2015年2月11日水曜日

説教集B2012年:2012年2月11日(安井家で)

第一、第二朗読 創世記2・4b-9、15-17
福音朗読 マルコ7・14-23
読書 コリントの信徒への手紙1 3.1-23

   八年前の216日にあの世に移られたペトロ雅訓(まさのり)様は、今はあの世でペトロ謙様と共に、まだこの世にいる私たちのために祈っていて下さると信じます。昨年の3月に東日本大震災で大勢の人たちが津波で突然に命を失ったら、慈しみ深い神などという者が存在するというのは人間が勝手に作り上げた話で、罪なしに無数の人々が悲惨な最期を遂げたことから思うと、現実にはそんな神も美しい極楽や天国も存在しないのではないか、などと藤原新也というカメラマンが『アエラ』誌の特別号に疑問を呈し、それがマスコミで話題になったこともありますので、本日は聖書の言葉に基づいて神の働きや人間という存在について、ご一緒に少し考えてみたいと思います。

   創世記に描かれている人間の創造も楽園も人祖の罪も、神と私たち人間との内的関係を啓示した一種の神話ですから、実際の歴史的現実界でどのような出来事があったのか、私たちは全く知りません。しかし、聖書に従うと、神は宇宙万物を創造なさる最終段階で「我々にかたどり、我々に似せて人を創ろう。云々」と仰せになって、私たち人間をご自身にかたどって男と女に創造し、彼らを祝福して「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上の生き物を全て支配せよ」と仰せになったとあります。私は神のこれらの言葉から、人間は本来いずれは神に最もよく似た存在に成り、神のように時間空間を超越して至る所に遍在し、被造世界の万物と全ての出来事とを確実に知り、全ての被造物を支配するために創造された存在である、と考えています。このことは全て、受難死を遂げてあの世の命に復活なされた主キリストにおいて実現していますが、今は制約の多いこの罪の世に苦しみつつ生活している私たちも、既にあの世に召された雅訓様たちも、神への愛と従順により、世の終りに復活した後には、主キリストと同じ神のような存在に成るよう召されているのではないでしょうか。

   いずれは神のように万物を愛の内に支配するようにと創造された人間が、歴史のどの段階でどのようにして神に背いたのか、その罪を犯した人祖は人類史のどこにいたのか、などの事は全く不明ですが、全被造物を代表して創造神に背いたその罪は、神が時間空間を超越しておられる存在であるため、時間空間を超えて全ての被造物を穢し、この世を宇宙創造の始めから「苦しみの世」にしているのだと思います。事によると、20万年前に始まったと考えられている人類史のずーっと後の段階で、例えば人間の理性が発達した1万年前頃の人間が、神を無視して人間中心主義の生き方を始めたことが、時間空間を超えたあの世におられる神に対する、この世の全被造物を代表しての反逆行為として神に受け止められ、時間空間を超えてこの世の始めからの全ての被造物を穢し、この世を始めから苦しみの世にしているのかも知れません。創世記に描かれている人祖の罪は、その悲惨な現実を古代人に判り易く説明するために、神によって作られた神話なのではないでしょうか。

   使徒パウロはローマ書8章に、全ての被造物は「神の子らの現れを切に待ち望んでいる。被造物は虚無に服しているが、」「希望をもっている」「いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子らの栄光に輝く自由に与れるからである。被造物が全て今日まで共に呻き、共に産みの苦しみを味わっていることを、私たちは知っている。云々」と述べています。万物の創造主であられる神への感謝と愛よりも、私たち人間の欲と楽しみを先にする人間中心の罪な生き方が、私たち自身だけではなく宇宙の万物にまで各種の歪みや苦しみを齎しているのではないでしょうか。大きな明るい夢と期待の内に宇宙万物をお創りになった神の御望みに謙虚に聞き従う心を新たにしながら、神への感謝に生きようとしない無数の現代人の罪を、主と一致して償うことに心がけましょう。その償いの業の度合いに応じて、私たちは、神が初めに意図しておられた人間存在へと、高められて行くと信じます。

   もしも人間が神に背く罪を犯さず、楽園での苦しみのない生活がいつまでも終わりなく続いていたとしたら、人類は慈しみ深い神の愛に感謝し、神と語り合いながら、また全ての被造物を大切にしながら平和に仲良く生活していたでしょうが、しかし、苦しみや困難の全くない人生を続けているだけで、神の自己犠牲的な無報酬の奥深い愛については、深く理解できずにいたと思います。それを理解するには、数多くの恐ろしい苦難によって奥底の心が揺り動かされ、目覚めて一心に神の助けを願い求めて救われるような、恐ろしい苦難とそこからの救済という「奥底の心の目覚め体験」が必要なのではないでしょうか。青年期壮年期に長年深刻に悩んだことのある聖アウグスティヌスは、洗礼を受けて神の光の中に生活し始めた後に、人祖の犯した罪について「ああ、幸いな罪よ!」と讃美しています。その罪によって、もっと大きな深い神の愛の恵みを人類の上に呼び下したからだと思います。死も苦難も、私たちの奥底の心を強く揺り動かして目覚めさせ、もっと大きな恵みを与えるための、神からの恵みなのではないでしょうか。私たちの本当の人生は永遠に死ぬことのないあの世にあり、そこで一層深く神と一致し、一層幸せに生きるためには、私たちの奥底の心を揺り動かして目覚めさせ、真剣に深く大きく生きるように導くこの世の苦しみは貴重なお恵みであり、主キリストもそのことを身をもって示しておられると思います。

