にパンを食べさせるという大きな奇跡をなされた主が、その奇跡を目撃したユダヤ人たちに前半で、「私は天から降って来たパンである」と話し、彼らから主の本質に対する信仰をお求めになると、彼らのうちの一部はナザレから来ていた人たちだったようで、すぐに「これはヨゼフの息子ではないか。我々はその父母も知っている。なぜ今『天から降って来た』などと言うのか」とつぶやき始めました。そこで主は、「つぶやき合うのは止めなさい」と答え、なおも、「私をお遣わしになった父が引き寄せて下さらないなら、誰も私の許へは来ることができない (が、私は私の許に来る人を) 終りの日に復活させる。云々」と、預言者の言葉も引用して、イエスを天から降って来たパンと信じ受け入れる人の受ける恵みについて話し続け、最期に「はっきり言って置く。信じる者は永遠の命を得ている」と言明なさいます。「はっきり言って置く」と邦訳された「アーメン私は言う」という語句は、何かの真実を宣言するような時に使う慣用句ですから、主を信じて受け入れる人が既に永遠の命を得ていることを、主は公然と宣言なさったのだと思います。
⑦ しかし、偉大な奇跡をなさった主のこの宣言を耳にしても、その場のユダヤ人たちはまだ何の反応も示さなかったようで、主はあらためて「私は命のパンである。云々」と、ご自身の本質についてのもっと大きな神秘を啓示なさいます。すなわち主は、先祖が荒れ野で神から受けたマンナよりももっと神秘なパンで、「このパンを食べる人は永遠に生きる」のです。しかも、そのパンとは、「世を生かすための私の肉のことである」と言われたのです。本日の福音はここで打ち切られていますが、この後半部分はここで終わってしまったのではなく、主イエスのこの話に対してはまたもユダヤ人たちから、「この人は自分の肉をどうして私たちに食べさせることができようか」などと批判の声が上がり、主はそれに対して、「私の肉は真の食べ物、私の血は真の飲み物である。云々」という、多くのユダヤ人たちを躓かすような長い神秘的な話をしておられます。後に聖体の秘跡が制定されてみますと、私たちはそれらの神秘なお言葉をそのまま受け入れ、信じることができますが、その場のユダヤ人の多くは、自然理性では受け入れ難い主のこれらの啓示に躓いて、主の御許から離れ去ってしまいました。ただ12使徒たちは頭では理解できないながらも、日頃から主に対する心の信仰・信頼を保持していたので、主の御許に留まり続けました。
⑧ 私たちもここで学びましょう。この世で幸せになるためには、頭の理知的能力は非常に有用であり、何かを自分で理解したり、何かの技術を習得したり運用したりするために必要なものですが、この世の経験を基盤として自分中心に自主的に考え利用しようとするその理知的能力は、しばしば自分で造り上げた何かの原理原則や固定化した価値観を中心にして判断したり裁いたりするので、私たちの心の奥底にあるもう一つの貴重な能力、すなわち神秘な献身的愛の憧れや生命をしばしば抑圧したり歪めたりしてしまいます。あの世からの神の招きは、何よりも私たちの素直な奥底の心に与えられる恵みですので、その奥底の預言者的心を神中心の聖なる愛の内に、神目指して真っ直ぐに伸ばすよう心がけましょう。そうすれば、預言者エリヤが天使からもらったパンや飲み物のように、神からの恵みは私たちの心の中で大きな力を発揮するようになります。主イエスは天地の主なる父を讃美しながら、「あなたは、これらのことを智恵ある人や賢い人には覆い隠し、小さい者に現して下さいました。そうです。父よ、これはあなたの御心でした」(ルカ 10:21) と祈っておられます。主のこのお言葉を心に銘記しながら、私たちも自分の心の奥底に宿る神の聖霊、神の愛に眼を向けつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2009年8月6日木曜日

説教集B年: 2006年8月6日、主の変容(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ダニエル 7: 9~10, 13~14. Ⅱ. ペトロ後 1: 16~19.
 Ⅲ. マルコ福音 9: 2~10.


