2013年3月28日木曜日

説教集C年:2010聖木曜日(三ケ日)

朗読聖書: . 出エジプト 12: 1~8, 11~14. . コリント前 11:  23~26. 
. ヨハネ福音 13: 1~15.

    本日の福音には、主がいよいよこの世から天の御父の許へ移るご自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを極限まで愛し抜かれたとあります。それは激しく燃え上がる人間的情熱的な愛で愛されたのではなく、むしろご自分を徹底的に与え尽くすという静かな深い神の愛で、大らかに極限まで愛されたのだと思います。おそらくこの時の主のお顔もお姿も、優しく穏やかな愛の威厳に美しく輝いていたことでしょう。主はこの最後の晩餐の中で、ご自身のお体も御血もパンとぶどう酒に込めて弟子たちに与え、彼らに食べさせ飲ませることによって、ご自身の御命も精神も霊的に完全に彼ら一人一人に与え尽くし、主があの世に移った後にもこの儀式を続けるようにとお命じになりました。復活後のご昇天の時には、「私は世の終わりまであなた方と共にいる」とおっしゃって、今もミサ聖祭の中で聖別されるパンとぶどう酒の秘跡により、私たち全人類に伴っておられることを宣言しておられます。神の愛はこのようにして、ご自身の持っているものを余す所なく相手に与え尽くし、相手を苦しめている人生の重荷も共に引き受け担おうとする、実践的奉仕の内にあるのではないでしょうか。そのためには、主がこれまで衣のように身にまとっておられた師匠や指導者としての外的姿も脱ぎ捨て、奴隷の姿になって奉仕することも厭わないのが、神の愛だと思います。

    主は弟子たちの足を洗うことにより、各人の心の奥に巣くう自分中心の罪の穢れ、少しでも他人の上に立とうとする自己顕示の欲などを、ご自身の受難死という水で洗い清めようとなされたのだと思いますが、ペトロの所に来ると、目に見える側面にだけ囚われていたペトロは恐縮し、「私の足など決して洗わないで下さい」と言いました。主はこれに対して、「私のしていることは、後で分かるようになる」と答え、「もし私があなたを洗わないなら、あなたは私と何のかかわりもないことになる」と、神秘的なお言葉を話されました。驚いたペトロは、「主よ、足だけではなく、手も頭も」と願いましたが、主は「足だけ洗えば、既に全身清い」とおっしゃったようです。他人の足を洗うという行為は、自分に死んで相手に奉仕する精神の表現であると思います。主は弟子たちの間に、そして新しい神の民の内に、自分に死んで相互に奉仕し合う、このような温かい愛の精神を広めるために、弟子たちの足を洗うという模範をお示しになったのではないでしょうか。

    洗礼者ヨハネがまだ洗礼を授けていた頃、主も別の所で多くの人に洗礼を授けていましたから、主の弟子たちはその時に受洗したと思いますが、しかし、洗礼を受けた後にも自分中心の精神で考えたり行動したりしていると、心の奥に蓄積されるその「古いアダム」の罪の穢れは、足の裏まで汚すと思われます。肉体的にも、足の裏は心の動きと深く関連しているようで、心にストレスが溜まると、足の裏にも汗が放出され、そこに黴菌 (かびきん) がたかって臭いを出すようにもなると聞きます。弟子たちが互いに相手の欠点や罪科を自分の自己犠牲や忍苦の水によって洗い流し、日々自分に死んで相手に奉仕する神の愛の実践により、一層深くキリストの与える新しい命に根ざして生きるように、そして神の奉仕的愛の実を豊かに結ぶようにというのが、弟子たちの足を洗った時の主の切願だったのかも知れません。

    しかし、後でご自身を裏切ろうとしていたユダの足も洗われた主は、「みんなが清いわけではない」という悲しいお言葉も漏()らされました。主の財布を預かって、主と弟子たちの生活のため世間に出て買い物をすることの多かったユダは、次第に世間の現世主義に心の中まで汚染されて来ていたようです。主が幾度もご自身の受難死について予告したり、律法学者・ファリサイ派と神殿の大祭司たちとが、主を捕らえて殺そうとしている動きを幾度も見聞きしたりしているうちに、ユダは心の中で、ユダヤでの神の国建設の夢は絶望的と考えたのではないでしょうか。もしも主がユダヤ教の指導者たちに捕らえられ処刑されるなら、主に積極的に協力した弟子たちも罪を着せられて探索され、処刑されるに到るであろう。ユダヤ教指導者たちからの責めを逃れたいなら、主のすぐおそばにいる弟子としての地位を逆に利用し、主を捕らえようと躍起になっている彼らに情報を知らせ、主の逮捕に協力するのが良いだろう。どうせ神の国の実現は絶望的になったのだから、などとユダは考え、密かに大祭司側の人々と関係を深めていたのではないでしょうか。