   神から与えられる苦しみを恐れないようにしましょう。余りにも豊かで便利な現代文明の流れの中で生活していますと、私たちの奥底の心は、自分中心・人間中心の生き方の中で眠ってしまい、私たちの本当の永遠に続くあの世の人生のために、もっと真剣に生きよう、もっと豊かな心の実を結ぼうしなくなります。それで神は、人間の魂の一番大切な底力の目覚めのために、時々苦しみを体験させて下さるのだと思います。日常茶飯事の中で出遭う無数の小さな出来事の中で、絶えず神の御旨を尋ね求めながら小さな愛の奉仕に心掛けていますと、不思議に神の小さな助けや巡り合わせ、導きなどを体験します。神のお与え下さる苦しみをも喜んで受け止め、あの世目指して雄々しく生きるよう心がけましょう。


   本日の福音に登場するハンセン病者は、大胆に行動しています。当時ハンセン病で社会から放逐された人は、その病を人に移さないため、死ぬまで人に近づいたり人里に入ったりしてはならない、という規則になっていましたが、主がカファルナウムで多くの病人を奇跡的に癒されたのを密かに耳にしたのでしょうか。この病者は早速社会の規則に公然と背いて、その主の足元にひれ伏し、「お望みならば、私を清くすることがお出来になります」と申し上げました。その大胆さを御覧になって、主も公然と社会の規則に背いて、その病者に手を差し伸べて触れ、「私は望む。清く成れ」とおっしゃり、その病者を癒されました。病者は望むと清くするという二つの動詞を使って簡潔にお願いしましたが、主もその二つの動詞だけを使って癒して下さったのです。人を救うためには、苦しむ人を束縛している社会の規則は無視するという、新約時代の新しい精神もここでははっきりと示されています。私たちも人間社会の規則中心主義ではなく、何よりも愛の神の導きに心を向けながら、大胆に生きるよう心がけましょう。

2015年2月8日日曜日

説教集B2012年:2012年間第5主日(三ケ日)

第1朗読 ヨブ記 7章1~4、6~7節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 9章16~19、22~23節
福音朗読 マルコによる福音書 1章29~39節


   本日の第一朗読はヨブ記からの引用ですが、年齢が進んで書類や小物をどこかに置き忘れたり、普段と違う場所に仕舞い込んだりして、後でそれらの物を探すことの多くなった私は、ヨブがサタンの仕業で息子や娘たちを次々と悲惨な事件で失った時に言った言葉、「主与え、主取り去り給う。主の御名に讃美」という言葉を、その度毎に唱えていますので、この祈りを教えてくれたヨブ記には感謝しています。この祈りを口にして主を讃美しながら、主から頂戴した全ての事物に感謝しつつ探していますと、不思議なほど後でそれらの事物を発見します。時には他の人に迷惑をかけないギリギリの時点で、置き忘れた物を見出すこともあり、悪霊の仕業ではないとしても、主は年老いた私の心に主に対する信頼心を喚起するために、屡々このような物忘れという試練をお遣わしになるのではないか、などと考えています。
   本日の第一朗読は、ヨブの友人エリファズがヨブ記4章、5章に「罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれることがあろうか」という、世の人々が普通に考えている勧善懲悪の人生観に立って、ヨブは自分の意識していない何か隠れた罪のために神の愛を失って、恐ろしい罰を受けていると思ったのか、神がお与えになったその苦しみをひたすら謙虚に受け止め、全能の神の戒めに従う心を新たにするよう、長い詩句を連ねてヨブに勧めたのに応えて、ヨブが語った言葉であります。長年神とのパーソナルな愛の内に神と共に生き、神に忠実に生きて来たヨブは、この世の人間の勧善懲悪的人生観とは違う、神のパーソナルな愛の立場から自分の受けている苦しみについての神の答えを、求めているように見えます。
   ヨブ記38章以降の所で神は直接にヨブに語り、宇宙の創造主であられる神ご自身が、この世の出来事の万事において絶対権を持っておられることをお示しになると、ヨブは「私は軽々しくものを申しました」と恐縮しましたが、神は実際に何の罪も犯していない善人、ご自身が特別に愛しておられる人間に対しても、恐ろしい苦しみを与えることがお出来になる程、人間に対して絶対権を持っておられることを、また神から派遣される罪のないメシアにも、多くの人の救いのために恐ろしい苦しみを与えることがあることを、このヨブ記を通してお示しになったのだと思います。神はその後、勧善懲悪のこの世的価値観の立場からヨブに様々の勧めを語った三人の友人には夫々罰を与え、ヨブには以前にも増して大きな富と幸せをお与えになったことでヨブ記が終わっています。私たちも、自分の人生の意味や、自分がこれまでに為した数々の善業や奉仕活動の意味を考える時、この世の勧善懲悪的価値観や人生観に留まることなく、何よりも宇宙万物の創り主、所有主であられる神に対する感謝とパーソナルな愛の内に、日々の生活を神の御旨のままに営み捧げる決意を新たにするよう心掛けましょう。それが、何一つ罪を犯していない善人にも襲いかかる数々の苦しみを、主キリストと共に多くの人の救いのために耐え忍び乗り越えて、最後には神がお与えになる究極の大きな幸せに至る道であると信じます。