① 今朝は広島に原爆が投下された61周年に当たります。日本のカトリック教会では、毎年この8月6日から終戦記念の15日までを平和旬間として、世界平和のために祈ることにしており、またそれと関連するさまざまな行事をなしていますが、私たちも日々その人たちと心を合わせて祈ることにしています。それで、本日のミサ聖祭は、世界平和のため神の導きや恵みを願い求めて献げることに致したいと思います。ご協力をお願いします。
② 主のご変容の祝日は東方教会では5 世紀頃から祝われています。8世紀にイスラム教徒のアラブ軍が今のトルコ半島東部のキリキア地方を侵略すると、この地方出身の軍人でそのアラブ軍を撃退し、皇帝の位についたレオ3世 (在位717~741) が、726年に勅令を公布してイコーン崇敬を禁止し、ビザンチン帝国にあった数多くの聖画像を破壊させましたが、するとその反動として、東方教会では主のご変容の奥義が特別に重視され始めたようです。ユダヤ教は出エジプト記20:4にある「偶像を造るな」の禁止令を厳守しており、7世紀前半に創始されたイスラム教もそれに倣っています。しかし、4世紀にコンスタンティヌス大帝の保護や支援を受けて、異教の寺院に負けない美しい聖堂を建設したり、異教の寺院をキリスト教的に改築したりしたキリスト教では、それらの大きな聖堂の内部を美しく飾るために、数多くの聖なるキリスト像や聖母像や聖人像を壁面のモザイクに描いたり、彫刻したりしました。8世紀にレオ3世によってそれらの聖画像が破壊され始めると、最後の古代教父ダマスコの聖ヨハネは、イコーンは聖なるものを映している鏡のようなものであり、沈黙の説教・文盲者の書物・神の奥義の記念・物質聖化の可視的しるしであって、神が肉となってこの世に出現し、この世の物質界を聖化してからは、その神をある意味で宿し表現する秘跡のようなものであると論述し、神への礼拝とイコーン崇敬との本質的区別も明確にして反論しました。受肉した神の御子がこの世に現存し、物質界が聖化されている新約時代の信仰生活は、旧約時代の信仰生活とは違うというのです。ローマ教皇も、この教説を支持してイコーン崇敬を力強く弁護したので、断続的に百年以上も続いた聖像破壊は843年のコンスタンティノープル教会会議によって退けられ、東方教会はイコーン崇敬を公認したその日、四旬節第一主日を記念して、Orthodox (正統) 信仰の大祝日としています。
③ 話が少し横道にそれましたが、為政者側からのこの聖画像破壊の迫害を契機にして、それに強く抵抗し続けた東方教会の修道者や敬虔な信徒たちは、人間的不完全さが混入し易いこの世の複雑な政治問題のために奔走するよりも、神から啓示されたあの世の神秘な奥義を観照することに、より強く惹かれるようになったようです。中世の東方教会修道者たちは、この立場から主のご変容の奥義を特に重んじています。その後の時代にも強力なイスラム勢力と西方のヨーロッパ諸勢力とに囲まれた国際的狭間で、宗教的伝統を忠実に伝承する以外には、政治的自由も異教徒への布教の自由も乏しかった歴史的状況を考慮しますと、東方教会が私たち人間の本当の自由も幸せもあの世にあることを深く心に刻みつつ、主のご変容の奥義を高く評価したのも納得できます。
④ 本日の第一朗読は、紀元前6世紀のバビロン捕囚時代に預言者ダニエルが見た幻として描かれていますが、このダニエル書7章がダニエルの名を借りて書かれたのは、実はユダヤ人たちが紀元前2世紀半ばにシリアのセレウコス王朝の支配下にあって、激しい宗教迫害を受けていた頃とされています。いずれにしても、この世の政治や社会が一つの絶望的行き詰まりの様相を呈していた時代に、神から与えられた幻示だと思います。テロリズムがその隠れた根を国際的規模で拡張しつつある現代の世界も、事によると極度に不安な絶望的行き詰まり状態に直面するかも知れません。しかし、神信仰に生きる私たちには神から大きな明るい未来が約束されているのです。万一そのような暗い非常事態に陥ったら、その時にこそ主のお言葉に従って「恐れずに頭をあげて」天の神に眼を向けましょう。私たちの「贖いの時が近づいている」のですから (ルカ21:28)。一寸先も見えない程暗い冷たい死の霧のすぐ背後には、本日の第一朗読に「その支配は永久に続く」と保証されている主キリストが、天の雲に乗って私たちを迎えに来ておられるのです。旧約のユダヤ人殉教者たちも、中世の東方教会修道者たちも、毅然としてこの信仰を堅持することにより、明るい希望のうちにこの世の迫害や労苦に耐える力を神から豊かに受けていたのではないでしょうか。
