2016年10月16日日曜日

説教集C2013年:2013年間第29主日(三ケ日で)

第1朗読 出エジプト記 17章8~13節
第2朗読 テモテへの手紙二 3章14~4章2節
福音朗読 ルカによる福音書 18章1~8節

  本日の第一朗読には、「アーロンとフルがモーセの両側に立って、彼の手を支えた」という言葉が読まれますが、これは旧約時代の神の民が神に祈る時、両手を斜め上に高く挙げる姿勢で祈っていたからだと思います。初代のキリスト教会でもそのような姿勢で祈っており、その名残は今でもミサの司式司祭が祈願文を唱える時などに残っています。キリスト教会に両手を合わせて祈る慣習が広まったのは、シルクロード貿易で盛んになった東西文化の交流で、両手を合わせて祈るインドやシャム辺りの慎ましい慣習が導入された、2, 3世紀頃からだと思われます。

  モーセが手を挙げて祈るとイスラエル人が勝ち、疲れて手を下ろし祈りを止めるとアマレク人が勝ったという言葉を、外的短絡的に理解しないよう気をつけましょう。神は祈りを止めると、すぐ援助を止めてしまわれるような方ではありません。モーセが初めに指揮者ヨシュアに「私は神の杖を手に持って、丘の上に立つ」と告げたことを見落としてはなりません。神の杖、これはモーセが数々の偉大な神の業を遂行するために、シナイ山麓で神から与えられた神の力の篭もる道具であり、神が共にいて下さる徴でもありました。この杖を差し上げてエジプト軍を海の底に沈めたモーセは、今はイスラエル人たちを滅ぼし尽くそうとしてやって来た強大なアマレク軍を目前にし、民族存亡の危機を痛感しながらも、この杖を持って丘の上に立ったのです。まともに戦ったら少人数のイスラエル軍に勝ち目はありません。しかしモーセは、全能の神に対する不動の信頼心の内に、丘の上から両軍を見下ろしながら神に祈ったのです。神は、エジプト軍の追跡を受けた時のようにすぐには大きく働いて下さいませんでしたが、しかし日没前には、ヨシュアに決定的勝利を与えて下さいました。神の杖に対するモーセの信仰と信頼、そこに注目しそこから学ぶようにしましょう。実は私たちも、目に見えないながらそのような神の杖を、洗礼によって神から頂戴しているのです。しかしその杖は私たちの心の奥底、霊魂に刻まれていますので、それを取り出して全能の神に働いて戴くには、モーセのように真剣に祈ることや、神現存の信仰に生きることが必要だと思います。

  現代文明は極度の便利さと多様化・個人主義化などによって全ての伝統的共同体を弱体化し、内側から崩壊させつつあるようですが、現代社会のそのような流れの中で生まれ育ち、自由主義教育・能力主義教育を受けて大人になった日本人の中には、全てが極度に多様化しつつある現代のグローバル社会のどこにも、自分の個性や自由を生かす地盤を見出すことができずに、孤独と不安に苦しんでいる人たちが少なくないようです。学校では良い成績を取得していた人であっても、自分の個性を自由に生かして働く場が見出せないと、夜に眠れなくなったり薬物に手を染めたりして深刻に苦悩し、自分の個性を捨てきれずに自死を考える人たちもいるようです。このような精神的マイナス面が露わになっている日本社会に福音を広めるには、宣教者自身が日々感謝と喜びの内に生きているという姿を示す必要があると思います。心に苦悩や絶望を抱えている人の心は、頭に福音の真理を解説する話よりも、実際に神に支えられ神と共に生き生きと生活している人の生活実践を見てみたい、と望んでいるからです。それには、どうしたら良いでしょうか。

  以前に南山大学でも講演してくれた聖心会のSr.鈴木秀子さんは、最近「幸せ癖をつけましょう」と題する京都での講演の中で、旅先で列車に乗り遅れても、その他どんな不運や失敗に出遭っても、それを新しい生き方をしてみせるチャンスと受け止め、マイナスの言葉を口にしないよう勧めています。「日本では言霊と言って言葉には力があるとされています」。従って不安の言葉や脅しの言葉などを口にしていると、「言葉には力がありますから」心は幸せになれません。「幸せは自分の心の中に育てるものです」。命があるという、ごく当たり前のことにも神に感謝し、喧嘩している人と仲直りしたい、家族の人たちに心から感謝したい、「家族がいる、歩ける、食べられる、自分一人でお手洗いに行ける、目がある、手がある」などと、いつも幸せ言葉を口にしていましょう。するとその言葉が神の御心を動かして幸せへの新しい道が開かれて来ます、と私はその講演の趣旨を受け止めました。毎日神様に向かって笑顔で、「有難うございます」「感謝しています」「希望しています」などと個人的に申し上げるのも、一つの幸せ癖だと思います。私は、孤独や不安などに苛まれている現代人の心に神からの希望の光が注がれるよう願いつつ、マイナス言葉を避けて、日に幾度も父なる神にそのように申し上げ、感謝と希望の精神で神と共に喜んで生きるよう心がけています。

  本日の福音の中で、主は「気を落とさずに絶えず祈り」続けることを教えるため、一つの譬え話を語っておられます。出エジプト記22章には、「寡婦や孤児を全て、苦しめてはならない。もしあなたが彼を苦しめ、彼が私に叫ぶなら、私は必ずその叫びを聞き入れる」という、神の厳しい警告の言葉が読まれます。本日の福音に登場する不正な裁判官は神の裁きを恐れず、人を人とも思わないような人だったので、聖書のその言葉は知っていても、寡婦の訴えなどは取り上げようとしなかったのだと思います。察するに、その訴えは古代にも多かった遺産問題のトラブルだったでしょう。遺産を横取りされて貧困に苦しむ寡婦が訴え続け、叫び続けていたのだと思います。初めはそんな複雑な遺産問題などは取り合おうとしなかった裁判官も、遂にその寡婦の執念に負けて、裁判に立ち上がったようですが、神信仰に生きる人も、心の執念と言うこともできる不屈の真剣な信仰の叫びを持ち続けて欲しい、そうすれば神は、夜昼叫び求めて止まない信者の願いをいつまでもほうふっておかれることは無い、というのがこの譬え話の趣旨だと思います。

  必要なものを一言で、あるいはワンタッチで入手できる豊かさと便利さに慣れている現代人には、祈りの中で二、三度申し上げても神に聞き入れられなかった願い事を、いつまでも根気強く願い続けるということは難しいかも知れません。しかし神は、私たちの口先だけの祈り言葉ではなく、もっと苦しんで奥底の心を目覚めさせ、心の底から真剣になって祈るのを待っておられるのではないでしょうか。日々真剣に根気強く祈る人の祈りは、必ず神に聞き入れられます。それが、主がこの譬え話を通して教えておられる真理だと思います。忍耐して根気強く祈り続けても、神は少しも変わらず沈黙しておられるかも知れません。しかし、苦しみながらのその祈りによって、私たちの心はゆっくりと変わり始め、神が待っておられる心の底の霊的土壌の中に根を下ろし始めるのです。