   本日の第二朗読の後半で使徒パウロは、「私は誰に対しても自由な者ですが、全ての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。云々」と述べていますが、パウロは実際、一人でも多くの人を神の国へと救い上げるため、福音のために、どんなことでも積極的に挑戦し、成し遂げていた宣教師であったと思います。私たちが生きているこの極度に発達した技術文明世界は、情報技術の普及で各人の自由主義・個人主義・民主主義などの精神が、家庭でも社会でも大きな力を持ち始めたので、今や国も社会も全体を一つに堅くまとめることが難しくなっており、問題の多い国々では、様々な形の分裂や内紛の動きも始まっています。これからの人類は、政治的にも経済的にも深刻な不安に悩まされ続けるのではないでしょうか。このような社会不安の中では、使徒パウロのようにひたすら神からの呼びかけや導きに心を向け、それに積極的に従おうとする生き方が、私たちの心を新しい希望で若返らせ、神からの導き助けを祈り求めつつ、どんな不安や困難に対しても積極的に立ち向かう勇気と意欲と喜びを与えてくれるのではないでしょうか。本日の福音に描かれているカファルナウムでの主のお姿も、そのような積極的生き方の模範を私たちに提示していると思います。マスコミの伝える現代世界や現代社会の動向に、不安や困難がどれ程多くうごめいていようとも、恐れずに、ひたすら全能の神の働きに根ざして生き抜きましょう。それが、不安や困難がいや増すと思われるこれからの時代に、幸せに生きる道だと信じます。

2015年2月1日日曜日

説教集B2012年:2012年間第4主日(三ケ日)

第1朗読 申命記 18章15~20節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 7章32~35節
福音朗読 マルコによる福音書 1章21~28節

   本日の第一朗読は、イスラエルの民が約束の地に入る前にネボの山で死ぬモーセがその民に語った、遺言のような説教であったと思います。その中でモーセは、神はあなたたち同胞の中から、(これからも)「私のような預言者を立てられる。あなたたちは、その人に聞き従わねばならない」と述べています。そしてこのことは、あのシナイ山の麓での集会の日に、山全体が恐ろしい火と煙に包まれ、火の雲に乗って山の上に降られた神が、雷鳴と稲妻の中で権威をもって語られるのに驚き、それを極度に恐れた民が、私たちが二度と神・主の御声を直接に聞くことがないように、またこの大いなる火を見て死ぬことがないようにして下さい、と願い求めたことによるのだ、とモーセはその理由を説明しています。

   その時神がモーセにお語りになった次のお言葉が、この第一朗読の後半に読まれます。「彼らの言うことは、尤もである。私は彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立てて、その口に私の言葉を授ける。彼は、私が命じることを全て彼らに告げるであろう。彼が私の名によって私の言葉を語るのに、聞き従わない者があるならば、私はその責任を追及する。ただし、その預言者が私の命じていないことを、勝手に私の名によって語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない」というお言葉であります。これが、神がそのお考えを私たち人間に伝えるために、神ご自身が直接にお語りになるのではなく、私たちの間に一緒にいる人を介してお語りになるという、ご自身でお選びになった道であると思います。神がいつもモーセやその後継者ヨシュアのように、社会的に民の上に立って強く逞しく導く人を介してお語りになるとは限りません。太祖アブラハムは、社会的にはその土地その土地の支配者たちの下にあって、貧しい遊牧生活を続けているよその国生れの寄留家族の長でしたし、モーセたちの死後2百年近く続いた士師時代には、神は度々民間の小さな預言者、信仰に生きる貧しい農民や婦人たちを介しても民にお語りになり、神の民を守り導いておられます。神の御言葉を受けて伝える人たちの外的人間的容貌や能力の偉大さなどは問わずに、その小さな平凡な人を介して告げられた神の御言葉に対する、信仰と従順の心を実践的に表明するなら、神は信仰をもって従うその人たちを実際に導き助けておられました。神に対する信仰とお任せの心、徹底的従順の精神が何よりも大切だと思います。

   神が人間社会の中の上層部の人を介してよりも、民間で貧しく信仰に生きている人を介してお語りになることは、新約時代になっても続いており、復活なされた主がその民の内に霊的に世の終りまで留まっておられるので、その意味では旧約時代より遥かに数多くなっていると申してもよいと思います。主は一度聖霊によって喜びに溢れ、「天地の主である父よ、私はあなたを褒め称えます。あなたはこれらの事を知恵ある人や賢い人には隠し、小さい者にあらわして下さいました。そうです父よ、これがあなたの御心でした。云々」(ルカ10: 21)と話されたことがありました。天の御父が社会の中で貧しく従順に信仰に生きている、多くの小さい者たちの中で特別にお働きになるのを御覧になって、感動なされたのだと思います。主がこの世にお生まれになった時、その主を真っ先に拝みに来たのも、ベトレヘムの貧しい羊飼いたちでした。天の御父が天使を派遣して、彼らに知らせたからでした。神は、神への信仰や従順を後回しにしていたこの世の支配者や知恵者たちには、天使を派遣なさいませんでした。来る日も来る日も神に助けを願い求めながら、貧しさの中で清く誠実に神信仰に生きている無学な羊飼いたちに、特別に慈しみの御眼を向けておられたのだと思います。これは新約時代における神の働き方を世に示す出来事だったのではないでしょうか。天の御父は、素直な信頼心に生きているこの世の無数の幼い子供たちにも、同様に温かい御眼をかけておられると思います。ですから主も、マタイ18章の中で、「翻って幼児のようにならなければ、天の国には入れない」「このような幼児の一人を私の名の故に受け入れる人は、私を受け入れるのである。しかし、私を信ずるこの小さな者の一人を躓かせる者は、首にロバのひき臼をかけられて、海の深みに沈められる方が増しである」などと話しておられます。私たちも、一度は皆体験し生きていた幼児の心を自分の内に呼び醒まし、全面的信頼と委託と感謝の心で、日々神と共に生きるよう心がけましょう。それが、思わぬ災害や不詳事件が多発する不穏な現代社会にあって、神に護られ導かれて生き抜く道であると信じます。