⑤ 本日の第二朗読は、察するにネロ皇帝による迫害で、ローマのキリスト者が次々と殉教して行く緊迫した状況の中で認めたと思われるペトロ後書からの引用ですが、ペトロはここで主のご変容を目撃した時の体験を回顧し、「こうして、私たちには預言の言葉は一層確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなた方の心の中に昇る時まで、暗い所に輝く灯火として、どうかこの預言の言葉に留意していて下さい」と勧めています。ここで「預言の言葉」と言われているのは、その前に述べられている文脈からすると、私たちが神から召され選ばれていることと、主キリストの永遠の国に入る保証が与えられていることとを指しています。ペトロは殉教を目前にして、主のご変容の奥義を深く心に刻み、主と一致して自分の心を灯火のように輝かせながら、自分の命を神に献げていたのではないでしょうか。私たちの本当の人生はこの世にあるのではなく、神が支配しておられるあの世の永遠界にあります。使徒パウロがコリント前書15章で詳述しているように、この世の人生は種蒔きの段階のようなものであります。「自然の命の体として蒔かれた」ものが、あの世で「霊的な体となって復活する」のです (コリント前15:44)。私たちも、この世の生活が内的にどれ程不安で暗くなろうとも、あの世で永遠に幸せに生きることを希望しつつ、輝く灯火のようになって生き続けましょう。
⑥ 本日の福音にある主のご変容については、マタイ・マルコ・ルカの三福音記者が、いずれも主がガリラヤの北30キロ程のフィリッポ・カイザリア地方の村々を巡っていて、弟子たちにご自身のご受難についての最初の予告をなされた後の出来事として書いていますが、マタイとマルコによると、主はこの出来事の後にガリラヤを巡り、その途中でご受難についての第二の予告をなしており、ルカによると、その後にサマリアに入っておられます。従って、中世の巡礼者たちが言い出したと思われるガリラヤ南部のタボル山は、主のご変容の山ではないと思われます。タボル山は高さ588mのそれ程高い山ではなく、ガリラヤで大きな謀反が発生したことのあるキリスト時代には、そこにローマ軍の砦も置かれていたと聞きますから。また中世初期には、主のご変容とご受難との密接な関係から、ご変容をご受難の40日前の出来事と考える思想も起こって、9月14日の十字架称賛の祝日の40日前に当たる8月6日を、主のご変容の祝日としていますが、これも確実な歴史的根拠に基づいた日付ではないと思います。
⑦ しかし私は、主のご変容がフィリッポ・カイザリア地方の高い山、すなわち2千メートル級のヘルモン連山の一つの峰での出来事だとしますと、ご変容はやはり夏に起こった出来事であったと考えます。ルカは「次の日、一同が山を降りると」と書いて、主と三人の弟子たちがその山で一夜を明かしたように書いていますが、冬に雪で覆われるヘルモン連山には、夏でないと夜を過ごせないでしょうから。モーセが神から多くの啓示を受けたシナイ山も、海抜2,293mのジェベル・ムーサと1,994mのラス・エス・サフサフェという二つの峰から成っていて、モーセが40日間滞在したのも夏でした。ペトロが本日の第二朗読で「聖なる山で」と述べているご変容の山は、そのシナイ山と同じ位高い山で、神の山シナイ山でモーセとエリヤに語られた天の御父は、この山では旧約の律法と預言を代表するそのモーセとエリヤを証人として、「これは私の愛する子、これに聞け」と、雲の中から主イエスと三人の弟子たちにお語りになりました。雲が突然に現れて一同を覆い隠し、また急に去って行くのも、2千メートル級の高い山ではごく普通に見られる現象です。従ってこのご変容の山は、旧約の神の山シナイ山に対比できる、新約の神の「聖なる山」と称しても良いのではないでしょうか。
