2013年1月6日日曜日

説教集C年:2010年主の公現(三ケ日)


朗読聖書: . イザヤ 60: 1~6. 
         Ⅱ.  エフェソ 3: 2, 3b, 5~6.
      . マタイ福音 2: 1~12.

    「公現」とは、読んで字の通り「公に現れる」あるいは「公に現わす」ことを意味していますが、「主の公現」という場合には、本日の福音に読まれるように、東方の占星術の博士たちがエルサレムに来て、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこに」と訊ねたり、「私たちは東方でその方の星を見たので拝みに来ました」などと話したりして、これを聞いたヘロデ王やエルサレムの人々を不安にさせたという出来事を通して、それまでベトレヘムのごく一部の人たちにしか知られずにいた神から約束されていた救い主の誕生を、エルサレムに住む多くの人々にも知らせたことを示しています。

    またこの出来事と合わせて、ナザレトでの私生活中は、単なる貧しい民間人、労働者と思われていた救い主が、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから受洗したら、天から「これはわが愛する子」という声が聞こえて、神ご自身が主をメシアとして公に宣言なさった出来事や、主がその後カナで結婚の祝いに参加なさって、大量の水を葡萄酒に変える奇跡を行い、ご自身が全能の救い主であることを初めて実証なさった出来事も「主の公現」と呼ばれて記念されています。

    さて本日の福音に戻りますが、ヘロデ大王は前述した東方の博士たちの言葉を聞いてなぜ不安になり、エルサレムの人々も皆同様に不安になったのでしょうか。ヘロデはユダヤ人ではなく、エサウの子孫とされるエドゥマイヤ人の出身で、ローマの将軍アントニウスがBC42年にオリエント諸国を征服し、ユダヤをローマ軍に降伏して従順であった大祭司ヒルカノス2世に支配させた時、アントニウスに巧みに取り入って、ヒルカノス2世の支配をエドゥマイヤ人の一族を挙げて擁護する命令を受けた人間です。しかし、ローマ軍がいなくなると、ローマに恨みを持つユダヤ人たちが、東方の強力なパルツィア人たちと組んで、大祭司を騙してエルサレムの外へ誘い出し、捕えてバビロンに連行してしまいました。そして別の大祭司を選び、エルサレムを奪い取る動きを始めました。それで少数の兵と共に神殿の留守を担当していたヘロデは夜に急いでエルサレムから逃げ、大祭司の娘と孫娘、並びに自分の一族郎党たちをエルサレムの南66キロの死海を見下ろす山の要塞マサダに滞在させて、自分はローマに行って二人の将軍アントニウスとオクタヴィアヌス(後のアウグストゥス皇帝)に会って、支援を願いました。二人は若いヘロデのこの積極性を高く評価し、元老院に紹介してヘロデをユダヤの国王に任命してもらいました。ローマ軍の援助を受けたヘロデはパルツィア軍や反乱軍を次々と撃ち破ってエルサレムを取り戻し、BC37年に王位に就きましたが、耳を切られてバビロンに連れて行かれた大祭司をエルサレムに迎えて優遇し、大祭司の孫娘を王妃に迎えて、自分の子孫の血筋を高めることにも努めていました。しかし、かつて自分と戦ったユダヤ人反乱軍の徒党はほとんど皆粛正され、定員70名の衆議所の議員の内45名も死刑にされたので、ユダヤ人の間にはヘロデ王に恨みを持っている人が少なくありませんでした。

    BC30年にアントニウスに勝ったオクタヴィアヌスが初代皇帝の位に就き、シルクロード貿易を積極的に支援して商工業を発展させる平和外交を盛んにすると、由緒ある神殿の建つエルサレムにも国際貿易商が押し寄せるようになりましたが、その人たちを優遇して間接税で大儲けをするようになったヘロデ王は、多くのユダヤ人の支持を得るためか、BC20年からエルサレム神殿をもっと大きく美しく改築する工事に着手しました。ギリシャから招聘した建築士ニカノールに活躍させ、大量の美しい大理石も買い集めました。神殿の周囲にあったソロモン王のハーレムの跡地は整理されて、異邦人もそこで祈ることのできる広々とした神殿の外庭になり、その周囲に「ソロモンの回廊」と言われた大理石の四列の大柱廊をめぐらせました。中央と左右の三つの門からなる「美しの門」と言われた神殿の東に新築された正門は、多くの異邦人の讃嘆の的でもありました。その東にあったエルサレムの城門は、当時の人々によって東から来られるメシアが入城する門と信じられていたようです。それでヘロデ王は「黄金の門」とも呼ばれたこの総門の上に、ローマのシンボルであった鷲の紋章を掲げさせ、これだけはユダヤ人たちから反対されても譲りませんでした。当時の人々によってローマをユダヤから独立させると信じられていたメシアが現れても、自分はローマと結託して決してその王権を譲らないという意志表示でした。

    その疑い深いヘロデ王の晩年に、国際的に高く評価されていた東方の占星術の博士たちが、「お生まれになったユダヤ人の王はどこにおられますか」「東方でその方の星を見たので拝みに来たのです」と言ったので、王は不安になりました。そしてエルサレムの人々も皆不安になったというのは、残酷なヘロデ王がまた新たに多くのユダヤ人を殺すのではないか、と怖れたからだと思います。祭司長たちや律法学者たちからベトレヘムに生まれることになっていると聞き、占星術の博士たちから星の現れた時期を聞くことのできたヘロデ王は、ひと安心したと思います。メシアがまだ幼いうちに殺してしまおう、考えたでしょうから。「その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。私も拝みに行こう」と言って快く博士たちを送り出したのですが、その博士たちに密かに密偵を伴わせる慎重さには欠けていました。しかし、後で神が博士たちの夢に介入し、彼らを別の道を通って東方に帰してしまわれると、ヘロデ王は怒って、ベトレヘムとその周辺の男の幼子たちを皆殺しにするという、残忍なことをさせています。しかし、神の御子を殺すことはできませんでした。

    自由主義・民主主義・人間中心主義の空気を吸いながら生まれ育った現代人たちの中にも、ヘロデのような精神の人間や、2千年前のユダヤ教祭司長や律法学者たちのような生き方をしている人たちは無数にいると思います。現代の抑圧されている人たち、小さい人・貧しい人たちの中で隠れて現存しておられる主キリストは、そういう自分中心・わが党中心の生き方をしているこの世の有力者たちによって、日々人知れず様々なしわ寄せを受けているのではないでしょうか。現代社会の表向きの華々しい発展や黒潮のように力強い流れだけに目を向けることなく、深い海の底の栄養豊かな深層水の静かなゆっくりとした流れにも、心の眼を向けるよう心がけましょう。主はその深層水のようにして、人知れず静かに私たちの生活に、また現代社会の流れに伴っておられると信じます。….

 

 

今宵降誕祭の記念ミサを捧げている私たちの目の前に、救い主は幼子の姿でお生まれになることはありませんが、しかし、内的には私たち各人の心の内に密かにそっとお出で下さり、もし私たち各人が心を開いてその救い主をお迎えするならば、私たちの心の願いをしっかりと受け止め、その達成のために尽力して下さると信じます。既に復活してあの世のおられる主キリストの、私たち各人の心の中でのこの隠れた誕生、隠れた来臨に対する信仰を新たにしながら、このミサ聖祭を献げましょう。