2009年7月12日日曜日

説教集B年: 2006年7月16日、年間第15主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. アモス 7: 12~15.     Ⅱ. エフェソ 1: 3~14.  
  Ⅲ. マルコ福音 6: 7~13.
① 本日の第一朗読は、紀元前8世紀に北イスラエル王国で支配階級の圧制の罪を糾弾したアモス預言者の書からの引用ですが、その第7章の始めには、まずアモスが見た三つの幻が記されています。第一は大地の青草を全て食べ尽くすイナゴの幻、第二は湖も畑も焼き尽くす審判の火の幻ですが、アモスが神に願ったので、神は思い直されてこれらの不幸は起こらないと言われます。しかし、第三の北イスラエル王国を廃墟にする恐ろしい幻は、そのまま残ります。その預言を聞いた王国の祭司アマツヤは、国王ヤロブアムにそのことを報告しましたが、それに対する国王の返事は明記されていません。しかし、たぶん国王の意を受けて、アマツヤがアモスに言った言葉が、本日の朗読箇所になっています。祭司アマツヤはアモスに、このイスラエル王国では殺される恐れがあることをにおわせながら、ユダ国に逃れ、そこで預言するよう勧めて、ベテルでは二度と預言しないよう命じています。それに対してアモスは、自分は予言を専業としている預言者でも預言者の弟子でもない、ごく普通の貧しい農夫に過ぎないが、しかし神から「行って、わが民イスラエルに預言せよ」と言われ、派遣されて来たのだ、主のお言葉を聞け、という風に答え、本日の朗読箇所にはありませんが、すぐ続いてアマツヤについても、神からの恐ろしい宣告の言葉を告げています。それらはいずれも、北イスラエルが間もなく大国アッシリアに侵略された時に、現実となったと思います。神は、専門の宗教者や超能力に秀でた預言者たちを介してだけ語られるのではありません。それよりもむしろ、平凡な民間人や小さな者たちを介して、お語りになることが多いと思います。私たちも、その神の声を軽視したり聞き逃したりしないよう、特に平凡な小さな出会いや小さなしるしなどに気をつけましょう。神は、小さなものや小さな出来事を通してそっと私たちに近づき、心を試したり恵みを提供したりなさることが多いからです。
② キリストという言葉を幾度も登場させている本日の第二朗読は、キリストにおいて授けられた恵みゆえに父なる神を讃える、初代教会の荘厳な讃歌だと思います。古来多くの聖人賢者たちも、深い感激のうちにこの讃歌を愛唱して来ましたが、私たちもそれに倣って、この素晴らしい信仰の遺産を大切にし、私たちの心が日々その深遠な思想に満たされ養われるように心がけましょう。私は自分で持たず使っていないのでよく判りませんが、日々インターネットや携帯電話などに囲まれて生活している現代人の中には、人間関係が産み出す各種の絆しや規制、あるいは「しなければならない」という義務感や業績主義、さらにそういう無数の気遣いから生ずるストレスを解消するための様々な依存症などに束縛され、いつまでものびのびと意欲に溢れた生き方を体得できずにいる人が多いのではないでしょうか。そういう人たちの心に一番必要なのは、この古い讃歌にみなぎっているような、三位一体の創造神に対する視野の広い明るい感謝と愛と信頼の精神だと思います。
③ 神は、互いに苦しみ苦しめ合っているこの悲劇的人間たちだけをお創りになったのではなく、その前にまず、私たち人間の想像を絶する程大きな、また神秘に満ちた大宇宙とその中にある全ての存在を次々とお創りになり、聖書によると、最後にご自身に似せて私たち人間を、いわば万物の霊長としてお創りになって、これに万物を支配する使命、すなわちこの地上で働きながら能力を磨き、神のお創りになった万物を次第に深く理解して、神の創造の業に感嘆したり感謝したりしつつ、万物を神と共に世話する使命を与えて下さったのです。18世紀の啓蒙主義者たちのように、この世の時間空間的次元の考え方を神の創造にまであてはめ、神の創造をもう終わってしまった過去のことと考えることには警戒しましょう。時間空間を超越しておられる神の立場で考えるなら、宇宙万物の創造は今も続いている継続的現実であり、万物の霊長としての私たち人間の創造も、また「新たな創造」と称してもよいその救済も、まだ終わっていない継続的現実だと思います。創世記1章の終りに読まれる、「神はお創りになった全てのものを御覧になった。見よ、それは極めてよかった」という神のお言葉も、過去のものではなく、今も着々と実現し続けている事実なのではないでしょうか。神による創造が完全に実現するのは、その創造の過程で発生した罪悪の穢れが完全に払拭されて、神中心の義と愛に輝く永遠の新しい天と新しい地が、栄光の主キリストと共に現れ出る時だと思います。本日の第二朗読にある讃歌も、この観点から愛唱する時、三位一体の神の恵みと働きに対する大きな感謝と明るい信頼・希望の念が、心の底から湧き上がるのを禁じ得ないと思います。
④ 本日の福音は、主が「12人を呼び寄せ」という言葉で始まっていますが、主はこの12という数に特別の意味を与えておられたと思います。それは、旧約時代の神の民12部族に対応する新約時代の神の民の中核を構成するもの、新しい神の民のシンボルでもあると思います。使徒パウロも「12人」という言葉を、新約時代の神の民のシンボルとして使っていると思われる箇所があります。コリント前書15章に復活したキリストに出会った人々を列挙して、「ケファに現われ、その後12人に現われた」と書いている所であります。この時には裏切り者ユダは既に死んでいましたし、その代わりにマチアが使徒に選出されたのは主の御昇天後でしたから、12使徒のことを指しているのなら、「11人に現われた」と書くべきだと思います。しかし、敢えて「12人」と書いたのは、それが神の民全体の中核を象徴していたからだと思われます。
⑤ 私の少し勝手な想像ですが、12使徒たちは殉教してあの世に移った時点で、もうその使命を完全に終えて引退してしまったのではなく、あの世においても新しい神の民の土台としての使命のために配慮し、今も私たちその使命を受け継いでいる宣教者たちに陰ながら伴って、尽力しているのではないかと考えます。主は、ルカ福音書6章によると、山で夜通し神に祈られてから、ご自身で選出なされたこの神の民の中核・土台となるべき使徒たちに、神の国を全人類に広める使命をお与えになったのですから。従って現代の私たちも、何よりもその使徒たちが主から受けた使命と教えから離脱しないよう慎重に心がけながら、使徒時代からの教会の伝統に基づいて自分の受け継いだ宣教使命を果たすべきだと考えます。メシアの来臨と活動の受け皿を整え、そこにメシアを迎えて神の国を広めるはずであった旧約の神の民が、その使命の達成に不熱心になり、自分たちの現世的安泰だけを優先して生きるようになった時、厳しい天罰を受けたように、新約の神の民である私たちも、主が使徒たちにお与えになった使命、すなわち神の国を全人類に広めるという使命の達成に不熱心になり、自分たちの思想や自分たちの安泰を優先して生きるようになるなら、厳しい天罰を覚悟しなければならないと思います。2千年前の一部のユダヤ人たちの失敗に学んで、気をつけましょう。
⑥ 本日の福音には続いて、「汚れた霊に対する権能を授け」、「二人ずつ組にして遣わされた」とあります。神の国は、頭で理知的に理解させることのできる道徳的あるいは哲学的教えでも、理性に説明することのできる外的技術的知識でもなく、人の心の欲望を拠点にしている悪霊を放逐して、何よりもその心の中に神の支配を確立する生きる神の生命力だと思います。新約の神の民は、その霊的戦いのために派遣されているのです。それは人間の力だけでは勝てない戦いなので、神からの特別の権能が授けられたのだと思います。しかし、神の愛から産み出されたこの権能は、派遣された各人がそれぞれ自分の心の欲を抑制しつつ、育ちも性格も違う同僚たちと共に生活し助け合う、神の広い自己犠牲的・奉仕的愛に生きるところで、生き生きと力強く働く愛の能力だと思います。ですから主は、二人ずつ組にして派遣なされたのではないでしょうか。人生苦を超越する悟りの道を人間の側から発見し確立なされた釈尊は、その教えと道を一人でも多くの人に伝えるために、お弟子たちを一人ずつ派遣なされた、という話を聞いたことがありますが、神よりの愛の実践を基盤とする神の民の道は、それとは対照的に違っていると思います。
⑦ 続いて主は、派遣される宣教者の心得についても、二つのことを命じておられます。その一つは持ち物についての心構えであります。杖を持つことと履物を履くことは許されています。杖は野獣や蛇などの害を避けるため、また履物は荒地の野山を歩く時のために、当時の旅人には必需品だったからでしょう。しかし、パンも袋も金も持ってはならず、下着は二枚着てはならないとあります。これらのお言葉は、当時のユダヤ住民の生活事情を考慮して受け止めるべきだと思いますが、それにしても主はなぜこんなに厳しい命令をお与えになったのでしょうか。いずれ人類の贖いのため十字架上のいけにえとなることを覚悟しておられた主ご自身も、欲心を統御するため、常日頃清貧と節制に心がけておられたでしょうが、清貧と節制を愛する心の中に、悪霊の支配を打ち砕く神の権能も力強く働くことを、数多く体験しておられたからなのではないでしょうか。人間の力や人間の蓄えたものに頼り過ぎずに、ひたすら神の導きと力により縋って、人々の心から悪霊を追い出し、神の国を打ち建てるよう、主は厳しいご命令をお与えになったのだと思われます。
⑧ 主はもう一つ、宣教先での心構えについても命じておられますが、「ある家に受け入れられたら、旅立つ時までその家に留まりなさい」というのは、より快適な待遇を求めて家を変えようとしてはならない、という意味ではないでしょうか。また「迎え入れられないなら、出て行く時に (当時のユダヤ人の慣習に従って) 足の裏の埃を払い落としなさい」とあるのは、神の国の宣教者を受け入れない家には、神の保護が保証されないことを世に示すように、という意味の命令なのではないでしょうか。いずれにしても、宣教者は自分の考えや自分の力で神の国の福音を広めるのではなく、自分をいわば神の僕や神の器のようにして、自分の中で働いて下さる神の霊の導くままに、受け入れる人たちの態度に応じて神の国を広めることを、主はお命じになったのだと思います。宣教者たちが清貧と神への従順に努め、神の霊が彼らを通して働くことを、主は望んでおられるのだと思います。これは、現代の人間にとっては難しいことだと思います。私たちは毎月の第一月曜日に、司祭・修道者の増加と活動の成功のためミサ聖祭を捧げて祈っていますが、本日のミサ聖祭は、現代の神の国宣教者たちの霊的向上と成功のためにお献げしたいと思います。宜しければ、この目的のためご一緒にお祈り下さい。