⑧ この新約の神の山で、主が「祈っておられると、お顔の様子が変わり、衣は真っ白に輝いた」とルカが書いているそのご変容が始まり、そこにモーセとエリヤが栄光の内に現れて、イエスが「エルサレムで成し遂げようとする最期」、すなわちご受難とご復活について話していた、というルカの言葉から察しますと、モーセとエリヤは、旧約の神の民が長い世代をかけて準備したものが、主のご受難・ご復活によって達成されることを慶び、そのご受難・ご復活を旧約の神の民も待ち望み、支援していることを申し上げていたのだと思います。「これは私の愛する子」という神の声は、主がヨルダン川で受洗してメシアとしての公的活動をお始めになった時にも、天から聞こえましたが、ここでは「これに聞け」という、弟子たちに対する新しい呼びかけも追加されています。「聞け」というのは、「聞き従え」という意味だと思いますが、モーセやエリヤが聞いた神の言葉とは違って、新約時代には神の言葉自体が生ける人間となって出現し、主のご復活の後にも世の終りまで、目には見えなくても人類と共に留まり、救いの働きを続けておられるのですから、天の御父は、その救い主の現存を堅く信じて、日々刻々と変化するその生きている導きや働きに聞き従うという、新約時代にふさわしい信仰生活を営むことを、私たちから求めておられるのではないでしょうか。聖霊の神殿として、私たち各人の内に現存しておられる主の呼びかけに心の耳を傾けつつ、日々その主とともに生きる恵みも願い求めて、本日のミサ聖祭を献げたいと思います。

2009年7月26日日曜日

説教集B年: 2006年7月30日、年間第17主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 列王記下 4: 42~44.     Ⅱ. エフェソ 4: 1~6.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 6: 1~15.


① 本日の第一朗読には、天に上げられた神の人エリヤから、その預言者的権能を受け継いだ神の人エリシャによるパンの奇跡が語られています。エリコに近いギルガルの人々が飢饉に見舞われて苦しんでいた時、一人の男の人が、その地を訪れた神の人エリシャの許に、初物の大麦のパン20個と新しい穀物とを、袋に入れて持って来ました。為政者側の政策でバアル信仰が広まり、真の神に対する信仰が住民の間に弱められていた紀元前9世紀頃の話です。しかし、飢饉という恐ろしい自然災害に直面して、信仰を失わずに敬虔に生活していたその男の人は、神の人エリシャの助けを求めて、その初物を持参したのだと思います。信仰に生きるイスラエル人たちは、神の恵みによって収穫した穀物の初物は、感謝の印に神に献げるべき最上のものと考えていましたから、それをエリシャを介して神に献げようとしたのかも知れません。一人の人が袋に入れて持参した少量の供え物だったでしょうが、それを受け取った神の人はすぐに、「人々に与えて食べさせなさい」と召使たちに命じました。召使たちは驚いたと思います。「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」と答えましたが、エリシャは再び命じて、「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる『彼らは食べきれずに残す』」と言いました。それで、召使たちがそれを配ったところ、主のお言葉通り、人々は飢えていたのに、それを全部食べきれずに残してしまいました。
② いったいそのパンは、いつどこで増えたのでしょうか。聖書をよく読んでみますと、預言者エリシャは召使たちに「人々に与えて食べさせなさい」と命じただけですから、パンは預言者の手元で増えたのではないようです。パンは、それを配る召使たちの手元で増えたのではないでしょうか。本日の福音にも、主イエスは過越祭が近づいていた冬から春にかけての頃、すなわち農閑期で多くの農民が主の御許に参集し易い時期に、ガリラヤ湖の向こう岸の人里から遠く離れた荒れ野で、五つのパンと二匹の魚を増やして5千人もの飢えている人々に食べさせ、残ったパンの屑で12の籠がいっぱいになるほど満腹させていますが、マタイやルカの福音書によると、それは日が傾いてからの夕刻の出来事であり、暗くなるまでの限られたわずかな時間内に満腹にさせたことを思うと、パンは主の手元でだけ増やされ、弟子たちが大量のパンを小走りしながら5千人もの人々が分散して腰を下ろしている所に運んだのではなく、預言者エリシャの時と同様に、パンを分け与える弟子たちの手元でも、次々と増え続けたのではないでしょうか。それは、その奇跡を間近に目撃した群集の心を驚かし、感動させた奇跡であったと思われます。