   クリスマスの日中のミサにもお正月のミサにも申しましたが、昨年9月に故国ドイツを訪れたローマ教皇は、この世のマスコミからかなり激しい非難や攻撃をお受けになりました。それで昔はキリスト教国と言われていたヨーロッパ諸国に対して、新たに福音を宣教する必要性を痛感なされたのか、「ポルタ・フィデイ(信仰の門)」と題する自発教令を発令なさいました。教皇はその中で、今年の10月に第13回シノドス(世界代表司教会議)を、「キリスト教信仰を伝えるための新しい福音宣教」というテーマで開催すること、並びに第二ヴァチカン公会議開幕50周年に当たる今年の1011日から、来年の1124日王たるキリストの祭日までを「信仰年」とすることを発表なさいました。教皇はその自発教令の中で、使徒言行録14: 27に述べられている「信仰の扉」という言葉を引用なさりながら、「私たちを神との交わりの生活へと促し、神の教会へと導き入れる信仰の門は常に開かれている」と述べておられます。今年の秋から始まる「信仰年」は、単に各人がそれぞれの観点から聖書を研究して、各人の信仰を自分なりに深め他の人たちに伝えようとする年ではなく、2千年来の神の子キリストの新しい働きやその伝統を第2ヴァチカン公会議の精神で受け止め、従順と実践によって体得した新しい生き方を、今の世の人たちに伝えようとする年なのではないでしょうか。


   本日の福音には、人間理性を中心にして聖書を研究し、そこから神の民が守り行うべき法規を学び取ろうとしていた当時の律法学者たちのようにではなく、万物を支配し統御なさる神のような権威と力をもって、教えたり悪霊を追い出されたりなされた主イエスのお姿が描かれています。人々は皆驚いて、「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が穢れた霊に命じると、その言うことを聞く」などと話し合ったことが述べられています。理知的なこの世の人々の考えや言葉が、高度に発達したマスコミを通じ洪水のように荒れ狂っている世界の岸辺で、すっかり疲れている現代人の心が必要としているのも、あの世の神からのそういう権威ある新しい教え、力ある神ご自身の御言葉なのではないでしょうか。神は現代においても、マスコミを介してではなく、神への従順と信頼の内に神からの呼びかけに耳を傾けている敬虔な人を介して、私たちにお語り下さると思います。そういう人たちは、社会の底辺や一般庶民の中に隠れているかも知れません。隠れた所から私たちを観ておられる神、小さな奉仕や小さな行為に特別に眼を向けておられる父なる神に対する信仰を新たにしながら、あの世からの神の呼びかけに耳を傾け、聴き従うよう心がけましょう。

2015年1月25日日曜日

説教集B2012年:2012年間第3主日(三ケ日)

第1朗読 ヨナ記 3章1~5、10節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 7章29~31節
福音朗読 マルコによる福音書 1章14~20節

   本日の第一朗読はヨナ書からの引用ですが、ヨナ書は他の預言書とは異なり、内容は預言ではなく預言者ヨナの物語であります。私がローマに留学していた第二ヴァチカン公会議の頃、ヨナ書の物語は史実ではなく、バビロン捕囚後の最初の律法学者と言われるエズラと支配者ネヘミヤ時代の排他主義的選民思想に反発する抵抗文学の一つで、紀元前4世紀頃に創作されたのであろうと考えるプロテスタント聖書学者の見解が、カトリック教会でも受け入れられ広まりました。その聖書学者によると、アッシリアの首都ニネベの人々が預言者の言葉を聞いて悔い改めた史実は全くなく、アッシリアの王がヨナ書にあるように「ニネベの王」と言われたことはないこと、また「ニネベは非常に大きな町で一回りするのに三日かかった」とあるが、当時のニネベの城壁の周囲は8マイル(13キロ)しかなく、それ程大きくないその町を回るのに三日かかったというのは大げさであること、更にニネベの王が「人も家畜も、牛・羊に至るまで何一つ口にしてはならない。食べることも水を飲むことも禁ずる。云々」の禁令を出したことなども、真に信じがたい話だというのです。おそらく、その通りだと思います。私たちの目前にあるこの猪鼻湖を一周しますと11キロですから、ニネベの町は、それに三ケ日町の中心部を合わせた位の広さに展開していた都市であったと思います。

   しかし、マタイ12章やルカ11章を読みますと、主は「よこしまで神に背いた時代の人たちは徴を求めるが、預言者ヨナの徴の他には徴は与えられない」「ヨナが三日三晩大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩大地の中にいることになる。ニネベの人たちは裁きの時、今の時代の人たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニネベの人たちはヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここに、ヨナに勝る者がある」などと、ヨナが実際に大きな魚の腹に三日間呑み込まれていたことや、ニネベの人々が、身分の高い者も低い者も神を信じて、人も獣も厳しい断食をなし、彼らが歩んでいたそれまでの道から離れて神による天罰を免れたことが、史実であったかのようにお話しになっています。聖書学者たちの研究と主の話とのこの違いは、どう考えたらよいのでしょう。学者たちはそれについて黙していますので、私の勝手な解釈ですが、察するにキリスト時代のユダヤ人たちは、ヨナ預言者についての話を史実であると思っていたのだと思います。父なる神の御摂理が、メシアの死と復活などを予告するために、ユダヤ人の間にそのような作り話を産み出して広めたのだと思われます。神の御子メシアはそれが史実でないことを熟知しつつも、当時のユダヤで史実と信じられているその作り話を利用して、ご自身がこれから当時のユダヤ人たちに証ししようとしている神よりの徴について、お話しのなったのではないでしょうか。