2009年7月5日日曜日

説教集B年: 2006年7月9日、年間第14主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. エゼキエル 2: 2~5.     Ⅱ. コリント後 12: 7b~10.  
  Ⅲ. マルコ福音 6: 1~6.
① 本日の第一朗読は、紀元前6世紀にエゼキエルが、捕囚の地バビロンで預言者として召し出された時の話の続きですが、神の霊が預言者の中に入り、自分の足で立たせたとあるのは、今までの生き方とは違う新しい生き方をさせようと、立ち上がらせたことを意味していると思います。キリスト教信仰生活の特徴は、2千年前のファリサイ派の信仰生活のように、不動の律法を忠実に守り通すというところにあるのではなく、現代の天気予報を狂わせることも多いほど絶えず変化する風のように、日々新たな動きをする神の霊の導きに従って生きること、働くことにあると思います。「人の子」という言葉は、新約聖書の福音書に数多く使用されていますが、旧約聖書にも創世記を始め、特に詩篇や預言書に数多く使用されています。しかし、「人の子よ」という呼びかけは、本日の朗読箇所に登場するのを初めとして、エゼキエル書に94回、他にダニエル書に1回登場するだけで、新約聖書にも全然読まれません。そのことから考えると、この呼びかけは弱い人間に過ぎない預言者に対する、神からの愛のこもった呼びかけであると思われます。エゼキエルは、神からこのように呼びかけられて、たとい「恥知らずで、強情な人々」と神の言うイスラエルの人々が、神よりの言葉を聞き入れようとしなくても、彼らにそれを告げるよう励まされたのだと思います。
② 「恥しらずで、強情な人々」と神の御心を嘆かせているような人間は、現代世界にも大勢いると思います。今年の春以来ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』を映画化したものが日本各地で上映され、「真実を探究せよ」という宣伝文句に引かれて、今尚多くの人々がその映画を見に行くようですが、その人たちの中には、何千万部も売れて世界的ベストセラーとなったその小説の邦訳本を、買い求めた人も少なくないと思います。マグダラのマリアがキリストの子を産み、その子孫が中世フランスのメロヴィング王朝になったが、カトリック教会はこの真実をひた隠しに隠蔽して来た、というブラウンの主張や、シオン修道会という秘密結社がこの秘密を何世紀も保ち続け、その秘密結社の総長であったレオナルド・ダ・ヴィンチが、その秘密を有名な最後の晩餐の絵の中に織り込んでいるなどの、ごく最近になってから勝手に作られた嘘の話が、歴史小説の形で現代人の好奇心をそそのかし、更にそれが映画化されてカトリック教会の権威を大きく傷つけているのは、真に残念だと思います。
③ ローマで教会史を専門的に研究して来た私は、十字軍遠征が失敗した後の14世紀に、マグダラのマリアがフランスに来たなどの史実に基づかない作り話がフランス東南部に広まったこと、またそれと関連してキリストが最後の晩餐で使ったとされる聖なる杯についての伝説も、広く西欧諸国に語られ始めたことは知っていましたが、いずれも歴史的根拠のない中世末期の単なる興味本位の作り話として聞き流していました。ところが20世紀の末、すなわち10年前頃から、これらの話に、2世紀頃に最も盛んであった異端的グノーシス主義者たちの書いた各種の文書が1945年にエジプトのナグ・ハマディ町で発見されたことから、そのナグ・ハマディ文書も結びつけて、カトリック教会の信仰の伝統を批判し、傷つけるような著作が幾つも書かれるようになり、ダン・ブラウンの小説はこの新しい流れに乗って、多くの人に読まれるようになったようです。私はその小説も映画も見ていませんが、小説の最初のページには「この小説における芸術作品、建設物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」という巧みな但し書きがあって、読者にこれが事実に基づく話だという印象を与えようとしているのだそうです。人間の歴史には実に多くの事実誤認や誤った解釈や危険な異端思想があり、それらも皆歴史的事実ですが、それに基づいているから正しいということにはなりません。今年の6月に『「ダヴィンチ・コード」の真相、85のQ & A』というマーク・シェアとエドワード・スリ共著の本が邦訳されて、ドンボスコ社から発行されましたので、既にお持ちかも知れませんが、念のため一部皆様に差し上げるためにお持ちしました。宜しければ、お読み下さい。
④ 本日の第二朗読には、「私は弱い時にこそ強い」という言葉が読まれますが、これは使徒パウロの数多くの体験に基づく確信であったばかりでなく、またその後の多くの聖人たちも、それぞれの体験に基づいて同様の確信を持つに到ったのではないでしょうか。現代の私たちの教会も、全てが比較的落ち着いていた昔の時代の教会に比べると、情報や社会情勢などの極度の多様化・流動化の流れにもまれて、恐ろしいほど一致団結の力を弱めていると思いますが、神の働きに対する私たち神の僕・婢としての信仰と信頼が若返り、揺るがないものとなっているなら、恐れることはないと信じます。全能の神の力は、そのような教会の弱さの中でも、神への信仰と信頼がしっかりと立って輝いているなら、十分に発揮されるでしょうから。使徒パウロに倣って私たちも、現代の教会の弱さと行き詰まりのような状態にあって、「むしろ大いに喜んで」その弱さを誇りとし、ひたすら神に眼を向けて信仰と信頼に励んでいましょう。「キリストの力が」一層豊かに私たちの内に宿るように。
⑤ 本日の福音は、主が弟子たちを連れて、ご自身が3歳ごろから長年生活しておられた故郷ナザレを訪れ、安息日に会堂で話をなされた時のことですが、ナザレの人々はその話を聞いて「驚いた」とあります。原文の「エクプレーソー(驚く)」という言葉は、少し強い意味合いの言葉ですから、故郷の多くの人は、思わぬ現実を目前にして、心の底からたまげたのではないでしょうか。子供の時から長年見慣れて来た貧しい職人ヨゼフの子イエスの姿とは違う、預言者のような威厳と高い教養を匂わせながら語る、優れた説教者の姿を見たからだと思います。彼らは、この人はどこからこんな知恵と奇跡をなす力を授かったのだろう、と言い合って驚いたようです。しかしその直後に、彼らが「この人は大工ではないか。マリアの子で、ヤコブ、ヨゼフ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」などと、軽蔑するように話していることから察しますと、彼らは、それまで自分たちで作り上げて来た古い社会的イエス像に立ち戻って、躓いてしまったようです。
⑥ ここで言われている「スカンダリゾー(躓く)」というギリシャ語は、落とし穴に陥るという意味合いの言葉ですが、彼らは自分で作り上げて来たイエス像の落とし穴に、自ら落ち込んでしまったという意味だと思います。個人的にしろ社会的にしろ、誰もが無意識の内に持っている様々の人間的先入観には十分に警戒していましょう。それらは私たちを誤らせる落とし穴になることもあるからです。ここで「大工」と邦訳されている言葉は、現代社会の大工とは違って、頭を下げながら小さな修繕や小物作りの仕事を貰い歩く、貧しい左官屋のような下働き職人を指しています。ヨゼフも主イエスも、長年人々に頭を下げながら仕事を貰い歩く、そのような下層民の生活をしていたのだと思います。また「兄弟」「姉妹」とあるのは、聖母マリアの子という意味ではなく、もっと広い意味の血縁関係者、いとこというような意味です。たぶんヨゼフの兄弟たちの子らだと思います。彼らも、ナザレではあまり尊敬されていない、いわば下層民に属していたのではないでしょうか。遅くベトレヘムから移って来たよそ者だったからでしょう。更にナザレの人々が口にした「マリアの子」という言葉は、恐ろしい軽蔑の言葉です。普通はバール・ヨナ(ヨナの子) シモンなどと、父親の名で「誰々の子」と呼ばれるのに、母親の名で「誰々の子」と呼ばれるのは、私生児・テテなし子という意味になり、軽蔑する時に使う言い方です。これはユダヤ社会だけではなく、昔はヨーロッパの多くの国民の間でも広まっていた慣習でした。イタリアでもドイツでも、フランスでもスペインでも、私が留学していた1960年代の年輩の人たちは、まだそのような民間の慣習を知っていました。
⑦ 察するに、ナザレの人々は、ヨゼフの許婚であった貧しい乙女マリアが、ある日突然いなくなって、三ヶ月ほどして戻って来てからお腹が大きくなったのを、お茶のみ話の噂にしていたのではないでしょうか。マリアがその子を産んだのはべトレヘムですが、その後2年半ほどエジプトに行っていましたから、ナザレに戻って来た時には、イエスは3歳ぐらいになっていたことでしょう。顔がヨゼフに似ていないその子を見て、ナザレの人々も子供たちも、主を「マリアの子」と呼んで、事ある毎に軽蔑していたのではないでしょうか。原罪なしに生まれ、普通の人とは考えも感じ方も違う繊細の心の持ち主であったと思われる聖母も主イエスも、この軽蔑に苦しまれたと思います。しかし、何と言われても弁明せずに黙々と耐え忍んでおられたと思われますが、それをよいことに、ナザレの人たちは世俗的な悪いマリア像・イエス像を定着させていたのではないでしょうか。そのイエスが、30歳代に入ってから他の村々町々で急に有名になり、事実ナザレの会堂でも素晴らしい説教者として話し始めたので、驚いたのだと思います。しかし、誤解に基づく自分たちの長年来の悪いイエス像を改めることはできず、結局主を社会的に軽蔑する道に留まり続けたのだと思います。
⑧ 「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」という主のお言葉には、深い悲しみの情がこもっていると推察されます。これが、全ての預言者の運命なのかも知れません。人は神の不思議な新しい働きに心の眼を向けるよりも、その預言者の人間としての外的側面や過去に目を向けることが多いからです。私たちも気をつけましょう。神は私たちに身近なごく平凡な人、弱い人を通して、私たちに語りかけることが多いからです。その人についての過去のイメージに囚われることなく、何よりもその人の中での神の新しい働きに心の眼を向けるように心がけましょう。主はナザレでは、ごく少数の病人に手を置いて癒されただけで、他には何も奇跡を行うことがおできになりませんでした。主のなさる奇跡は見世物ではなく、人の心を神信仰へと招く手段であり、神が今ここに現存しておられることの証しのようなものですが、神の働きに心を閉ざし、この世の考えだけに囚われている人たちには無意味ですので、主は何もなすことができずに、他の町へと去って行かれたのだと思います。ただ外的に主の話を聞くだけ、あるいは聖体の秘跡を受けるというだけでは足りません。奥底の心はまだ扉を閉ざして眠っているので、主の恵みは心の中にまで入ることができないからです。先週の日曜日の福音の中で弟子たちは、「私の服に触れたのは誰か」という主のお言葉をいぶかり、「群衆があなたに押し迫っているのに、私に触れたのは誰かなどと言われるのですか」と言いましたが、確かに狭い通路で弟子たちをはじめ大勢の人たちが、外的には幾度も主の衣服に触れていたと思います。しかし、真剣な信仰をもって触れたのは、12年間も出血病に悩んでいた女の人一人だったのではないでしょうか。主はその人に「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。そして苦しみから解かれ、元気に暮らしなさい」という、慰め深いお言葉をかけて送り出しました。私たちもミサ聖祭の時など、全てがただ外的に進行し、過ぎ去ってしまうことのないよう気をつけましょう。今ここに現存しておられる神に対する心の信仰を新たにしながら、聖書の言葉を聴き、祈り、また秘跡を拝領するように心がけましょう。