    主は、ユダの心や行動のそのような動きを全て察知しておられたと思います。しかし、そのユダにも極みまでご自身を与え尽くす愛を示していれば、裏切った後のユダの心にも、きっと後悔の念が起こる時が来るであろう。その時でも遅くない。もし主を否認した後のペトロのように、大いに泣いて悔い改めるならば赦してあげようという、最大限の大らかな愛をもって、主はユダの足を洗ったのではないでしょうか。主が最後の晩餐の席で、ユダにパンを甘酸っぱい汁に浸してお与えになった行為は、当時のユダヤ人の慣習では格別の愛のしるしとされていたそうです。他の弟子たちの多くは、主がユダにそのような特別の愛のしるしを示されたので、主が彼に「しようと思っていることを、今すぐしなさい」と命じられた時にも、ユダが裏切ろうしていたことは全く知らずにいたと思います。主の絶大な愛が、ユダをも含めその場にいた全ての人を覆い包んで、その仕合わせを天の御父に願い求めていたのですから。主は今宵、ここに集まっている私たちをも同じ絶大な愛をもって覆い包み、私たちの真の仕合わせのために、ご自身の全てを与え尽くして、天の御父に祈っていて下さるのではないでしょうか。私たちも、その主の愛とご期待に応えて、互いに罪科を赦し合い、互いの重荷を共に担い合って、主の奉仕的愛に生きる決心を新たに主に献げ、主と共に天の御父に、これまでの怠りの罪の赦しと助けの恵みとを願い求めましょう。そして家族愛も地域共同体の愛も感じられなくなり、各個人がてんでばらばらに生きているような、今の世の自由主義能力主義社会に生きがいを見出せずにいる無数の孤独な人たちのためにも神の愛の照らしと導きを祈り求め、一人でも多くの人が神の愛に包まれて生きる心の喜びを見出すに到るよう、まずは自分の日常生活の中で、御聖体の主と一致して全ての人、特に自分と対立し勝ちな人に対して、温かい思いやりの精神を実践的に体現し、表明するよう心掛けましょう。

2013年3月17日日曜日

説教集C年:2010四旬節第5主日(三ケ日)



朗読聖書: . イザヤ 43: 16~21.  . フィリピ 3: 8~14. 
     Ⅲ. ヨハネ福音 8: 1~11.

    本日の第一朗読の中に読まれる、「見よ、私は新しいことを行う」「私はこの民を私のために造った。彼らは、私の栄誉を語らねばならない」という言葉は、大切だと思います。太祖アブラハムの時以来、神の声に従って歩むよう召された神の民は、その歴史的歩みや体験を通して、他の諸国民に神による力強い救いの業を示すと共に、神に感謝と讃美を献げつつ、諸国民をも真の神信仰と神による祝福へと、招き入れる道を準備する使命を、神から与えられていたのではないでしょうか。神は、ご自身の救いの業を証しするために造られたそのイスラエルの民の中で新しい救いの御業を為そうとしておられるのです。ですから今は、遠い「昔のことを思いめぐらさず」に、これから訪れる出来事や目前の現実の中に神の愛の働きを識別して、それを語り伝えるようにと、預言者イザヤを介してお勧めになったのだと思います。その同じ神は現代に生きる私たち神の子らにも、同様に呼びかけておられるのではないでしょうか。私たちも、ただ現代の世の流れのままに受動的に生活するのではなく、小さいながらも神の僕・神の婢として、目前の現実の中に積極的に神の招きの御声を聞き分けつつ、神の愛を世に証しするよう心掛けましょう。神は私たちをも使って、新しい救いの業を為そうとしておられるのですから。