  大正13年に栃木県の足利市に生まれ、平成3年に67歳で亡くなられた優れた書家で詩人の、相田みつをさんの「いのちの根」という詩をご存知でしょうか。「なみだをこらえて かなしみにたえるとき ぐちをいわずに くるしみにたえるとき  いいわけをしないで だまって批判にたえるとき いかりをおさえて じっと屈辱にたえるとき あなたの眼のいろが ふかくなり いのちの根が ふかくなる」という詩であります。私たちがマイナス言葉を口にせず、苦しみや悲しみに耐えて神に眼を向ける時、私たちの心は黙々と深く深く根をおろし、その根が神が待っておられる地下の水脈にまで達すると、全能の神の神秘な力が、私たちの内に働き出すのではないでしょうか。


  しかし主は本日の福音の最後に、人の子が再臨する時、この地上にそのような信仰者を見出すであろうか、というような疑問のお言葉を残しておられます。一年前に始まった信仰年は今年の11月下旬で終わりますが、私たちが神から頂戴した信仰が、神が待っておられる心の底の水脈にまでその根を伸ばしているかどうかを反省し、これからも神の御旨によって与えられる日々の労苦や病苦、思わぬ失敗・誤解・やり直しなどを快く受け止め、苦しみによって心の根を神がおられる心の奥底の水脈にまで伸ばすように心がけましょう。ある聖人は、「苦しみは、神が私たちに恵みを与える第八の秘跡である」と言ったそうですが、この言葉も心に銘記して、日々与えられる数々の苦しみ・失敗等々を積極的に受け止め、喜んで耐え忍び、神にお捧げするよう心がけましょう。

2016年10月9日日曜日

説教集C2013年:2013年間第28主日(三ケ日で)

第1朗読 列王記下 5章14~17節
第2朗読 テモテへの手紙二 2章8~13節
福音朗読 ルカによる福音書 17章11~19節

  私たちのフランシスコ教皇は、信仰年行事の一つとして、今年の1012()から13日にかけての夜、即ち昨夜から今朝にかけてローマ教区で徹夜礼拝を開催し、聖母マリアと共に神に特別に祈りミサ聖祭を捧げることにしています。日本とは8時間の時間差がありますから、今この時間にもローマではその徹夜礼拝が続けられていると思います。教皇庁はこの行事を地球規模で行うために、世界に数ある聖母巡礼地の中から特別に十箇所を厳選し、それらの巡礼地でもこの土曜日から日曜日にかけて、聖母マリアと共に全人類のため同様の徹夜礼拝をなすよう依頼しました。アジアでは涙の聖母像で世界的に有名になり、海外からも数多くの巡礼者が来日した秋田の聖体奉仕会の修道院聖堂が教皇庁から指定され、神言会員の新潟教区長菊地司教が聖座の要請を受諾して、教区民宛の公文書でこの出来事の準備を進め、他教区の聖職者・信徒たちにも参加を呼びかけています。1013日は聖母がファチマで最後に出現なされ、あの壮大な太陽の奇跡を集会に参加していた数多くの人々に体験させた日ですので、ローマをはじめ各巡礼所では、この行事の時にファチマの聖母像も飾られることになっています。イタリアのテレビ局が世界の十大聖母巡礼地を結んでのライブ中継を予定していると聞きましたので、秋田での祈りも世界各地に放映されたかも知れません。秋田ではローマより少し早く昨夜11時に聖体を顕示して、日本語・ベトナム語・韓国語・タガログ語・英語の順でロザリオやその他規定の祈りなどが唱えられ、今朝5時頃に挙行される菊地司教司式のインターナショナル・ミサで締めくられる予定と聞いています。従って日本では既に徹夜礼拝は終わっていますが、ローマをはじめ欧米諸国の聖母巡礼地での祈りに心を合わせて、私たちもこの御ミサの祈りを聖母マリアと共に神に捧げ、数多くの問題を抱えて苦しむ全人類の上に、神の特別の憐れみと助けの恵みを祈り求めましょう。

  公会議後のこれまでの日本教会では、第二ヴァチカン公会議をカトリック教会の伝統を現代世界に適合したものに改革するものと捉え、「典礼改革」をはじめ、事ある毎に「改革」という言葉が持て囃され、プロテスタントの新しい聖書学が宣伝されたりして、聖母崇敬の伝統が著しく軽視された時代がありました。公会議の公文書には「改革」という言葉は一度も使われていません。公会議は古い伝統を新しい時代に生かして刷新することを目指していたからです。これについては公会議を身近に見聞きして来た私が既に多くの所で話したり執筆したりしましたので、ここでは省きます。秋田市添川湯沢台の聖母像が数々のメッセージを修道女笹川カツ子さんに与え、掌の傷から血を流したり、101回にわたって眼から涙を流したりする奇跡をなし、多くの人がその奇跡を目撃し、その血や涙が人間のものであることが大学の医学博士たちによって立証されても、更に当時の新潟教区の伊藤司教がその出来事が聖母マリアからのものであることを公言して聖母崇敬を奨励しても、既に聖母崇敬に批判的になっていたわが国の多くのカトリック者はそれを無視して、「秋田の聖母崇敬はローマに認められていない」等と話し合っていました。この度聖座は、秋田の涙の聖母像が韓国や米国など多くの他国人たちからも崇敬されていることを評価し、他の九聖母巡礼所と共にローマの徹夜礼拝と合わせて聖母崇敬の行事を為すよう特別に依頼することにより、聖座が秋田を聖母巡礼所として公認したことは、喜ばしいことであると存じます。

  本日の第二朗読は、使徒パウロが愛弟子のテモテ司教に宛てた二つ目の手紙からの引用ですが、「この福音のために私は苦しみを受け、遂に犯罪人のように鎖に繋がれています」とある言葉から察しますと、紀元62年頃にローマで番兵一人を付けられ、自費で借りた家に丸二年間住むことを許されていた時の手紙ではなく、ネロ皇帝によるキリスト者迫害により、67年頃に投獄されて殉教を目前にしていた時に書かれた手紙であると思います。従って、この手紙は使徒パウロの遺言のような性格のものだと思います。「神の言葉は繋がれていません。だから、私は選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らも、キリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです」という言葉から察しますと、パウロは一緒に投獄されている人たちや獄吏や牢獄を訪れる人たちにも、最後までキリストによる救いと永遠の栄光を受ける希望とを説いていたのではないでしょうか。ローマ市民に世俗の壮大な遊びと贅沢を提供するため、国家の資金を大規模に投入して止まないネロ皇帝の政治に愛想をつかし、使徒の説くあの世の幸福に耳を傾ける人も少なくなかったと思います。「私たちは、キリストと共に死んだなら、キリストと共に生きるようになる。耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。云々」の言葉は、殉教を目前にしてその牢獄で説いた福音の要約でもあると思われます。