2009年6月28日日曜日

説教集B年: 2006年7月2日、年間第13主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 智恵 1: 13~15; 2: 23~24.  Ⅱ. コリント前 8: 7, 9, 13~15.  
  Ⅲ. マルコ福音 5: 21~43.


① 本日の第一朗読は、旧約時代の末期に書かれた智恵の書からの引用ですが、この智恵の書は、神の民がそれまでに受けた神の啓示や、善悪さまざまの人生体験、歴史体験を総合的に回顧し、信仰に生きる人の中に働く神の智恵の霊に導かれて持つべき、世界観や人生観について語っていると思います。本日の朗読箇所はその一番最初の部分からで、著者はここで、創世記に述べられている人間の創造や堕落についての神話を思い浮かべながら、その人間観と人生観とを披露しています。神は「生かすためにこそ万物をお創りになった」のであって、「命あるものの滅びは」喜ばれません。「滅びをもたらす毒はその中にはなく、」「悪魔のねたみによってこの世に」入って来たのです。ですから、神が「ご自身の本性の似姿として」「不滅な存在として」創造して下さった人間は、その悪魔に抵抗し続けるなら、その義は不滅で、神と共に永遠に幸せに生きることができますが、悪魔の仲間に属する者になるなら、死を味わうに至るのです。これが、著者がまず創世記から学んでいる人間観であり、人生観であると思います。そこには生と死との対立が露わにされており、生は神から、死は悪魔からとされていることに注目致しましょう。
② 次に第二朗読に目を転じてみますと、本日の朗読箇所には、豊かさと貧しさとの対比が露わにされています。シルクロード貿易が盛んであったキリスト時代のコリントは、ギリシャ諸都市を結ぶ陸の幹線道路の拠点であるばかりでなく、東からも西からも大きな地中海が迫って来て狭くなっているその陸路の拠点には、東にも西にも交易の盛んな港があって、正に当時の地中海で一番栄えていた商業都市の一つでした。この世の富で豊かになっているその町のキリスト者たちは、信仰と神の言葉、使徒たちからの指導と愛など、全ての点で他地方の人々よりも豊かに恵まれていた、と言ってよいと思います。そこで使徒パウロは、主イエスのお示しになった模範を提示しながら、「慈善の業においても豊かな者となりなさい」と勧めています。主は豊かであられたのに、あなた方のために貧しくなられたのは、その貧しさによってあなた方を豊かにするためだったのです、とも書いています。
③ 昨日の晩の祈りの中で朗読された使徒パウロのこの言葉に、私は心がグサッと刺されたように覚えましたが、そのせいか夜中過ぎに夢で目を覚まし、その後でいろいろと考えさせられました。それは、大祝日か日曜のミサが終わって、ある聖堂の前庭に信者たちと一緒に出て来たら、すぐ前の道を主が十字架を背負って引かれて行くという夢でした。私たちが今こうして恐ろしい社会不安や災害などに悩まされずに暮らしておれるのは、その一番の本源にまで立ち返って考えるなら、神であられる主が貧しくこの世にお生まれになり、あらゆる苦難に耐えて私たちを贖って下さったお蔭ではないでしょうか。それを思うと、その主に対する感謝の心から、私たちももっと貧しさや苦しみに耐え、主と苦しむ人たちとの連帯精神を、日々多少なりとも生活の中で体現すべきなのではないでしょうか。パウロはそれを、一部の人たちだけが楽をして、他の人たちはいつも苦労するということがないように、ゆとりのある人たちが苦しむ人たちの欠乏を補って、釣り合いの取れた生き方をするためなのだと説明して、エジプトを出て荒れ野の旅をしていた時の、神の民の体験を例に取り上げているのだと思います。マンナを「多く集めた者も(それを乏しい人たちにも分け与えて)余ることなく、わずかしか集めなかった者も不足することはなかった」というのが、日々神からの導きや助けを受ける にふさわしい、信仰に生きる人たちの生き方なのではないでしょうか。
④ 現代の私たちは、2千年前のコリントの人たちの豊かさを凌ぐ、あり余るほどの豊かさの中に生活していますが、しかし同じ地球上には、明日の飲食にも事欠く貧しい生活を余儀なくさせられている人たちが数億人もいますし、半世紀前から局部的に内戦や集団虐殺などが多発しているアフリカでは、今も自分の生まれ故郷に住むことができず、不安な難民生活をさせられている人たちが275万人もいると聞いています。同じ神から創造され愛されて、将来は皆、神の御許に神の子として永遠に一つ共同体となって神を讃えるよう召されている人間として、現代世界のこれ程の不釣り合いは看過できません。人類の罪の大きさには圧倒されますが、小さいながらも救い主と一致して連帯精神を喚起しながら、多少なりとも節制と慈善の業に努めるのは、私たちキリスト者の責務だと思います。あるキリスト者は「十分の一献金」を主張したそうですが、それは心のこもったものでない画一的な律法主義の弊害に落ち込む虞がありますので、警戒したいです。私は、自分のポケットマネーの実情を考慮し、敬虔なユダヤ人家族の習慣なども参考にしながら、毎週の後半に神に一定の祈りを唱えて、千円ないし二千円を特定の献金箱に入れており、諸方面からの慈善献金の依頼を受けると、その献金箱から出しています。年間の献金額は十万円足らずだと思いますが、問題は金額ではなく、神に対する感謝の心と、貧しい人たち、今苦しんでいる人たちとの連帯精神で毎日を生きていることだと思います。私は毎週その心を新たにしながら神に祈り、主と一致して神から人々の上に恵みを呼び降す一つの小さないけにえとして、自分にできる多少の献金をしています。
⑤ 本日の福音であるマルコ福音書5章には、罪の結果である悪魔つき・病気・死に対して、主がなされた三つの奇跡的治癒の話が語られています。その一はゲラサ人の地での悪魔つきの治癒、その二は12年間出血の止まらない女の治癒、その三は会堂長ヤイロの娘の蘇りであります。いずれも大きな奇跡的治癒ですが、この三つに共通して、それぞれの人がかなり苦しい犠牲を神に捧げなければならなかったことも、注目に値します。本日の朗読箇所にない第一の治癒には、癒された人が悪魔たちから受けた数々の苦しみの他に、その土地の人々の豚2千匹程が犠牲になりました。本日朗読された第二の治癒には、まず12年間も出血が続き、多くの医者にかかり、財産を使い果たした病気の女の長い耐え難い程の苦しみがありましたが、それだけではなく、血の穢れを持つ者はその罪で他人を汚染しないため、人々の集まる所に近づいてはならないという規則に背き、癒してもらいたい一心で人ごみに紛れて主イエスに近づき、後ろから主の衣服に触れようと努めた時の、誰にも言えない大きな不安もありました。もしも見つかったら糾弾され、社会的に除け者扱いにされたり処罰されたりする虞もあったでしょうから。その人はおそらく誰にも顔を見られないように身をかがめ、人々が皆主イエスお一人に注目している間に、後ろからその主に近づいて、そっとその衣服に触れたのではないでしょうか。と、その途端に体じゅうが熱くなり、病気が癒されたのを感じたのだと思います。その時主も、ご自身の体から霊能が流れ出たので、「私の衣服に触れたのは誰か」とおっしゃって振り向き、その癒された女の人を捜されました。女はもう逃げ隠れることはできないので、恐ろしさに震えながら進み出てひれ伏し、全てをありのままに話しました。それを聞いて主は、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と公言し、その人の社会復帰を名誉あるものとして下さいました。
⑥ 第三の治癒にも、大きな隠れた苦しみが先行していると思います。まず会堂長ヤイロは、娘の死が近づき絶望的になった時、一生懸命に主を捜したと思います。しかし、その時主は弟子たちと共にゲラサ人の地に行っておられて、いくら多くの人と共に捜してもどこにもおられず、絶望的なあせりを感じていたと察せられます。そこに主を乗せた舟が対岸から着いたので、大勢の群衆が岸辺に集まり、会堂長も主の足元にひれ伏して、しきりに娘を癒してくれるよう願いました。主は一緒にその家へ行きますが、その途中で12年間出血の止まらない女の人の治癒があると、主は立ち止まってその女の人を捜し、時間をかけてゆっくりとその人の長い話を聞かれたのですから、一刻も早くと焦っていた会堂長は苦しんだと思われます。主がまだその人と話しておられた所へ、会堂長の家から人々が来て、「お嬢さんは亡くなりました。もう先生を煩わすには及ばないでしょう」と告げたのです。会堂長の苦しみは頂点に達したのではないでしょうか。しかし、その時に主が会堂長に「恐れることはない。ただ信じなさい」とおっしゃって、一緒にその家に行き、その娘を蘇らせるという大きな奇跡をなされたのです。真に神のなさり方は、私たち人間の思いや願いと大きく違って、予想を超えた仕方で私たちの願いを叶えて下さる、ということが多いように思います。いくら祈っても願いが聞き届けられないようだからと、諦めることのないよう気をつけましょう。神は思わぬ時に、私たちの考え及ばなかった仕方で、私たちの願いを叶えて下さることもあるからです。
⑦ ご存じのように、二ヶ月ほど前に私の説教集A年が発行されましたが、私の聞いている所ではまだ売れ行きが芳しくなく、私からその本を贈呈された人たちの中でも、その本を「つんどく」の状態にして読んでいない人が少なくないように感じています。しかし、この説教集の出版はもともと私の望みからではなく、神の不思議な摂理を感じたことから手がけた事業ですので、全てを神の御手に委ねて祈りつつ待っていれば、神がお望みの時にお望みのようにして多くの人に役立てて下さると信じています。神の僕はそのために、まずは長期間、信頼して忍耐強く待つという苦しみを神に献げなければならないかも知れません。私は今、神のお望みになるその苦しみを日々祈りつつ喜んで献げています。大きな希望と信頼のうちに。

