2009年5月31日日曜日

説教集B年: 2006年6月4日、聖霊降臨の主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 使徒 2: 1~11.      Ⅱ. ガラテヤ 5: 16~25.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 15: 26~27; 16: 12~15.


① 復活の主日以来50日間続いた復活節は、本日で終わります。皆様も懐かしく思い出されると思いますが、昔は復活の蝋燭は、主の昇天祭日のミサ中、福音の朗読が終わると、主が天に上げられて見えなくなったことを表わすために消されましたが、第二ヴァチカン公会議後の典礼刷新で、復活なされた主のシンボルとして聖霊降臨祭の晩まで50日間祭壇のそばに灯し続けることになりました。それは、復活なされた主が弟子たちの信仰を固めるために40日間にわたって度々ご出現になったことよりも、主の復活の奥義を、旧約の神の民が体験した過越の出来事によって予め示されていた、束縛から解放、死から新しい生への全人類救済の過越として受け止めることからの刷新であったと思います。旧約の神の民は、エジプト脱出の夜から数えて50日目にシナイ山で神を礼拝し、そのシナイ山で神と契約を締結して、神から十戒を授けられたと語り伝えていたようです。それでユダヤ教では過越祭からの50日後を「五旬祭」として大きな祝い日にしていました。それはイスラエル民族が契約の民として発足した、いわば神の民の誕生日でしたから。その民が約束の地に定住して農耕に従事するようになると、ちょうどこの祭日の頃は麦の刈り入れ時でもあったので、それは次第に「刈り入れの祭」、収穫感謝の祭としても大切にされる祝い日になったようです。
② 主イエスが復活なされた年の五旬祭にも、本日の第一朗読にあるように、東はメソポタミアから、西はエジプト、リビアなど、あるいは北西のカパドキア、ポントス、アジア州、ローマなどから大勢のユダヤ人たちがエルサレムに来ていたようです。主のご昇天の時のお言葉に従って、主の弟子たちも聖母マリアをはじめ婦人たちと一緒にエルサレムに留まって、日々心を合わせて熱心に祈っていました。すると突然、激しい風の音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響き渡りました。それはほんの一瞬の出来事ではなく、ちょうど大地震の時のように、ある程度長い時間にわたって続いた現象のようです。というのは、エルサレムに滞在していた世界各地からの大勢の人たちも、その大きな風音や物音に驚いて、続々と弟子たちのいた所に集まって来たからです。その時炎のような舌が現われ、分かれて弟子たちおのおのの上に留まりました。すると一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、いろいろな国の言葉で語り始めました。こうして、神の愛の霊が各人の心の中で働く新しい神の民が誕生し、その日世界各地から来ていた多くの人たちも受洗して、その神の民に加わったのです。
③ 新しい神の民のこの誕生を、旧約の神の民の誕生と比べてみますと、厚い雲に覆われていたシナイ山でも、恐ろしい雷鳴と稲妻が響き渡り、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、麓の宿営にいた民は皆震えたとあります。しかし、モーセはその民を神に会わせるために強いて宿営から連れ出し、山のすぐ前に立たせました。すると神が大きな火に包まれて山に降り、全山は炉の煙のようなものに包まれて激しく震動しました。モーセが神に呼びかけると、神は雷鳴の声でお答えになり、稲妻が光るので、民は恐れて遠くに退き、モーセに「あなたが私たちに語って下さい。私たちは聞きます。神が私たちにお語りにならないようにして下さい。さもないと、私たちは死んでしまいます」などと願っています。このことからも解るように、旧約の神の民は極度の恐れから、遠くに離れて神を崇め、神の言葉に背かないようにしていようと努める生き方を、初めから選び取っていたようです。しかし、神に対する恐れからなるべく遠くに離れて神の掟を守ろうとしていた神の民は、肉の欲に勝てずに掟に背くことが多かったようで、その不完全さに目覚めて神の側に立ち、信仰に生きようとした少数の預言者的精神の持ち主以外は、次第に神から一層遠くに離れる存在に堕ちて行きました。それで神の御独り子は、天の神を私たちに最も身近な父として愛し崇める生き方の模範を生きて見せ、神の愛の霊を天から全人類の上に溢れるほど豊かに注いで、聖霊に生かされて信仰に生きようとする新しい神の民を創始なさったのです。それが、私たちの本日記念し感謝している聖霊降臨祭の奥義だと思います。