  本日の福音は、主キリストによるハンセン描写たちの癒しについて語っていますが、ナアマンを癒して預言者エリシャと同様、主もここで遠く離れた所から命令を与え、病者がその命令に従って祭司たちの所へ行くという行動をなした時に、癒しておられます。しかし、自分の体が癒されたのを見て、大声を神を賛美しながらまず主の許に戻って、主の足元にひれ伏して感謝したのは、サマリア人一人だけでした。それで主は、「清くされたのは十人ではなかったか。他の九人はどこにいるのか。この外国人の他に、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」とおっしゃいました。他の九人はユダヤ人だったのでしょうか。としますと、神をこの世から遠く離れた天におられる聖なる存在と考え、その神がモーセに啓示なされた律法の厳守を何よりも重視していたファリサイ派の宗教教育を子供の時から受けていたので、まずは癒された自分の体を祭司に見せて、律法に従う嬉しい社会復帰を成し遂げることだけを考え、恩人の主イエスや神に感謝することは二の次とされ、心に思い浮かばなかったのかも知れません。この世の社会的規則や慣例だけを重視して、それらよりも私たちの身近に現存しておられる神の働きに対する感謝を軽視しないよう、今日の私たちも気をつけましょう。規則や慣例よりも、神からの具体的呼びかけや導き・働きなどが大切なのですから。


  主は感謝するために戻って来たサマリア人に、「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」とおっしゃいましたが、律法を知らないその人は、ただ身近な現実生活の中での神の働きや導きに心の眼を向けて生きようとしていたのではないでしょうか。主のお言葉にある「あなたの信仰」とは、その生き方のことを指していると思います。本日の福音には、「自分の癒されたのを知って」と邦訳されていますが、ギリシャ語の原文では「癒されたのを見て」となっており、この「見て」という動詞には、単に肉眼で見るブレポーという言葉ではなく、心の眼で洞察するという意味のエイドンという言葉が使われています。目に見えない神の臨在や導きなどを心で感知したりする時に聖書で用いられるこのエイドンという動詞を忘れずに、私たちも神の現存や働きに対する心の眼、心のセンスを磨くように心がけましょう。私たちが日々無意識のうちにそれとなく体験している神の働きやお助けなどは、自分の都合や計画、あるいはこの世の規則や慣習などに囚われていては、いつまでも観ることができません。平凡に見える日常生活の中にあって、何よりも隣人の小さな必要、小さな願いなどを通してそれとなく示される神からの愛の求め、あるいは私に対する神からの小さな保護や助け・導きなどに、信仰と愛と感謝の眼を向けるよう心がけましょう。それが、神が全ての人から求めておられる信仰であると思います。何よりもその信仰を大切にして生きるところに、神の祝福が隠されていると信じます。

2016年10月2日日曜日

説教集C2013年:2013年間第27主日(三ケ日)

第1朗読 ハバクク書 1章2~3、2章2~4節
第2朗読 テモテへの手紙二 1章6~8、13~14節
福音朗読 ルカによる福音書 17章5~10節

   本日の第一朗読の前半は、紀元前600年頃にユダ王国がバビロニア軍に滅ぼされる直前頃に活躍した預言者ハバククの祈りですが、当時のユダ王国の国情は絶望的であったようです。それで預言者は神に助けを求め、叫ぶようにして声高く祈っていましたが、神はなかなかその祈りを聞き入れて下さらず、却ってこれまでの王国の贅沢な社会に迫りつつある様々の災いを、幻の中で預言者に見せておられたようです。それが第一朗読の前半ですが、預言者のその嘆きの祈りに続いて、神が「見よ、私はカルデア人を興す。それは冷酷で剽悍な国民。云々」とバビロニアによるユダ王国侵略について詳しく啓示なされた長い話は省略され、後半部分はハバクク第2章の始めからの引用になっています。ユダ王国滅亡の啓示を受けた預言者は、第1章の終りに、「主よ、あなたは永遠の昔からわが神、わが聖なる方ではありませんか。….それなのになぜ」と言って、神の民の祈りに応えて助けて下さらない神に激しく嘆きます。それに対する神の答えが、この後半部分なのです。人がどれ程熱心に願っても、神が少しも助けて下さらないと、ふと、神はもうこの世の政治も社会も見捨てて、ただ罪に汚れた人間社会の成り行きに任せておられるのではないか、などという考えも心に過()ぎります。それは、本当に苦しい試練の時です。神は私たちの信仰を一層深め固めるために、時としてそのような苦しい試練を私たちに体験させるのです。現代文明の大きな豊かさの中に生活している私たちにも、将来そのような試練の時が来るかも知れません。

   その時に人間中心・自分中心の立場から抜け出て、神の御旨中心主義の主キリストの立場に立ち、神の強い保護と導きを受けることができるように、今から覚悟を堅め、日々神と共に生活するよう心がけていましょう。信仰とは、そういう不安定要素の溢れているこの世の動きが、どこまでも神の支配下にあると信じて生きることであり、しかも神のその支配が、私たちに対する神の愛に根ざすものであると確信して生きることだと思います。預言者はこの世の現実に目を据えて「なぜ」と問いかけましたが、この世の現実からは問題の解決は見出せません。ただ神の僕・婢として、神のお言葉をそのまま素直に受け止め、黙々とそれに従って行くところからしか解決が与えられないのです。私たちが神の御旨に全面的に従おうとする時、その徹底的信頼とお任せの姿勢を待っておられた神が、働いて下さるのです。ですから本日の第一朗読の最後にも、「神に従う人は信仰によって生きる」とあります。この信仰は、神に対する幼子のような徹底的「信頼」を意味していると思います。頭で神の存在とその啓示の真理を信じているだけでは足りません。そんな信仰は、地獄の悪魔も数々の嫌な体験から確信していると思います。頭の理知的な信仰ではなく、神の僕・婢として神の御旨にひたすら従順に従おう、全てを神に委ねて愛と信頼の内に清貧に生きようとする信仰心の成長強化を求めて、神は私たちに度々厳しい試練をお与えになるのだと信じます。その苦しい試練を嫌がらずに、幾度倒れても新たに立ち上がり、神の御旨に従い続けましょう。それが信仰年にあたって私たちが身に付けるべき生き方だと思います。

   最近知ったのですが、今のフランシスコ教皇は、歴代教皇が居宅としておられた使徒宮殿には移住なさらず、そのことを尋ねられた時に、「私は宮殿に住まず、高級車に乗らず、金も宝石も持たないことを決意した」「ただ単に貧富の問題ではなく、私自身の人格に係わる問題だから」「私には人々の間に生きることが必要なのだ」「使徒宮殿内にある居住空間が取り立てて豪華としいうわけではないが、そこに一人で起居することはできない」などと話されて、相変わらずヴァチカン敷地内の質素な居住空間内に生活しておられるそうです。前の教皇ベネディクト16世も、その退位の直前に現在の教皇職の深刻な孤立を痛感し、小さな「聖マルタの家」での朝のミサに、ヴァチカンの聖職者たちや滞在中の枢機卿たちにそのことを説明なされたそうですが、今の教皇はそれを受けて、アシジの聖フランシスコのように清貧を実践的に愛することにより、豊かさを追い求めて止まない罪に穢れた現代人類の上に、神の憐れみと恵みを呼び下そうとしておられるのかも知れません。信仰年の終末を迎えるに当たって、私たちも神に誓った清貧の誓願を想起し、日々の日常生活の中でも実践的に清貧を愛しつつ、神の御旨に従う決心を新たに致しましょう。