2009年6月21日日曜日

説教集B年: 2006年6月25日、年間第12主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. ヨブ 38: 1, 8~11.     Ⅱ. コリント後 5: 14~17.
Ⅲ. マルコ福音 4: 35~41.


① 本日の第一朗読の出典であるヨブ記は、この世の人生の苦しみにどう対処すべきかを考えさせる、42章にも達する長い詩文で、どこかで実際に発生した歴史的出来事ではなく、罪や人生苦の深い意味について教えるよう聖霊の導きを受けた作者が創作した、一種の聖なる文芸作品であると思われます。一日の内に考えられない程の大きな不幸が次々と発生し、その知らせに打ちのめされた時、ヨブは「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は取り去りたもう。主の御名は誉め讃えられよ」と言って、神を呪うような罪を犯すことはありませんでした。サタンの仕業で、頭から足の裏まで恐ろしい皮膚病に悩まされ続けても、「私たちは神から幸せを戴いたのだから、不幸も戴こう」と妻に答えていました。
② その知らせを受けた親しい友人3人が、ヨブを見舞う相談をしてそれぞれの国からやって来ましたが、ヨブの激しい苦痛を見て嘆きの声をあげ、七日七晩ヨブと共にただ地面に座っているだけで、話しかけることもできずにいました。やがてヨブが自分の生まれた日を呪い、神がなぜ罪のない人に大きな苦しみをお与えになるのかと、納得の行く説明を求めて長い嘆きの言葉を語り始めると、驚いた3人は、苦しみは罪の結果であるとする、今日でもユダヤ人が大切にしている教理に依拠して、ヨブの苦しみは何か隠れた罪の結果であろうと考え、悔い改めて神に罪の赦しを願い求めるよう説得し始めます。しかしヨブは、罪を犯していないのに、神が自分にこんな苦しみを下さったのはなぜなのかと、納得の行く説明を求めて嘆き続けます。自分は正しいと確信するヨブの力説を聞いて、3人の友人も黙してしまいますが、その時、自分は正しいと主張するヨブに対しても、その主張に適切な反論を見出せずにいる3人の友人に対しても怒ったエリフという人が、ユダヤ教の伝統的教理に基づいてヨブに悔い改めを迫る、非常に長い話をします。
③ その後に、神が嵐の中からヨブに答えて、38章から41章の終りまで続く長い話をなさいますが、その最初の部分からの引用が本日の第一朗読であります。神はその中で、ご自身がこの大自然界に対してなされた大いなる業を語られるだけで、ヨブの理性を納得させるような答えは一つも話しておられません。しかし、その話を聴いてヨブの心は大きく目覚め、神に対して「あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました」「私には理解できず、私の知識を超えた驚くべき御業をあげつらっておりました」と深く悔い改めます。自分中心、人間理性中心に罪や人生苦などの問題を納得の行くように説明してもらおうと尋ね求めることは止めて、この巨大な世界を創造された神の御働きにすべてを委ね、神の御旨中心に、いわば神の僕のようになって生きようとする心になったのだと思います。神はそのヨブに以前にも増して大きな富を与えて祝福しますが、ヨブの3人の友人たちに対しては、ヨブのように正しく語らなかったことを責めて、ヨブの所で神にいけにえを捧げさせ、ヨブの取次ぎでその罪を赦しておられます。
④ このことから考えますと、人間理性の産みだした何かの理知的理論を中心にして神の対する罪を考えたり、災害や不幸に見舞われた人には何かの隠れた罪がある筈だ、などと理知的に考えたりしてはならず、神の御前では人間理性中心の考え方を放棄して、神の被造物として神の御旨中心の謙虚な心で生活すべきなのではないでしょうか。神の御子は、人間としてはこの世で「神の僕」としての生き方の模範を示しておられますし、聖母マリアも「神の婢」としての生き方をしておられました。私たちも、自分の理性中心にではなく、神の僕・神の婢としての謙虚な心で、ひたすら神の御旨中心に生きるよう心がけましょう。人生苦の問題解決の必要性から産まれた仏教でも、悟りを体験した人たちは、いずれも人間の理知的考え方を厳しく退け、奥底の心に眠る霊的センスを厳しい修行によって目覚めさせようとしています。神は私たちにも、自分の奥底の心に与えられている霊的能力を磨き鍛えることを、求めておられるのでしないでしょうか。
⑤ 本日の第二朗読は、「キリストの愛が私たちを駆り立てています」という観点から、全ての人の救いのために死んで下さったキリストのために、もはや自分自身のために生きることを辞めるよう説いています。「私たちは今後誰をも肉に従って知ろうとしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません」という言葉も読まれますが、ここで「肉に従って知る」という言葉は、人間理性を中心にして、人の心とその言行を理知的に判断することを指しているのではないでしょうか。自然界の現象や社会現象などを合理的に研究し、そこに隠れている原理や法則などを明確にするのには、人間理性は真に貴重な能力ですが、人の心とその言行の価値や、神と人との内的関係など、およそ奥底の心の愛と深く関係している事柄については、何か不動の原理や規則を措定して自主的に考える人間理性は、本来多種多様に創造されている心と心との間に、分裂や対立を産み出し易いと思います。それで、この第二朗読に述べられているように、何事も神の愛と神の御旨中心に考え生きようとするのが、極度の多様化世界になりつつある現代においても、平和と一致を産み出す道なのではないでしょうか。キリストの愛に結ばれて新しく創造された存在となっている私たちは、その新しい道を世に証しする使命を持っていると思います。
⑥ 本日の福音は、群衆に種まきの譬え話やからし種の譬え話をなさっていたガリラヤの地から、主イエスが夕方に「向こう岸に渡ろう」と弟子たちにおっしゃって、群衆を後に残し、二艘の舟でゲラサ人たちの地に向かって湖を横切った時の話であります。以前にも話したことですが、ガリラヤ湖は海面下210mほどの低い所にあって地熱の影響を受けるからなのか、日照りの日には温かくなった空気が上昇して、湖上の空気は希薄になります。そこへ夜間に外の世界からの冷たい強風が湖周辺の高い山々を越えて吹き始めると、その風は空気の希薄なガリラヤ湖の上で、落とし穴にでも落ち込むようにして上から湖に吹き降ろす突風となり、波が上下に激しくなるので、小船は一時的に水浸しになることもあるのだそうです。マルコ福音書はその情景を描写しているのだと思います。このような突然の危機的状態にまだ慣れていないある弟子たちは余ほど驚いたようで、艫(とも)の方で枕をして眠っておられた主イエスを揺り起こし、「先生、私たちが溺れても構わないのですか」と叫びました。
⑦ そこで主がすぐに立ち上がって風を叱り、湖に「黙れ、静まれ」とお命じになると、急に風は止み、大なぎになりました。風が止んでも波はすぐには凪にならないのが常ですから、これは二つの大きな奇跡だと思います。驚いた弟子たちに主は、「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか」とお叱りになりました。こういう突然の変化に多少は慣れていたガリラヤの専業漁夫たちも、この大凪には非常に驚いたと思います。彼らは「いったい、この方は誰だろう。風や海さえも従うとは」と、互いに言い合ったとあります。もし私たちがその場にいたとしたら、同様に非常に驚いたことでしょう。しかし、自然界に対してそのような絶対的影響力を保持しておられる主が、目には見えなくても今も私たちと共にいて下さるのです。そして私たちがこの主の現存に対する絶対的信仰と信頼を堅持し、その信頼の内に日々生活することを求めておられるのではないでしょうか。
⑧ 第一朗読に登場したヨブは、神がご自身のなされた数々の驚くべき御業について語られるのを傾聴している内に、奥底の心の眼がゆっくりと目覚めて来て、神の恵みを豊かに受けるに至ったようですが、私たちも、大宇宙に比べるなら蟻子のように小さな人間たちの考えや言い分などにばかり注目していないで、もっと大きく神の声なき声に心の耳を傾けながら、打ち続く苦悩と不安の最中にあっても、神への信頼に力強く生き抜くよう心がけましょう。