   本日の第二朗読に読まれる「定められた時」は、世の終りのキリスト再臨の時を指しています。預言者的な予見の能力にも恵まれていた使徒パウロは、ここではキリスト再臨が間近に迫っている時の状況を予見しつつ、これらの言葉をコリントの信徒団に認めたのではないでしょうか。今私たちの生きているこの2012年は、昨年にも増して経済の深刻化、世界の政治的・社会的動乱、そして地球温暖化に伴う水不足や自然災害の頻発などに悩まされる年になるかも知れません。あまりにも便利に、また豊かになった現代技術文明の中で生まれ育った現代の若者たちは、必要な知識や情報をネットで簡単に入手できるようになっているため、もう昔の人たちのように先人たちの研究業績や著作を数多く収集して細かく吟味したり、まだ解決されずに残されている問題や研究されずにいる分野を見出して、手堅く根気強く研究しようとする人たちが、昔に比べると非常に少なくなって来ているように思われます。発展目覚ましかった人類の文明文化は、そろそろ飽和状態に達しているのではないかという印象を受けます。

   1980年頃から指摘されて来た「活字離れ」の現象は、今では若者たちの間で一般的になり、大学生や大学卒の知識人たちでも、漫画や軽く読める週刊誌や雑誌以外には本に興味を示さず、新聞を読まない人たちも増えています。必要な情報や知識は、ネットやテレビや安価な電子書籍で簡単に入手できるからだと思います。それで名古屋辺りでは既に閉店した本屋や、規模を大きく縮小する書店が少なくありません。執筆することで生活している作家や学者たちも、何をどのように書いたら本が売れるのかと、深刻に悩んでいるのではないでしょうか。こういう状態は、文明文化の発展が若さを失って飽和状態に来ている徴ではないかと思います。極度の豊かさ・便利さの中でこの世の社会にこのような精神的停滞ムードが広まって来たら、私たちは本日の第二朗読に述べられているように、この世のことで泣かない人、喜ばない人、持たない人、関わりのない人のようになって生活し、ひたすらあの世の神に心を向け、神と共に生きるよう心がけましょう。私たちの心は、「この世の有様が」どのような形で変形し過ぎ去って行こうとも、この新しい視点から新たな喜びと希望と意欲を見出すに至ると思います。


   本日の福音は、「ヨハネが捕えられた後」という言葉で始まっています。メシアより半年早く生れた洗礼者ヨハネは、おそらくヨルダン川で主に洗礼を授ける半年程前に30歳になって民衆に悔い改めの説教をなし、洗礼を授け始めたのではないでしょうか。主はそのヨハネから洗礼を受けた後、まず40日間は荒れ野に退いて断食生活を営み、その後ヨハネがいた近くをお通りになると、「見よ、神の小羊を」というヨハネの言葉を聞いて、主の後をつけて来た洗礼者ヨハネの二人の弟子アンデレ及びヨハネと知りあいました。しかし、洗礼者ヨハネはその少し後頃に、ガリラヤと洗礼者ヨハネが活躍していたヨルダン川周辺のペレア地方とを領有していたヘロデ・アンティパス王に捕えられたと思われます。としますと、洗礼者ヨハネのヨルダン川地方での活躍は8ヶ月間ほどだったのではないでしょうか。でもヘロデ王は、獄中の洗礼者ヨハネをその弟子たちが訪れるのを許していましたので、洗礼者ヨハネの宣教活動は、その殉教の日までまだ暫くは続きます。しかし、ご自身の先駆者ヨハネが捕縛されると、主はやがて同様の運命が御自身の上にもふりかかることを覚悟なされてガリラヤに行き、神の国宣教と弟子たちを集め養成する活動とをお始めになったのではないでしょうか。「時は満ち」というお言葉にある「時」という言葉は、チャンスの時という意味です。終末期を迎えている私たちにとっても、今は神へと目覚めるチャンスなのではないでしょうか。

2015年1月18日日曜日

説教集B2012年:2012年間第2主日(三ケ日)

第1朗読 サムエル記上 3章3b~10、19節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 6章13c~15a、17~20節
福音朗読 ヨハネによる福音書 1章35~42節

    本日の第一朗読には、まだ子供であった後年のサムエル預言者に対する、神の数度に及ぶ呼びかけが述べられています。少年のサムエルは「神の箱が安置されていた主の神殿に寝ていた」とありますが、シナイ山でモーセに与えられた十戒を刻む石の板を納めた契約の箱は、まだシナイ半島の砂漠に滞在していた時の幕屋、すなわち必要に応じて自由にその場所を移動することのできる大きなテントの中に置かれていました。特定の地所での神殿は、ダビデ王がエルサレムを占領し、その後継者ソロモン王が立派に建設するまではまだ無かったからでした。少年サムエルは、契約の箱のあるその大きな幕屋の片隅を自分の寝どころとしていたのだと思われます。四度目の神の呼びかけに、サムエルが祭司エリの勧めに従って「どうぞ、お語り下さい。僕は聞いています」と神に申し上げた言葉は、大切だと思います。この世の出来事や情報だけに心を向け、自分の考えに従って生きるのではなく、何よりも私たちの心の奥に呼びかけておられる神の声に心の耳を傾け、そのお言葉に従って生きる生き方を、神は私たちからも求めておられると思うからです。まずその神の隠れた現存に対する信仰を新たにしながら、何も聞こえなくても、神に心の耳を傾けながら毎日少しの時間、神と共に「神の僕」として静かに留まるように心掛けてみましょう。そのように心がけていますと、やがてはその神が自分の心の中でもそっと働いて下さるのを、実感するようになります。