   アシジの聖フランシスコの時代には、教皇庁も各地の司教たちも豊かな生活を営んでいたら、フランス・ドイツ・イタリアなどの各地で、そのような信仰生活は主キリストの福音的生活に背く生き方だ、とする過激な教会批判が信徒たちの間に広まり、宗教的権威を失墜した教会は崩壊の危機に直面していました。その時アシジのフランシスコが生家の豊かな生活を捨てて、福音的清貧の生活を実践的に証しする生活を始めたら、神の聖霊が働いたのでしょうか、無数の若手信徒たちが男も女もその新しい福音的生活に積極的に参加し、教会は分裂の危機を回避して立派に立ち直り、新しく発展し始めるに到りました。現代のカトリック教会も、多くの聖職者たちのセクハラや福音的清貧精神に欠ける生き方によって、特に欧米諸国では宗教的権威を失墜し、マスコミから厳しく批判されています。今の教皇はこの危機を乗り越えるために、アシジの聖人の模範に倣って福音的清貧の実践に心がけ、神による救いの恵みを呼び下そうとしておられるのではないでしょうか。清貧誓願を宣立している私たち修道者も、それに協力して日々の生活の中で、小さな清貧の実践を神に捧げるように心がけましょう。

   本日の福音には、弟子たちが「私たちの信仰を増して下さい」と願ったら、主は、「もしあなた方に芥子種一粒ほどの信仰があれば、云々」とお答えになったとあります。芥子種は落としたらピンセットで掴むこともできない程小さな黒い粒ですから、主のお言葉から察しますと、誰が偉いかどちらが上かなどの争い事もしていた当時の弟子たちの内には、神がお求めになっておられる本当の信仰は、芥子種一粒ほどもないという意味でも、このように話されたのだと思います。では神のお求めになっておられる信仰とは、どのような信仰でしょうか。それは、各人が自分で主導権を取って自由に行使するような、いわば自力で獲得する能力のような信仰ではないと思います。自分の主導権も自由も全く神にお献げし、神の御旨のままに神の僕・婢として生きよう、神に対する徹底的従順と信頼のうちに生きようとしている人の信仰だと思います。全能の神は、我なしのそのような人の内に自由にお働きになるので、そのような人は次々と神の不思議な働きを体験するようになります。自分の所有する能力で、神の助けを祈り求めつつ何かの奇跡的成功を獲得するのではありません。神が御自身が、その人の内に働いて下さるのです。


   本日の福音の後半も、私たちの持つべきその真の信仰について教えています。神の僕・婢として神の御旨中心に生活している人は、一日中働いて疲れきって帰宅しても、その報酬などは求めようとせず、主人が夕食をお望みなら、すぐに腰に帯を締めてその準備をし、主人に給仕をします。わが国でも昔の農家のお嫁さんたちは、皆このようにして家族皆に奉仕していました。我なしの家族愛の奉仕なのですから、仕事を全部なし終えても、報酬などはさらさら念頭にありません。命じられたことを無事なし終えた喜びだけです。神の御旨へのこの徹底的無料奉仕の愛、それが私たちの持つべき真の信仰心なのではないでしょうか。今の社会では、何事も金銭的儲けで評価する価値観が広まっていますが、外の社会の価値観を家庭の中に持ち込んではならないと思います。社会の地盤である家庭は心の訓練道場であり、いわば心の宗教的奉仕的愛の道場であると思います。私たちの修道的家庭も、そういう道場であります。家庭的無料奉仕の愛をパイプラインとして、神がその恵みを私たちの上に、また社会の上に豊かに注いで下さるのです。私たちが今後も永く、こういう信仰と愛の奉仕に生きる恵みを願い求めて、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2016年9月25日日曜日

説教集C2013年:2013年間第26主日(三ケ日で)