③ このパンの奇跡については、主のエルサレム入城やご受難・ご復活などの幾つかの出来事と同様、四つの福音書全部に述べられていますので、福音記者たちは皆この出来事を特別に重視していたと思われます。しかし、他の三福音書にはただ「人里離れた所」と記されているのに、そこに小さな山か丘があったのか、ヨハネだけはこの地形の意味を重視したようで、本日の福音には「山に登り」、「山に退かれた」という言葉が、この奇跡の前後に読まれます。二度も登場するこの「山」には定冠詞が付いていますから、どこか特定の山を指しています。ヨハネはこの「山」という言葉で、旧約のシナイ山に対比できる、新約時代の始まりを象徴する新しい神の山を考えているのかも知れません。その山はシナイ山のように高く聳えて麓の民を見下ろしているような山ではなく、開かれた高台のようになっている、世界中どこにでもあるような平凡な低い山のようです。
④ 主はその山に登って弟子たちと一緒にお座りになり、目をあげて大勢の群衆がご自分の方へ来るのを御覧になります。そしてフィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と話しかけられます。ご自身では既に、これから為そうとすることを知っておられたのですが、主の新しい意図を知らず、ただ目前のことだけに目を向けていた使徒たちは、これ程大勢の群衆に食べさせることの困難さを強調します。この世の人間の力では全てが不可能と思われる絶望的状況の中で、神の救う力が働き、神が驚くべき「しるし」を見せて下さるのです。私たちもそのような絶望的事態に直面する時、この世のことだけに目を向けていないで、すぐに神に心の眼を向け、神に信頼と希望の祈りを捧げましょう。その信頼と希望が揺るがないものに高まるなら、その祈りに応えて、私たちの内に現存しておられる神の力が働いて下さるのではないでしょうか。常日頃絶えず神のお導きに心の眼を向けて生活しておられた主のお姿に見習い、私たちも事ある毎に、いつもすぐ神のお導きとお働きに心の眼を向けるよう心がけましょう。このような習性を身に付け、いつも信仰・希望・愛に生きる人のためには、神も不思議な程よく配慮して下さるからです。
⑤ 本日の第二朗読の出典であるエフェソ書は6章から構成されていますが、初めの3章に祈りや多少教義的な教えが記された後、本日の朗読箇所であるこの4章の始めからは、神の民・光の子としての生活に関する勧めが続いています。その真っ先に強調されているのが、神からの招きにふさわしく歩むこと、すなわち神の霊による一致を保つように努めることです。本日の朗読箇所には「高ぶることなく、柔和で寛容な心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、平和の絆で結ばれて」などと勧められていますが、それらを自分の人間的な自然の力に頼って実践しようとしても、次々と弱さや不備が露出して来て、なかなか思うようには行きません。人間関係となると、私たち生身の人間の心には、無意識の内に、各人のこれまでの体験に基づいて築き上げて来た自然的価値観に頼って隣人を評価してしまう動きが強く働くようです。そのため、お互いに善意はあっても、心と心とはそう簡単には一致できないことが多いようです。そこで聖書は、各人のその個性的な価値観をもっと大きく広げさせるために、「すべてのものの父である神」に心の眼を向けさせ、「神から招かれているのですから、その招きにふさわしく」神の愛の霊によって生かされるよう勧めているのだと思います。私たち人間相互の本当の一致は、各人が神の力によって内面から生かされることにより、神において実現するよう創られているのではないでしょうか。神においては、霊も主も信仰も洗礼も皆一つになっており、私たちもひたすらその神に心の眼を向け、神の霊に生かされて生きようと努める時、各人は個性の違いを超えて皆一つの新しいからだ、新しい共同体、新しい被造物に成長するのではないでしょうか。私たちは皆そのような被造物になるよう、神から招かれているのだと思います。ミサ聖祭中に皆一つのパンから主のご聖体を拝領する時、神からのこの招きを心に銘記しつつ、そのために必要な心の照らしと恵みを願い求めましょう。