    本日の第二朗読では、使徒パウロが「私はキリストの故に全てを失いましたが、それらを塵あくたと見做しています」と語っていますが、この言葉も大切だと思います。有名なラビ・ガマリエルの恐らく最も優秀で熱心な弟子であったと思われる彼は、主キリストの使徒に転向したためにユダヤ教の指導層から敵視され、ユダヤ人・ファリサイ派律法学者としてのその誇りの全てを失い、一部の過激なユダヤ人たちから命をつけ狙われる人生を営んでいます。しかし、彼はその全てのこの世的失敗と損失を、主キリストと一致して多くの人の救いのために神に献げ、喜んでその不安と苦しみに耐えていたと思います。本日の朗読個所で「私は、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかってその死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです」とも述べています。私たちもその模範に倣い、日々自分の受ける損失・生活の煩わしさ・病苦・誤解等々を、主キリストのお苦しみに合わせて、一人でも多くの人の救いのため喜んで耐え忍び、神にお献げするよう心掛けましょう。

    本日の福音に登場する律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通で捕えられた女を自分たちで裁こうとせずに、主の御前に連れて来て「こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。あなたはどうお考えになりますか」と尋ねたのは、福音にもあるように、主を試して訴える口実を得るためであったと思います。以前にも部分的に話したかと思いますが、ローマ皇帝アウグストゥスが紀元14年に死ぬと、次の皇帝ティベリウスは極度に大きく多様化している皇帝政治に嫌気がさし、親衛隊長セヤーヌスに政治を委ねて、自分は10年余りナポリ郊外の静かな美しいカプリ島に引っ込み、悠々自適の生活を営みました。皇帝アウグストゥスの政策で当時のローマ帝国は平和と豊かさを満喫していましたので、それでも別に問題は生じませんでしたが、ただこのセヤーヌスはローマ人と価値観の全く違うユダヤ人が大嫌いで、紀元6年からユダヤを統治しているそれまでの総督の寛容な施政方針を改めさせ、紀元15年にValerius Gratusを、10年後の26年からはPontius Piratusをユダヤ総督に任命し、ユダヤ社会もユダヤ人もローマの考えに徹底的に従わせるため、わざと厳しい命令を発してユダヤ人の権限を大きく縮小させました。それで紀元5年から大祭司であったハンナスは、15年にその終身職から追放され、その五人の息子が次々と大祭司になりましたが、彼らも次々と追放され、遂に18年にハンナスの娘婿カイヤファスが大祭司に選ばれると、セヤーヌスが漸く何とか我慢してくれました。しかし、当時のユダヤ教では大祭司は終身職とされていましたから、表ではカイヤファスが、裏ではアンナスが大祭司という、大祭司が二人もいる異常事態になり、その間はローマ総督の裁判によるのでなければ、ユダヤ人の裁判で人を死刑にすることは禁止されていました。

    この状態は紀元30年以降にセヤーヌスが失脚し、ティベリウス皇帝が再びローマに戻るまで続きました。それで主キリストを死刑にするためにも、ユダヤ人たちは総督ピラトゥスに訴えなければならなかったのでした。しかし、主が30年の春に受難死を遂げ、ティベリウス皇帝がローマに戻ると、この状態は間もなく解消され、総督ピラトゥスはガリラヤのヘロデ王やユダヤ教の支配層とも仲良くするようになり、聖ステファノの殉教の時には、ユダヤ人の最高法院が死刑を宣告して処刑させることが出来ました。本日の福音にある事件は、セヤーヌスがまだ政治を担当していた時でしたので、ユダヤ人はいくらモーセの律法だからと言っても姦通女を石殺しにすると、ローマの規定に従わない者として総督に訴えられることになります。しかし、姦通の女を勝手に赦すなら、モーセの掟を破る者としてユダヤ人の最高法院に訴える口実を与え兼ねません。律法学者たちはこういう両天秤にかけて、主を訴える口実を得ようとしたのだと思います。しかし、主は彼らのその企みを、黙々と指で地面に字を書き時間を稼ぐことによって、巧みに回避なさいました。彼らがしっこく問い続けると、「あなた達の中で罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさい」と答え、また身をかがめて字を書き続けられました。これはモーセの律法に反していません。その内に訴えようとしていた人たちは、一人また一人と皆立ち去ってしまいました。最後に主は、「私もあなたを罪に定めない」と言って、女を帰しました。こうして主を訴える口実を得ようとしていた人たちの試みは、完全に失敗してしまいました。私たちも神と人への愛と忍耐をもって、時間をかけ賢明に対処するなら、悪の勢力からのどんな誘いにも打ち勝つことができると信じます。主のこのような模範を、心に銘記して置きましょう。

2013年3月10日日曜日

説教集C年:2010四旬節第4主日(三ケ日)



朗読聖書:. ヨシュア 5: 9a, 10~12. . コリント後 5: 17~21. . ルカ福音 15: 1~3, 11~32. 