    本日の第二朗読に読まれる、「あなた方の体は神から戴いた聖霊が宿って下さる神殿であり、あなた方はもはや自分自身のものではないのです。あなた方は代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」という使徒パウロの言葉も、大切だと思います。大きな善意からではあっても、神のため自分の人間的考えを中心にして何かを為そうとする信仰生活は、まだ神の霊の器・神殿としての生き方ではなく、悪く言うなら、神の愛と働きを人間側から利用しようとする生き方だと思います。もちろん、それでも神を信じない生き方よりは増しですから、憐み深く寛大な神は、そのような信仰者の願いにもお耳を傾けて下さるでしょう。しかし、いつまでも人間の考えや意欲中心のその生き方に留まり続け、そこから抜け出て神中心の生き方へと高く昇ろうとしないなら、私たちの体を神殿としてその中に宿っておられる聖霊の期待を無視することになり、聖霊を悲しませるのではないでしょうか。前述した使徒パウロの言葉は、そのような自分中心・人間中心の信仰生活を続けている人たちに対する警告であると思います。私たちの体は神の聖霊の神殿であって、自分の考えや意欲を無にして、サムエル預言者のように徹底的に神の僕として神のお考え通りに生きようと心掛ける時に、神はこの体を御自身の神殿としてお住み下さり、私たちの上にも周辺の人々の上にも豊かな恵みを与えて下さるのではないでしょうか。


    ただ神に熱心に祈り求めるだけ、神が働いて下さるのを待つだけというのでは足りません。私たちの側でも、日常の小さな出会いや出来事の中で、神への愛や従順などを実践的に表明する必要があると思います。本日の福音によると、洗礼者ヨハネは歩いて通り過ぎられる主イエスを見て、一緒にいた二人の弟子ヨハネとアンデレに「見よ、神の小羊だ」と話しました。すると二人の弟子はその主の後について行きました。主は二人のこの小さな実践を受け止めて働いて下さいます。そして二人とその兄弟たちが、やがて主の使徒となって働く恵みにまで、お導き下さったのです。やはり平凡な日常生活の中での小さな出会いを大切にし、神よりのものと思うものには積極的に従おう、協力しよう、奉仕しようとする小さな実践の積み重ねが、私たちの上に神の豊かな祝福を齎すのではないでしょうか。神は隠れた所からいつも私たちに伴っておられ、私たちの全ての行いを見ておられるという信仰を新たにし、その信仰の内にいつも神と共に生きるよう心がけましょう。

2015年1月4日日曜日

説教集B2012年:2012年主の公現(三ケ日)

第1朗読 イザヤ書 60章1~6節
第2朗読 エフェソの信徒への手紙 3章2,3b,5~6節
福音朗読 マタイによる福音書 2章1~12節

   イザヤ書の40章から55章までは第二イザヤの預言、56章から最後の66章までは第三イザヤの預言とされていますが、第二イザヤの預言に励まされ大きな夢と希望を抱いてバビロンから帰国した神の民は、エルサレムの荒廃の酷さに極度の落胆と失望を覚えたと思います。その時の現実は、確かに絶望的であったと思います。しかし、その絶望的現実に直面して神に心の眼を向け、神による導きと助けを願い求めつつ、困苦欠乏に耐えてこつこつと美しい未来を築こうとするのが、真の信仰だと思います。その忍耐強い実践的信仰と希望のある所に、全能の神からの導きと助けが働き始めてエルサレムは再び建て直され、明るく輝き始めるのですから。第三イザヤは、暗い貧困と欠乏の闇に覆われているエルサレムの上に働き出そうとしている神の力に眼を向けながら、本日の第一朗読の言葉を語っているのだと思います。「見よ、闇は地を覆い暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなた(エルサレム)の上には主が輝き出で、主の栄光があなたの上に現れる」「エルサレムよ、起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り、主の栄光はあなたの上に輝く」「国々はあなたを照らす光に向かい、王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。目をあげて見渡すがよい。みな集いあなたの許に来る。云々」と。

   その預言の後半には、「駱駝の大群、ミディアンとエファの若い駱駝が、あなたの許に押し寄せる。シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る」というような、ソロモン王時代の繁栄を思わせるような言葉も読まれますが、その言葉通りの事が旧約末期のエルサレムに起こってはいません。しかし、多少なりともソロモン時代の繁栄を思わせ、偲ばせるような繁栄が、キリスト時代のエルサレムに実現しています。第三イザヤはその繁栄を、ソロモン時代のイメージで予告したのでしょうか。ローマのアウグストス皇帝の政策によって、長く続く国際的平和が打ち立てられ、シルクロード貿易が盛んになって商工業が大きく発展しましたが、その政策に積極的に協力して巧みに大儲けをしたヘロデ大王が、ニカノールという天才的建築師をギリシャから招聘し、大きな美しい大理石を大量に輸入して、それまでよりも遥かに大規模に美麗なエルサレム神殿を建て直したら、当時の世界各地から無数の巡礼団や国際貿易商たちがエルサレム神殿を訪れるようになりました。ソロモン王の宮殿の残骸が残っていた広大な敷地は、神殿の外庭として綺麗に整地され、それを囲んで大きな大理石の円柱が四列に並んで美しい屋根を支えている「ソロモンの回廊」が完成すると、その外庭では異邦人も自由に入って祈ったり献金したりすることができましたので、中央の大きな門の両脇に少し小さな門を配置した、大小三つの大理石の「美しの門」を見るためにも、大勢の異邦人がエルサレム神殿を訪れるようになりました。また新約聖書の諸所に読まれるように、雨や日照を避けて会合できる大きな「ソロモンの回廊」では、ラビたちも主イエスも使徒たちも、よく民衆に対する説教などをしていました。