2009年6月14日日曜日

説教集B年: 2006年6月18日、キリストの聖体(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 出エジプト 24: 3~8. Ⅱ. ヘブライ 9: 11~15.  
  Ⅲ. マルコ福音 14: 12~16; 22~26.


① 本日の第一朗読は、シナイ山の麓で神とイスラエルの民との間で結ばれた契約の締結式についての話です。モーセを通して読み聞かされた神の言葉に、民が皆声を一つにして、「私たちは主が語られた言葉を全て行います」と答えると、モーセは神の言葉を書き記し、翌朝早くに起きて祭壇を築き、イスラエル12部族のシンボルである12の石柱を建てさせました。そして若者たちに雄牛を焼き尽くす献げ物として神に献げさせますが、その時雄牛の血の半分を鉢に取り分け、残りの半分を祭壇に振りかけます。それから契約の書を民に読んで聞かせ、民が「私たちは主が語られたことを全て行い、守ります」と言うと、モーセは取り分けてあった血を民に振りかけて、「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいて、あなたたちと結ばれた契約の血である」と宣言しました。契約を結ぶ時にこのようにして動物の血を流すことは、遊牧民の間では、その契約が命をかけたものであることを意味していました。英語では契約を contract と言いますが、それは近年外交問題で耳にすることの多い agreement (合意、了承) とは違って、当事者の心も生活も束縛する重大な約束事を意味しています。神がアブラハムと契約を結ばれた時も、神はまず特定の動物たちを二つに切り裂いて、それぞれ互いに向かい合わせて並べさせ、夜に燃える松明の火の形でその動物たちの間を通り抜けておられます。またアブラハムとその子孫の男子全てに血を流す割礼の式を受けさせています。これも、命をかけて契約を守り抜く意志を表明する儀式だと思います。
② 本日の第二朗読は、動物の血を流して結ばれた旧約時代の契約とは違って、キリストの血による新しい契約についての話です。この話に先立ってヘブライ書7章と8章には、モーセの時に神の啓示に従って立てられたレビ族の祭司職とは違う、メルキゼデクの祭司職について説明されています。メルキゼデクはアブラハムとは血縁でない、言わば旧約の神の民以外の王、いと高き神の祭司ですが、アブラハムはそのメルキゼデクに歓迎され祝福してもらった感謝に、自分の財産の十分の一を捧げたのですから、メルキゼデクはアブラハムとその子孫よりも上にいる祭司であり、後に神の民から収入の十分の一を納めさせて祭司職をなしていた、アブラハムの子孫アーロンとその子孫の祭司たちよりも、優れた祭司であることが説かれています。そしてアーロン系統の大祭司は、人が造った地上の幕屋で供え物といけにえを献げるために任命された仮のもので、天上の真の聖所で神に供え物といけにえを献げるメルキゼデク系統の大祭司 (キリスト)の模型、影であるに過ぎず、契約に対する不忠実によってアーロン系統の祭司職は、主キリストの献げたいけにえにより、もう古びて無益なものとなっていると述べられています。
③ 本日の第二朗読は、この思想的前提の上に立って、メルキゼデク系統の恵みの大祭司としてお出でになったキリストが、この世のものでない、更に大きく、更に完全な幕屋を通って、ご自身の御血を天上の神の至聖所に献げることにより、ただ一度で永遠の贖いを成し遂げて下さったこと、それでその御血によって心を清められた者たちが、生ける神を礼拝するようになり、約束されている永遠の遺産を受け継ぐ者になることを教えています。主キリストが大祭司としてお献げになったそのいけにえは、過ぎ行くこの世の歴史的次元においてはただ一度だけで過ぎてしまう出来事でしたが、時間空間を全く超越している天上の至聖所においては、過去・現在・未来の全ての被造物に恵みを与え続ける永遠の現実となっています。主が最後の晩餐の時に制定なされた聖体の秘跡とそのご命令に従って、私たちが日々捧げているミサ聖祭は、天上の大祭司の働きと恵みを、時間空間の大きな隔たりを超越して私たちの目前に現存させる儀式で、全能の神のみが成し得る奇跡的出来事であり、小さな人間理性の理解を遥かに超える神秘であります。小さな古い自分に死んで、ひたすら主のお言葉に対する徹底的信仰と従順に生きようとする人の心は、やがて天上の主が実際にこのミサ聖祭の内に現存し、私たちに永遠の命と力を豊かに与えて下さることを、数々の体験によって確信するようになります。これは、無数の聖人賢者たちの信仰体験であり、小さいながら私の体験でもあります。
④ 本日の福音の始めには、「除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日」とありますが、以前にも申しましたように、ヘロデ大王がエルサレム神殿を美麗に大増築すると、世界各地から巡礼に来る人口が激増して、キリスト時代の過越祭にはユダヤ人の数が日頃の3倍ほどに達していたと推測されています。市外のオリーブ山麓などで野宿する巡礼者たちまでいる、その大勢の人たちが皆金曜日の晩に過越の食事をする場所がないため、大祭司は除酵祭の日を一日増やして、巡礼者たちには木曜日の晩に過越の食事をすることを許可していたのだそうです。ですから主とその弟子たちは、その最初の日に二階の大広間を借りて、大祭司たちよりも一日早く過越の食事をすることができたのだと思います。主はその食事の最中に、「これは私の体です」、「これは多くの人のために流される契約の私の血です」とおっしゃって、弟子たちにパンとぶどう酒の形で、ご自身の命とご精神を分け与えられ、聖体の秘跡を制定なさいました。ヘブライ語でもアラマイ語でも「からだ」は人間の一部ではなく、人間全体を表現するそうですから、主が讃美の祈りを唱えてから裂いて弟子たちに渡されたそのパンは、主イエスの全体、主ご自身を指していると思います。「契約の私の血」という言葉は、それを飲む人は皆、大祭司キリストによる神との新たな契約に参与し、ユダヤ人・異邦人の別なく新しい神の民になることを意味していると思います。なお、体と血とを分けて渡されたのは、死の形で秘跡を定め、主の受難死によって全ての罪が償われることと、そこに神の力によって復活の恵みが働くこととを示しているのではないでしょうか。
⑤ 使徒パウロはコリント前書11章に、ふさわしくない心で主のパンを食べたり、その御血を飲んだりする者は主に罪を犯し、自分に対する裁きを飲み食いすることになるので、拝領する前に自分自身をよく吟味するよう警告していますが、6章と10章では、主のパンを食べ主の御血を飲むことにより、私たちが大勢であっても主と一つの体、一つの霊になることが強調されています。従って、主が制定なされた聖体の秘跡の目的は、私たち各人の存在を内面から霊的に高揚させ変化させて、主と共に一つの体、一つの霊にして行くことにあったのではないでしょうか。使徒パウロはその深い現実を生き生きと体験していたようで、ガラテア書2章の終りに、「生きているのは、もはや私ではなく、キリストこそ私の内に生きておられるのです。云々」と書いています。私たち各人の命がこの秘跡によって高められた命に変えられて行くことは、主ご自身の強いお望みなのではないでしょうか。主はヨハネ福音書の6章に、「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなた方の内に命はない。私の肉を食べ、私の血を飲む人は、永遠の命を持ち、私はその人を終りの日に復活させる。云々」と、この言葉が多くの弟子たちを躓かせ、離れ去らせることも厭わずに繰り返し強調し、彼らが己を無にして主のこのお言葉を受け入れ、その信仰に生きることを求めておられるからです。
⑥ 使徒たちばかりでなく、古代の殉教者や教父たちは皆、聖変化したホスチアの中での主キリストの現存を堅く信じていました。例えば聖アウグスティヌスは、洗礼志願者向けのある説教の中で聖体拝領の式について説明し、司祭が一片の聖体を見せて Corpus Domini (主のからだ) と言う時、そのご聖体をしっかりと見て「アーメン」と答え、それを手に受けて拝領します。それが主ご自身であることを信ずる信仰表明と、その主と一致して生きるという決意表明との意味を込めて、「アーメン」と答えるのですというように教えています。40年ほど前の典礼刷新で、古代教会のこの美しい聖体拝領の仕方が現代の教会にも導入されましたが、それは、ミサ聖祭の中で聖別されたパンを主の真の体と信ずる信仰と深く結ばれている典礼行為であります。一度聖変化したパンは、ミサ聖祭の後にも変化したまま残るという信仰は初代教会からあり、教会はそれを病人に拝領させるために保存したり、東方教会で今日も行われているように、それに畏敬の念を表明したりしていました。
⑦ 12世紀の西方教会内に信仰の乱れが目立ち始め、多くの信徒が多かれ少なかれ世俗化している司祭たちの教会堂に行こうとしなくなる、一種の教会離れ現象が広まった時、13世紀に入って神からの新しい促しを受けて創立されたフランシスコ会やドミニコ会などのいわゆる托鉢修道会が、多くの若者たちの心を信仰へと連れ戻し、その教会離れ解消に大きな成果を挙げましたが、同じ頃にカトリック教会で盛んになったのが、主のご聖体に対する信心であります。その最初の例は、パリの大司教オドが1200年頃に導入した、司祭は聖変化した主のパンを会衆によく見えるように高く上げるというelevatio (聖体奉挙) の習慣であります。ベルギーのリエージュでは、修道女ユリアーナに与えられた主キリストの私的啓示に基づいて、1246年に聖体の祝日が導入されましたが、同じ頃ドイツのマンハイムの大聖堂で聖変化直後のカリスからコルポラーレに流れ出た主の御血が、赤い血液になってそこに主の御顔を幾つも描いたり、1263年には同様の奇跡がローマの北北西70キロ程のボルセーナという田舎町の祭壇でも発生したりして、聖体の中での主の現存に対する信仰が無数の信徒たちの間に高まったので、以前にリエージュで助祭長を務めたことのある教皇ウルバヌス4世は、1264年に、本日私たちのお祝いしている「聖体の祝日」を全教会のために制定しました。教皇から依頼されてその祝日のミサ聖祭と聖務日課の典礼をつくったのは、ドミニコ会の聖トマス・アクィヌスであります。主のご聖体を力強く讃える “Lauda Sion” 、“Pange lingua” などの美しいラテン語の讃歌を作詞したのも、同じ聖トマスでした。
⑧ ボルセーナの奇跡の祭壇は今もそのまま現存し、私もそこを訪ねています。また近くのオルビエト司教座聖堂に保管されているその時のコルポラーレは、年を経て真っ白になっていますが、科学的に検証すると微かに血痕が感知されると聞いています。ドイツのマンハイムにも行きましたが、市役所に近いそこの大聖堂に保管されている奇跡のコルポラーレも、同様の状態になっていました。1270年代になりますと、この祝日と関連して聖体行列も盛大に挙行されるようになりました。16世紀の宗教改革時代には、聖別されたパンの中での主キリストの現存を否定するプロテスタント改革者たちの見解に対する反動として、聖体を祭壇上に顕示して信仰と感謝を荘厳に表明する、昔日本で「聖体降福式」と言われた儀式や、祭壇上に顕示されたご聖体を崇敬する長時間の聖体礼拝などが頻繁に行われたり、始めから聖体を祭壇上に顕示してミサ聖祭を献げたりすることが広まったりしました。第二ヴァチカン公会議後には、社会事情の変化や人々の好みの変化なども関連して、聖体行列も聖体降福式もあまり挙行されなくなりましたが、使徒時代以来の聖体の秘跡に対する信仰は新たに堅持しつつ、この秘跡から豊かに恵みを受けるよう心がけましょう。