⑥ 話は少し違いますが、毎年この七月下旬と八月には、三ケ日でも館山寺でも、その他この近くの町々でも数多くの花火が上げられ、この修道院でも湖上に上げられる豪華な花火を観ることができます。花火には、心のストレスを発散させてくれる開放的で陽気な明るさがある反面、忽ちに消えてしまう儚さ・哀しさ・寂しさといった裏側の情感も込められていると思います。ある意味で、それは私たちのこの世の人生の縮図でもあると思います。広大な全宇宙の流れの中で、この世の何億、何十億という人間の人生をあの世の側から眺めるなら、各人の人生は花火のようなものではないでしょうか。瞬間に輝き、すぐ消えてしまう刹那の美しさにだけ目を楽しませるだけではなく、それを観賞しながら、同時にこの世の栄華の儚さを心に刻み込んだり、自分の人生の歩みについて回顧したり致しましょう。人間が技術を磨いて打ち上げている花火は、ほとんど失敗せずにさまざまな美しい花を大空に開かせますが、非常に多くの人の現実の人生は、あの世の側から眺めるならば、決して美しい花を咲かせたとは言えないのではないでしょうか。私たちの人生はどうでしょうか。折角神から恵まれた「一つの人生」という賜物です。急がなくて結構ですから、心の底から大きく燃焼し切って、神とあの世の人たちに喜ばれるような花を咲かせ、潔く散って行きましょう。その恵みを祈り求めつつ、本日のミサ聖祭を献げたいと思います。

2009年7月19日日曜日

説教集B年: 2006年7月23日、年間第16主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. エレミヤ 23: 1~6.     Ⅱ. エフェソ 2: 13~18.  
  Ⅲ. マルコ福音 6: 30~34.


① 毎年の復活節第四主日には、年毎に朗読箇所は多少違いますが、いつもヨハネ福音書10章の羊飼いの譬え話の中から福音が読まれますので、「善い牧者の主日」と呼ばれることがありますが、典礼B年の年間第16主日も、その集会祈願や聖書朗読から、第二の「善い牧者の主日」と称してもよいと思います。本日の第一朗読には、「牧場」という言葉が2回、「羊の群れ」あるいは単に「群れ」という言葉が5回も登場していますが、旧約聖書には他にも、神の民を「羊の群れ」と呼び、その民の居住地を「牧場」と呼んでいる例は幾つもあります。私たちが朝の祈りの時などに愛唱している詩篇の100番にも「私たちは神の民、その牧場の羊」という言葉があります。この頃の私はこういう祈りに接すると、私たちの住んでいるこの地球は、神が大きな愛をもって創造し、住み易いように整備して下さっている美しい牧場ではないのかと考え始め、神に対する感謝の念を新たにしています。この広大な宇宙には、私たちの想像を絶するほど多くの恒星、すなわち太陽のように光り輝く星が散在していますが、そのような灼熱で燃えている星には、生物は存在できません。そこで半世紀ほど前から、そういう恒星の周りを、ちょうど地球が太陽の周りを回るようにして周期的に巡っている、灼熱していない惑星を発見する研究が進められています。ほんの少しでも周期的によたよた揺れ動く恒星の近くには、発光していない巨大な惑星があるのではないかという考えから、高度の綿密な観測が続けられたのですが、そういう惑星は光っていないのですから、長い間なかなか発見できずにいました。