   しかし、エルサレムがこのように大きく豊かに発展し、無数の異邦人がその神殿を訪れて神に祈る時代になっているのに、そこに住む神の民が、神から派遣されたメシアの新しい呼びかけを正しく識別せずに、自分たちの社会や経済や富中心の価値観に留まり続けていましたら、神はそのエルサレムを紀元70年に戦火によって徹底的廃虚としてしまわれました。神中心の信仰と価値観に生きていなかったからでした。現代の私たちも、気を付けましょう。現代の人類は、当時のユダヤ人とは比較にならない程豊かにまた自由に生活していますが、主キリストの福音を正しく受け止めて、心の底から神中心の生き方へと悔い改めなければ、外的には繁栄の絶頂に差し掛かっているように見える現代世界は、各種の内部分裂によって徹底的に崩され、2千年前のエルサレム神殿と同様に廃虚とされてしまうかも知れませんから。福音書を読みますと、キリスト時代のユダヤには悪魔に憑かれた人が多かったように見えますが、使徒ヨハネの第一書簡2章には、反キリストの多く出現することが終りの時の徴とされています。当時のエルサレム滅亡の数年前、十数年前には、多くの真面目な人たちや役職者たちが次々と突然に刺し殺されています。現代の人類社会にも、悪霊たちの唆しによるのか、それよりはもっと過激な自爆テロや無差別殺人などが多発しています。これからの現代社会は次第にそれらの出来事を阻止し抑止する力を失って、社会不安が急速に広まり深刻化するのではないでしょうか。既に経済や政治の分野でも、様々の乱れや分裂が始まっているように見えます。

   本日の福音の始めには「ヘロデ王の時代に」とありますが、大規模な国際的経済発展の流れに乗って、エルサレム神殿を大きく美しく増改築し、それによってエルサレムの都をもそれまでとは比較にならない程豊かにしつつあった外的功績のため、「ヘロデ大王」とまで呼ばれていた国王が支配していた時、神はその社会の貧しい下層民の所に神の御子メシアをか弱い幼児となしてお遣わしになりました。その誕生を、予てから予告されていた星の徴によって知った東方の星占いの博士たちに、遠路はるばるその幼児を訪ねさせ、拝ませるようお計らいになりました。彼らがエルサレムに来てヘロデ王を訪ね、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と話したら、王はすぐにその幼児が予ねて預言者たちによって予告されていたメシアであると理解し、メシアがどこに生れることになっているかを、祭司長や律法学者たちから聞き出して、博士たちをベトレヘムへ送り出しました。しかしその時、密かに博士たちを呼び寄せて星の現れた時期を確かめてから、「行ってその子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。私も行って拝もう」と依頼しました。博士たちからの詳しい知らせを得てから、自分の支配権を危険にするその幼児を殺害しよう、と考えたのだと思います。しかし、神の介入によって王のこの計画は見事に裏切られ、夢でヘロデ王の計画を知らされたヨゼフは、夜闇の内に幼児とその母マリアを連れてエジプトに逃れ、博士たちからの贈り物を生活費として、ヘロデ王が死ぬまでエジプトに滞在していました。


   終末時代の様相を濃くすると思われるこれからの現代社会においても、神との心の繋がりを祈りによって深め、聖家族たちのように、貧しさを厭わずに神への愛と徹底的従順に生きるよう心がけるなら、社会がどれ程乱れても、神から不思議に護り導かれて、全ての困難・危険に耐えて逞しく生き抜くことができると信じます。どんな不安や苦難をも恐れないようにしましょう。それらは全て、私たちの心を一層深く神へと導くもの、神の内に一層強く生きさせるものだと思います。主の公現の祭日に当たり、主は助けを必要としている貧しい人々の中で私たちに現れ、私たちの信仰と愛をお受けになることを忘れないように致しましょう。

2015年1月1日木曜日

説教集B2012年:2012年神の母聖マリアの祝日(三ケ日)

第1朗読 民数記 6章22~27節
第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 4章4~7節
福音朗読 ルカによる福音書 2章16~21節

   皆様、新年おめでとうございます。元日は「国民の祝日」で、わが国では古来全ての人が仕事を休み、新しい年を迎えたことを祝賀し合って来ました。それでローマ教皇庁は、公会議後にカトリック典礼や祝日表の見直しが行われた時、日本の教会に、元日をカトリック者の「守るべき祭日」とするよう強く勧めたそうですが、当時の日本の司教団は、まだカトリック国になっていない日本では、元日にカトリック者でない友人・知人が年始回りに来訪することが多いなどの理由で「守るべき祝日」にはせず、ミサに出席するか否かは各人の自由に任せようとしました。しかし、教皇庁からの重ねての強い要請を受けて、遂にクリスマスと元日との二日を、日本におけるカトリック教会の「守るべき祭日」と定めました。けれども、それ以前には元日は日本で「守るべき祝日」とされていなかったので、司教団のこの決定を知らずにいる信徒も多く、教会も信徒たちに元日を「守るべき祭日」として強調しなかったので、日曜毎にミサに出席する信徒でも、元日のミサには来ない人が多いように見受けます。しかし、今年は元日が日曜なので、ミサに出席している信徒が多いのではないでしょうか。この機会に、各教会で元日が日本では「守るべき祭日」であることを信徒に周知させて欲しいと思います。