④ 聖霊降臨の大祝日と聞くと、聖霊の祝日と思う人もいるでしょうが、本日のミサの集会祈願も奉納祈願も拝領祈願も、聖霊よりは天の御父と主イエスに対する願いとなっており、「聖霊を世界にあまねく注いで下さい」と御父に願ったり、「御子が約束された通り聖霊を注ぎ、信じる民を照らして下さい」と主イエスに願ったりしていますから、教会はこの祝日を伝統的に、三位一体による新しい神の民誕生の祝日としていたように思われます。
⑤ 使徒パウロは本日の第二朗読の中で、「霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことはないでしょう」と述べて、肉の業と神の霊の結ぶ実とについて列挙していますが、神の愛の霊を受けて主キリストの神秘体の細胞にして戴いても、この世に生きている限りはまだ古いアダムの肉をまとっているのですから、主イエスや聖母マリアのように、何よりも神の僕・婢の精神でしっかりとその肉の欲を統御し、十字架につけ、神の愛の霊の器・道具となって生きるよう心がけなければなりません。その時神の霊は私たちの内にのびのびと自由に働き始め、私たちはその霊の導きと自由に参与して、豊かに霊の実を結ぶに至るのではないでしょうか。「霊の導きに従って歩みなさい」という聖書の言葉を重く受け止め、いつも私たちの心の中に留まっていて下さる「聖霊の神殿」となって、生活するよう心がけましょう。
⑥ 本日の福音は、最後の晩餐の席上で語られた主の遺言のような話からの引用ですが、主はその中でも、弟子たちが神の霊の器・道具のようになって生きること、証しすることを勧めておられるように見えます。「言っておきたい事はまだたくさんあるが、今あなた方には理解できない」というお言葉は、数年間主と生活を共にした弟子たちに主についての証をさせようとしても、彼ら自身の能力ではまだ主による救いの業について正しく理解し、正しく証しすることができないことを示していると思われます。しかし、主がお遣わしになる「真理の霊が来ると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる。云々」というお言葉は、聖霊の内的導きに従おうと努めているなら、証し人としての使命を立派に果たすことができることを、保証しているのではないでしょうか。世の終りまで共にいると約束なされた主イエスは、現代の私たちにも聖霊を注いで、各人の信仰体験から証し人としての使命を果たさせようとしておられると思います。しかし、聖霊の器・道具となって霊の導きを正しく受け止め、それに従って行くには、ただ今も申しましたように、まず自分の中の古いアダムの心に死ぬように努め、自分中心のわがままな主体性や欲望をしっかりと統御しなければならないと思います。
⑦ 1962年の秋から四期に分けて4年間続いた第二ヴァチカン公会議の第一期に、進歩派の教父たちが保守派に大勝すると、その直後頃から、公会議をこれまでの教会の伝統を改革して、現代人の好みに適合した教会を創作する会議とでも誤解したのか、自分中心の欲望に死のうとしていない様々の過激な試みが先進諸国の教会内に続出し、司祭職や修道生活から離れて世間に戻った人も少なくありませんでした。私はその人たちの結ぶ実から、霊の識別ということを真剣に考えるようになりました。それで、キリスト教信仰を日本に根付かせるには、西洋のキリスト教伝統に強い父性的性格を弱め、日本文化の伝統に濃い母性的色彩に福音を適合させる必要がある、などという意見を聞いても、慎重に構えて同調しようとはしませんでした。そのような見解の人たちは、まず内的に古い自分に死ぬことから出発していないように見えたからでした。主イエスは「父よ」と祈るように命じておられます。それで生来自分の受け継いでいる肉の心に死んで、主の教えて下さった「父よ」の祈りに深く慣れ親しんでみますと、聖霊の働きによるのか、「父よ」の祈りに少しも違和感を覚えなくなります。まず古い自分に死んで、使徒時代以来の教会の伝統にしっかりと深く根を下ろすなら、聖霊が私たちの心の中にのびのびと働いて下さり、各人の心が受け継いでいる日本文化の伝統も、聖霊が主導権をとってバランスよく福音宣教に生かし、西洋のキリスト教伝統に欠けている側面を補足するよう導いて下さるのではないでしょうか。
⑧ この三ケ日に来るようになってから、これまで以上に鶯やホトトギスの鳴き声、蜜柑の花や秋の虫の鳴き声などに興味を持つようになり、鳶の飛んでいる姿をゆっくりと眺めることも少なくありませんが、いつでしたか珍しくすぐ近くの電柱に止まった鳶が、木の葉も動かずにいるような微かな風に乗って、翼を広げただけで飛び立ち、やがて湖の上の天空に静かに輪を描く姿に感動を覚えたことがあります。鳶は、私たち人間とは比較できないほど鋭敏に風の動きを捉え、日々風の力に支えられて生きているのではないでしょうか。聖霊降臨の祝日に当たり、私たちも聖霊の風の微かな動きや導きにまでも従う恵みを、謙虚に願い求めたいものです。聖霊の働きに従うためには、日ごろから聖霊の働きに対する心のセンスを磨くことも、必要だと思います。人間の考え中心にできなく、何よりも神の御旨中心に、聖母のように神の僕・婢として、また聖霊の神殿として生きる決心を新たにしながら、本日のミサ聖祭を献げましょう。