    本日の第一朗読は、神の民がヨルダン川を渡って、約束の地カナンに入った直後の過越祭頃の話です。エリコの町を神の奇跡的助けによって攻め落とす前に、民はまずその近くのギルガルという平野で過越祭を祝いました。マナはなくなったので、民はその土地の産物を食べ始めましたが、この時から過越祭に酵母を入れないいわゆる「種なしパン」を食べるようになった、と聖書にあります。主キリストが制定なされたミサ聖祭の前表と言ってよい、この過越しの食事により神からの力を得ると、民は心から一つ共同体となって結束し、堅固な城壁の町エリコを攻め落とすことができた、と考えることもできます。カナン征服の出発点となったこのギルガルの地は、その後も神の民の歴史に幾度も登場しています。イスラエル人の最初の国王サウルが初めてペリシテ軍との戦いに出陣する時も、まず全軍をギルガルに集め、祈りを捧げてから出発しています。その後の預言者時代にも、ギルガルの地は大切にされていますから、神の民はヨルダン川の西にあるこの小さな平野を、約束の国での神の民の歴史の原点、神よりの助けを受ける所と考えていたかも知れません。

    私たちの日々献げるミサ聖祭にも、主キリストにおいて神の大きな力が込められています。受難死を目前にした最後の晩餐の席上、主が極みまでの愛を込めてお定めになったこの祭式に主が実際に現存しておられることを、幼子のように素直な心で堅く信じましょう。その主と内的に一致する度合いに応じて、私たちも神からの大きな祝福と助けとを、私たち自身の上に、また周辺の社会や人類全体の上に、呼び降すことができます。本日の第二朗読に使徒パウロが説いているように、実際「キリストと結ばれる人は誰でも、新しく創造されたもの」になるのです。第二ヴァチカン公会議の教えによれば、一般の信徒も主キリストの普遍的祭司職に参与し、世の人々を神と和解させ、その罪の赦しと神の義とを得させる使命と力を身に帯びるようになっています。この使命を心に銘記しつつ、ミサ聖祭を捧げましょう。

    しかし、ミサ聖祭は主イエスの受難死に内的に深く一致して献げるのでなければ、、その祭式の実質的功力に参与することも神の大きな祝福を世に齎すこともできません。この祭式を献げる時には、私たちも主イエスと一致して自分の死を先取りし、自分の人生と日々の苦しみの全てを主のいけにえに合わせて神にお献げ致しましょう。その時初めて、私たちは内的に主の祭司職に参与するのであり、神の祝福を世に呼び降すことができるのです。これは、カトリック教会の伝統的教えであります。近年日本では、ミサ聖祭を人と人との外的交わりの場と考える人たちもいるそうですが、私はローマ郊外ネミ修道院で公会議典礼委員会の下働きをしていた時、「感謝の祭儀」という言葉を典礼に導入させたドイツ人のイエズス会典礼学者ユングマン神父と一緒に庭を散歩し、ミサ聖祭について話し合ったこともあり、ミサ聖祭を神への感謝の「いけにえ」と考えることについては、自信をもっています。

    本日の福音には、ギリシャ語のアポッリュ―ミという動詞が3回も登場しています。これは、本来あるべき所から離れて滅びへと転落して行くことを意味している動詞ですが、日本語の訳文では、「死にそうだ」だの、「いなくなっていた」などと言い替えてあります。同じルカ福音書15章の「見失った羊」と「なくした銀貨」の譬え話にもアポッリューミという動詞が5回使われており、そこでも「見失った」とか、「なくした」などと訳し替えてあります。しかし、ギリシャ語の原文では、もっと深い意味を持った動詞のようです。主はこれらの譬え話で、父なる神が、弱さから転落して行くものに対する特別な憐れみの配慮を、またその救いと立ち直りを切に望んでおられることを示す、微妙な意味合いの言葉なのではないでしょうか。

    2千年前のオリエント・地中海諸地方の社会は、多くの点で現代社会を先取りした雛形のような印象を与えます。アウグスト皇帝の政策で促進されたシルクロード貿易の隆盛で都市部の商工業者は急速に豊かになると、農村部の社会は貧困に苦しむようになり、貧富の格差は大きくなりました。すると、若者たちが仕事のある都市部に移る人口移動の流れが盛んになって、農村部の地域共同体の結束も伝統的価値観も通用しなくなり、各地から都市部に出た若者たちが自由気ままに生活し始めて、それまでの社会的伝統が拘束力を失って崩れ始め、特に心の教育が非常に難しくなっていたように思われます。これは数十年前から日本でも、また今の中国やインドなどでも、実際に見られる社会現象であると思います。同じ家に一緒に住んでいても、親子で価値観が大きく違っていたり、兄弟姉妹の間でもそれぞれ違っていたりすることは、2千年前のオリエント諸地方でも、珍しくない現象になりつつあったのではないでしょうか。それが、本日の福音の譬え話にも反映していると思います。