2009年6月7日日曜日

説教集B年: 2006年6月11日、三位一体の主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 申命記 4: 32~34, 39~40. Ⅱ. ローマ 8: 14~17.  
  Ⅲ. マタイ福音 28: 16~20.


① 本日の第一朗読は申命記4章からの引用ですが、この申命記4章には、約束の地カナアンを目前にして神の民イスラエルに語った、モーセの遺言と言ってもよいような詳細な勧告と警告の言葉が読まれます。「イスラエルよ、今私が教える掟と法を忠実に行いなさい」という言葉で始まるその前半部分には、日本語で「忘れないように自分に十分気をつけなさい」あるいは「自らよく注意しない」、「自ら慎みなさい」などといろいろに訳されている警告の言葉が、三度も言われています。高齢のモーセは約束の地を遠くから眺めて死ぬのですが、約束の地に定住した神の民が異教徒カナアン人たちの祭に参加したり、この世の技術や富を身につけて神により頼まなくなったりして、真の神から離れて行かないよう厳しく警告したのだと思います。第一朗読は、その長い警告の言葉に続く後半部分からの引用で、モーセはここで、神が人間を創造された最初の時代から話を起こし、まず神がご自身の民としてお選びになったイスラエルが目撃した数々の大きな恐るべき業を想起させています。「火の中から語られる神の声」という言葉は、一週間前にも申しましたように、神が大きな火に包まれてシナイ山に降り、全山が火の煙に包まれて激しく震動した時の雷鳴のような恐ろしい神の声、民が恐れて遠くに退いた時の神の声を指していると思います。エジプトで、また荒れ野の旅の途中で神の見せて下さった多くの奇跡も、他のどんな国民も見たことのない大きな恐るべき出来事でした。イスラエルはその力強い神を味方にし、その神と契約を結んでいることを片時も忘れないように、というのがモーセの願いであり、遺言であると思います。「天においても地においても、主こそ神であり、他に神のいないことをわきまえ」「今日私が命じる掟と戒めを守りなさい。そうすれば、あなたもあなたに続く子孫も幸いを得、あなたの神・主がとこしえに与えられる土地で長く生きる」と、モーセは最後に断言しています。
② 人や社会に対して何も悪いことはしていないのに、自分にだけ不幸が降りかかると絶望的になって、神も仏も信用しないという捨て鉢の気持ちになり、神を見失うということもありましょうが、それ以上に多いのは、豊かさと便利さに包まれていて、神を忘れ神から離れて行くことだと思います。晩年のモーセが一番心配したのは、神の民が豊かさの中で神を忘れ、神から離れてしまうことだったのではないでしょうか。この危険は、現代文明の豊かさの中で生活している私たちにもあります。現代社会の大きな豊かさはすべて神よりのものですが、しかし、神を忘れ神を見失う時、私たちの心を自分の欲望中心、人間の考え中心、この世での成功中心の生き方へと誘惑し、堕落させて行く恐ろしい罠にもなり兼ねません。非常に多くの現代人がその隠れた罠にかかって、孤独の内に自力でもだえ苦しんでいるのではないでしょうか。私たちも気をつけましょう。豊かさに恵まれれば恵まれるほど、感謝の内に一層しっかりと神の御旨中心に、神の僕・神の婢として生きる決意を新たに致しましょう。「自分はもう大丈夫」などという慢心は、危険です。悪魔は、神の御独り子をも誘惑しようとします。西洋には「最も高潔な魂は最も多く誘惑される」という言葉もあります。「自分の心に気をつけなさい」という、モーセの警告を忘れないよう心がけましょう。
③ 本日の第二朗読は、私がこれまでにも好んで利用することの多いローマ書8章からの引用ですが、本日の短い引用箇所は「神の霊によって導かれる者は皆、神の子です」という言葉から始まっています。神の御独り子の受肉によって始まった新約時代に、新たに神の民として生きるよう召された人類は、もうモーセの時代の民のように、神を恐れて遠くに離れていようとしてはなりません。神の霊によって、いわば神の家族にされたのですから。ここで言われている神は、三位一体の神だと思います。私たちの魂を神の霊の神殿となして留まっていて下さるこの霊は、私たちが神の子供であることを証しして下さるので、私たちはこの霊によって、天の父なる神を幼子のように素直な親しみの心で「アッバ、父よ」と呼ぶことができ、また神の独り子キリストと共同の相続人となって、すなわち主キリストの体の細胞のようになって、全能の神の計り知れない財産にも参与するようになるのです。私たち人間に対する三位一体の神のこの絶大な愛に対してはただ驚嘆するばかりですが、それが神の御旨なら、私たちも全身全霊を尽くして神の慈しみに感謝し、神の愛を讃えつつ、神の御旨中心に生活するよう努めましょう。
④ 計り知れない神の慈しみの大きさや深さに感嘆しつつ、神への愛に力強く生きていた聖人の一人は、聖アウグスティヌスであります。「主こそわが誉れよ」の言葉で始まるカトリック聖歌13番の神を讃える歌詞は、最後に括弧で包んで「聖アウグスティヌスの言葉より」とある通り、この偉大な聖人の心を如実に表明していると思います。彼は、「聖歌は祈りの言葉よりも早く天に昇る」などと話していたそうですから、日々力強く神への讃美を歌っていたのではないでしょうか。その聖人に ”De Musica” (音楽について) という著作のあることは、かなり以前の頃から知っていましたが、私の専門外の著作なので調べようとはせず、恐らく一つの opusculum (小冊子) であろう、と考えていました。しかし、この5月にふとした出来心から、図書館にあるラテン教父全集を開いてその著作を調べてみましたら、小冊子ではなく、邦訳してA 5判の本にしたら150ページぐらいに成ると思われる程の、かなり詳しい著作でした。内容は6巻に分かれていて、師匠と弟子との問答形式になっていますが、次第に師匠の解説する話が長くなって行きます。ラテン語の専門的音楽用語も多いので、専門家でない私には理解できないことが非常に多いですが、一応全体を通覧して見た印象では、アウグスティヌスは音楽を scientia bene modulandi (よく曲づけする学問) と定義しながら、その音楽を器楽や声楽だけではなく、詩歌の韻律や踊りのリズムや、その他およそ神から創造された全ての被造物の生き方、動きのリズムとハーモニーまでも含む、非常に広い意味で考えているようなのです。察するにアウグスティヌスは、惑星の運行や無数の星たちの知性的数理的動きを眺めながら、あるいは草花や鳥たちを観察しながら、それらの多種多様の存在や動きの中に、神を讃える宇宙的音楽を鋭敏に感じ取っていたのかも知れません。