C年 年間第26主日
第1朗読 アモス書 6章1a、4~7節
第2朗読 テモテへの手紙一 6章11~16節
福音朗読 ルカによる福音書 16章19~31節


   本日の第一朗読は、紀元前8世紀の中頃に多くの貧民を犠牲にして獲得した富で、贅沢三昧に生活していた神の民、北イスラエル王国の支配者たちに対する、アモス預言者を介して語られた神の警告であります。この警告の20数年後、残忍さで知られたアッシリア軍の襲来で、サマリアは徹底的に滅ぼされました。そしてこの時は難を逃れたエルサレムの支配者たちも、その後に興隆したバビロニア軍の襲来で、亡国の憂き目を見るに到りました。過度の豊かさ・便利さ・快楽などは、人間本来の健全な心の感覚を麻痺させ眠らせて、神の指導や警告などを無視させてしまう危険があります。現代の私たちも気を付け、清貧に生きるよう心がけましょう。現代の全世界で生産される食料の三分の一は、日本や欧米諸国で捨てられていると聞きます。今の世界には十億人も飢えで苦しんでいますが、日本と欧米の食料廃棄物はその人たちを三回救える程の量に達しているそうです。貧しい国々への食料援助は世界全体で年間四百万トン程だそうですが、その二倍近い食べ物が、日本では毎年捨てられているのだそうです。貧民の救済に本腰をあげようとしていない現代世界は、古代のサマリアやエルサレムのように、あるいは古代ローマ・ギリシャ世界のように、神のお怒りを招いて遠からず徹底的に滅ぼされるのではないでしょうか。先週の土曜日から東京や名古屋などではドキュメンタリー映画「もったいない!」が上映されているそうですが、一人でも多くの人が神と大自然に対する感謝の心で食料や物資を大切にし、清貧愛と隣人愛に生きるよう、心の目覚めを祈り求めましょう。長年の私の体験や見聞を振り返りますと、神の恵みに対する感謝と清貧・節約の生活実践に心がけている人に、神はいつも恵み深いように感じています。
   本日の第二朗読は、先週の日曜日にここで説明しましたように、使徒パウロが使徒ペトロと共に殉教することになる、ネロ皇帝によるキリスト者迫害が始まる少し前頃に認められた、使徒パウロの遺言のような手紙からの引用であります。パウロはその中で、愛弟子テモテを「神の人よ」と呼び、「あなたは正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい」「万物に命をお与えになる神の御前で」「キリスト・イエスの御前であなたに命じます」などと書いています。これは、自分の生活の豊かさ、楽しみだけを優先して貧困に苦しむ人たちに対する配慮を後回しにし勝ちな、現代の私たちに対する神からの警告でもあると思いますが、如何でしょうか。私たちもテモテ司教と同様に、神から召され証人たちの前で主キリストに従って信仰と愛に生きることを表明した信徒・修道者であります。その初心を忘れずに、終末的様相が強まり全てが極度に多様化しつつある今の世にあって、使徒たちを介して主キリストから受け継いだ信仰と愛の生き方を、命がけで立派に証しするよう努めましょう。ご存知でしょうか、冬の星空に輝くあの正三角形の一角で、赤く光っているベテルギウスという星は、美しい三ツ星を中心とするオリオン星座の左上の一角ですが、太陽の一千倍もの直径を持つその巨大な星が今揺れ動いており、遠からずすさまじい超新星爆発を起こして死んで行くと天文学者たちに予測されています。ベテルギウスが爆発したなら、その明るさは満月の百倍にもなって、三ヶ月間も煌々と輝き続け、昼間でも肉眼で見ることが出来るであろう、と学者たちが予告していますが、新聞でその話を読んで、私は20年程前に聖母マリアが何方かに予告なされた話を思い出しました。人々が赤い星の現れるのを見たら、それが世の終わり直前の恐ろしい災害の始まる徴のようです。その時は、身近に迫っているのではないでしょうか。神に対する信仰と信頼を堅めて、覚悟していましょう。
   本日の福音は、先週の日曜日の福音である不正な管理人の譬え話に続いて、主がファリサイ派の人々に語った譬え話ですが、当時のファリサイ派の間では次のような民話が流布していました。ほぼ同じ頃に死んだ貧しい律法学者と金持ちの取税人についての話です。貧しい律法学者は会葬者もなく寂しく葬られたが、金持ちの取税人の葬式は、町全体が仕事を休んで参列するほど盛大であった。しかし、学者の同僚が死後の二人について見た夢によると、死んだ律法学者は泉の水が流れる楽園にいるのに、取税人は川岸に立ちながらも、その水を飲めずに苦しんでいたという話であります。察するに、主はよく知られていたこの民話を念頭に置き、そこに新しい意味を付加して新しく展開させながら、本日の譬え話を語られたのだと思います。
   しかし、この世で貧しかった者はあの世で豊かになり、この世で豊かに楽しく生活していた者は、あの世では貧困に苦しむようになるなどと、あまりにも短絡的にその話を受け止めないよう気をつけましょう。この世で貧しく生活していても、その貧しさ故に金銭に対する執着が強くなり、恨み・妬み・万引き・盗み・浪費などで心がいっぱいになっている人や、貧しい人々に対する温かい心に欠けている人もいます。他方、この世の富に豊かであっても、事細かに省エネに心がけ、無駄遣いや過度の贅沢を懸命に避けながら清貧に生活している人、生活に困っている人たちに対する応分の援助支援に心がけている人もいます。これらのことを考え合わせますと、本日の譬え話の主眼は、自分の楽しみ、名誉、幸せなどを最高目標にして、そのためにはこの世の物的富ばかりでなく、親も隣人も社会も神も、全てを自分中心に利用しようとする精神で生きているのか、それとも神の愛に生かされて生きることと、神の御旨に従うことを最高目標にして、そのために自分の能力も持ち物も全てを惜しみなく提供しようとする精神で生きているのか、と各自に考えさせ反省させる点にあるのではないでしょうか。
   譬え話に登場する金持ちは、門前の乞食ラザロを見ても自分にとって利用価値のない人間と見下し、時には邪魔者扱いにしていたかも知れません。それが、死んであの世に移り、そのラザロがアブラハムの側にいるのを見ると、自分の苦しみを少しでも和らげるために、また自分の兄弟たちのために、そのラザロを使者として利用しようとしました。死んでもこのような利己主義、あるいは集団的利己主義の精神に執着している限りは、神の国の喜び・仕合せに入れてもらうことはできません。神の国は、自分中心の精神に死んでひたすら他者のために生きようとする、神の愛の精神に生かされている者だけが入れてもらえる所だからです。察するに譬え話の中の乞食のラザロは、死を待つ以外自分では何一つできない絶望的状態に置かれていても、この世の人々の利己的精神の醜さを嫌という程見せ付けられ体験しているだけに、そういう利己主義を嫌悪する心から、ひたすら神の憐れみを祈り求めつつ、自分の苦悩を世の人々のために献げていたのではないでしょうか。苦しむこと以外何一つできない状態にあっても、神と人に心を開いているこの精神で日々を過ごしている人は、やがて神の憐れみによって救われ、あの世の永遠に続く仕合わせに入れてもらえると思います。福者マザー・テレサは、そういうラザロのような人たちに神の愛を伝えようと、励んでおられたのではないでしょうか。

   一番大切なことは、この世の人生行路を歩んでいる間に、自分の魂にまだ残っている利己的精神に打ち勝って、あの世の神の博愛精神を実践的に体得することだと思います。戦後の能力主義一辺倒の教育を受けて育ち、心の教育を受ける機会に恵まれなかった現代日本人の中には、歳が進むにつれて、自分の受けた教育に疑問を抱き、もっと大らかな開いた心で、相異なる多くの人と共に助け合って生きる、新しい道を模索している人たちも少なくないと思います。私たちの周辺にもいるそういう人たちのため、本当に幸せに生きるための照らしと導きを神に願い求めつつ、本日のミサ聖祭を献げましょう。

2016年9月18日日曜日

説教集C2013年:2013年間第25主日(三ケ日で)

C年 年間第25主日
第1朗読 アモス書 8章4~7節
第2朗読 テモテへの手紙一 2章1~8節
福音朗読 ルカによる福音書 16章1~13節

   本日の第一朗読は、紀元前8世紀に北イスラエル王国で活躍したアモス預言者の語った言葉ですが、預言者はここで貧者や苦しむ農民を抑圧し搾取して止まない、支配者や金持ちたちの不正を厳しく非難し、「私は彼らが行った全てのことをいつまでも忘れない」という、主なる神が誓って話された厳しいお言葉を伝えています。主は貧しい人、苦しむ人の味方で、そのような人たちの中に現存して私たちに近づかれる神であります。アモス預言者の言葉を聞いても、それまでの生き方を改めようとしなかった北イスラエル王国の支配者や富める人たちは、その後間もなく残酷なアッシリアの大軍によって征服され、国外に連行されて悲惨な状態に落とされています。神の呼びかけに謙虚に従い、悔い改めなかった天罰であると思います。

   現代の一見豊かに見える日本社会にも、人目に隠れていますが、日々の生活に窮している家族は少なくありません。派遣切りで失業したり就職難で就業できずにいる人たちやホームレスの人たち、あるいは1998年以降毎年3万人以上にもなったりした自殺者たちの貧しい遺族、細々と貧困に耐えている家族などが年々増え続けています。能力があっても貧しさのため進学できず、適当な働き場を見出せずにいる若者たちも少なくありません。1960年代から市民生活の豊かさの陰に急速に広まった生活の都市化、核家族化は、自由主義・個人主義の普及によってそれまでの地域共同体や血縁共同体を、内面から崩壊させたり無力化させたりしてしまいました。それで共同体の絆や支えを失った貧者たちの苦しみは、生き甲斐を失わせるほど深刻なものになって来ています。近年そのような人たちの生活を援助する慈善家の数も増え、慈善事業の数も増えつつありますが、まだまだ不十分の状態です。神は、ご自身がこの世に送り出されたそのような人たちの中に特別に現存して、現代の社会や私たちに憐れみと愛を求めておられるのではないでしょうか。そういう人たちの中に神よりの人キリストや聖母マリアを見出して奉仕する模範を残された福者マザー・テレサは、真に現代的な聖人であったと思います。大きなことは何一つできない私たちですが、せめて貧しく孤独に悩んでいる人たちの上に神の憐れみと導き・助けの恵みを祈り求めることにより、個人主義化した現代世界の中に、神の愛による新たな絆・新たな組織が産み出され広まるのを、日々内的にまた積極的に支援するよう努めましょう。