② ところが近年、50光年ほど離れた恒星が周期的に揺れることから、その側に巨大な惑星が巡っていることが発見され、その後次々とそのような惑星付き恒星が90も発見されるに至りました。これは3年ほど前の話ですから、今はもっと多く発見されているかも知れません。しかし、そのいずれもが私たちの太陽系惑星とは大きく異なっていて、巨大惑星は灼熱する恒星にあまりにも近くて高温で燃えているか、あるいは細長い楕円軌道を描いて回っており、こんな細長い楕円軌道では惑星の表面温度が極度に暑くなったり、極度に冷たくなったりするので、とても生物が住める環境にはならないのだそうです。そこには水も空気も奪われ、失われていると思われます。そこで、シュミレーションを作っていろいろと実験を重ねてみると、惑星付き恒星は、そのような形で自分の周囲を巡る惑星を持つのが普通で、太陽系のように、巨大惑星である木星が、太陽から程よく離れた位置で円軌道に近い回り方をしているために、地球も水や空気をバランスよく保持しつつ、程よい位置で円軌道に近い回り方をしているのは、非常に存在確率の小さい、全く例外中の例外といってよい幸運なのだそうです。
③ もし素材となるガス体の量が多くて、二つ乃至それ以上の巨大惑星が造られるとすると、全て楕円軌道を公転するのだそうですが、太陽系の場合にはそうならずに、一つの巨大惑星である木星が太陽から程よく離れた位置で円軌道に近い回り方をしていること自体も、真に珍しい現象なのだそうです。そう考えると、神はこの太陽系のために、特別に配慮して下さったのではないでしょうか。将来地球以外のこの太陽系のどこかで、例えば木星の衛星エウロパの、数十メートルの厚い氷の下の暗い海の中に、微生物やそれを餌とする深海魚のような生物が発見されるかも知れません。しかしその生活環境は、地球の深海とも比較できない程劣悪で、厳しいものだと思われます。それを思うと、「水の惑星」と言われるこの地球は、神が特別に目をかけてお創りになった「神の民、人類の牧場」であると思います。これは単に私個人の見解ではなく、1990年代の中頃から世界の一流科学者たちの間でも新たに言い交わされている話でもあります。地球をこのように生物の住み良い星にお創りになった神の格別の愛に感謝しつつ、本日の感謝の祭儀を献げましょう。
④ 本日の第二朗読には、「実に、キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律づくめの律法を廃棄されました」と邦訳されている言葉が読まれますが、ここで「二つのもの」とあるのは、その直前の11節と12節に述べられている文脈からすると、律法を持つ旧約の神の民イスラエルと、律法を知らない異邦人たちを指しています。ところで、主が山上の説教の中で「私が律法や預言者を廃するために来た、思ってはならない。廃するためではなく、成就するために来たのである」(マタイ 5: 17) と話しておられるお言葉を考慮すると、旧約の神の民に授けられた律法、そして今もユダヤ人たちが真面目に遵守している律法は、始めから無用の長物だったのだ、などと考えてはなりません。福音の恵みを深く悟り、神の求めておられる実を豊かに結ぶためには、自分に死んで神中心に生きさせようとする厳しい律法の世界を通る必要があると思います。律法の遵守は、いわば野放しの荒地を開墾する作業のようなものだと思います。旧約の神の民は、幾度も神に背き預言者たちに叱責されながらも、とにかく曲がりなりにも新しい神の恵みの種が成長し実を結ぶための耕地を準備して来ました。そしてユダヤ人たちは、今も熱心にその開墾に励んでいます。
⑤ しかし、旧約の神の民は自分たちの耕した畑に育って大きくなった神の生命の木メシアを、その畑地の外に捨ててしまったために、エルサレム神殿の滅亡という恐ろしい天罰を受けました。でも、神の民の一部は、その古い畑地から捨てられ、神によって復活させられた新しい生命の木につながれた枝となって、立派に実を豊かに結んでいます。神への従順に生きるその新しい神の民の言葉に従って、その生命の木に接木された異邦人たちも、同様に豊かな実を結ぶようになりました。しかし、この実りの豊かさの基礎には、常に己に死んで主と共に自分の心の畑を掘り起こし耕すという苦労のあったことを、見逃してはなりません。福音は、律法の厳しさを内的に自分の心の中に取り入れることによって、豊かな実を結ぶのだと思います。