   年の初めの元日はどこの国でもお祝いされていますが、アジアではまだ伝統的な太陰暦の元日、すなわち一カ月程後のお正月を大きく祝っている国が少なくありません。わが国でも昔は同様でしたが、しかしアジア諸国に先んじて明治5年に太陽暦を導入し、欧米諸国と一致して太陽暦の元日の方をより大きく祝うようにして来ました。察するに、40年程前のローマ教皇庁は日本人のこの積極性を高く評価し、昔は幼児イエスの割礼の記念日、イエスと命名された記念日とされていた元日を、新しく「神の母マリアの祭日」として祝われることになった機会に、せめて元日が全国的に大きく祝われている「日出る国」日本では、この日をカトリックの「守るべき祭日」として祝い、全世界の教会にアピールして欲しいと、一旦は日本の司教団に拒否されても屈せずに強く依頼し、日本カトリックの「守るべき祭日」にしてもらったのではないでしょうか。この祭日は後に「世界平和の日」ともされ、全教会が世界平和のために聖母の取次を願いながら祈る日とされています。教皇のこのような期待に応え、私たちも世界のカトリック教会の先端に立って聖母の取次を願いつつ、世界平和のためこのミサ聖祭を捧げましょう。

   一週間前のクリスマスの説教に、私はこの2012年に今の世界は一つの大きな転換期を迎えるのではないかというような話をしましたが、事実この一月には注目されている台湾の総選挙が行われ、三月にはロシアで大統領選挙、五月にフランスで大統領選挙、十一月にはアメリカで大統領選挙が行われます。そして中国でも今年の秋の第18期党大会で、国家主席が交代することになっています。四月に行われる一院制の韓国国会議員選挙の結果も、2週間前に急死した金日成(   )の後を継いだ金正恩(   )の北朝鮮が、どのような動きを示すかも気になります。今年はやはり、世界が大きく変動する年になるかも知れません。本日の第一朗読には、神がモーセにお与えになったイスラエルの民を祝福する言葉が読まれますが、この三カ条の祝福の言葉は、その時以来旧約時代の終りまで、毎年祭司がイスラエルの民に向かって唱える伝統となっていました。現代の私たちも、神から授けられたその祝福の言葉を、新たに受け継いで全人類のために唱え、各種の大きな悩みや困難を抱えている現代の人類の上に神の祝福を祈り求めましょう。

   クリスマスの日中の説教にも申しましたが、昨年九月下旬にドイツ政府の招請で三度目に故国ドイツを訪問し、この機会に初めて東ドイツにまで足を伸ばした今のローマ教皇は、現代世界の趨勢に合わせて司祭の独身性を廃止し、女性の司祭職を導入せよなどの様々の要求を突きつける、かなり強いマスコミ批判に曝されました。教皇は伝統を重視しそれにはっきりと抗弁なさいましたが、今のドイツ社会は保守的教皇のそのような伝統的見解を全く無視しています。ローマ教皇は、今後も増々激しく今の人類社会から批判や攻撃を受けるのではないでしょうか。福音書を読みますと、二千年前のユダヤには救い主の出現に対抗して数多くの悪霊が働き始めたようですが、終末的様相を呈している現代にも、無数の悪霊たちが働き始めているのではないでしょうか。これまでの社会には見られなかったような悲惨な殺人行為や無差別殺戮が、日本でも欧米でも多発しています。しかもその殺戮犯自身は生真面目に生活して来たおとなしい人間であって、自分がなぜそのような殺人行為に走ったのか、その理由が自分でもよく分からず、精神医にまわされて精神鑑定を受けたりしています。魔が差したのではないでしょうか。政治不安・社会不安・経済不安がいや増すと思われるこれからの終末的時代には、諸国・諸民族の伝統的流れが根底から崩れ始め、同時に悪霊たちの働きも私たちの想定を絶する程激しく、頻繁になるのではないでしょうか。神の婢としての生き方を堅持しておられた聖母は、それらの悪霊たちに対抗して神中心・キリスト中心の精神で生活するようにと、魔の差す出来事の多発する不安な時代に生きる私たちに、強く呼びかけておられると思います。年の初めに当たり、聖母と共に神中心・キリスト中心に生きる決意を新たに堅めて、神にお捧げ致しましょう。


   本日の福音には、羊飼いたちが「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた」とありますが、十字軍遠征の失敗で聖地に行けなくなった時代に生まれ育ったルネサンス画家たちは、この言葉から当時のイタリアの田舎町の町外れに多く見られた家畜置き場を連想し、そのような家畜置き場で生まれた救い主の美しい絵を数多く描きました。私もイタリアの田舎町の病院付き司祭の代わりとして、2週間余り滞在した時にそのような家畜置き場を見たことがありますが、しかし、ルネサンス人たちの想像は、それ以前の古代教会の言い伝えとは違います。天使ははっきりと「ベトレヘムの町の中に生まれた」と告げていますし、事実4世紀にコンスタンチヌス大帝の母へレナ皇后が現地のキリスト者たちの伝えを精査した上で確認した救い主の生誕地は、今のベトレヘム市中心部から100m程の所にあり、2千年前にはダビデ家の人々が住んでいた、ギリシャ語でカタリマと言われていた広間へのぼる階段の下にある、驢馬などを繋いで置く所、現代の自家用車置き場のような所だったようです。そこは道路からすぐに見える所でしたから、羊飼いたちは当時人口2千人程の小さな町ベトレヘムの中心部近くで、簡単にその幼子を見出すことができたと思われます。なお、当時は驢馬が庶民のごく普通に所有する家畜で、馬は支配者の配下にある軍人の所有物でしたから、ルネサンス画家たちのように馬や牛を幼子メシアの傍に描くのは、時代錯誤だと思います。エルサレム入城の時にも、メシアは驢馬に乗って入城なさいました。…..