   本日の第二朗読は、使徒パウロがその愛弟子テモテに宛てた手紙からの引用ですが、この手紙はネロ皇帝の下でのパウロの殉教の少し前頃に書かれた手紙のようです。使徒言行録28章の最後に記されているように、パウロは紀元60年頃に初めてローマに来た時は、ローマ軍の囚人ではありましたが、まる2年間は自費で借りた家に留まっていて、来訪する人たちに憚ることなく神の国や主キリストについて宣教することができました。コロサイ書とフィレモン書の冒頭にパウロが書いているように、30歳代半ばと思われるテモテはその時、ローマでパウロと一緒にいました。紀元96年頃に第四代教皇クレメンス1世が書いた第一書簡によりますと、使徒パウロはその後暫くは今のスペインにまでも旅行したようですから、テモテとテトスに小アジアとクレタ島で使徒に代わって教会を指導する権限を与えたのも、この多少自由に行動できた時のことだと思われます。しかし、64年にネロ皇帝が、古い伝統から解放されたもっと新しいローマの町造りを意図したのでしょうか、密かに放火させてローマの町の大半を焼き払わせ、30キロ程離れた海辺の宮殿アンツィオでその火事を眺めて喜んでいたことが、後でローマ市民に知られると、放火の責任をユダヤ人に転嫁して、以前にもあったローマでのユダヤ人迫害を再燃させました。すると逮捕されたユダヤ人たちが、放火したのはキリスト者たちだと嘘の証言をしたので、ネロ皇帝によるローマ市内でのキリスト者迫害が始まり、67年に使徒ペトロもパウロも殉教するに至りました。その厳しい迫害下か、あるいはその迫害が始まる少し前頃に認められたのが、テモテへの手紙ではないか、と私は受け止めています。使徒がそこで、「願いと祈りと執り成しと感謝とを全ての人々のために捧げなさい。王たちや全ての高級官吏たちのためにも捧げなさい。私たちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです」と書いていることは大切です。主イエスも、「迫害する者のために祈れ」と命じておられます。現代の私たちも、将来神を信じない人たちからの思わぬ誤解や迫害に苦しめられることがあるかも知れません。そのような時、主キリストは全ての人の救いのためにその苦しみを神にお捧げになったことを思い、迫害する人たちの救いのため自分の受ける誤解や苦しみを、主の御受難にあわせて神にお捧げする覚悟を今から固めていましょう。

   本日の福音は、先週の日曜日の福音であった見失った羊やなくした銀貨など三つの譬え話のすぐ後に続く譬え話ですが、なぜか聖書では「その時イエスは弟子たちに言われた」という導入の言葉で始まっています。しかし、先週の日曜福音の譬え話はファリサイ派の人々や律法学者たちに語られた話とされていますし、本日の福音のすぐ後の14節には、「金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いてイエスをあざ笑った」とありますから、本日の福音の譬え話はファリサイ派の人々にも語られたのだと思われます。それで25年前に出版された新共同訳の日本語聖書では「弟子たちに言われた」と訳しかえています。キリスト時代のユダヤ社会では、律法上では金や物品を貸してもその利息を取ることが禁じられていましたが、しかし実際上は様々なこじつけ理由で利息が取られていたと考えられています。儲け本位の理知的貨幣経済が流行していた時代でしたから。本日の譬え話に登場する不正な管理人は、事によると日ごろから主人からの借りを借用人から返却してもらう段階で、その量をごまかして差額を着服したり、借り主に与えて友人を作ったりしていたのかも知れません。現代でも管理人任せにしてチェック体制が確立していない所では、密かに似たような詐欺や着服が横行しているようです。2千年前のオリエント世界よりも大きな過渡期に直面している今の世界では、心の教育の不備に起因する「誤魔化し人間」が少なくありませんから。主がこの話を直接ファリサイ派に向けて話されず、むしろ弟子たちに向けて話されたのは、その危険性が新約時代の神の民の中にもあることを、弟子たちによく理解させるためであったのかも知れません。

   ところでこの譬え話の末尾に、主人が不正な管理人の抜け目ないやり方を褒めて、「この世の子らは、自分の仲間に対して光の子らよりも賢くふるまっている」というアイロニーを話しておられることは、注目に値します。私は勝手ながら、主はこの「光の子ら」という言葉で、暗にその場にいたファリサイ派の人々を指しておられたのではないか、と考えます。彼らは競って律法を忠実に守ることにより、この世においてもあの世に行っても神の恵みを豊かに得ようと努めており、自分の生活を光の中で眺めていて、律法を知らず忠実に守ろうと努めていない「この世の子ら」を、闇の中にいる者たち、神に呪われた罪人たちとして批判し断罪していました。彼らは、その罪人たちに背負わせている重荷を少しでも軽くしてあげよう、助けてあげようとして指一本も貸そうとせず、罪人たちの心の穢れに感染しないよう距離を保ちながら、ただ批判し軽蔑するだけだったようです。それで、彼らから遠ざけられ軽蔑されていた「この世の子ら」は、年老いて今携わっている仕事や生活から離れる時のため、せめて自分の仲間たちに対しては親切と奉仕に努めて、孤立無援の状態に陥った時に助けてもらおうなどと考えていたのではないでしょうか。


   主はこの譬え話で、たとえ律法上では不正にまみれた富であっても、神の摂理によって自分に委託されたその富を人助けに積極的に使って友達を作るなら、その愛の実践を何よりも評価なされる神はその努力を嘉し、その人たちを永遠の住まいに迎え入れて下さると教えておられるように思います。私たちも、神から日々非常にたくさんのお恵みを頂戴しています。この世の命も健康も、日光も空気も水も、日々の食物も聖書の教えも洗礼も、全ては直接間接に神よりのお恵みであり委託物であります。私たちはそれらを人助けに積極的に利用しているでしょうか。自分を光の中において眺め、この罪の世の社会やその中で苦悩している人々のためには、別に何もしなくても天国に入れてもらえる「神の子」の身分なのだ、などというファリサイ的考えを持たないように気をつけましょう。私たちに委託されている数々の内的外的富や神の導き・啓示などを利用しながら、この世の社会や人々のためにも、せめて祈りによって積極的に奉仕するよう励みましょう。そのように心がける人たちが、神に忠実に生きようとしている「神の子ら」であり、そうでない人たちは、神よりもこの世の富(マンモン) に仕えようとしている、と神から見做されるのではないでしょうか。ここで「富」とあるのは、物質的富だけでなく、ファリサイ派が大切にしていたこの世での自分の地位、名誉、幸せなどをも指していると思います。それらを神の奉仕的愛よりも大切にしている人たちは、神から一種の偶像礼拝者と見做されると思います。私たちも神の御前で謙虚に反省し、神よりの委託物を、貧しい人や苦しむ人たちのためにも利用するよう心がけましょう。

2016年9月11日日曜日

説教集C2013年:2013年間第24主日(三ケ日で)

C年 年間第24主日
第1朗読 出エジプト記 32章7~11、13~14節
第2朗読 テモテへの手紙一 1章12~17節
福音朗読 ルカによる福音書 15章1~32節