⑥ では、本日の第二朗読に読まれる「敵意という隔ての壁を取り壊し」「律法を廃棄された」という言葉は、どういう意味でしょうか。私はこのことを考える時、よくイソップ物語の北風と暖かい春の太陽の話を心に思い浮かべます。自分中心という生き方を脱ぎ捨てさせ、神中心に神の子、神の僕・婢のようにして生きさせるために、律法は冷たい北風を吹かせることが多かったのではないでしょうか。それに比べると、律法を成就するためにお出でになった神の御子は、まず御自ら神中心に生きる模範を世に示し、全ての掟を「私が愛したように愛せよ」という愛の掟一つに統合することにより、対神愛と隣人愛を一つの愛にして下さっただけではなく、春の太陽のような温かさの内に、旧約の神の民にも異邦人たちにも、人間中心という生き方を脱ぎ捨てさせ、神の御子の命に生かされて生きる道をお開きになったのではないでしょうか。「このキリストによって私たち両方の者たちは、一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです」という第二朗読の言葉は、このことを指していると思います。すなわち旧約の神の民ユダヤ人も異邦人も、ただ自分中心の生き方に死んで復活の主キリストの命に結ばれ生かされることにより、神の愛の霊に生かされる一つの新しい共同体、新しい被造物になり、天の御父に受け入れられる存在になるのだと思います。
⑦ 本日の福音は、パンも袋も金も持たずに数日間宣教して来た使徒たちの報告を聞いた後、主が「人里離れた所へ行って、暫く休むがよい」と答えて、彼らと一緒に舟で人里離れた所へと向かわれたことから始まっていますが、農閑期で農夫たちに仕事がなかった時だったのでしょうか、使徒たちの宣教に感激して後を追って来た群衆は、舟の行方を見定めつつ、湖畔を駆け巡って先に対岸に到着したようです。羊飼いが何かの事情でいなくなり、荒れ野に残された羊の群れは、野獣など危険から守ってくれる新しい牧者を見つけると、そこに一斉に群がって来るようですが、主もこの時の大勢の群衆の素早い動きを御覧になって、飼い主のいなくなった羊の群れのように思われたのではないでしょうか。本日の福音には、主が彼らを「深く憐れみ、いろいろと教え始められた」とあります。ここで使われているギリシャ語の「スプランクニゾマイ(深く憐れむ)」という動詞は、共観福音書には12回登場していますが、いずれの場合も、神または主イエスが憐れむような時にだけ使われていて、対等な人間同士の単なる同情とは違っています。譬え話の中でも、戻って来た放蕩息子を抱く父親などに使われています。主も、群衆に対する神の深い憐れみの御心に動かされて最初の予定を変更なされ、彼らに教えを説き、後でパンの奇跡もなさいました。
⑧ 今日は日曜日ですので、ここで少し「安息日」ということについて考えてみましょう。旧約の神の民にとり週単位の安息日は、いわば時間における「神との契約のしるし」とされて、重視されていたのは真に結構なのですが、旧約末期のユダヤ人たちは安息日の外的規則を強調して、その日には一切の労働ばかりでなく、労働に準ずると思われる行為までもしないように努めていました。「安息日にしてはいけない」というマイナス面の規則厳守にだけ囚われていたようです。主はこれに対して、いわば新約時代のための新しい安息日遵守の仕方を身を持ってお示しになり、そのため幾度もファリサイ派ユダヤ人たちと対立したり論争したりなさいました。主は安息日を神に献げられている日として大切になさり、その日には肉体労働などはなさいませんが、しかし、人を救う必要性に出遭ったり、あるいは苦しんでいる人に神の大らかな愛の御心を示す必要が生じたような時には、「深く憐れむ」神の御心に内面から動かされるようにして、すぐにその人を癒したり助けてあげたりしておられました。これが、主の安息日遵守の仕方であったと思います。それは主にとって、この世の生活のために働く日ではなく、神に特別に心を向けて共に過ごす日、神に感謝する日、神の栄光のため積極的に祈りか何かの愛の業を喜んで為す日だったのではないでしょうか。主がその安息日の翌日、すなわち週の初めの日に復活なされ、週の初めの日に弟子たちの上に聖霊を豊かに送って新しい神の民を誕生させてから、新約の神の民にとり、安息日は日曜日に変更されたと考えられます。私たちは主キリストの仕方で、積極的に神と共に過ごす日、積極的に何かの善業をなす日として毎週の日曜日を過ごしているでしょうか。日曜日が時間における「神との新しい契約のしるし」であることを心に銘記しつつ、そのプラス面での積極的遵守に心がけましょう。そのための照らしと恵みを願い求めつつ、本日のミサ聖祭をお献げしたいと思います。