    それ以前の古い時代には考えられなかったことですが、譬え話の中の次男は、父親がまだ生きているのに、死んだら自分が貰うことになるであろう遺産を早く分けてくれるよう要求しています。全てを自分中心に理知的に考え、親も社会も意のままに利用しながら生活しようとする利己主義の塊のような人間は、現代社会にも少なくありませんが、自分の欲を統御する自制心の欠如が問題です。そのような人間をいくら言葉で説得しようとしても無駄です。言葉は、既に利己主義でいっぱいになっている人の心に入ることができず、その心が次々と生み出す理知的理屈を刺激し、反駁されるだけでしょうから。実際の現実の全体像に対して盲目になっているその心を目覚めさせるには、嫌という程の苦い失敗体験が必要なのではないでしょうか。そこで譬え話の中の父親は、次男の要求する財産を分けてやりました。彼はそれを間もなく金に換えて、遠国へと旅立ちました。しかし、欲を制御する力に欠けている人間が大金を持っていると、そこにはあの手この手と巧みに誘惑する者たちが、連日のように寄って来ます。こうして次男は財産を全て浪費し、その上にひどい飢饉も体験して、漸く心がこの世の本当の現実に目覚め、生きるために父の家に戻って、これからは父の雇い人の一人にして頂こうと思って帰って来ます。父親は、息子のこの目覚めの時を切に待ちわびていました。帰って来る次男の姿を見つけると、走りよって首を抱き、接吻しました。「お父さん」と呼びかけて、これからは全面的に父に従い、父に仕える心になっている息子は、父親にとって以前よりも遥かに愛すべきものに思われたことでしょう。聖書の教える改心とは、このように神の愛の懐に立ちかえり、神の心を心として神中心に生き始めること、全身全霊を尽くして神に仕えようとすることを意味していると思います。

    譬え話の後半に登場する長男も、心に問題を持っていました。外的には一度も父親に反抗せずに働いていますが、心の中は利己主義でいっぱいになっていたようです。ですから、日々父親の傍で一緒に生活していても、父親の価値観や温かい思いやりの精神を自分のものにできず、恐らく心を割って親しく話し合うこともせずに、ただ父親の死ぬのを待っているような日々を過ごしていたのではないでしょうか。譬え話の中では、弟のように「お父さん」と親しみを持って呼びかけてはいません。本日の福音では、「私は何年もお父さんに仕えています」と邦訳されていますが、原文では「あなたに仕えています」となっています。弟に対しても兄は冷淡に振る舞い、「弟」とは言わずに、「あなたのあの息子が」などと表現しています。父と一緒に住んでいても、心は父から遠く離れていた証拠でしょう。「私のものは全部お前のものだ」という父親の言葉から察すると、長男が願えば、父は友達と宴会を開くためにも喜んで支出してあげようとしていたのでしょうが、既に心を閉ざしていた長男は、父に頭を下げて願うことはしなかったのではないでしょうか。彼は、弟を罪人として見下げています。彼の理知的な心の中では、一度転んでしまった者は、後で改心しても認められない、いつまでも軽蔑されるべき罪人なのです。

    これが、当時の律法学者・ファリサイ派の考えでもあったのではないでしょうか。彼らの間では、一度徴税人あるいは罪の女となった者は、たとえ改心しても、いつまでもその罪の穢れを背負っている、軽蔑に値する存在に留まると考えられていたように思われます。しかし、父なる神は、冷たい掟中心に生活している九十九人のそのような冷たい義人よりも、温かい神の愛の御心に立ち返り、神の御旨中心に日々神と親しく生きようと改心した、一人の罪人の方をお喜びになる方なのです。長男がその後どのようになったかについて主は黙しておられますが、それは私たち各人に、それぞれ自分なりに一層深く考えさせるためであると思います。単に外的に日々ミサ聖祭に与かり、神の近くで祈っているというのではなく、内的にも神の御心を自分の心として、神と共に生きる温かい人間、神の愛の生きている道具になるよう努めましょう。