   本日の第二朗読には、「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉が読まれますが、この言葉が本日のミサの三つの朗読を集約している、と考えてよいかも知れません。第一朗読は、モーセが四十日四十夜シナイ山に留まって神の言葉を聞いていた間に、その山の麓では神の民イスラエルが、金の子牛を造って自分たちの神とし、それを礼拝するという恐ろしい偶像礼拝の罪を犯したことに、神が激しくお怒りになったこと、そしてその民を滅ぼしてモーセからまた新たな民を起こそうと、話されたことを記していますが、神のそのお言葉を聞いて驚いたモーセは、神がアブラハムらの太祖たちに「その子孫を天の星のように増やし、云々」と誓って話されたことを神に思い起こさせ、強い御手を振るってエジプトから導き出して下さったこの民を、その罪から救って下さるよう願っています。それで、神は民に下すと告げられた災いを思い直されましたが、これは、主キリストが罪人を救うためにこの世に来られることの、一つの前兆と受け止めてよいのではないでしょうか。神は、ご自身がなさった数々の奇跡によって奴隷状態から救い出された民の犯した、偶像礼拝という恐ろしい反逆の罪をも赦して下さる程の大きな愛をもって、全人類の犯した無数の罪を償わせ、救いを求める全ての人を救う為に、この世にメシアを派遣なされたのです。

   第二朗読では使徒パウロが、自分が以前神を冒涜する者、神の教会を迫害する者、暴力を振るう者、「罪人の中で最たる者」であったことを告白し、「しかし、信じていない時に知らずに行ったことなので」憐れみを受け、私たちの主の恵みを溢れるほど豊かに受けたことを告げています。そしてその体験に基づいて「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値しますと語り、「私が憐れみを受けたのは、」私がキリスト・イエスを「信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした」などと話しています。これまでの人生で、どれ程多くの恐ろしい罪を犯したとしても構いません。使徒パウロのように、今後は神の御旨・神の導きのみに従って生きようとするならば、全ての罪は神の限りない憐れみによって赦され、自分の上にも周辺の人々の上にも、神からの豊かな恵みを呼び下すようになります。

   本日の福音は、主が徴税人や罪人たちの前で、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」というファリサイ派や律法学者たちの非難に応えて話された、「見失った羊」と「なくした銀貨」の譬え話ですが、ここで「見失った」、「なくした」などと邦訳されているギリシャ語の動詞アポッリューミは、聖書学者によると、本来あるべき所から離れて力を発揮できずに滅びへと向かうことを意味しているそうです。したがって、例えば「羊がいなくなった」という場合は、単に姿が見えなくなったというだけではなく、滅びに向かう転落をも意味しているのだそうです。ルカ福音の15章には、本日の福音の後に続く放蕩息子の譬え話も合わせますと、「いなくなっていた」だの「死のう」などと訳し替えられている、このギリシャ語の動詞アポッリューミが合計8回も登場していますが、そこにはいつも滅びへと向かうという転落の意味も込められていると思います。主は滅びへと向かっている私たち罪人を見出し救うために、この世にお出でになったという意味も込めて、これらの譬え話を語られたのではないでしょうか。

   余談になりますが、日本人が一般的に一日に三食するようになったのは、江戸時代に入って平和が続き、町人も農民も多少豊かになってからのようで、それ以前の戦国時代や室町時代には、一日二食が普通だったようです。16世紀後半の信長・秀吉時代に来日し、日本人司祭養成のため神学校を創設した巡察師ヴァリニヤーノ神父が作成した、神学生の日課によりますと、一日二食になっていてその時刻は明記していませんが、起床後の祈りや少しの仕事・勉強などを考慮しますと、朝食は10時頃になされていたようです。そして夕食は、これも分かりませんが、察するに午後の4時か5時頃だったのではないでしょうか。同じ頃のヨーロッパの修道院でも、一日二食の日課が伝統的に順守されていたようです。先日ふと聖ベネディクトの会則を読んでいましたら、四旬節には一日一回の夕食だけですが、「聖なる復活祭から聖霊降臨祭まで、修友は第六時に一日の主な食事をとり、夕方に夕食をとる」となっていますから、やはり普通は一日二食だったのではないでしょうか。しかし、「聖霊降臨以降の夏期の期間中は、畑仕事がなく夏の酷暑に悩まされることがない限り、修道士は水曜日と金曜日は第九時まで断食します。その他の日には第六時に食事をとる」とありますから、畑仕事があり夏の酷暑が続く時には一日二食ですが、そうでない時には修道院長の裁量で、聖霊降臨後にも水曜日と金曜日には一日一食だったようです。しかし、「913日から四旬節の初めまでは、常に第九時に食事をとるものとす」とありますから、当時の修道院では日曜日や大祝日を別にして、913日から四旬節の初めまでの期間にも、一日一食の大斎を守っていたのではないでしょうか。なぜ「913日から」なのか、と思って調べてみますと、昨日914日にお祝いした十字架称賛の祝日は、エルサレムでは既に5世紀から始まっていましたが、7世紀にローマ典礼に導入されましたので、8世紀の聖ベネディクトは、この十字架称賛の祝日を特別に大切にし、この日から四旬節までも大斎を守る期間としたのではないでしょうか。


   今年は明日が敬老の日とされていますが、年齢が進んで高齢の知人たちが多くなりますと、その人たちが間近にしている死の苦しみをどう受け止めたらよいのか、という心の問題や不安などにも出会います。死生学を専門とするイエズス会のデーケン神父は、『老いについて』という著書の中で、「老齢期の苦しみは、ゲッセマネの園と十字架上でのキリストの苦悩にあわせてささげることによって意味を持つようになる」と書いています。受難死を目前にして天の御父神に眼を向けながら、全ての不安や苦悩を人類の罪の償いとして神にお捧げしておられた救い主の献身的愛のお心、その心を心として生きようとする時に、神の愛聖霊が私たちの心の内に注がれ、か弱い私たちの心を内側から支え強めて、主キリストと一致して恐ろしい死の闇を潜り抜け、あの世に産まれ出る力と導きを与えて下さると信じます。老齢の私たちも十字架称賛の祝日を大切にし、聖ベネディクトの精神を体して、この祝日から四旬節までをも主と一致して日々の苦しみや煩わしさを、人類の罪の償いとして喜んで神にお捧げするように努めましょう。そうすれば、使徒パウロがコリント後書4章に書いているように、「たとえ私たちの外なる人は衰え行くとしても、内なる人は日々新たにされて行きます」という喜ばしい体験を、実感するようになると信じます。

2016年9月4日日曜日

説教集C2013年:2013年間第23主日(三ケ日で)

第1朗読 知恵の書 9章13~18節
第2朗読 フィレモンへの手紙 9b~10、12~17節
福音朗読 ルカによる福音書 14章25~33節

   紀元前4世紀の後半にアレクサンドロス大王のペルシア遠征が成功し、ギリシャ系の支配者たちがエジプトやシリアなどオリエント諸地方を支配するようになりますと、ギリシャ文明がオリエント全域に広まり始め、エジプトでは紀元前3世紀から2世紀にかけて、旧約聖書がギリシャ語に翻訳されたりしました。それは、人口の多い大国エジプトをプトレマイオス王朝の配下にある少数のギリシャ人だけで支配することはできないので、ギリシャ人たちは契約や規則を忠実に守るユダヤ人たちのエジプト移住を優遇し、新しく建設した港町で首都のアレキサンドリアは五つの地区に分けられていましたが、その内の二つはユダヤ人街とされていました。多くのユダヤ人がギリシャ人によるエジプト支配に協力し、首都アレキサンドリアやその他の地方で比較的裕福な生活を営むようになりましたら、エジプトで生まれたその子供たちや孫たちはギリシャ語しか話さなくなったようで、彼らにユダヤ民族の伝統を伝えるため、為政者側からの積極的支持もあって、旧約聖書がギリシャ語に翻訳されました。これが「七十人訳」と言われた旧約聖書であります。当時のエジプトにはパピルスと言われた植物の葉を利用した紙が豊富にありましたので、この「七十人訳」のギリシャ語聖書は、異邦人の間でも広く愛読されるようになり、これが使徒時代にキリストの福音がギリシャ・ローマ世界に早く広まるのを助けた地盤になりました。