⑤ 私はこの著作を通覧してから、10年程前に名古屋で聴いたバッハ音楽の専門家杉山好氏の講演を懐かしく思い出しました。杉山氏の研究によると、バッハの音楽は数理的に実に細かくまた美しく構成されています。バッハはそれを自分でもはっきりと自覚しながら、全ての楽譜に「神の栄光のために」とラテン語で書き込み、神を讃えるために作曲していたようです。ガリレオ・ガリレイも、自然界の全ての現象の中に神から与えられた数理的法則性や隠れている神の啓示を感じていて、「神は聖書の啓示のほかに、大自然界を通しても多くのことを人類に啓示しておられる。私はそれを見出そうとしているのだ」と話していましたが、被造物世界の秩序を一種の巨大な音楽として眺めるこのような美しい宇宙観の流れは、18世紀の理知的啓蒙主義によって痛めつけられながらも、少なくとも19世紀初頭の詩人ゲーテや音楽家ベートーベンの頃までは、まだ神信仰と結ばれて続いていたのではないでしょうか。「作品は作者を表わす」と申しますから、私は、この大規模な宇宙的音楽を産み出して下さった三位一体の共同体的神の内部には、ペルソナ相互の間に遥かに美しい愛のメロディーが絶え間なく奏でられているのではないかと想像しています。主イエスにおいて神の子とされ、その家族的愛の交わりに参与させて戴いている私たちの魂にも、神の愛のメロディーに共鳴する能力が授与されていると信じます。三位一体の祝日に当たり、私たちの魂に隠れているこの音楽的感性が目覚めて一層鋭敏になり、日々神の愛の音楽に参与する恵みを願い求めて、本日の感謝の祭儀を献げましょう。
⑥ 本日の第二朗読には、「私たちは神の子の霊を受けたのです。この霊によって『アッバ、父よ』と呼ぶのです」とありますが、私はこの言葉を読むと、自分のノドや口を何か生きているマイクのように考えてしまいます。そして心から神の生きている道具となって皆と一緒に祈ったり歌ったりしていると、つたないその祈りや歌の中に、天上の祈りや歌が共鳴して来るように感じたり、 聖三位の御父の霊と御子の霊とが、私たちの祈りと歌を交流の場としておられるように感じたりすることがあります。カトリック聖歌集の13番は、「主こそわが誉れよ、輝く光よ」「いのちよ、喜びよ、力よ、助けよ」と、自分を内面から生かし使って下さる方として、神をほめたたえていますが、感性豊かなアウグスティヌスも、きっと自分の祈りや歌の中に天上の祈りや合唱が共鳴して来るのを感じ取っていたのではないでしょうか。聖三位一体の同じ一つの霊が全被造物の中でそのような美しい音楽を奏で、それを私たちの心にも感じさせてくれるのだと思います。
⑦ 本日の福音には、死ぬことのないあの世の命に復活なされた主が、予め指示しておかれたガリラヤの山で、弟子たちに出現して話されたお言葉が読まれますが、主がその中で「全ての民を私の弟子にしなさい」と命じておられることは、注目に値します。「教えなさい」と命じられたのではありません。無学なガリラヤの漁夫たちは、いくら聖霊の賜物によって心が満たされ強められたといっても、言語の違う世界に行けば、話すにしても書くにしても、言葉に不自由を感じたでしょうし、ましてや自分たちよりも遥かに教養の高い文化人たちに教えるなどということは、できなかったと思われます。しかし、自分の見聞きした体験から目撃証人として語り、その証言を聴いた世界各地の文化人も、それぞれ自分たちなりに提供された神の救いに心を大きく開き、主キリストの弟子となって生き始めることは可能だと思います。主のお言葉は、このことを指しているのだと思います。そして神による救いに心を開く人たちには、父と子と聖霊の御名によって洗礼を授け、その魂を三位一体の愛の交わりに参与させ、弟子たちに命じて置いたことを全て守るように教えなさい、というのが主のご命令だと思います。これなら、無学な漁夫たちにも実践可能な命令だと思います。このようにして神の子の命に参与する人々と共に、主は世の終りまでいつも共にいるというのが、主のお約束だと考えます。
⑧ 私が、無学なガリラヤの漁夫たちは年齢が進んでから布教に行った諸外国では、協力者の援助を受けながら働いたのであって、ギリシャ語圏育ちの使徒パウロやバルナバらのようにではなく、言葉については最後まで多少の不自由を感じていたのではないかと考えたのは、例えばヨハネ福音書の最後に、「これらのことを証しし書き記したのは、この弟子である。そして私たちは、彼の証しが真実であることを知っている」というような言葉を読んだからであります。主の弟子たちの中でもヨハネは一番長生きしていますし、察するに一番若いガリラヤ出身者であったと思われますから、他の漁夫たちよりも上手にギリシャ語を話したと思われます。それでも、晩年に書き上げられたと思われるその美しいギリシャ語福音書は、ギリシャ語に堪能な協力者たちの助けで出来上がったのではないでしょうか。ただ今の引用文で「この弟子」あるいは「彼の証し」とあるのは、ヨハネのことでしょうが、「私たちは」とあるのは、その協力者たちを指していると思います。聖霊降臨の日に異なる言葉の恵みを豊かに受けた使徒ヨハネではありますが、聖霊はギリシャの文化人が話したり書いたりする程には、彼に言語の恵みを授けなかったように見えます。欧米や日本などの先進諸国で司祭志願者が激減していることを思うと、そう遠くない将来の先進国では、その国の言語に堪能でない司祭たちが、先進諸国の教会を指導するようになるかも知れません。しかし、その司祭たちの魂が三位一体の神との内的交わりに参与しているようであるなら、心配いりません。主が協力者たちの中でも働いて、いつも教会共同体を危険から護り、正しく導いて下さると信じます。ただ私たち各人が、神との内的交わりから離れることのないよう気をつけましょう。

2009年5月31日日曜日

説教集B年: 2006年6月4日、聖霊降臨の主日(三ケ日)

朗読聖書: Ⅰ. 使徒 2: 1~11.      Ⅱ. ガラテヤ 5: 16~25.  
  Ⅲ. ヨハネ福音 15: 26~27; 16: 12~15.