   ところでギリシャ人が大きな港町アレキサンドリアを介して地中海諸地方と、現代世界の雛形と思われるほど盛んな国際交流を続け、世界各地の古書や資料を筆写して世界最初の大きなアレキサンドリア図書館を建設した首都に住むユダヤ人知識人たちの間では、同じく国際交流を積極的に推進した優れた知識人ソロモン王の智恵に見習おうとするような知恵文学が盛んになり、処世術や人生論などに対する人々の関心が高まっていたようです。本日の第一朗読である「知恵の書」は、そのような流れの中で、ソロモン王の時代に神の民の知識層に始まった様々の人生教訓や俚諺・格言などを集めて収録したと思われる聖書で、人間の知恵の源泉であられる真の神の知恵について教えています。この神の知恵に導かれた聖母マリアのように、人間中心のこの世の知恵には従わずに、神の僕・神の婢として神の御旨中心に生きようとするその信仰精神は、国際交流が盛んで各種の思想が全世界的に行き交う中で生活する現代人にとっても、大切なのではないでしょうか。理知的なこの世の知恵や知識が万事に優先され、何事にも合理的な理由付けを求める考え方が、社会の各層に広まっている現代社会には、そういうこの世の理知的知恵やその論議に振り回され、心の奥底に悩みやストレスを蓄積している人が少なくないように見受けられるからです。人間理性がこの世の学識や経験に基づいて産み出す知恵や知識だけではなく、それらに神信仰や神からの啓示に基づいて産み出される知恵や知識を合わせて複眼的に洞察する生き方が、極度の多様性に悩む現代人の心に本当の安らぎと確信を与えると信じます。

   本日の第一朗読は、ソロモン王の祈りという形で記されている長い祈りの一部分ですが、そこには「あなたが知恵をお与えにならなかったら、天の高みから聖なる霊を遣わされなかったなら、誰が御旨を知ることができたでしょうか」という言葉が読まれ、続いてその神の知恵、神の聖霊によって「地に住む人間の道はまっすぐにされ」、人は神の御旨を学び知って救われることが説かれています。悩む現代人の心を救うものも、この世の智者の研究や知恵ではなく、何よりも神の霊、神から与えられる知恵だと思います。使徒パウロはコリント前書1章の中で、「私は知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを虚しくする」というイザヤ29章の言葉を引用しながら、この世の知恵に従おうとするのではなく、神の知恵、神の力に従うよう力説しています。使徒のこの言葉も、様々な意見や学説が飛び交って混沌としている現代世界に生きる私たちにとって、大切だと思います。神は、私たち現代人が己を無にして神に心を向け、神よりの知恵、神の霊に従おうするのを、切に待っておられるのではないでしょうか。

   本日の第二朗読は、獄中にある使徒パウロが、コロサイの裕福なキリスト信者フィレモンに宛てた手紙からの引用ですが、それは、そのフィレモンの許から逃れ、獄中のパウロに出会ってキリスト者となった逃亡奴隷のオネシモを、その主人フィレモンの許に送り返すに当たって持たせてやった手紙のようです。「私を仲間と見做してくれるのでしたら、オネシモを私と思って迎え入れてください」という最後の言葉を読みますと、受洗した逃亡奴隷に対するパウロの愛に涙を覚えます。しかし、パウロが神の前での人間の平等を強調して、キリスト者となった奴隷の身分であるオネシモを自由の身分にするよう求めていないことは、注目に値します。当時の古代社会は奴隷制度を地盤としていますので、もしその社会制度を非難して改革しようとするなら、それは巨大な政治経済改革を始めることになり、安定していたローマ帝政国家の基盤を揺るがし兼ねません。パウロは、神の前での人間の平等は説きますが、この世の社会や国家における人間の政治経済的不平等を改革しようとはしていません。ただ、その不平等による弱い人・助けを必要としている個々人の苦しみを少しでも緩和し、あの世の神の国・愛の国に対する明るい希望をもって生活するようにしてあげようと努めていたのではないでしょうか。これが、主キリストを始め、多くの聖人たちが実践していたキリスト教的愛の生き方だと思います。例えば800年前頃のアシジの聖フランシスコは、「我が教会を建て直せ」という神の声を聞いても、大きな貧富の格差で内側から分裂し崩壊しかけていた当時のカトリック教会を建て直すために、何かの理論を掲げて改革しようとしたのではありません。貧しさと苦しみを特別に愛した主キリストの福音的生き方を実践する信仰者たちの群れを増やすことによって崩れかけていた教会を建て直し、逞しい力に溢れた教会に変革したのです。現代の福者マザー・テレサも、絶望の淵に置かれて苦しむ貧者や弱者に対する温かい愛の実践によって、現代社会を建て直そうとしていた偉大な改革者だと思います。そしてフランシスコの名を戴く今の教皇も、その同じキリストの愛の道を推奨しておられるのではないでしょうか。

   本日の福音の中で読まれる「(父母や妻、兄弟姉妹たちを) 憎まないなら、私の弟子ではあり得ない」という主のお言葉は誤解され易いので、少し説明させて頂きます。ヘブライ語や当時パレスチナ・ユダヤ地方で一般民衆の話していたアラマイ語には比較級がないので、たとえば「より少なく愛する」、「二の次にする」というような場合には、「憎む」と言うのだそうです。従って、主が受難死の地エルサレムへと向かっておられた最後の旅の多少緊張感の漂う場面で、付いて来た群衆の方に振り向いておっしゃったこのお言葉は、私に付いて来ても、私を父母兄弟や自分の命以上に愛する人でなければ、また自分の十字架を背負って付いて来るほど捨て身になって私を愛する人でなければ、誰であっても私の弟子であることはできない、という意味に受け止めるべきだと思います。察するに、そこにいた群集の多くは、農閑期の暇を利用し、多少の好奇心もあって、主の一行にぞろぞろ付いて来ていたのだと思います。そこで主は、付いて来たいなら、各人腰を据えてよく考え、捨て身の覚悟で付いて来るようにと、各人パーソナルな決意を促されたのではないでしょうか。


   「自分の持ち物を一切捨てなければ、誰一人私の弟子ではあり得ない」というお言葉も大切です。主は受難死を間近にして、全ての人の贖いのために、ご自身の命までも捧げ尽くそうと決意を新たにしておられたと思いますが、主の弟子たる者も、主と同じ心で多くの人の救いのために生きることを求めておられるのだと思います。主の御跡に従う決意で誓願を宣立した私たち修道者も、主のこれらのお言葉を心に銘記しながら、主に従う修道者としての初心を新たに堅めましょう。