① 復活の主日以来50日間続いた復活節は、本日で終わります。皆様も懐かしく思い出されると思いますが、昔は復活の蝋燭は、主の昇天祭日のミサ中、福音の朗読が終わると、主が天に上げられて見えなくなったことを表わすために消されましたが、第二ヴァチカン公会議後の典礼刷新で、復活なされた主のシンボルとして聖霊降臨祭の晩まで50日間祭壇のそばに灯し続けることになりました。それは、復活なされた主が弟子たちの信仰を固めるために40日間にわたって度々ご出現になったことよりも、主の復活の奥義を、旧約の神の民が体験した過越の出来事によって予め示されていた、束縛から解放、死から新しい生への全人類救済の過越として受け止めることからの刷新であったと思います。旧約の神の民は、エジプト脱出の夜から数えて50日目にシナイ山で神を礼拝し、そのシナイ山で神と契約を締結して、神から十戒を授けられたと語り伝えていたようです。それでユダヤ教では過越祭からの50日後を「五旬祭」として大きな祝い日にしていました。それはイスラエル民族が契約の民として発足した、いわば神の民の誕生日でしたから。その民が約束の地に定住して農耕に従事するようになると、ちょうどこの祭日の頃は麦の刈り入れ時でもあったので、それは次第に「刈り入れの祭」、収穫感謝の祭としても大切にされる祝い日になったようです。
② 主イエスが復活なされた年の五旬祭にも、本日の第一朗読にあるように、東はメソポタミアから、西はエジプト、リビアなど、あるいは北西のカパドキア、ポントス、アジア州、ローマなどから大勢のユダヤ人たちがエルサレムに来ていたようです。主のご昇天の時のお言葉に従って、主の弟子たちも聖母マリアをはじめ婦人たちと一緒にエルサレムに留まって、日々心を合わせて熱心に祈っていました。すると突然、激しい風の音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響き渡りました。それはほんの一瞬の出来事ではなく、ちょうど大地震の時のように、ある程度長い時間にわたって続いた現象のようです。というのは、エルサレムに滞在していた世界各地からの大勢の人たちも、その大きな風音や物音に驚いて、続々と弟子たちのいた所に集まって来たからです。その時炎のような舌が現われ、分かれて弟子たちおのおのの上に留まりました。すると一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、いろいろな国の言葉で語り始めました。こうして、神の愛の霊が各人の心の中で働く新しい神の民が誕生し、その日世界各地から来ていた多くの人たちも受洗して、その神の民に加わったのです。
③ 新しい神の民のこの誕生を、旧約の神の民の誕生と比べてみますと、厚い雲に覆われていたシナイ山でも、恐ろしい雷鳴と稲妻が響き渡り、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、麓の宿営にいた民は皆震えたとあります。しかし、モーセはその民を神に会わせるために強いて宿営から連れ出し、山のすぐ前に立たせました。すると神が大きな火に包まれて山に降り、全山は炉の煙のようなものに包まれて激しく震動しました。モーセが神に呼びかけると、神は雷鳴の声でお答えになり、稲妻が光るので、民は恐れて遠くに退き、モーセに「あなたが私たちに語って下さい。私たちは聞きます。神が私たちにお語りにならないようにして下さい。さもないと、私たちは死んでしまいます」などと願っています。このことからも解るように、旧約の神の民は極度の恐れから、遠くに離れて神を崇め、神の言葉に背かないようにしていようと努める生き方を、初めから選び取っていたようです。しかし、神に対する恐れからなるべく遠くに離れて神の掟を守ろうとしていた神の民は、肉の欲に勝てずに掟に背くことが多かったようで、その不完全さに目覚めて神の側に立ち、信仰に生きようとした少数の預言者的精神の持ち主以外は、次第に神から一層遠くに離れる存在に堕ちて行きました。それで神の御独り子は、天の神を私たちに最も身近な父として愛し崇める生き方の模範を生きて見せ、神の愛の霊を天から全人類の上に溢れるほど豊かに注いで、聖霊に生かされて信仰に生きようとする新しい神の民を創始なさったのです。それが、私たちの本日記念し感謝している聖霊降臨祭の奥義だと思います。
④ 聖霊降臨の大祝日と聞くと、聖霊の祝日と思う人もいるでしょうが、本日のミサの集会祈願も奉納祈願も拝領祈願も、聖霊よりは天の御父と主イエスに対する願いとなっており、「聖霊を世界にあまねく注いで下さい」と御父に願ったり、「御子が約束された通り聖霊を注ぎ、信じる民を照らして下さい」と主イエスに願ったりしていますから、教会はこの祝日を伝統的に、三位一体による新しい神の民誕生の祝日としていたように思われます。
⑤ 使徒パウロは本日の第二朗読の中で、「霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことはないでしょう」と述べて、肉の業と神の霊の結ぶ実とについて列挙していますが、神の愛の霊を受けて主キリストの神秘体の細胞にして戴いても、この世に生きている限りはまだ古いアダムの肉をまとっているのですから、主イエスや聖母マリアのように、何よりも神の僕・婢の精神でしっかりとその肉の欲を統御し、十字架につけ、神の愛の霊の器・道具となって生きるよう心がけなければなりません。その時神の霊は私たちの内にのびのびと自由に働き始め、私たちはその霊の導きと自由に参与して、豊かに霊の実を結ぶに至るのではないでしょうか。「霊の導きに従って歩みなさい」という聖書の言葉を重く受け止め、いつも私たちの心の中に留まっていて下さる「聖霊の神殿」となって、生活するよう心がけましょう。
⑥ 本日の福音は、最後の晩餐の席上で語られた主の遺言のような話からの引用ですが、主はその中でも、弟子たちが神の霊の器・道具のようになって生きること、証しすることを勧めておられるように見えます。「言っておきたい事はまだたくさんあるが、今あなた方には理解できない」というお言葉は、数年間主と生活を共にした弟子たちに主についての証をさせようとしても、彼ら自身の能力ではまだ主による救いの業について正しく理解し、正しく証しすることができないことを示していると思われます。しかし、主がお遣わしになる「真理の霊が来ると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる。云々」というお言葉は、聖霊の内的導きに従おうと努めているなら、証し人としての使命を立派に果たすことができることを、保証しているのではないでしょうか。世の終りまで共にいると約束なされた主イエスは、現代の私たちにも聖霊を注いで、各人の信仰体験から証し人としての使命を果たさせようとしておられると思います。しかし、聖霊の器・道具となって霊の導きを正しく受け止め、それに従って行くには、ただ今も申しましたように、まず自分の中の古いアダムの心に死ぬように努め、自分中心のわがままな主体性や欲望をしっかりと統御しなければならないと思います。
⑦ 1962年の秋から四期に分けて4年間続いた第二ヴァチカン公会議の第一期に、進歩派の教父たちが保守派に大勝すると、その直後頃から、公会議をこれまでの教会の伝統を改革して、現代人の好みに適合した教会を創作する会議とでも誤解したのか、自分中心の欲望に死のうとしていない様々の過激な試みが先進諸国の教会内に続出し、司祭職や修道生活から離れて世間に戻った人も少なくありませんでした。私はその人たちの結ぶ実から、霊の識別ということを真剣に考えるようになりました。それで、キリスト教信仰を日本に根付かせるには、西洋のキリスト教伝統に強い父性的性格を弱め、日本文化の伝統に濃い母性的色彩に福音を適合させる必要がある、などという意見を聞いても、慎重に構えて同調しようとはしませんでした。そのような見解の人たちは、まず内的に古い自分に死ぬことから出発していないように見えたからでした。主イエスは「父よ」と祈るように命じておられます。それで生来自分の受け継いでいる肉の心に死んで、主の教えて下さった「父よ」の祈りに深く慣れ親しんでみますと、聖霊の働きによるのか、「父よ」の祈りに少しも違和感を覚えなくなります。まず古い自分に死んで、使徒時代以来の教会の伝統にしっかりと深く根を下ろすなら、聖霊が私たちの心の中にのびのびと働いて下さり、各人の心が受け継いでいる日本文化の伝統も、聖霊が主導権をとってバランスよく福音宣教に生かし、西洋のキリスト教伝統に欠けている側面を補足するよう導いて下さるのではないでしょうか。
⑧ この三ケ日に来るようになってから、これまで以上に鶯やホトトギスの鳴き声、蜜柑の花や秋の虫の鳴き声などに興味を持つようになり、鳶の飛んでいる姿をゆっくりと眺めることも少なくありませんが、いつでしたか珍しくすぐ近くの電柱に止まった鳶が、木の葉も動かずにいるような微かな風に乗って、翼を広げただけで飛び立ち、やがて湖の上の天空に静かに輪を描く姿に感動を覚えたことがあります。鳶は、私たち人間とは比較できないほど鋭敏に風の動きを捉え、日々風の力に支えられて生きているのではないでしょうか。聖霊降臨の祝日に当たり、私たちも聖霊の風の微かな動きや導きにまでも従う恵みを、謙虚に願い求めたいものです。聖霊の働きに従うためには、日ごろから聖霊の働きに対する心のセンスを磨くことも、必要だと思います。人間の考え中心にできなく、何よりも神の御旨中心に、聖母のように神の僕・婢として、また聖霊の神殿として生きる決心を新たにしながら、本日のミサ聖祭を献げましょう。